第26話 伝説の男
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ノルトハウゼン来たる
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魔法騎士がやって来る──
待ちきれないグリンは頻繁に塔の天辺にまで登って遠眼鏡で街道を監視するようになった。そもそも塔の天辺は円錐上になっていて人がゆっくりくつろげるような場所ではないのだが、何かの計測装置につま先を引っ掛けて器用に座り込んでいた。
ここには天体の動きや風向き風量の計測など、塔の所有者アンガヤが仕事で使うデータを収集するための装置が多数設置されているらしい。グリンが上に乗ったり揺らしたりするせいで精確な計測が出来ていない。それに怒った執事のボリッシュが下の階からグリンに注意の言葉を投げ掛けるがグリンはこの羊獣人の事をあまり好きではないので、計測装置に足を引っ掛けるのをやめなかった。
そうやって使役魔のカラスが作った巣の横で乾パンをかじりながら眺めていると、完全武装の馬に乗った騎士がたったひとりでこちらへ向かってくるのが確認できた。
街道を外れて脇道に入り、この塔のある薄暗い森を真っ直ぐに目指している──魔術の塔へやってくる客に違いない。
遂に待ち人が来た。
グリンは興奮してその風体を観察する。
すらりとした長身を曲げて馬に跨がっている。
風が吹くたびに髪の毛が乱れ、それを直すためしつこいほど手櫛を入れている。身だしなみにかなり気を配っている長身の騎士と言えば──グリンの目には中年男性版リーンフェルトのように見えた。確かにふたりは師弟関係にあるらしいが……
(師匠っていうより親子みたい──弓も持っているし、これはノルトハウゼンで間違いないぞ)
彼は弓をニ張──大弓と小弓を所持していて矢筒は六、矢がニ十本入っているとしても百二十本。
「おお〜……」
今から戦争でもあるのか、と言わんばかりの準備である。地面に挿して使う大型の矢盾が馬具代わりに馬の側面に掛けてあった。
他にも王国軍の親衛隊にもまだ行き渡っていないような上質かつ最新鋭の装備で身を固めていた。
「見慣れない形の装備だな」
妖精族のグリンにも、彼のこだわりやセンスが伝わってくる。
だがしかし。
何故だろうかどことなく気品が感じられない。庶民的な雰囲気が抜けてない──つまり垢抜けない、野暮ったさが滲み出ている。
「ふーむ……」
グリンの胸の奥底から「このスカした男──突然攻撃されたらどういう反応をするのか見てみたい──」という衝動が湧き上がる。
矢を準備して馬が射程に近付くまで待った。
グリンの持つ妖精弓の素材は強くしなやかな地底植物の蔓草を何重にも重ねて捻り合わせた物で、微弱だが魔術による強化も施されていた。黒竜連珠から支給された矢は使い果たしたので現在は人間族が使ってるものを拾ったり買ったりしてから使い易くするために加工している。
妖精弓は射程に関しては人間族の主力武器である長弓と比べてかなり短い。
人間族は、上に撃ち距離と威力を出す。妖精族は、横に撃ち精確に的に当てる。特に闇妖精族の矢は短くないと狭い地下都市では使いものにならないし、動きながら使うのに邪魔になる。
「先ずは俺の腕前を見てもらうとするか」
自然と笑みがこぼれるグリン、口角が上がり自分でも興奮して少し舞い上がっているのがわかる。
高さ、風向きなどを考慮して矢をつがえる。馬の速度を考えて射撃するタイミングをはかる。
精確な射撃をして驚かせてやろう、という考えだ。
すると、ノルトハウゼンは射程内に入る手前で急に馬の手綱を引き、歩みを止めた。
「?」
不思議がっていると馬を木陰に連れて行き下馬する。
やがて大弓を取り出して左手に提げ、馬をその場に残して無防備にゆっくりと歩き始めた。
「あ〜気付かれたのか」
何か魔術的な探知をかけられたのだろうか。
グリンは頭を掻いて矢を一旦矢筒に戻す。
ノルトハウゼンは立ち止まると真っ直ぐにグリンに向けて人差し指を向けた。
その後で矢筒から長い矢を一本取る。
尖端に矢尻は無く、何か丸い袋が取り付けられていた。
「なんだあの妙ちくりんな矢は」遠眼鏡を覗き込むグリン。
紳士は力み無く、ゆったりとした姿勢で足を開き、大弓に矢をつがえる。
そして真っ直ぐにグリンの方を見ると弦を引き絞り始めた。
紳士は狙撃の気配を察知したので先手を打つようだ。
グリンの行動がすっかり気付かれているのは間違いない
しかし、塔の天辺と街道脇との間は結構な距離がある。普通に考えれば射程距離外。
「そこから射つのか?」
まさかとは思ったが、ヒョウッと風が鳴って矢が放たれた。
「いやさすがにそれは射角が低い……」
しかし。
矢は予想に反して真っ直ぐに、グリンの顔面目掛けて力強さを増しながら飛んできた。途中で減速するどころか、上昇気流に乗ったかのようにぐんぐん加速する。
「ウソだろ──あっ、これ魔法矢!?」
グリンは首を引っ込めながら慌てて塔の天辺を滑り降りると、頭の上でガーン!という打撃音と共に石壁に弾かれた矢が眼下に落下していくのが見える。
尖端には羽毛と潰れた豆のような柔らかい物が詰めてあったらしく布袋の亀裂からそれらがグリンのフードの上にばらばらと落ちてくる。
「なんだこの変なの?」
──眼下の人間族はグリンの常識の外にいる存在らしい。
「わ、わけがわからないけどなんかすごい飛んだぞ」
興奮が止まらない、指が小刻みに震えるのを感じた。
「いや待て、向こうが届いたのならこっちも届くかも……俺の目測か間違っているかも知れないし」
グリンは試しに矢をつがえて自分も狙ってみた。命中精度に関しては問題ない、動いていない目標を狙うのなら容易い──自信をもって、めいっぱい引き絞って渾身の力を込めた一矢を投射した。
ノルトハウゼンは大弓を肩にかけ右手を腰に当てたまま立ち尽くしていて微動だにする気配もない──やや間があってグリンの投射した矢がノルトハウゼンの立つ場所の2mほど前の地面に突き刺さった。
「あ、ああ〜ダメか……」悔しそうに唇を噛むグリン。
遠眼鏡を覗くと紳士は肩をすくめて首を横に振っていた。
口髭をいじった後に首を傾げながら大袈裟に手を広げて明らかにグリンを挑発するような仕草を見せる。
そして彼は数歩前進すると、腰の水筒を外して革紐でぶら下げた。
くいくい、と人差し指で何度もその水筒を指し示す。
「ん……なるほど! それを射抜け、ってことか! よ、よ〜し!」
プライドを刺激されたのか、グリンは遠眼鏡を仕舞いこみ、再び矢を取り出してじっくり狙いを定める。
いざ放とうとした瞬間、紳士は水筒を左右にぶらぶら振り始めた。
「えっ!?」
もう今更止められない、一度放った矢は真っ直ぐ進むだけだ。
「あ、当たれ〜!」
サクッ、と言う音と共に矢は地面に突き刺さった。
左右に振らなければ水筒に当たっていたかも知れないが……
「うぐぐ、人間てのはどうしてそんな意地が悪いんだ!」
グリンは悔しがりながら塔の外壁をスルスルと降りて行く。
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座学
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ややあって水飲み場で馬から降りて背伸びをするノルトハウゼンをグリン達は出迎えた。
ここ数日で使役魔と何回かやり取りをしてグリン達の情報はノルトハウゼンに伝わっていた。
そのせいもあってグリンの青白い肌や、立派な体格の岩妖精の女戦士を見てもまったく珍しがる様子がない。
言葉を発する前に一度、軽く全員と握手を交わす。
メドニアの手前に来るとひざまずき手を取り頭を垂れ淑女に対する最大限の礼を示した。
初対面で女性扱いされた事に気を良くしたメドニアは小声で「とても良い人ですね!」とハンクに同意を求めた。
ノルトハウゼンはコホン、と咳払いすると改めて全員と相対する。
「──では、挨拶を──闇妖精の少年よ、お初にお目にかかる。吾輩はノルトハウゼン・ホウマイヤ。見ての通りの流浪の騎士である。吾輩、正式な爵位はもたぬが、魂の高潔さはどんな貴族にも劣らぬものと自負しておる! ああさて……先刻、君の腕前は見せてもらった。なかなかの精度、若いながらそれなりに弓矢に自信を持つひとかどの人物とお見受けする──だがそれ故に吾輩の特異な教え方が酷くヘンテコ奇妙奇天烈なものに感じられるかも知れない。まして君は妖精族だ。なおのこと吾輩の教えが馬鹿馬鹿しく感じると思う──だからしていきなり訓練に入るのではなく座学なども交えつつ──」
「な、長い……」
グリンは聞き取れないほど小さく呟いたつもりだったがノルトハウゼンにはしっかり聞こえていたようで、少し顔色が変わる。
「こほん……ううむ、君は少しせっかちなところがあるようだね」
「ああ悪かった続けてくれ。ちゃんと聞くから」
酸っぱい物を我慢して食べているような情けない表情を作るノルトハウゼン。
「ん〜……まあ君が無理して吾輩にレベルを合わせるより、吾輩が合わせた方がやり易かろう」
「どういう意味?」
「言い方は悪いが、少々『雑』に扱う──と言う事だよ。よろしいかね?」
「それでいいよ、俺は貴族の礼儀作法を学びたいわけじゃないんだ」
「うむ……では早速、先ずは魔法矢の基本について──君の魔術の心得について、どれぐらい扱えるかを見せてもらいたい。得意な分野はあるかね?」
「──」
グリンは薄っすらと口を開け、あー、と小声を出しながらキョロキョロと眼球を動かした。
「ん?」
「実は──あまり理解してない。教官から素養が無い、と言われたから」
「え? 君は、魔法使えないのか」
うなずくグリン。
「まあ、うん。恥ずかしながらそういうこと」
「そうすると何かね、君は……魔術が不得手なのに、魔法矢を習いたい、と?」
驚きで目を丸くする紳士、そして渋過ぎるお茶を飲んだ時のように眉間にシワが寄り険しい顔になる。
その顔を見たグリンはやや縮こまって気落ちしたように視線を落とす。少し離れた場所で見ていたハンクもなんとなく気まずそうに顔を背ける。
「吾輩の弟子、リーンフェルト君の実技を初めて見た時に自分にも出来そうだ、と思ったのかね」
「魔術より単純に見えたんだよ、面倒なことをしなくて済むんじゃないか、って」
「ほほう?」
渋い顔をしていたノルトハウゼンはしばらく考え込む。
「ふーん単純に見えた、と。なるほど。なかなか本質をついている」
「今更だけど、魔術が苦手な俺でも大丈夫そうか?」
「もちろんだ──ではよろしく頼む少年よ──いや吾が生徒グリニエル君。改めて握手しよう」
紳士の差し出した右手を掴むグリン。ふたりはがっしりと握手をした。
「よろしく頼むよ! おっさん」
「先生と呼びなさい」
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座学が始まった。
水飲み場の脇に椅子を持ち出してグリン、ハンク、メドニア──そして王国へ納品する薬品を出荷したついでに講義に飛び入り参加する執事のボリッシュ。
王国の伝令達が伝説の魔法騎士の野外授業という珍しい光景を覗き見ていたが、無料で立ち聞きするのは許さない、というノルトハウゼンからの圧力に負けたらしく足早に去っていった。
「あー、君が魔術の素養が無いと言われた時のやるせない気持ちわたしにはよくわかる。かつて吾輩も君と同じような境遇にあったのだ──吾輩の家は傭兵を生業としていてな、男児である吾輩はそれはもう幼少期から厳しい訓練を──」
「あ? 傭兵? おまえ貴族じゃないのか?」
「質問の時間は用意するからね。先生の話は黙って最後まで聞くこと。よいかね生徒グリニエル君」
「わかったよノルトハウゼン先生」
「そうそう、吾輩の話の一言一句から人生の教訓を学びとりなさい妖精族の若人よ」
「言い難いんだけどもできれば手短に頼む。そっちにいるメドニアが退屈そうだし」
「エッ!?」突然自分に話が振られて跳び上がるほど驚くメドニア。
「寝てたぞ、大丈夫か」
「違います寝てません!」
少し離れてこのやり取りを見ていたハンクは笑いを噛み殺していた。
「ええでは、話を続けよう。吾輩が如何にしてこの闘法を、編み出したのかを──」
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ノルトハウゼンにはノール人の血が入っている。
貴族の出では無いしノルトハウゼンという名前自体、改名して勝手に名乗っているだけ。当然ホウマイヤ家というものも存在しない。
父は屈強なノール人傭兵団の長、母親の方はノール人では無いがこちらも屈強な女戦士だった。
彼の兄達は両親に似て体格に恵まれ武芸に秀でていた。
末子のノルトハウゼンは突然変異なのか、物覚えがよく多才で何でも人並み以上にこなした。親に似ず読み書き習熟にも才能を示したので、父親は「天才が産まれた」「将軍になれる」と大喜びして彼に大金を注ぎ込み学問や魔術を習得する機会を与えた。
しかし。
十七歳になった頃、誰よりも才長けていたはずのノルトハウゼンは兄弟の中で唯一、煮ても焼いても食えない落ちこぼれに成り下がっていた。
格闘、槍、斧、弓──そして魔術。
何をやっても彼は一流にはなれなかった。
『そこそこ』『それなり』にしか上達せず、立派なノール人傭兵に育った兄達と比べると激しく見劣りした。大金を注ぎ込んで教育して結果『変に自尊心だけ高い勘違い野郎』になってしまった。
器用貧乏で扱い難い末っ子、の誕生である。
その後、部隊長として数年仕事をこなすも、なかなか思うように成果が出せずノルトハウゼンは苦悩し続けた。
トカゲ獣人部族との凄絶な戦いで父は戦死した。傭兵団を継いだばかりの長兄は痛烈な言葉を浴びせてきた。
「おまえは色んな武器を使えて魔術もそこそこ使える。武具の整備も得意だ。戦場で窮地に陥った時は、壊れた武器を直して使えるような器用なヤツが生き残れるかも知れない。だがな、戦場に持っていける武器はせいぜいふたつ、肝心の手は二本しかない。そもそも超一流の一芸さえあれば敵の落とした武器を拾うような無様な真似をしなくて済むんだよ──おまえはすべてにおいて中途半端な出来損ないだ。弱い癖に闘い方も独特、部隊長として皆を引っ張るどころか部下達の連携を乱すような情けない有様だ──親父やお袋が言えなかった事を今ここではっきり言ってやる──この、金食い虫で、役立たずの、半端者め!」
中途半端──
そう言われてノルトハウゼンは部隊長から降格、破損した武具の修繕と伝令役を命じられた──事実上の戦力外通告である。
これに憤りをおぼえたノルトハウゼンは自ら傭兵団を去る。
そして放浪生活を続け、ひとりになって何かを見出そうと藻掻いた。
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「そこで吾輩は考えた。器用貧乏とは言うが、中途半端はというのは果たして短所なのだろうか? 一芸だけでは見えない景色があるのではないか、やり方によっては何者かになれるのでは無いか、と。要するに魔術で一流になれなくても、弓で一流になれなくても──魔法矢という新しい分野の開祖になれば吾輩でも一流を名乗れるのではないか、と」
ノルトハウゼンは得意げに髭を撫でる。
「──吾輩、路銀に困った時、報酬が安過ぎる割に危険な白妖精族からの援助要請に参加したのだがね──そこで南方の湿地帯に潜んでいた屍食鬼達を討伐する白妖精族戦士団のパーシー・トレ・ミラニル氏と出逢ったのだ。運命の出逢いだったと思うね。彼は神気の使い手でな。自らの矢に神気を込めていたのだ──吾輩はそこで閃いた、これだ! と」
ハンクはパーシーという白妖精族の射手と会った事があるのだが、ノルトハウゼンの昔話に出てくる射手と同一人物だとは気付くはずも無かった。
「神気か。ああ魔術とか精霊術が苦手な人間族が使うヤツな」
茶々を入れるグリンに構わず紳士は話を続ける。
「矢に神気が込められるのなら、魔術も仕込めるはず。便利そうなのに何故誰もやらないのか、と疑問に思った吾輩はパーシーに訊ねた『なぜ魔術回路を仕込んだ矢を使わないのか』と。すると白妖精はこう答えた『神気のエネルギーは物体に留まるが、エネルギーだけを投射する事が出来ない。だから矢に注入して不浄の者に直接ぶつけている。投射魔術は違う、投射用の回路を組み込めば矢より精確で速く目標に到達する。先達が魔術回路を開発してせっかく矢を放つ手間を省いてくれたのに、なぜわざわざ時代に逆行するような真似をしなければならないのか』と……」
「ほうほう……」素直に感心するグリン。
この時、既にメドニアのまぶたは完全に閉じていて意識は現界を離れ楽しい夢の国へと旅立とうとしていた──グリンはこれに気付いたが『先生』の話を邪魔しないように黙って続きを聞いた。
「そこで吾輩はこの『非効率なこと』『誰もやっていないこと』に着目した」
昨日、グリンに対して放った羽毛袋の矢尻は推進力を得る魔術回路を霊糸以外で再現したものであり、羽毛袋には本来、小爆発を伴う『火球』のような魔術を乗せて投射するのだと言う。
この事実を教えられたグリンは驚いた。
「へえ! 何の意味があるんだと思ったけどあれに攻撃用の危険な魔術を乗っけるのか」
「そのとおりだよ。しっかりとした魔術回路を組み込むのは相応の手間暇と希少な材料が必要だが、羽毛と煮豆を使えばわずかに紡いだ『推進』の霊糸の効力を手軽に、そして何より安価に最大化出来ることを、吾輩は発見した! 『火球』の魔術を成立させるには、火球本体の生成と制御だけでなく投射と推進の役割をする霊糸も同時に織り込まねばならぬ。だからこそ『火球』の魔術は火傷程度しか起こせない小さな威力のものであっても不当に難易度が跳ね上がり、扱い難い物とされている──だがしかし! 吾輩の魔法矢で放たれる火球の術はこのふたつを省略する事が出来るのだ。火球を作る自分に加えて、投射はもうひとりの自分が弓矢の技術を用いる、そして推進は特別な矢で代用する! 複雑だった魔術回路はこうやって各々要素ごとに分解することですこぶる単純化され『半端者』な吾輩達でも一流の魔術師並の『火球』が使用できるのである!」
用意された黒板に魔術回路を図解しながら説明をすすめるノルトハウゼン。
何気に絵が上手い。
「おお! すごいなおまえ! 羽毛と煮豆なら俺にも作れるし、俺は弓矢が得意だ!」
「そうだろう、そうだろう。グリニエル君! 魔法矢は君や吾輩のような半端な実力者のためにある闘法なのだ。過程がどうあろうが結果が大事なのだ、ワハハハ!」
ハンクは軽く驚く、これはサンドルクの岩妖精がやっていた霊糸を使わずに魔術回路を再現する手法にも似ている。ノルトハウゼンは何年も前に独力で編み出していたのである。
「──以上、これまでの話をもって、魔法矢についての講義・其の壱とする──理解してくれたかね」
「わかったよ先生! 魔法矢すげえな!」
ぱちぱちと拍手を贈るグリン。
「わかってくれたかねグリニエル君! 君は理解が早くて助かるよ──まあ、あちらの淑女には補講が必要そうだね……」
残念そうに首を左右に振るノルトハウゼンの手の示す先では、こっくりこっくりとメドニアは頭を揺らしていた。
「メドニア……あいつほんとに勉強嫌いなんだな……」
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実技訓練
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更に翌日、早速ノルトハウゼンの訓練が始まった。
座学の次は実技訓練だ。
妖精族の弓の使い方は王国軍兵士が得意とする長弓による集団戦闘を前提とした長距離射撃ではない。
直線的な投射が一般的である。
ノルトハウゼン流も直線的な投射が基本だ。
ノルトハウゼンは先ず、矢を時間内に何本も早打ちさせながら算術の暗算をやらせた。
ノルトハウゼンは「もうひとりの自分を作りなさい、分身するのだ」とわけのわからない事を指示 してきた。
矢を最速で射る自分の他に、計算に集中する自分、ふたりを、同時に制御するために脳の機能を分けろということらしい。
グリンはサッパリ意味がわからなかったが、もう目以外の首から上は暗算に集中し、首から下は矢を打つ事に集中する、という自己暗示をかけた。
「いいねえグリニエル君! その調子だよ! 暗算の答えは間違っているけど『分身』はしっかり出来ているよ!」
「ウソだろ間違ってる?」
焦って訓練を中断しようとするグリン、さすがに間違えるのが恥ずかしいレベルの簡単な暗算だったので動揺が大きい。
「大丈夫! これは単に君がバカだから計算間違いをしているだけで魔法矢の訓練としては成功しているからね! その調子で続けてくれたまえ!」
「──はぁ!?」
ノルトハウゼンの暴言で顔筋が引きつるグリン。
ハンクはゲラゲラ笑いながらノルトハウゼンの課題を楽々こなしている。
「よう相棒、俺は全問正解だぞ。先生が言うにはノルトハウゼン闘法の素質はいまいちらしいけどな」
ノルトハウゼン曰く、ハンクは手早く意識を切り替えてふたつの事を順番にこなしているだけで意識の分割は出来ていないらしい。
メドニアはそもそも素早く矢を射るところでつまずき基礎練習で足踏み中。力み過ぎて練習用の弓をあっという間に壊して以来、集中を欠いている──
それを、他所目にして、あっという間に次の段階へ進むグリン。次は暗算に加えて回避運動が加わり、その次は暗算の答えが奇数だったら青色の的、偶数だったら赤色の的を狙う──というように訓練は進む。
「いやはやグリン君、君は本当にすごいな」
「ハハハそうだろ? 俺は特別優秀だからな!」
「ま、これだけ何でもこなせれば霊糸の制御ぐらいあっさり上達しそうなものだけどねえ……」
「うう……なんか霊糸のことを考えると頭の中がごちゃごちゃするんだよな」
「まあ人には向き不向きがあるからね──この訓練に関して、君は本当に優秀だから自信を持つといい──普通は大抵あんな感じになるからね」
ノルトハウゼンはメドニアを指差す。
暗算の答えは合うが矢は的外れな方向に飛び、ボリッシュから投げられた小石を避けようとしてバランスを崩して弓を放り投げて派手に尻もちをつく。
「うわあ……大変だな」
「まあ、あの妖精族の淑女もかなり上達が早い方ではあるが……そもそも彼女のパワーとタフネス、そして近接戦闘のセンスがあれば吾輩の闘法なんて最初から必要ないと思う。吾輩の闘法は『魔術と弓矢、そして格闘術を中途半端に混ぜたもの』に過ぎないからね──」
「メドニアは色んなことやらなくてもシンプルに強いもんな」
「君のなんでもそつなくこなす素養と吾輩の闘法はすこぶる相性が良い。こんなにすんなりと訓練がうまくいったのは初めてだ」
褒められ続けて上機嫌のグリン。
「そうか〜? へへへ。おだてないでくれよ本気にするぞ」
「本当だよ」
「おっほほ! それじゃあ姉弟子のリーンフェルトよりも俺の方が魔法矢の素質があるって事か? へへへ」
「あ、それは無い。リーンフェルト君は別格だよ。吾輩の弟子の中で一番優秀なのは彼女だ」
「え?」
大きく持ち上げられてストンと落とされる──グリンは女騎士への対抗意識むき出しであからさまに不愉快な顔をした。
「さっきと言ってることが違う! 俺は一番おぼえが早いんだろ? なんでリーンフェルトの方が優れてるって言えるんだ、この調子ならあと何日かあればすぐに追い抜けるからさ、出し惜しみせずにたくさん教えてくれ」
「いやいや。元々魔術が苦手な君は、すぐに頭打ちになる、吾輩が君に教えられる事は基本的な考え方と初歩的な魔法矢の組み合わせだ。出来ることはそんなに多くはないんだよ」
「そ、そんな」
グリンの顔色が目に見えて悪くなる。それまで朱が差して赤紫色だった肌が、青みを増し、精彩を欠き乾いた泥のような灰色になっていく。
傍から見て心配になるほどに。
「君は元々魔術の素養が無いと言う話だっただろう? そのヴァーレの教官の判断は──残念ながら正しいんだよ。初歩的な魔術回路の扱いも覚束ない君に、高難度の複雑な魔術回路を理解して制御する才能があるとは思えない──だからして、これ以上の複雑なことを教えても、君には使いこなせない」
厳しい言葉を叩きつけられるグリン。
「お、おいおい……なんだよそれ……」
「君はたぶん、強力な魔術付与をされた貴重な弓と、しっかりと準備した特殊な矢に頼らないと彼女と同じ力は発揮できない。彼女は魔術師としても優秀、逆に君は魔術の才能に乏しい。この差は簡単には埋まらない──」
万能感に浸っていたグリンは急に不安になる。
同じ師匠に弟子入りすれば自分もリーンフェルトのように魔術が扱えるかも、と勘違いしていたらしい。
「リーンフェルト君はね、吾輩やグリン君のように道具を選ばなくても、普通の弓と矢で、魔法矢を使えるのだよ。それだけでもう天と地ほどの差がある。そこを誤解してはいけない。吾輩達のような天才未満の者達が天才に立ち向かうには工夫と努力、そして忍耐が必要なのだ」
優しく諭すノルトハウゼン。
「そうなのか」
がっくりと肩を落とすグリン。
「だが心配は無用だ。リーンフェルト君は魔法矢の使い手として理想形のひとつというだけの事! 君には彼女や吾輩にはない特技があるだろう? 必ずしも先達の後追いをしなくて良いのだよ。吾輩も、兄達から中途半端だと否定されたが腐らずに長年かけて他人に誇れる能力を身に付けた。君にも出来る、吾輩からの教えを基礎にして、全く別の方向へと闘法を発展させるのだ──君はノルトハウゼン流を究められないが『グリニエル流闘法』の開祖になる事は出来るんだぞ。どうだね、わくわくしないかね?」
「ええと、つまり──どういう意味?」
「吾輩から学んだ事と、君の長所と特異性を組み合わせてみてはどうか、という事だ」
「特異性か……」
グリンは納得したような、煙に巻かれたような気分になったが、傍で聞いていたハンクは素直に納得した。この髭の紳士は、少年にとって良い師匠になるだろう。ハンクはこの出会いを自分の事のように喜んだ。
「君は大変素晴らしい生徒だが、まあ〜、今日はこの辺でやめておこうか」
ノルトハウゼンは店じまいするかのように道具を片付け始める。
「あれ、やめるのか? まだ陽は高いぞ」
「いや、これは吾輩の方の都合でね」
ノルトハウゼンは慣れた手つきでテントを張り始める。
「ノルトハウゼン、ここで寝るつもりか。塔の周りで野宿生活されると取引に悪い影響が出る。迷惑だから寝るなら塔の中に入って」転がってジタバタしているメドニアを放ってボリッシュがやってきた。
「いや、寝るのではなくてお茶の時間なのだよ。ここのところお茶の時間もまともに取れなかったからね、さすがに限界だ」
「ああお茶、ノルトハウゼンは依存症」
「お茶?」
ハンクとグリンは顔を見合わせた。
「……そうだ、せっかくだから君達も吾輩に付き合わないかね。カップがあれば持って来なさい。とっておきの茶をいれようではないか」
ノルトハウゼンは茶筒を取り出して少し蓋をずらす。ふんわりとした紅茶の芳しい薫りがあたりに広がる。
「お、紅茶か。たぶん高いやつだ」
先程までこの世の終わりのような顔色だったグリンにようやく血の気が戻った。
「うむうむ、君も好きか、それは良かった。あ、ボリッシュ君には茶菓子を用意してもらおうかな。吾輩は淑女を起こしに行くとするよ」
弓矢がなかなか上達せず、拗ねて寝そべっているメドニアを起こしにいくノルトハウゼン。
さすが紳士を自称するだけあって女性には優しいが、今のメドニアにはこの「か弱い」を前提にした扱いが気に入らないらしい。戦士としてのプライドが傷付くようだ。
ノルトハウゼンの差し出した手を無視する。
「弓ぐらいすぐに上達してみせます!」
先程まで拗ねて不貞寝していたのに、平然を装って跳ね起きるメドニア。
「なんだあいつ。女扱いしてほしい、って普段から言ってるのにおっさんから女扱いされて嫌がってるぞ」
グリンは不思議そうにメドニアを指差し、ハンクに意見を聞いた。
「その……女扱いして欲しいってのは……相手によるんだと思うぞ」
「は? 相手?」
「う、う〜ん。いやまあ機嫌が悪いんだろ」適当に誤魔化すハンク。
「うーん面倒くさいヤツだな」
その後、世間話をしながら一同は紅茶を楽しんだ。
ボリッシュは紅茶の味がわかるヒツジで、個人所有の茶菓子を持ってきてくれた──グリンは彼に対する態度を少しだけ改めることにした。




