風の門が開く日
七月の風が、また一つ、記憶の扉を揺らしていた。
崖の上で感じたあの風が何だったのかを知るために、私は再び郷土資料館を訪れた。
そこにいたのは、もう一人、同じ過去に向き合う者だった。
*
静かな資料室に、入口の扉が軋む音が響いた。
二人の足元に、木の床を踏みしめる足音が近づいてくる。
階段を上ってきたのは、司書の椎名佳代だった。
「……あら、ふたりとも。こんなところで会うなんて、偶然ね」
「先生……」
私が立ち上がる。椎名は小さく微笑み、机の上に広がる資料へと目を落とした。
「……調べものかしら?この縮刷版……もしかして、風の巫女について?」
私と颯が顔を見合わせ、そっと頷く。
「私も、小川さんが『葵』の話をしてから気になって――風守神社の事故について、もう一度調べてみようと思ってここへ来たの」
椎名は隣の椅子に腰を下ろすと、鞄から一冊のノートを取り出し、机の上に広げた。
「……ほんの個人的なメモだけど、見せるわね」
ノートの見開きには、過去の事件の記録が丁寧にまとめられていた。
■ 風守神社にまつわる少女たちの転落事故
・昭和50年(1975年)8月10日 ― 坂嶋 千代
神事前夜に失踪。神社裏の崖下にて発見。
・昭和60年(1985年)8月20日 ― 三枝 澪
風守神社の境内にて転落死。報道は小規模。
・平成7年(1995年)8月1日 ― 白石 知歩
突風による事故死。崖下で遺体発見。神社との関連は不明。
・平成17年(2005年)8月10日 ― 宮前 柚葉
中学生が神社近くで失踪、翌朝崖下で遺体が発見される。
・平成27年(2015年)8月20日 ― 高梨 葵
詳細不明。風守神社近くの崖で死亡が確認されている。
「これ、日付がバラバラに見えるでしょう?」
椎名は指先で線を引きながら言った。
「でも、全部、旧暦に直すと――『七月五日』なの」
颯がはっと息を呑む。
「旧暦の七月五日……風の門が開かれる日だ。今は新暦でやってますけど、戦前の神事では、旧暦が基準だったはずです」
椎名は本棚の奥へと視線を向けた。
「私が調べた古い書物には、『七月五日に、風の神と共に災いも山から降りてくる』そう記されていたのよ」
「それって……その災いのせいで、巫女が毎回――」
私の声に、静かな重みがのる。
「実際、一連の事故が起こり始めたのは、風の迎えという神事が途絶えてからなの」
「神事の詳細なら……神主の父に聞けば、もっと詳しく分かるかもしれません」
颯はメモを取りながら呟いた。
ふと、私はあの日の感触を思い出していた。あの崖の上で、吹き上がった異様な風――
冷たくて、黒くて、足元に絡みついてきたあの風。
窓の外で、木々の葉が微かに音を立てて揺れていた。
それは、あの崖で感じた風と、同じ匂いがした。
まるで――
次の答えが、すでに動き始めているかのように。




