当たり前だ..
ニルの森から離れていく馬車の中、セシリアはこわばった表情のまま、目の前に見える飲み物が入ったケースを睨みつけていた。
ほんの1時間前まで、笑って木の実や草の実を採っていた自分は誰だったのか?
そう思わせるには充分過ぎる状況だった。
そんなセシリアの頭の中で、時間が巻き戻されてゆく。
穏やかだったタステル行きのバスの中...
そのバスに乗る為にルーフ・カールにある家を出た時...
遠出をする為に衣装ケースから取り出した、一目見たときから欲しいと思った服のこと...
朝起きて伸びをしてから、カーテンを開けて外の天候を確認した時のこと...
イルモニカの大都市の夜景を...
...でも何故か、セバスティアンやフィリップ...
それにスコルビおじさんにケールおばさんは出て来なかった。
怖いのに..こんなに苦しいのに..助けてほしいのに...
それでも彼等や彼女の名前や顔は出て来ない。
いいや...
出て来ないのではなく、セシリアが意識的に避けたのだ。
このどうなるか分からない窮屈な馬車の中で、その大事な名前たちをセシリアは避けたのだ。
こんな状況にしたアルダ・ラズムのいる時間から...
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「お飲みになりますか?」
ただ黙り込んで強張るセシリアに、そう問いかけるアグロ。
彼の手元には炭酸水の瓶が持たれている。
「..喉が乾いているんでしょ?
水でも飲みますか?」
そのアグロの声にセシリアは、そのアグロに目を遣り、この馬車に乗ってから初めて口を開いた。
「...いらない」
「だって喉が乾いているでしょ?
無理せずに...ほら?」
「..いらないって言ってんだよ?」
自然と語気が強まるセシリアにアグロは、ムッとすることなく冷静に応える。
「..ふん...相変わらずその強情な性格は治っていないようだな..セシリア?」
「あんただって...相変わらず..しつこいよ?」
そんなセシリアの断りにアグロはただ笑っていた。
セシリアと初めて酒場ボルカで出会った時からさっきまで怯え逃げようとしていたその姿までを見て...
アグロは手玉に取ったように笑っていた。
その笑うアグロにセシリアは、
「本当なんだろうな?」
「ええ?」
「私が潔白だったら直ぐに帰してくれるって...」
「ええ...もちろん?」
「...私に人殺しの関与があるって、いったい誰が言ったんだよ?」
「...ですから、それらの事は..取り敢えず検問所の方で聞かせてもらいますよ?
..あと少しで着きますから?」
「...ふん、よくそんなこと...でっち上げた..」
こわばった表情だったセシリアが半笑いを浮べ口を開いているところにアグロが割り込んで..
「そうだ? セシリアさん?
セバスティアンの方は元気にしてますよ?」
そのアグロの言葉にセシリアは表情を変え腰を上げる。
「..お前?」
「そんなこわい顔しないで下さいよ?
セシリアさん...私はただ..彼は元気にしてますよっと言っただけですよ」
セバスティアンの名前を口にしたアグロをセシリアは今にも飛び掛かりそうな構えで睨みつける。
「..彼は本当に優秀ですよ? 多少の魔法が使え、頭も賢い...それに物腰の柔らかく、どんな訓練にもへこたれずに付いてくる。
いやぁー正直..あんなタイプの研修兵は初めてですよ?」
そのアグロの褒め言葉にセシリアは黙っていた。
その言葉が自身を惑わせようとしている事は分かっていたからだ。
更にアグロは、言葉を続けた。
「...他の女性もほっとかないでしょうね? ..彼のことを?」
そのアグロの言葉にセシリアは我慢できずに..
「さっきから..いったい何が言いたいんだ? ..べらべら喋りやがって...」
「いや..気にされてるんじゃないかと思いましてねぇ...
彼と住んでいたんでしょ? 僅かながら...
寂しいでしょう? せっかく一緒に...
さあ、着きますよ?
..少し取ってか..何かに掴まってて下さい...」
目的の検問所に着いたのか馬車を引く馬が鳴き声を上げて走る速度を緩めた。
アグロは馬車の中で立ち上がり、戸を開けようとセシリアの前を横切る際に..
「...まあ、さっき話の続きですけどね..
セバスティアン..
来年にはイルモニカの兵士になっているでしょうね...
我々のアルダ・ラズムでは無く?」
このアグロの仕舞いの言葉にセシリアは、こう結んだ。
「当たり前だ..」




