25話 Confusion(困惑)
【桶狭間山の狭間】
「しばし待て。父上に報告して参るがその前に……」
氏真の両目が光り輝く。
「『光輪よ 咎人制し 監視せよ 束縛光輪陣! 兤陽神パーピリオー!!』 ……よし。立つも座るも自由だが、地面に描かれた光輪内から出たら、いかなる理由であっても即座に反逆とみなす。いいな?」
氏真が兤陽神の歌術を唱えて、待機場所を指定する。
「はッ!」
それに対し、信長が、本気で本心でした記憶が無い、完全に従う意を含めた返事で応じる。
訳が分からない8次元。
何が致命傷になるか本当にわからないのだ。
慎重になるのも仕方ない話だ。
「3次元人であれば知らぬ可能性もあるから一応忠告しておく。足で踏み越えるは当然、中空に手を伸ばして線を越えてもこの光陣は反応する。そして、その手足を消滅させる。貴様らの悲鳴が警報となる仕組み。余計な事を考えぬ事だ」
「承知しました!」
(信じられん。次元違いとは言え、アレがあの信長なのか……。次元違いの同一人物。こうも性格が違うのか?)
氏真は素直に従う信長の言に、伝説に聞いた信長とは違い過ぎる姿に戸惑うしかなかった。
(年上でも小僧だな! 馬鹿め!)
一方、信長は信長で、こんな演技は屁でもない。
信長がどれほど悪逆非道なのかは想像でしか分からないが、3次元の信長は死ぬ可能性があるなら土下座でも何でもして、謝罪して、数々の危機を脱し、敵を屠ってきた(記憶がある)のだ。
ただし、この程度はうつけ者の本領あり、知らない記憶に頼るまでもない。
(しかし、こんな狭間で陣を構えておったのか。3次元なら愚かの極みだが、少人数なら全く不利にならぬな。理解したつもりでいたが、8次元の常識は恐ろしいな。ウェアウルフだから、障害物がある方が、あるいは狭い戦場が有利なのか?)
氏真らが立ち去った所で、信長は落ちていた棒切れで地面に字を書いた。
『ウェアウルフの耳も危険だな?』
そう書いて信長は8次元出身の者たちを見た。
全員うなずいて口を閉ざす。
犬の嗅覚は最大限の注意を払わねばならないが、野犬であろうと飼い犬であろうと音にも敏感だ。
この距離では、密談も致命傷になりかねない。
『帰蝶の歌術が発動するまで、誠心誠意降伏の意を示せ。騙し討ちは歌術の発動後だ。成功失敗にかかわらずな』
その文章を見て、全員今一度うなずく。
それを確認して信長は、やや大きな声でしゃべった。
「8次元の義元様か。3次元の義元様は海道一の弓取りとも呼ばれ、我が手本にもなったお方。正直会うのが楽しみでもある。後はワシが別人である事さえ納得して頂ければ、眷属として生きていられよう。ハッハッハ!」
表情とは裏腹に真剣な顔で笑う信長であった。
何せ次元違いとは言え、憧れの、記憶では死んで首だけとなった今川義元と、生きたまま会えるのだから。
【今川義元本陣】
「……独り言にしてはデカいな? 演技かどうかは判断がつかん。しかし清須城のフィールドは破壊されている。しかも、ワシに対する感情は本物の様だ。それにしても……まさか3次元人とはな。海道一の弓取りは3次元でも一緒なのか。興味深いから話したいのが本音だがこれは蘇生失敗なのか? 和尚、どう思う?」
「正直申せば、蘇生歌術を成功させたなら奇跡、失敗しても5節完全詠唱を発動させただけでも奇跡。信秀殿渾身の逆転策だったのでしょうが、仮に拙僧が8次元に召喚されたとて、何の思い入れもない世界です。故に信長は大方ピンチの織田家を救う様に懇願され、断った。しかも術の無い世界から来たのなら勝負にもならぬと判断しても、なんら不審なところはありませぬ。だからこうして降伏に参った。現に信秀殿の血や多数の織田家の血が匂います。……と言うストーリーで油断を誘っている可能性はあるかと」
「そうだな。では3次元の信長の策が上手くいったとしよう。どうやって我らに勝つのだ?」
ここが義元最大の悩み所だ。
昼とはいえ、身体能力は人間の頂点に君臨する強さを誇る。
夜になれば猶更で、この時は術も武器も無効化できる。
正直無敵だ。
負ける方が難しい。
「あるとすれば、3次元ならではの戦法なのでしょうな。正直想像できませぬ」
「そうよな。いくら我らが高次元の存在とはいえ、低次元の者とは侮れぬ。誰も低次元の者と戦ったことが無いのだからな。だが信長のあの独り言。3次元では織田と今川は同盟関係……いや師弟関係だったのか?」
氏真の報告を聞いて、今の独り言を聞いて、正直義元は困った。
予想外にも程がある展開である。
降伏は面倒が省けて助かるが、まさか信秀が復活の歌術を成功させていたのも、しかし、現れたのは3次元から引っ張ってきた信長だとか。
しかも術が無い世界出身で、基礎術はカスときた。
報告を聞く限り、謁見するのに何の支障がないのだが、それが返って危険な気がしてならない。
次元が違っても信長は信長だ。
3次元の未知の戦法を持っているかもしれない。
あるいは歌術とは違う、なんらかの技術や技があるかもしれない。
「いずれにしても、礼を尽くして降伏に来たのだ。会わぬ訳には行かぬだろう。元康(徳川家康)。全員をこの陣に呼び寄せよ。最大限の警戒を持って面会に臨むとしよう。それと全員を同席させ囲んだ上で、それでも絶対に何か起きると警戒せよ。少なくとも8次元の信長には本当に手を焼かされた。別次元とはいえ同一人物。油断するな!」
【織田家控え/束縛光輪陣】
「『束縛よ 檻開かれて 羽ばたけや 封印解放斬! 暝朧神バーバチカ!』」
元康の髪が紫に輝き、束縛光輪陣が解けた、と言うよりは光に闇が混ざり中和され消え去った。
「大殿がお会いになられる。付いて参れ。が、その前に」
元康が指を噛んで出血させた。
「某の流血を殿が今確認されただろう。この歩みが止まったり、血の流れに異常を感じれば異変と看做される。せっかくの降伏と、3次元とは言え信長殿の来訪じゃ。某に皆を殺させないで欲しい」
3次元での将来の最終勝者にして天下人。
8次元でどんな人生を歩んでいたのか分からないが、その風格の一端が信長たちを驚かせた。
(家康! 人間形態で全員に勝つつもりか!?)
記憶の中での3次元家康なら、1対1でも余裕で勝つ自信がある相手だ。
そんな、格の差をいつも見せつけてきた家康に、こうも高圧的にこられて、信長は瞬間湯沸かし器のごとく頭に血が上る。
《アホか! 家康が勝てないにしても、何人かは道連れにするに決まってるでしょう!? 今、変な気は起こすなよ!? 人間形態のウェアウルフが弱いなんて誰も言ってなかっただろうが!?》
ファルの割り込みに信長も思わず沸いた怒りを抑える。
記憶の家康は信長に従順だっただけに、格の差が逆転されたようで正直気に食わない。
《そうだったな……。家康如きが……! 仕方あるまい!》
一時の怒りにここで暴れては全てが台無しの上、また天界で地獄を見る珍しい経験をする事になる。
信長は一息ついて言葉を出した。
「元康殿でしたな。では宜しくお頼み申す」
3次元の記憶では家康に対し、高圧的に接したことはあっても、今初めて低姿勢で家康に媚びへつらう信長。
信長は言い聞かせる。
(卑怯こそ正義! 卑劣こそ至高! 邪道こそ王道!)
念仏の様に唱え、精神の均衡を保つ信長であった。
【桶狭間/今川群本陣】
「良くぞ参った。次元違いとは言え親を裏切るのは武士道に反するが、ここまで追い込まれ徹底抗戦を選ぶ信秀殿もどうかしている。お主の選択は神に許されるだろう」
(ッ!! こ、此奴が今川義元の実物か!! 次元が違う! 8次元だからという意味では無く!?)
今川義元が正面の木の玉座に座っている。
言葉を発する前から感じる威圧感と、発したあとの覇気の嵐。
海道一の弓取りの名は3次元でも8次元でも変わらぬようだ。
これで人間形態なのだから、ウェアウルフ状態だったら、もう完全に蛇に睨まれた蛙状態だ。
しかも、無意識に3次元の野営陣に案内されるかと思っていたら、土壅神の歌術だろうか、野営陣というより、地形に合わせた屋敷が建てられていた。
「(これが本陣!? 野宿の概念は無さそうだな!?)あ、ありがたき幸せ……ん?」
信長が頭を下げようとして奇妙なものを見た。
奇妙なのは、その椅子に根が張っている事だ。
歌術で作り出したのか、それとも――
「ん? あぁ、この椅子かな? 3次元には椅子は無いのかね?」
「あ、あ、いや、床几という、持ち運びに便利な簡易的な椅子がありますが……その根が張った椅子というのは……まさか、歌術で作り出したので!?」
「あぁ。フフフ。これはウェアウルフの力だ。この本陣の様に歌術で作ろうと思えば作れるが、10日待つのも暇だったからな。大木を爪で削って玉座に仕立てた訳よ。中々の出来だと思っているが、どうだ? 座ってみるかな?」
ニヤリと嗤う義元の口元からは、鋭い犬歯が見える。
普通の人間より発達しているように見えるのは、気のせいでは無いだろう。
「えぇッ!? い、いや、とんでもございません!?」
降伏(偽装)したとは言え、敵に対して提案する言葉ではない。
無茶ぶりが過ぎる。
これで本当に『じゃあ座ります』などと言ったら『無礼講で本当に無礼な奴』と一緒で空気が読めなさすぎる。
しかしこれが8次元なりの歓待であり、本心なら無邪気で気さくで、突然現場お忍びでくる厄介な社長タイプだ。
いずれにしても、困るのは間違いない。
「あ!? も、申し訳ござらん! 8次元の礼儀を可能な限り学びましたが、す、座るべきでしたか!?」
信長は何か礼を失してしまったのかと思い、慌てて弁明する。
だがこの言葉こそ3次元人だからこそ許される、唯一の回避方法だ。
無知なのだから仕方ない、というフリなのだ。(本当に無知だが)
「……殿、あまり虐めるのも可哀想ですぞ」
脇に控える冥衣の坊主が義元を窘める。
「ハッハッハ! 冗談よ! 本当に座ったら、それはそれで認めてやるが、我が爪の餌食だったかな? いや、それでこそ『信長』として迎えたかのう」
人間形態なのに、イヤに鋭い爪を軽く振って風を斬る義元。
その斬撃が、床に軽く溝を作った。
「……は、8次元の信長は座ったので?」
「ソコに居たら座っただろうな。と言うより問答無用でワシを殴り飛ばして居ただろうよ。奴は我ら十二神将を束ねた帝王。当然だな」
「十二神将? て、帝王?」
ここにきて飛び出してきた知らない情報に、信長は惑わされるのであった。
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作画担当先生は、八坂たかのり(八坂考訓)大先生だ!(旧Twitter @Takanori_Yasaka)
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