第二十五話 お茶を嗜む
狩りを生業とする善良な獣人達が細々と暮らす森。
木々の間を進み森の奥へ深く分け入ると、ひときわ太い幹の樹木があり、その幹と枝を利用して簡易的な寝床が作られていた。
寝床の主が使う石かまどからは焼き菓子の甘い香りがして獣人達もその香りに釣られてやってきて、遠目に野宿する人間の様子をうかがっていた──
──────
口髭をたくわえたひとりの紳士が折り畳みの椅子に腰掛け、朝の紅茶の時間を優雅に過ごしていた。
サンドルク製の精巧な懐中時計が指し示す通り、現在は精確に午前十時。
木漏れ日と小鳥のさえずりの中、彼はひとり『野宿』を楽しんでいた。
曰く──
金は無くとも心は豊か──
家は無くとも貴族趣味──
主君無くとも淑女の味方──
人呼んで──
孤高の聖人──
魔法矢の達人──
最強の魔法騎士──
その名はノルトハウゼン・ホウマイヤ。
あまりに人前に姿を見せないため、存命中でありながら伝説扱いされてしまった『魔法騎士』である。
目を瞑り年季の入ったカップから立ち昇る香りを楽しみ、ザクザクとした焼き菓子を頬張る。
小鳥達がこぼれた菓子の欠片をついばむために集まり愛らしい鳴き声で紳士のお茶の時間に彩りを添える──
しかし優雅なひとときは長くは続かなかった。
近くで黒いカラスがうるさく鳴き出したからだ。
カラスの耳障りな声を聞いた小鳥達はあっと言う間に森の奥へと散っていった。
「んんん? なんだなんだ……」
ノルトハウゼンは優雅なティータイムが台無しにされたことを悲しみ、渋い顔をした。
その表情──まるで飼い主に叱られて落ち込んでいる年老いた犬──
「ええい、せっかくスコーンがキチンと焼けた日に限ってカラスの奴め──やや? あれはもっと高所に巣をかける種類のカラスではないか。なんでこんな低地に?」
齢四十を越えていまだ独身──すっかり独り言も板についてきた。
ふとサイドテーブルを見ると、お茶の時間の邪魔になるから、と外しておいた危険察知の御守が微かに動いていた。
この御守は、あのカラスが自分を探していたことを伝えようとしているらしい。
「あのカラス、アンガヤのところの使い魔だな? ううむ……支払いの催促? いやいや二ヶ月前に支払ったはず」
布鎧の隙間から自身の腹に手を突っ込み懐中から領収書の束を取り出す。
「やはり払いは終わっているではないか」と呟くと口髭をたくわえた紳士は忌々しげに樹上のカラスを眺める。
「あの婆さんめ、また二重請求して吾輩から金を巻き上げる気だな? その手には乗らん」
カラスに向かって喋り続けるノルトハウゼン──
カラスの方はしばらく鳴いたあとノルトハウゼンの簡易テーブルに降りてきた。
そして自らの脚に巻き付けられた木管の紐の結び目をノルトハウゼンの前に突き出す──魔術師と感覚共有した使役動物で間違いない。
「一体何の用だ?」
管を取り、小さな栓を抜き上下に振る。
すると小さな巻紙がポトリと落ちた。
『モウケバナシ、トウニテマツ アンガヤ』
「なんだと『儲け話、塔にて待つ』とな? ふむ……確かに少々懐具合が寂しくなってきた頃合いではある。少々嫌な予感とするが、背に腹は替えられぬか」
茶葉に砂糖、小麦粉の品質にこだわり王室御用達の一級品を買ったり茶道具を買い揃えるだけでもそこそこの出費、そして彼の本職である『魔法騎士』の闘法は人一倍、魔法道具を消費する──つまり常に金欠なのである──
口ヒゲを撫でて整えたあと、紳士は文箱から上等の羽根ペンとインク瓶を取り出し返信の準備を始めた。
─────
思春期へ
─────
ハンク一行は老婆アンガヤの魔術工房の敷地内にしばらくの間滞在する事となった。
ハンクとグリンは魔法道具や薬品を漁ってみたりミシェットから貰った魔法道具の鑑定書を発行してもらったりして過ごしていた。
その間、メドニアはひとりで黙々と鍛錬をしていたが、やはり退屈そうだった。見かねたグリンが彼女を練習試合に誘い、互いの戦闘技術の交換をしようと持ちかけた。
試合と言っても棒などで打ち合うと怪我をするので、防御側が付けたスカーフを攻撃側が時間内に奪う、という遊び要素のある訓練。
グリンは防具代わりの上着を脱ぎ隠し武器を外して身軽になる。上半身は肌着だけでブーツも脱いで素足に──
メドニアも鱗鎧だけでなく肘当て膝当てなどの部分鎧を外して半袖姿になる。改めて見るとこれぞ戦士の腕と言わんばかりのたくましさ。
力を込めると更に膨張し硬くなる。グリンには細っこいシュローネの胴と同じ寸法に見えた。
「うひょ〜、ぶっとい腕! 長男もムキムキだったけどおまえも負けてないぞ。細い女の胴回りぐらいあるな!」
「うっ……」
なかなか女性に対して失礼な事を言ってる気がするがグリンの羨望の眼差しに嘘偽りや煽りの感情は微塵も無い。純粋な、力強さへの憧れである。
「わ、わ、わたしなんて全然太くないです! 岩妖精の平均ぐらいなんです! グリンさん達、闇妖精の腕が細いだけなんです〜……!」
ムキになった子供のように、手をバタバタ振りながら大きな声で言い訳を始めるメドニア。
「えっ、なに? メドニアなんか怒った? ごめん」
「あ、いえ、怒ってませんよ」
怒ってないと言いつつ頬をふくらませてやや不機嫌な戦士。
「まあ怒ってないならいいや。早速始めようぜ」
防御側は制限時間が来るまで半径10mほどの円の中を逃げ回る。メドニアは砂時計の五分計が落ちるまで──グリンは十分の間逃げ回る。
メドニアは防御側の時に手足でグリンが近付くのを牽制して良い、というルール。
ハンディキャップを付けたつもりだが、結局のところ素速いグリンが終始有利に試合を進めた。
最初不機嫌だったメドニアだが、訓練というよりは『追いかけっこ遊び』に近いものなので、童心に帰って無邪気に楽しんでいた。
攻守交代して三回目、フェイントに引っ掛かったグリンは遂にメドニアに首根っこを捕まえられた。
「わ……やば」
「やった〜! やっとつかまえました」
メドニアは逃げようと足掻くグリンを抱き寄せ、しっかりと腕を胴に巻き付けた。それでもすり抜けようとするので引き倒して地面に押し付ける。
「もう勝ち目はないんだからおとなしくして!」
「まだ負けてない」
身をよじって抜け出そうとするグリンを必死で押さえ込むメドニア。
「あれ……?」
身体に巻かれたスカーフを探すがどこにも見当たらない。勝負が始まる前は腕に巻き付けていたはずだったが──
「あーっ、グリンさんズルい! スカーフ隠した!」
「隠してない隠してない! 頭に巻いてたのに、おまえがさっき引っ張った時に下にずり落ちたんだ」
「え、服の内に?」
「そう、肩のとこ」
メドニアは何の他意もなくスカーフを探すためにグリンの肌着をずりおろして右肩をはだけさせた。パッと見で何も見当たらないので、一瞬躊躇したが左肩から脇にかけて手を滑り込ませる。
グリンの素肌は温かくてすべすべしていて青白い肌に赤紫色の血管が走っているのがよく分かる。叔父や兄達、岩妖精の男性とは違う華奢な造りの胴体、適度についたしなやかな筋肉──力強さより艶めかしさが目に付く。
「わ、わぁ……」
メドニアのつむじの辺りから腰骨の辺りまで、ビリビリッと激しい電流が走る。
溢れる唾液を緊張と一緒に飲み込む。
無性に目の前の異性の肌をまさぐり回したい欲望が沸き上がり心中を掻き乱す──
「ほらほら急いで探さないと時間切れだぞ? はいあと少し」砂時計を見て楽しそうに笑うグリン。
遊びに夢中で気付かなかったが、メドニアは状況を客観視して絶望にも似た気分になった。
──今、自分は、異性を押さえ付け、のしかかり、衣服を脱がして身体を密着させている──
「こ、これは……」
急激に頭に血が昇り軽い目眩がする。
メドニアの中の倫理と羞恥心が、湧き上がる本能的欲求とぶつかり合い、メドニアの行動を阻害した。
拘束が弱くなった隙にグリンはスルリと腕から抜け出す。
「わはは、諦めたか……よ〜し、逃げ切ったぞ〜! また俺の勝ち〜」
砂時計を掲げて無邪気に喜ぶグリンとは対象的に、邪な感情に支配されて固まったままのメドニア。彼女はうずくまったまま、なかなか起き上がらなかった。
「じゃーん、スカーフはココでした〜、へへもうちょい下を探せばあったんだよなぁ」
グリンはズボンのポケットから丸めたスカーフを取り出す。
「うぅ、やっぱりズルだった……」
「ごめんごめん、なんか負けたくなかったから……次はおまえも服の下とかに隠していいぞ」
「エエエエッ、服の下!?」
メドニアは少年の手が自分の素肌に手を這わす姿を妄想してしまい、脳天を戦槌で殴られたような衝撃を受けた。
「なんだ大きな声出して」
「あーっ! だめだめだめ!」
「?」心配になってメドニアの顔を覗き込もうとするグリン。
「あ、あ、あの──ちょっとこの訓練はその、だめです、とにかくダメ!」
激しく脈打つ心臓を抑えながら言葉を絞り出すメドニア。
「まあ確かに、ズルして悪かったよ。じゃあ勝ち負けとか無いヤツにしようぜ。サンドルク流の鍛錬のやり方とか教えてくれよ」
「あ、そ、そうですね……そういうのでお願いします」
羞恥で火照った顔面を両の手のひらでパタパタと扇ぐメドニア。深呼吸して心の動揺を抑えようと努力を続けている。
「ん〜? なんだよ炎雷戦士団、これしきでもう息が上がったのか」
「あ、いえ! 呼吸が乱れているのはその、運動が原因では無くて……」
「どんな原因?」
「えっ、と」
──異性として意識している男の子と薄着で密着したのが気恥かしくなったから──という本当の理由はとてもじゃないが口には出せない。
どうしたら良いかわからずに、ひーん、と小さい泣き声を出して縮こまる女戦士。
ふたりの様子を遠くから眺めていた者から声がかかる。
「おーい、相棒〜! いつまでもイチャイチャしてんじゃねえぞぉ」
少し離れた場所にある石竈でハンクが湯を沸かしていた。
「ひぇっ?」
ビクッと肩を跳ね上げて大袈裟に驚くメドニア。
「い、い、イチャイチャしてませんっ! イチャイチャしてませんよぉ!?」
激しく動いていたはずのグリンはあまり汗をかいていないが、メドニアは心配になるぐらい発汗していて、目の焦点も合っていない。
「どうしたハンク、おまえも少しは身体動かせ。さもないとこいつみたいにヘバって火にかけた薬缶みたいになるぞ」けらけら、と笑うグリン。
「俺の心配はいいから。ほら汗拭いて手を洗え、メシの支度するぞ」
「はいはい。じゃ、メドニア続きは後で──」
森の中を流れている小川に手拭いを浸すグリン。
それを見て逃げ出すように小走りでやってきたメドニアはハンクに耳打ちする。
「は、ハンクさん、ちょっと……」
「どうしたの?」
「あの、グリンさんって闇妖精族で言うと何歳ぐらいなんでしょうか。あの、大人〜…の、成人してる男性──なんですよね?」
「は? え、何で俺に聞くの。直接聞けば?」
「あー、いやー、そのー、なんていうかー……ちょっとグリンさんて変に子供っぽいところないですか?」言い淀むメドニア。
ハンクはなんとなく察して小さくつぶやいた。
「ふうむ、なかなか重症だな。これが妖精の発情期ってヤツか」
「え?」
岩妖精は他の妖精と比べて感受性が低いと言われているがメドニアも多感な時期の女性だ。例に漏れず異性への興味が溢れ出して止まらないらしい。
「──相棒の年齢ねえ。ハッキリとはわからないけどヴァーレから出て来た時は未成年だったらしいけど──もうそろそろ成人なんじゃないか?」
「そ、そうですか……でもそれにしては……」
メドニアはグリンが無邪気にボディタッチしてきたり、逆にメドニアから触られる事に無頓着だったりするのが理解できず、困惑している事を伝えた。
「まあそうだな。女性との向き合い方が確かにガキっぽいけど──それはそれとして基本的に『女嫌い』なんじゃないか、とは思う。気を悪くしないでね」
「は、はあ……そうなんですか──女嫌い」
「そう」
「ふ、ふうん……」
表情が曇るメドニア。
ハンクには不安を隠しきれない子供のように見える。
───
戦士として成長するにつれてサンドルクに居た同世代の子達とは段々と疎遠になってきた経緯があるのだろうか。
少女時代に、気のおけない相手と全力で遊んだりするような楽しい経験に恵まれなかった子──異性への戸惑いもあるが、それ以上に『遠慮なく話し掛けてくれる友人』を欲している──本来、兄達がその役を担うはずだったのかも知れない。
───このようにハンクは推察した
「でもまあ、メドニアさんのことはかなり気に入ってると思うよ」
「え、そうなんです?」
パッ、と表情が明るくなるメドニア。
「たぶん」
「…………ふふ」
一瞬弛んだ口元をキュッた引き締めると、メドニアは自分の頬を何度も叩いた。
邪念を追い払おうとしているらしい。
「あっ、わたし食事の準備手伝います」
「いいからいいから、メドニアさんまだ呼吸荒いからメシできるまで座って休んでて」
「じゃあお言葉に甘えて」
メドニアは木の切株に座り込むと、ふう〜、と深い溜め息を吐いた。
しばらく落ち着いたようだったが、少年が身体を拭うために肌着を脱ぎ上半身をさらけ出しているのを発見してまたメドニアの情緒がおかしくなる。
「うぉっ……」
恥ずかしそうに背を丸め、内股でもじもじとしながらも、メドニアは少年の半裸姿を横目で盗み見ていた。あまり見てはいけないと思いつつも目が離せないらしい。
「ああああ……! だめだめだめ……!」
突然、我に返り両手で顔を覆ったかと思うと、汚れるのも構わず切株から落ち、背が低い草の上でごろごろと転げまわる。
「なんか妖精族って……純朴だねぇ……」
見ているだけでまったく退屈しない、とハンクは面白がって思春期真っ只中の妖精族ふたりを観察した。
ややあって、レール付きのカーテンが引っ張られるように蔓草が退くと、灰色のローブをまとった腰の曲がった老婆アンガヤがハンク達のいる馬の水飲み場に姿をみせた。意外にも杖など突かずしっかりとした足取りで大股に歩いてくる。
杖の代わりに、手に持っているのはパイプと食材の入った手提げ袋──
魔術師が敷地内とは言え塔の外になんの装備も護衛もなく出てくるのは珍しい。それだけここは安全が確保されているのだろう。
「あれアンガヤ? どうしたんだよ。仕事はいいのか?」
「あんたが言ったんだろ坊や? 少しは休めってさ。それに──滅多に見れない面白い客が来てる事だしね」
アンガヤは手に持ったパイプで妖精族のふたりを指し示す。
「納期大丈夫か?」
「待たせるさ。偉大な魔術師ってのは、人生のほとんどを知と理の探究に費やす。知的好奇心や新しい発見は……全てにおいて優先される! だから薬の納期なんざ知ったこっちゃねえよウヒヒ」
ヒャッヒャッ、と乾いた笑い声を上げる老婆。
「国の要請より、妖精族の生態を観察するのが優先? ひでえ」
「嫌なら自分たちで作ればいいじゃないの。こっちはイヤイヤやってんだよ」
「むちゃくちゃ言うなぁ……」
「そういう坊やだって、楽しくなけりゃ妖精族の世話なんてしないだろぉ? 世の中にはカネ稼ぎより優先しなきゃならんことがあるんだよ」アンガヤは少し屈んでハンクの表情を下から覗き込んでくる。
「まあな、こいつらの相手をしてるのは、ちょっと面白い」
「ひひ、どうだい、やっぱりひとり旅よりも連れがいた方が楽しいだろ?」
「さあそれはどうかな……その分気疲れもするしな。やっぱりひとりの方が気は楽だぜ」苦笑いするハンク。
「いやいや、人間てのはね、未知のものに触れる時に一番幸福を感じるんだよ。新たな人間関係もそうさ、当たりゃあデカい」
じたばたしているメドニアの姿を観察してアンガヤは笑った。
「人間関係ねぇ……俺はもう疲れてきたよ」
「若いのに年寄りみたいな事言うね。刺激を怖がってちゃ新たな刺激は手に入らないよ、坊や」
「大当たりを引かなくてもそこそこ楽しけりゃそれでいいけどな」
「何言ってんだい、あんたはとっくに大当たりを引いてるよ! あんな変わり者の妖精はなかなか居ない」
アンガヤはグリンを指差す。
「そうか」
ハンクは納得したような気分になった、自然と笑みがこぼれる。
昼食のメニューをアンガヤからの差し入れを使う事に変更した。グリンは服を脱いだついでに装備品の手入れをちょこちょこやり始めた。
「チェッ! あいつ気付かないふりして俺に全部やらせる気だな……まったく!」
ハンクは舌打ちした。メドニアの方もそれに倣って鱗鎧の細部を清掃し始めた。
「──なあハンク坊や、あのふたりどう思う?」
「どう思うって何が」
「岩妖精と闇妖精の『つがい』って子供産まれると思うかい?」
「ぶはっ……ええ!?」
とんでもない事をさらりと言うアンガヤ。流石のハンクも話題が生々しくて気まずくなった。
「こいつらは一緒に旅してる仲間なんだからそういうのやめて?」
「気が合うから一緒に旅が続けられてるんだし──気が合うならくっついてもおかしくないだろ」アンガヤは笑った。
「まあそりゃあね、確かにそうだけど」
ハンクは頭を掻いた。
「しかし妖精同士の混血ってのは、噂や詩物語では聞くけど実際に見た事は無いな」
「そりゃちょうどいい。早速そこのふたりをくっつけて、どんなのが産まれるか実証実験してみようじゃないか。産まれたら成長記録を付けておくれ」
アンガヤは下卑た笑いを浮かべる。心底げんなりした表情でアンガヤを睨むハンク。
「なあ〜……アンガヤ。この子達はあんたの好奇心を満たす玩具じゃないんだから」
「バカ、違うよ! これは恋する若い男女の後押し! あたしは恋愛の神の代わりさ」
恋愛の神なんて居たっけ、とハンクは呆れ返りながら首を振った。
「ん〜この子達は割と故郷愛が強い方だから……異種族婚とかすると帰れなくなるだろ」
「チェッ、なんだいなんだい里からはぐれたクセに後先考えやがって」
「そりゃあんたは後先無いかもだけど。この子達寿命長いからね?」
「つまんない大人になったねぇ。探究心を無くしたら一気に老け込むから気を付けな」
妖精族に限らず人間族同士であっても異なる文化圏の相手との混血児は敬遠される。どちらの里からも疎まれ最悪の場合は追放、または未熟児のうちに処分される──
やれやれ、と呟くとアンガヤは水飲み場にある飼葉桶の端っこに腰をおろしパイプに火をつけた。
彼女は外套の下に男性物のズボンを着用していた。イボや黒染みの目立つ顔面や皺くちゃの手とは対照的に足腰にはどこか力強さを感じる──本人は魔女という呼ばれ方を否定するが年齢不詳という点では立派な魔女だ──
「……そうそう、混血と言えばさぁ! あんたの持ってきた魔法道具、フィン様の養子からもらったんだってね。どうだった? やっぱり普通の白妖精とはすこし違う感じだったかい?」
「は? フィン様?」
「察しが悪いね、あたしが『様』付けする相手なんて、神の代行者フィンランディア・ナグ・スファイアティー様か、もしくは大魔術師クロム・ビラ・ソリスティア様以外には居ないだろうよ」
アンガヤは涼やかの森の魔術師達を崇拝に近いレベルで尊敬しているらしい。
「知らねえよ」
「じゃあ覚えておきな」
「はいはい……ええとフィン様、ってフィンランディアの息子──? ああ、ゲロ姫さんの兄貴のミシェット・ナグの事か。なかなか話のわかる立派な青年だったよ──あれ? 混血──って言ったか?」
穏やかな話題じゃないぞ、と焦ったハンクは思わず周囲を見回す、それを見たアンガヤは「誰も居やしないさ」と苦笑いした。
「──ミシェットには人間族との混血って噂があるだろ、知らなかったのかい」
老婆はとんでもない事をさらりと言った。養子というのも初耳である。
「はあ? まさか! ありゃ純然たる白妖精族の貴族、王子様って感じだぜ?」
「ハンク坊やは人相見が得意だからさ。なんか他の白妖精との違いがわかるかと思ったんだけどね。妖精は専門外か」
「いやいやいや、マジで人間族との混血なのか? 若いのに戦士団の長だぜ?」
「正にそれが噂の根拠になってるのさ。人間族の血が混じって妖精の欠点が上手いこと補われたんじゃないか、って」
「欠点を補う? 人間族の長所ってなんだよ」
「……短命種で新陳代謝のサイクルが早い分だけ他の長命種より筋繊維や運動神経が発達し易い──とか、ね」
アンガヤは煙を吐いた。
人間族の血が混じることで寿命の源である神性が低くなった彼は、寿命を削りかねない精霊術の行使を極端に忌避している、とアンガヤは付け加えた
「う、う〜ん」
ハンクはミシェットとシュローネの容姿を比較する。似てないと言われれば、そういう気もしてくるが、本当の兄妹のようでもある──少なくとも兄妹仲は良好のようだが──
感情の抑制がうまく出来ない妹。
兄がグリン達の前でだけ見せた屈託の無い笑顔。
明らかに他の白妖精族達とは違う親しみ易さがあった。
そうすると妹のシュローネの方も混血児なのか、と思ったが杖の補助も無しで強力な精霊術を連発するのは人間族の特徴とは真逆だ。
「わ、わからん……」
「悩ましいだろ? 研究したくなるだろ? ああ〜! 気になる、気になるねえ……! 白妖精と人間族の混血児、研究したいねぇ! なんだか気になり過ぎてむず痒くなってきたよ」
老婆はボリボリと乾いた首筋を掻いた。
「なんでそうデリケートな話題に首を突っ込もうとするんだよ──家庭の事情なんだからソッとしておこうぜ。ほじくり返すのはよくない」
「それをほじくるのがあたしら魔術師の本分じゃないか! 偉大な大地母神がしこしこ書き貯めた霊糸の組み合わせ表を再現する醍醐味!」
魔術師が他人と一緒に暮らせない理由がよくわかる──ハンクは苦笑いするしかなかった。
「あんた達さ、記章までもらってんだから、ミシェットとかなり親しくなったんだろ? 頼むからそれとなく探りを入れといておくれよぅ。血液と唾液採取してくれたら報酬弾むよ?」
「アンガヤ、下手すりゃ斬り殺されるぞ」
老婆が危険な内容に触れ始めた矢先、会話に混ざりたそうな顔で少年が走り寄ってくる。
途端にふたりの会話はピタリと止まった。それまで激しく身振り手振りを交えながら騒いでいた老婆が急にパイプを咥えて押し黙ったのでグリンはつまらなそうに軽く舌打ちした。
──────
アンガヤからもらった押し麦と干し肉を粥にして食事を摂る。乾燥果物の砂糖漬けを齧りつつ四人でかまどを囲んで薬湯を飲んでいると、アンガヤの膝の上に一羽のカラスが飛び込んできた。
あまりに突然現れたのでグリン達は反射的に身構えた。特にメドニアは過剰反応して幅広剣を抜いて立ち上がった。
「なんだい急に殺気立って。これは手紙の配達。敵の襲撃とは違うよ勇敢な女戦士さん。あーあー、こぼしちまったよ……」
突然の抜刀に驚いたアンガヤは慌てて薬湯をローブの上にこぼした。
「大丈夫ですか」
メドニアは慌ててアンガヤに駆け寄りローブにかかった薬湯を手拭いでふく。
「ン〜! なんか立派な風体の割にドタバタドタバタ、肝が据わってない戦士様だこと!」
「すみません……」
父であるロドムに未熟さを指摘されて恐縮する感覚を思い出すメドニア。
「まあ、鈍臭いヤツよりは百倍マシだけど──まあ、ここに居る間ぐらいは骨休めするといいさ」
老婆は手を伸ばしてメドニアの頭を撫でた。
改めて──
アンガヤは使役魔の持ってきた小さな紙片を取り出して拡げた。
「どれどれ……ほ〜っ、ノル坊は早くて三日、遅くて六日、最悪十日以内には到着するんだとさ──」
「十日以内か、割と近いとこにいたんだな」とハンク。
「三日か! 楽しみだ」グリンはにっこりと微笑んだ。
「あんた前向きな子だね。最短で三日だけど当てにしない方がいいよ。ノルはちょっと時間にだらしないところがあるからね」
「じゃあ六日か」グリンはつまらなそうに口を尖らせた。
「その人、強いんですか?」グリンが興奮気味なのを見てメドニアもノルトハウゼンに興味を引かれたらしい。
「リーンフェルトの師匠なら、たぶん強い」グリン。
ハンクはグリンの説明に補足を加えた。
「ええと。リーンフェルトって騎士と一緒に戦う機会があってね。その時に使ってた魔法矢の技がなかなかすごかったんだよ。ノルトハウゼンってのはその騎士に魔法矢を教えた人」
「魔法矢……白妖精族ですか」
「人間だよ。髪の毛の長い美人でな。グリンがデレデレしてた」
「バッ……! 馬鹿言えウソつきハンク!」
妙にムキになって反論するグリンを見てメドニアは何かを感じ取った。
「女の人なんですか」
「あの魔法矢は見事だったよな、惚れ惚れする──俺も早くあの技を習いたいぜ」
うっとりとした表情で弓を引く仕草を真似るグリン。
「ふ、ふーん……」
不機嫌そうに唇を曲げるメドニア。
「なんだメドニア、気になるのか? 一緒に訓練するか?」
「いいです、弓は使いませんから」プイッと横を向く岩妖精の女戦士。
「大丈夫大丈夫、弓なんかなくてもおまえの方が断然強いから。おまえ肩幅とか広いし足も太いしな、リーンフェルトは背は高いけど細過ぎて馬力は無さそうだし」
「腕とか、足とか、細いんですか……ふうん」
メドニアは平静を装っているが顎と首の筋繊維が一瞬、ピッと盛り上がる。物凄い力が奥歯に入ったのか、ギリッという音が聞こえる。
重たい家具を板張りの床の上で引きずったような音だったので、アンガヤは不審がってキョロキョロと音源を探す──ハンクはメドニアから若干禍々しい気を感じとってひとり焦り出す。
「あ、あの〜、メドニアさんこれ。薬湯おかわり飲む?」
「いえ大丈夫です……」
メドニアはハンクに近寄って耳打ちする。
「あのハンクさん。ち、ちなみになんですがその……さきほどの話に出ていた人間族の騎士の方は、ドレスとかお化粧とか、可愛い格好をしていたり?」
「……ああいや、一応、金属鎧だったけど。まあ、化粧は──うっすらとしてたかな」
「……け、化粧ですか、うむむ」
「た、対抗意識バリバリなのね……」
何か言いたげにグリンを睨むメドニア、ハンクに頭を下げて会話を切り上げるとグリンに近寄り、両手を上げて宣言した。
「あのっ、グリンさん! さっき興味無いって言っちゃいましたけど、やっぱりわたしも一緒に訓練していいですかっ!?」
突然、大柄なメドニアが目の前で両手を上げて壁のように立ちはだかったのでグリンは腰掛けている桶からずり落ちそうになるほど後ろに引いた。遠目に見ると威嚇されてるようにも見える。
「ええ? ん〜……いいけど俺の邪魔はするなよ」
「もちろんです、わたし武芸には自信ありますからむしろお役に立てると思います!」
「そっか、じゃあどっちが早く上達屋するか競争しようぜ」
「ま、負けませんから……!」
グリンは無邪気に笑っているが状況をあまり理解していなかった。




