表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
27/27

第二十七話 狼顧の相

─────


初段位


─────


 ノルトハウゼンによる魔法矢の訓練は滞りなく進み、グリンはその初歩を修得した。


 魔法道具の補助付きではあるが簡単な魔術を投射することに成功すると、寝る間を惜しんで食い入るようにアンガヤから借りた魔術回路の初歩教本を読みふけった。

 役に立つかどうかは二の次にして、自分が理解できそうな魔術回路を探し、構造を分解し、ノルトハウゼンから譲り受けた魔術代替物作製表レシピブックを穴が開きそうなほどに読み続けた。


 その間、ノルトハウゼンはメドニアの鍛錬に付きそっていた。メドニアは根気よく苦手な種目や座学に耐えたが六日目で遂に音を上げた。三日で辞めなかった辺りなかなか我慢強い、そうノルトハウゼンはメドニアを賞賛したが本人はすっかり落ち込んでしまった。武器の習得には割と自信があったらしいが弓矢の熟達者であるグリン達と比べて基礎が出来ていないメドニアにはなかなか厳しい内容だった。ましてや魔術回路の構造を学ぶ事は、勉学アレルギーの彼女にとって拷問に近い苦行であった。

 

 魔法矢の最終試験として『ノルトハウゼンの助言無しに、自力で魔法矢を成立させる』ことを命じられたグリンは皆を集めてぶっつけ本番で試験に臨んだ。

 グリンは苦心して自分の矢を改造して「推進」と「火球」の『仕込み種』を括り付けた矢を十本ほど作り上げた。 


「おやおや火球も仕込みますか! 初の自作でこれはまた攻めますね!」

「戦争で使う強力な魔術だ、非力な俺でも馬防柵や矢盾を破壊できる。それに推進の方はお手本を一度見せてもらってるからな、イメージし易い」

「ふむ、無謀なようでなかなか論理的。君はセンスがいいのかもね」


 羽毛袋の中に……

 煮豆と羽毛──で推進の効果を増幅。

 煤と蛾の鱗粉とかまどに使われていた石を細かく砕いた砂利石──で火球の効果を増幅。

 使用者グリンは単純化された魔術回路を使って制御するだけ──強い衝撃を受けるまで炸裂しないように制御しつつ意識を集中して弦を引く。

 狙いを定めて一射目。

 『推進』の効果を得た矢は通常のものよりも力強く飛んだ。ぐんぐんと加速して岩肌に当たり羽毛袋が潰れる──しかし『火球』は発動しなかった。

「うっ……」

 この魔法矢はあくまで射手が使用する魔術の成立を補助して効果を増幅させるもの──てば必ず魔術の代わりをするような高価取引されている魔法道具とはまったく別の珍品──グリンが発動を失敗すればそもそも何も起こらない。

「気にしないで続けなさい」

 ニ射目、三射目と続けて不発だったが四射目、羽毛袋が潰れるのを引き金にして、遂に『火球』の効果が現れた。ドーン!という炸裂音と共に岩肌の表面は砕け、石片が礫となって周囲に撒き散らされた。

 横で見守っていたハンク達から歓声が上がる。

 そして塔の窓からも大勢がグリンの試射を見学していた。

 彼らから起こったのは、失笑。

 大魔術師アンガヤの助手達の感覚からすると、グリンの火球は騒ぐほどの威力ではない。あまりに非効率な、馬鹿げた『お遊び』である。子供の遊び、と一笑に附して薬品の調合作業に戻っていった。

 しかし、一部の者だけは漠然とした不安をおぼえたらしく優れない顔色になりつつ見物を続けた。


「わっ、わっ……おおお! 見たか、見たかおまえら! 成功だ! 今のは俺がやったんだぞ! ははは!」

 喜びのあまり何度も飛び跳ねながら騒ぎ立てる少年に対して、ノルトハウゼンから煽りにも似た言葉が投げ掛けられる。

「ほらほら、まだ一回成功しただけだよグリン君、成功した時の感覚が残っている内に続けて撃ちたまえ──それと、もっと早く! 一射に時間を掛け過ぎじゃないのかね?」

「よしきた見とけ。驚くなよ」

 グリンは間を置かず連続で投射した。

 たて続けに『火球』が再現され岩を抉る。

 リズミカルに連続で成功し続けるが、八本目をつがえたあたりで、グリンの足がふらつき頭が揺れる。

「おい相棒その辺でやめとけ」ハンクが声を掛けるがグリンは止まらない。「大丈夫だ」と返答しながら八射目を成功させた。

「いいぞグリン君」拍手を送るノルトハウゼン。

 気力で持ち直したように見えたが、運動によるものとは別種の疲労が急激に少年の体を襲う。額から前につんのめるような体制でバランスを崩すグリン。矢を持ち上げた状態でよたよたとその場で足踏みをすると、突然、火球の魔術が発動してグリンの頭上で炸裂した。


 メドニアは驚いてその場で軽く跳び上がる。ハンクはいち早く駆け付けるが間に合うわけもなく、爆風に押されたグリンは顔面から地面に激突した。


 ─────


 グリンは魔術の連続使用の影響で魔力酔いになり昏倒した。グリンにとっては魔術を連続で使用するのは産まれて初めてのこと、当然、昏倒も初めての経験だった。


「う〜……」

「ああグリンさん! 良かった〜! 起きた〜!」

 メドニアがグリンの手を握ってぶんぶん振る。

「痛い!」

「あっ?」

 手を放すメドニア、握られて圧迫されていた部分の肌の色が少し変わっている。さすがに眉間にシワを寄せるグリン。

「俺の指を折る気か馬鹿力」

「あ! ごめんなさい大丈夫ですか?」

「いいよ。それで、俺どうなったんだ? すごいいい気分だったのになんか急に目の前が真っ暗になって……ううん、フワフワして不思議な気分だ」

「グリンさん急によろよろとして──そうしたら構えていた矢が頭の上で爆発したんです」

「ふーん? あんまりおぼえてない」

「ふうんじゃないですよ、危なかったんですから」

「そうか。悪いな、なんか迷惑かけたみたいだ」

「そうですよぉ」


 グリンはシートの上に寝かされていた。

 ノルトハウゼンも少年の傍に寄ってきて膝をついた。


「いくら矢の補助があったとは言え、複雑な魔術を使い過ぎた。君の身体と精神の中核は霊糸と交わり過ぎて異界の力、『剥き出しの熱量エネルギー』に晒されていたのだ。君という存在の核が、原初のどろどろとした熱量エネルギーに引っ張られて細胞の中が激しく掻き回された──これがいわゆる魔力酔いの症状──耐性が備わった魔術師ならび無視できる感覚でも、不慣れな者にはその揺さぶりは意識を失うほどに激しい。ちょうど先程の君のように突然、身体の制御ができなくなる」

 細胞がどうたら、という説明を理解できるのは大魔術師ザ・グレート達か、岩妖精族ドワーフの学者達ぐらいのものだろう。ほとんどの者はこの理屈を理解できない。

 ノルトハウゼンはアンガヤから購入した魔力酔いに良く効く回復薬と、ノール人が病気の時に飲む丸薬をミックスした、とても不味そうな飲み物をグリンに飲ませた。

 臭いだけで拒否感が出る薬湯だったがグリンは二度ほどウェッ、とえづきながらそれを飲み干した。

「砂糖入りだから飲みやすかっただろう」

「ひどい味だ、砂糖がもったいない」

「──まあ現時点での君の限界はアレぐらいだと覚えておきたまえ、限界が来る前に頭痛、吐き気、目眩などの自覚症状があるはずだから、そこが止め時だ」

「あー、なんかおぼえがあるぞ。魔法の訓練で、変な薬飲んで気持ち悪くなった状態に身体を慣らす──みたいなヤツ」

 グリンはあの訓練にも意味があったのか、といまさらながら得心がいった。

「しかし、火球をあれだけ連続で使える術者はそうそう居ない。君も一人前の魔法使メイジいの仲間入りだ」

「へへへ、本当は魔術においても特別優秀だったのかも!」

 グリンは気を良くして笑った、笑うために顔筋を使うとなにやら頭部に違和感がある。

 どうやら包帯が巻かれているらしい。

「なんだこれ」

「君は頭から額にかけて怪我をしている。異常は無いが傷が残るといけないのでハンク君に治療をしてもらった」

 ハンクは腕組みをしてうんうん、と頷く。

「ふーん、それで先生、俺は合格か?」

「ああもちろん合格だ」

「やった! アハハ!」

 グリンはガバッ、と勢い良く半身を起こすと、瞬時に膝立ちになった。先程まで寝ていたとは思えないほどの動きのキレ。

 

「おいおい相棒! おまえさん結構危なかったんだぞ? 大怪我しなかったのはただ運が良かっただけだ。遊びじゃないんだから、油断するなって──」

 ハンクが駆け寄ってきてグリンを無理矢理に寝かせた。

「わかったよ」

 少年はハンクがいつになく苛ついていて怖かったので、おとなしく言う事を聞いた。

「ガキじゃあるまいし……はしゃぎ過ぎだ」

「それはそれとして、だ──魔法矢を投射する事だけに夢中になって隙を多く作ることは吾輩の戦闘術の理念とは真逆である。ましてや昏倒するとは言語道断、先ずは基本の『安全第一』を心掛けて連続使用を控えなさい」

 リーンフェルトが『鷹目ホークアイ』の魔術を連発していた場面がグリンの脳裏に焼き付いている。

「ええ? 連発するな、って──そりゃないよ先生、あんたが時間かけるな、どんどん撃て、早く撃てって言うからさぁ……」グリンは口を尖らせる。

「ん? あ、あ〜……まあ、そうね」

 ノルトハウゼンはバツが悪そうにキョロキョロと目を泳がせた。

「安全第一が基本だ、とか聞いてないぞ」

「あー、いやその。グリン君の上達が早過ぎて──本来踏むべき段階をすっ飛ばしてしまって」

 あまり説得力の無い言い訳だ、ハンクとメドニアから向けられる冷ややかな凝視が孤独な中年男性を苦しめた。

「ええとやっぱり吾輩に責任あるかな?」

「ちょっと休憩を挟んで欲しかったですね」とハンク。

「そうか、これは申し訳無かった──」

「先生、あんまり相棒をおだてないでくださいよ」

「吾輩も師範としてまだまだ未熟ということか……」

 自省しているのか渋い顔になり肩を落とすノルトハウゼン。

 この魔法騎士が実力の割にいまいち世間一般から認知されていない理由が、ハンクにも理解できた。



─────



 グリン達は、塔の脇にある物置の一角に寝床を作ってもらいそこで寝起きしていた。


 黒い森の中にも薄っすらと光が差し込んでくる。

 まだ皆が起きる気配の無い中、グリンはひとり起き出すとカラスの巣を蹴飛ばさないように注意しつつ高い木の上に登り、東の双竜山脈から出てくる太陽をじっくりと鑑賞した。

 遮光レンズ越しに眺めても闇妖精族ヴァスカにとって陽光は眩しく、そして暖かかった。

 ここしばらくの間、昼の眷属達と一緒に寝起きをすることが多くなった。地下都市に住み間諜として夜間に活動してきた時と比べて、地上の世界における昼間の風景を眺める機会が倍増したグリンは、その自然の美しさに気付き堪能する時間が増えた。

 ゆっくりと遮光レンズを上げ、目を慣らしていく。

 岩肌、草木──色彩豊かな花以外の自然物にも鮮烈な色が塗られている。

 昼の眷属の世界とは、まるで極彩色の絵画のような景色である、少年はそう再認識した。

 やがて下から芳ばしい香りが立ち昇ってくる。

 何か、パンのようなものを焼いている匂いだ。

 ゆっくりと降りるとラフな格好のノルトハウゼンが腕まくりをして調理に勤しんでいる。

「やあ早いな先生」

「うむ、おはようグリニエル君。あの丸薬は効くだろ?」

「うん、いい感じだ。ノール傭兵の秘伝か何かか? あとで作り方を教えてくれ」

「ううむ無闇矢鱈に他人に教えるとだな、吾輩のメシのタネが無くなるんでな──お断りさせていただく」

「けち」

「まあ闇妖精族ヴァスカの里で作ってる薬とそんなに変わらないはずだからね。あとでふたつほど無料で進呈するゆえ、君自身で研究、複製に挑戦したまえ」

 ノルトハウゼンはパンに似た何かを作っていた。

「パンを焼いてるのか」

「うむ、スコーンである」

「スコーン?」

 小麦粉と大麦粉を水や山羊の乳で練り砂糖などを混交して生地を作り、焼く。

 パンとの違いは、甘さと膨らみ具合。

 白妖精族エルフの焼菓子を人間族が真似て作り、貴族の間でお茶の時間に食されるようになったものだ。

 実は食事以外で焼菓子を食すというスタイルは不死族発祥の文化で、夜の眷属から人間族に伝わったものだが、貴族達は白妖精族エルフ発祥だと信じ込んでいる。

 特に白妖精族エルフ達は甘味に目が無く、お茶の時間でなくとも食事代わりに喜んで食すが、不死族は食事は食事、お茶はお茶──と明確に区別しているので人間の貴族に伝わっている文化はやはり不死族や闇妖精族ヴァスカ貴族のものに近い。


 陶磁器など食器のデザインにこだわったり細かい作法があるのも夜の眷属の流儀で、白妖精族エルフは紙皿や木皿、葉っぱの皿に食事を盛るなど、割と細かい作法はなく、ざっくばらんに、おおらかに甘味を楽しむ。

「これはタネ作りの段階で失敗したものだから食べていいよ」

「いいのか? やった」

 焼きムラが目立つ菓子を頬張るグリン。ザクザク、ゴリゴリという咀嚼音。ボソボソとしてあまりふくらんではいないがグリンにとっては歯応えがあり砂糖もたっぷりのなかなか美味な部類の菓子である。

「うまい」

 思わず顔がほころぶ。

「いやいやそんなもので喜んではいかん。待っていなさい、餞別代わりに皆に『とびきりうまいやつ』を振る舞う予定であるからして」

 ノルトハウゼンはにっこりと笑いながら言った。

「餞別?」


「うむ、吾輩は王都へ出向く、お呼びがかかったのでな」


 ノルトハウゼンは王国軍の下士官達向けに弓や体術などの調練などを行うことがある。貴重な収入源であると同時に、身分保障の一環でもある。どこの所属でもない武装した騎士がうろつくのは治安上よろしくないが、国軍の関係者なら咎められない。

「そうかお別れか」

「うむ、弟子とはいえさすがに闇妖精族ヴァスカ間諜スパイは王都へ連れて行けないのである」

「仕方ないな。まあでもギリギリで合格出来て良かった!」

「それはグリニエル君が優秀だったからだ。存分に誇りたまえ」

 どちらからともなく手を差し出して握手を交わした。

「ありがとう先生。俺、火球の魔術なんて一生できっこない、って思ってたけど似たような事が出来るようになって嬉しかったよ。なんかすっごい自信がついてさ。今ならなんだって出来そうだぜ」

「うむ、それは良かった。その調子で精進したまえ」

「……俺はヴァーレにいた頃、まったく霊糸が扱えなかったんだけど。今回、先生に言われた通りやってみたら使えるようになってた──人間族の先生の方が教え方がうまいなんて、不思議な気分だ」

「うむ、アンガヤとも話をしていたのだが──もしかすると赤児時代の君は、異界の熱量から隔絶されていたのかも知れない。それが影響して君はまともに成育出来なかった。何か他者と違う特別な環境下にあった記憶はないかね?」

「?」

 ノルトハウゼンがやや早口で喋るのもあるが、グリンはまったく意味がわからずに首を傾げた。

「まあ過去を振り返るのは歳をとって身体が動かなくなってからで十分だ。今は過去を忘れて新しい事に目を向けなさい」

「おう、そうだな。一番弟子と言われるように努力するぞハハハ。リーンフェルトを悔しがらせてやる」

「う〜ん──修行途中の弟子を置き去りにする身で言うのもなんだが、わたしのノルトハウゼン流闘法は格闘術と魔法矢の投射を混合した距離を選ばず、かつ隙の少ない完璧な個別闘争向けの戦闘術である──君はまだ魔法矢を習得したに過ぎず、体術の習得、および最終段階である混合使用の実戦訓練は未だ終えていない」

「うん?」

「あ〜、つまりだね、まだまだ終えていない授業が沢山あるという事。君は魔法矢の基本を学んだだけ──初段位を得ただけに過ぎない。次は体術の基本を学んでもらう」

「まだまだ、って事か。先は長いな」

「十日そこそこですべて修得マスターされるような浅い戦闘術では、吾輩の人生があまりにも悲しいのである」

「うーん、それで次はいつ会えるんだ?」

「さあ、それはハッキリとはわからない。お互いの都合が良い時だな──いつになるかわからぬので体術について自習できるよう課題を与えておくよ──ちょっと見ていなさい」

「おっ、なんだなんだ、楽しみだな」

 ノルトハウゼンは薪にするために用意された乾燥木材から薄い板状のものをふたつ選ぶと、使っていない石かまどの端に重ねて並べた。

「ふむ、こっちが下かな?」

 薄さや木目の入り方を確かめると、ノルトハウゼンはやや薄い方が下になるように薪材を置き直した。

 そして、炭で上の薪材に印を付ける。

「まばたきせずに、しっかりと見るのだぞ」

「ああ」

「ちぇいっ……」

 ノルトハウゼンは手をかざすと手刀で板を割った。

「これを出来るようになっておきたまえ」

「なんだそれ。こんな薄い板を割るぐらい誰にでも──」

 グリンは二枚の薪材の内、印をつけられた上の板が割れないまま残っているのを見つけてギョッとした。

「あれ?」

 一枚目、上の薪材は石かまどの上に乗ったまま、下の二枚目の薪材だけがきれいに真っ二つに割れていた。

「なんだこれ、すり抜けの魔術か?」

「魔術回路は一切用いておらぬ。身体の扱い方と力の伝え方、物の壊れる仕組みを学び理解すれば誰にでも出来る。副次的効果として魔術回路についての理解もさらに深まるのである」

「すまん、さっぱりわからん」

「グリニエル君は感覚実践派であるからして、頭で仕組みを解明する必要は無いのである。先ずは手を動かすのだ」

「お、おう……」

「吾輩と次に会う時までに十分に修練してこれを出来るようになっておきなさい。吾輩は探す時は今回と同じようにアンガヤに頼んで吾輩に連絡を付け給え。それが一番確実であろう」

 スコーンが焼き上がったのでノルトハウゼンはお茶の準備に入り、忙しそうに食器の準備を始めた。

 グリンは薪材を重ねて真似をしてみたが、そもそも一枚も割れなかった。

「絶対なんかズルしてる……」




──────

      

不死族の城


──────


 神々は自分達の代わりに不死の法を管理する者として、不死族を創造した。

 不死の法とは、生命の在り方を思うがままにデザインする神の力。

 神々は人間族をこの不死の法から遠ざけるため、管理者を人間族が忌避する獣に寄せて創造した──コウモリだ。





 大陸の北方に岩肌に沿って築かれた堅牢な城がある。

 昼の眷属達、人間族と白妖精族の連合軍はこの城に対して矢の一つも射掛けずに去った。


 そこは妖精達、人間達にはあまりに過酷な環境だった。不死の法を操る者でなければ歩くのにも苦労するほどの寒さ──


 日に数回、身を切るような突風が切り立った岩の尖塔の間を通り抜け、横殴りの吹雪となって街道を進む昼の眷属達から体温を奪っていった。

 

 寒さだけではない。街道の周囲には厚い毛皮に覆われた狼獣人ウルフェン達が身を隠す黒い森が点在し、巨大な不死構造体アンデッドコンストラクト達が守護する砦からは牛馬ほどの大きさの岩が投げ付けられる。


 加えてこの不死の法が支配する一帯は、まともな精霊が居付かない痩せた不毛の地──


 涼やかの森のフィンランディアはこの地を「愚か者に似合いの牢獄」と呼んで人間族の王と共に南方に引き返した──しかし従軍した者達は皆、自覚していた。


 岩妖精族ドワーフの助力無しに吸血伯爵シグマイトの城は落とせない、と──



──────



 時は少し遡り、吸血貴族達が連携してナワル聖教会を襲撃し敗退した夜から、二日後の深夜のこと──




 吸血伯爵の居城に蝙蝠の使役魔が数匹と、それに追随するように巨大な蝙蝠がやってきた。

 巨大な蝙蝠の肉体や骨は俄に高温を発しながらうごめく。雪の結晶がその熱に融かされて白煙をあげモヤがかかったように蝙蝠を包む。それはやがて半獣人のような姿へと変貌を遂げた。

 長い羽根をたたみ、衣服の代わりにマントとして身にまとう。

 侵入者を前にした骸骨の戦士達は微動だにしない。彼らはこの蝙蝠獣人が主の友人であることを知っている。

 この蝙蝠もまた、吸血貴族──ナワル聖教会を攻め落とそうとした北方のフラゴール公爵、古い貴族である。




 廊下を歩く屍食鬼グールすら人間族の下級貴族のように着飾り、サンドルク製の懐中時計を持ち、死臭を消すために高価な香を焚いている。

 執事は、ごくごく小さく手鐘を鳴らしてから主人のいる広間の扉を開ける。


「お館様。隣家のフラゴール公爵家ご当主、バンジュ・フラゴール公爵様がお見えでございます。お館様に是非とも、じかにお会いしたい、と」

 うやうやしく頭を下げる執事。


 土色の肌の上に薄桃色の化粧を施し人間族の皮膚色を再現した穏和そうな少年は絢爛豪華な装飾が施された玉座に腰掛けていた。

 しっとりとした黒髪、それほど長くもない脚を組み、リラックスして弦楽器──竪琴ハープの手入れを行っていた。

「バンジュが来たのか? 忙しいやつだな」

 その声色だけがこの男の本来の年齢を包み隠さず表現した。

 この城の主、まだ幼さの抜けきっていないような見た目をしたシグマイト伯爵は手にしていたハープを隣に控えている青年に預け、工具をサイドテーブルに置き、作業用手袋を外した。

「早いですね」

「文字通り飛んできたか」



 屍食鬼が脇に控え跪くと、程無くしてベタンベタンという奇妙な足音と共に静かな城内に来客の声が響いてくる。


「シグマイト伯爵、アンティシモ・シグマイト伯爵──!」


 怒りに満ち溢れた表情の吸血貴族がシグマイト達のいる大広間に姿を現す。

 鉤爪と牙、身体中を覆う濃い体毛──野卑で巨大なコウモリ獣人族のようにも見える外観だが、立ち居振る舞いは礼法を知る知識階級のそれであった。


 挨拶もそこそこに来客は自分の用件のみを言葉早に告げた。

「──シグマイト伯、恥を偲んでお頼み申す、どうか──どうかわたしに蛍石を三百──理由を詮索せず貸出してはいただけぬか。必ずやそれに見合う戦果を上げ、我ら不死族の版図を広げてみせよう」


「おやおや公爵御自ら、この最果てに蛍石の無心に? てっきり家令のアリュジャール殿が代理で来られるのかと──わたしは彼女の愛らしい見た目がこのみでしてね、また会えるのを楽しみにしているのですが」

「女の話などしている場合ではない──そんな余裕が無いのはこの散々な姿を見ればわかるだろう──我が軍勢は今やその半数を失い、まさに存亡の危機に瀕している。敗走の途上、恥も外聞もかなぐり捨ててここへやってきたわたしの覚悟のほど、汲み取っていただきたい──」

「はい、バンジュ公の苦境、正確に存じ上げているつもりですよ。つい先ほど一報がありましてね。ナワルで不死族率いる獣人族の軍隊が大敗、南方のスレアムとケガルス両家のご当主揃って討ち死に──とか」

「くっ、もうそこまで知れ渡っておるのか──」

 フラゴールの顔色に翳りがさす。

「このような最北の果て、辺鄙な場所に長年引き籠っておりますと他にやる事が無いもので──」

 ふたりの貴族の会話に、傍らに控えていた男が口を挟んでくる。


「いや〜あ、数年がかりで好機を伺い、親交の薄い南方貴族にも頭を下げ、聖教会の防御結界を無力化して罠を張り、後詰めに怪しげな自由民ロシュコ達も雇って──そこまでやって万全を期したはずが管理者の小娘ひとり殺せなかった──公爵様があまりに不憫で……このメストナーにも公爵様の憤り、痛いほど理解できますとも、ええ……!」


 シグマイトの隣に立つ男は甲高い癪に障る声でせせら笑った──


「だまれ人間族ウィーニー。脆弱な白妖精の小娘など、邪魔さえ入らねば計画通りに滅しておったわ──」バンジュ・フラゴール公爵は男を睨みつける。

「失敗したのならそれは計画そのものに無理があったと言うことでは?」敗者である公爵に容赦なく正論を被せる青年。

 その軽薄な笑いは感情を掻き乱し、場を緊張させる。

 人間族の男性メストナーは大きな口を薄く、そして広く横に開けた。


 人相見曰く──『狼顧ろうこ』の相。


 身体は前を向き前進しながらも、首だけを真後ろに向けて背後を顧みる、どんな時でも警戒を怠らない猜疑心の強い狼の如き者。

 知性に溢れ冷静沈着。

 良き参謀として、時に統率者として──その広い視野と適切な判断力で苦境を乗り越える強者。

 感情に流されず正しい判断をする反面、肉親や友人との縁が薄い──


「身の程をわきまえた方が良いぞメストナー。いかなシグマイト伯の側近とて、たかだか人間族ウィーニーの分際で高貴なる我ら不死族の敗北を嘲り笑うなど、到底許されぬこと。状況が切迫してなければその首ねじ切っているところだぞ」

 腕を震わせるフラゴール。

「ああバンジュ公──ちなみに彼の身体は既にこちら側です。『肝』が定着しましてね。もはや彼は弱者ウィーニーではありませんので。いずれ正式に我がシグマイト家の一員となることでしょう」

「なんだと?」

「申し遅れましたねフラゴール様。このたび栄誉ある不死族の仲間入りをさせていただきましたよ」

 ヘラヘラと笑う青年、公爵の内から湧いてくる怒りは止まらない。


「信じ難い……屍食鬼グール狼獣人ウルフェンのような眷属を増やすのとは訳が違うんだぞ」

 当主合議の承認を待たず新たな不死族を増やすとは──シグマイトはあまりに他家を蔑ろにし過ぎではないのか──とフラゴールは胸の奥から怒りを噴出させた。


 フラゴールの青い肝が怒りの感情を受けて活性化、青い煙が立ち昇る。

 臨戦態勢。

 ナワルに進軍していた時よりも強大な力が吸血公爵の身体の周囲に噴出した。

 神界から現世へ流出する生命の源、創生力ライフエナジー

 この光の粒子は、副産物として青い排気ガスを伴う事がある──フラゴールの身体からこの排気ガスが大量に排出された。その排気ガスはフラゴールの骨格や皮膚を一度分解して変容させていく。


 フラゴールの身体が硬質化し、鎧のように皮膚を覆う。その変化に恐怖をおぼえた屍食鬼の執事は三歩ほど下がり怒れる来客から距離を取る。


 この排気ガスは、空間に拡散して希薄化してしまう創生力ライフエナジーと反発する性質を持ち、これを留めおいたり特定の方向へと導くために使用される。


 つまり生物の体組成を自在に変容させる事が出来る。

 本来「造物主」のみが使用を許される力を彼ら吸血貴族は操る──不死の法、とは自在に生命を操作する術のこと、またはそれが記された書物のことを指す──

 


 通常の生物の細胞は、種族毎に耐用年数が定められ、やがて寿命を迎える。

 それは細胞を活性化させる創生力ライフエナジーはひとつところに留まらず徐々に飛散していくからだ。

 しかし不死族は他の生物から吸った血液を捧げることで神界から青い排気ガスを取り出し、その力で細胞を自在に操り半永久的に生き続ける。

 そのシステムの中核となるのが『青い肝』である。──この肝は排気ガスが凝縮し個体化したもの。

 神界への接続点アクセスポイントとして機能し、赤い血の代わりに青い排気ガスを現界へと呼び込む──

 青い肝こそが変身や再生を始めとする様々な不死族の能力の源であり、最大の弱点でもある。

 彼らは注射針状の牙を突き立て生物から血を抜き、それを自らの青い肝に送って排気ガスへと変換していく。


 蛍石とは、排気ガスを蓄積し易い鉱物で、成分が変容して柔らかく脈打ち他の細胞と結着し、やがて臓器として体内に留まる──


 このメストナーという男の胸にあった彼の心臓は萎み、隣に出来た青い肝がその位置に収まっていた。彼の身体には青い排気ガスと混じり合った濁った血が流れている。


 フラゴールの使役魔ファミリアである蝙蝠も主人の昂ぶりに呼応するかのように活性化して巨大化を始める──今にも闘争が始まりかねない空気感が広間に溢れる。

「バンジュ公! そう興奮なさらず。まあ、落ち着いて、落ち着いて……」少し椅子から腰を浮かすシグマイト。


「なんと忌々しいことか。こいつは元をたどれば僧職──我らの敵、聖教会の手先ではなかったか? そんな怪しげなヤツにくれてやる領地など無いぞ! 南方はカッシウス伯爵家が、滅失した家の領土を引き継ぐ約束になっておる」

「いえ滅相もない、空き巣狙いのような真似は致しませんよ。先ほど申し上げた通り、彼は我が家の一員、わたしの養子ですから独立はしません。その代わり、わたしが魂ごと滅失して再起が叶わぬ場合には、彼がシグマイト伯爵家を存続させます──」

「そうかそれならなおさら無礼な態度は許せぬな。同族と言うのなら貴族同士の決闘のしきたりにも従え。牙を剥け、今ここでしつけをしてやる──」

 牙を剥き出しにして敵意を隠そうともしないフラゴール。吸血公爵の本気の威圧に耐えられる敵はそう多くない。浴びせ掛けられた『生の霊糸』に思わず顔を背けるメストナー。

「うっ……お手柔らかに頼みますよ公爵様。戦う相手をお間違えではありませんか」

「まあまあ、穏便に、穏便に……」

 椅子から立ち上がり両者の間に割って入るシグマイト。

 シグマイトとフラゴールは視線を合わせてしばし睨み合う。だんだんと公爵の怒りは収まり、身体の硬質化も解除されていく。

 

「わたしは断じて白妖精族エルフごときに負けたのではない。わたしの計画を台無しにしたのは神気使いのエレノアという例の子供ガキだ」


「なるほど大司教エレノア──あの忌子いみご──動きが読めず神出鬼没とは聞きますが。此度は運に見放されましたな。そうだメストナー君、彼女エレノアとは面識があるのだろう? 何か弱点を知らないかね?」

 メストナーと呼ばれた男は先程までの挑発的な態度を抑えているようだった。


「……我々の天敵とは言えますが。結局、器の部分は非力な人間族──寿命で死ぬまで待てば良いこと」

「悠長な! この『北の最果て』で縮こまって待つつもりか? 元・人間族のおまえと違って我ら不死族はもう随分と待った、今こそ好機ぞ」

「好機? ほ〜──バンジュ公が急ぐ理由をお聞かせ願いたい。是非とも」

 喉の奥が何かで灼かれたような濁った声──シグマイト伯爵は外見だけなら声変わりの時期も迎えていないような初々しさを保っているが、魔術用の声帯、そして吸血用の牙な構造など部分的に大人の物を使用していた。

 伯爵から問われたが、フラゴールは目を細めて牙を剥いて笑うだけで何も語ろうとはしなかった。

「ククク……フィンランディアとの決戦を避けて引き篭もった臆病者がそれを聞いてどうされるのか? 貴卿に総大将を任せた事を一族皆、後悔している。今回も黙ってわたしの手並みを眺めているといい」

「ふむ仲間外れとは何とも意地が悪い──情報共有してはいただけないので?」

「ああ、そうだとも。口ばかり達者な臆病者の貴卿は黙って貯め込んでいる蛍石をわたしに貸出せば良いのだ。さすれば不死族の領土は広がり、一族の優秀さは広く三界に知れ渡る──」

 援助を請う立場のはずのフラゴールは不遜な態度でシグマイトを挑発する。

 鼻白んだシグマイトは思わずメストナーの反応を見る。

 メストナーも首をすくめて呆れたように手を軽く広げた。

「あーらら〜……伯爵様どうします? ああ仰られていますが」メストナーは道化師のようにおどけた調子で細身の身体を曲げて主君に訊ねた。

「確かに。腰抜けと言われればその通りかも知れません。公爵がお望みならば、我が城にある余剰の蓄えをお譲り致しましょう。取り敢えず三百──お役に立てていただきたい」

 シグマイト伯爵は穏やかな調子で援助要請を了承すると、屍食鬼の執事に蛍石の準備をするよう指示を出す。

「かたじけない。だが、後悔はさせんぞ」

 力強く握り拳を作るフラゴール。

「公爵様、早速ではございますが、貯蔵庫にご案内致します。どうぞこちらへ」

「恩に着るぞ」

 結果的に機嫌をよくしたフラゴールは屍食鬼に促され、足早に玉座のある大広間を後にした。


「──蛍石の件は許すが、素足で歩き獣臭を撒き散らすのは許し難い。城内の空気が汚れたわ」

 シグマイトはいったん椅子の肘置きに肘を立て頬杖をついた。不貞腐れたような表情で同族に悪態をつく。

「ま、なんにせよ公爵様から蛍石は返ってこないでしょう」

「そうだな。あの調子ならまた負けるだろう」

「お館様、わたしが推測するに、どうもここ一連の不審な動きはフラゴール様自身が描いた絵図ではなさそうです。我々不死族は、何者かによって煽動され涼やかの森との潰し合いをさせられているのだと思われます」

「ほほう──? 我々管理者の共倒れを狙うとは、大それたやつがいるというのか、面白い。おまえの推測をもっと聞かせておくれ」


「煽動しているのは、人間族ですよ」


 メストナーの言葉に興が乗ったのか、少年はコロコロと、のどぼとけを震わせて笑った。外見通りの十歳前後の子が出すような澄んだ笑い。

「おお、ソロスが動いているのか」

「いえ──ソロス家とスファイアティー家は未だ強固な連携を保っています。人間族の中でも別の者達でしょう」

「ふむ、元人間族のおまえにはよくわかる話ということか──しかし愚かだな、おとなしく言うことを聞いていればいずれこの大地はすべて人間族のものになると言うのに」 

「人間族は短命ゆえ、我々のように待てないのでしょう」

「従順な家畜のように振る舞うくせに腹の中は真っ黒か。なんとも強欲なやつらよ──」

「ええ、それもこれも妖精族の皆様から受けた教育の賜物かと存じ上げます」

 新しく迎えたお気に入りの配下の返答にシグマイトはにっこりと笑顔を見せた。

「ふふふ、おまえのように賢くて強欲な人間族が他にもいて、我らを手玉に取ろうとしている──そういうことか」

「まさにその通りでございます、妖精族の皆様から学べることはもう無い──そう判断する者が現れ始めたという事ですよ」

「心当たりがあるようだな」

 シグマイトが笑うと、メストナーもじっとりとした陰湿な笑みを浮かべた。

「ええ、ひとりふたり──」

「なるほど、それでは人間族の調査、おまえがやるのが適任だな──わたしの世話役はクロージャンにやらせるから、おまえは自由に動きなさい」

「ありがたき幸せ。では早速──クロージャンに引き継ぎをして参ります」

 メストナーはうやうやしく礼をすると退席した。


 少年はひとりになると竪琴の調律を再開した。

 試しに軽く爪弾く。

 心地よい冷気が渦巻く広間、張り詰めた空気の緊張をほぐすように清らかな琴の音色が広がり壁や柱に染み込んでいく。

 目を閉じ、うっとりとしながらその音色を楽しむ姿からは普段の残忍さの欠片も感じられなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ