貨車
「もう...忘れてしまいましたか?」
不敵な笑みを浮かべ、そう問いかけるアグロの声にセシリアは、直ぐ中腰だった状態からサッと後ずさりをして、引き攣らせた表情のまま歯をガチガチと鳴らし、後ろを振り向くなり全力で走り始めた。
「だ! ..だれか! だれかぁぁ!! ..助けてくれぇぇ!!!」
セシリアがニルの森の中を目指して走りながら叫び声を上げると、それに合わせてアルダ・ラズムの兵士10数人がニルの森から一斉にそのセシリアを囲むようにして出て来た。
「だれかぁぁぁ!! 助けてぇぇぇっ!! 殺さっ! ううっ!? ぐぅぁっっ!」
セシリアは方向を変え、アルダの兵士がいない方に目を向けようとしたとき、横からもの凄い力が走って来て、セシリアの目が回り一瞬でその体が宙に浮いて、ぐっと伸びて来た大きな硬い手がそのセシリアの口もとを強引に塞いだ。
「ううっっ!!」
「...おい..余り手荒に扱うなよ?」
飛び出してセシリアを羽交い締めにした一人のアルダ・ラズムの兵士にアグロが言い放つと、そのアルダの兵士の胸先で口を押さえられ苦しむセシリアに目を向け、少し眺めてから、顎を触り、もう一度微笑んだ。
「セシリアさん? なぜ逃げるのです?」
アグロは微笑んだまま質問すると、その目でセシリアの口を押さえるアルダの兵士に..
"その手を離せ"
..と合図する。
セシリアの口もとからゆっくり大きな手が退けられ、その怯えたセシリアにアグロがまた質問する。
「お怪我は? ..大丈夫ですか?」
アグロのわざとらしい言葉にセシリアは間を置いてから..
「......うるせぇ」
その返ってきたセシリアの言葉にアグロは大袈裟な表情してから、言葉を続けた。
「...そうですか? ..分かりました。では我々が今日、何の用で来たのか..お分かりですか?」
アグロの質問にセシリアは、考える事なく、そのアグロの表情を見ていた。
自分がこの男を初めて見た時の以来の顔を。
自分がこのプライドの塊のような騎士を怒らせてしまった事を思い出しながら..
そして
あの男から、奴は執念深い男だと聞かされた事を思い出しながらアグロを見ていた。
「...ご存知ないと?」
アグロの一言がセシリアの耳に届くと、自然とセシリアは言葉を返していた。
セシリア「..知るかよ...そんなこと..」
アグロ「..ふん...相変わらずだな? セシリア...
逮捕状ですよ? ..あなたに逮捕状が出てるんですよ?」
セシリア「...でたらめ言ってんじゃねえ」
震えながらもセシリアは、アグロの言葉に怯まないように努めた。もうこのイルモニカに住む者なのだから、スエル・ドバードの酒場とは縁を切ったのだから..
セバスティアンとフィリップの手を握ってイルモニカに...
残りの借金だって少しづつボルカに毎月送り付けている。
何も問題などない。
もうセシリアは、奴隷ではないのだ。
セシリア「いい加減な言ってんじゃねえ! 私がいつ捕まらないといけない事をしたんだよ? ええ!
ちゃんと借金だって返してるし..
なにも問題なんかないよ...でたらめ言うな!」
アグロ「..そうですか...やはりご存知ではない?
よろしい..では説明しましょう?
えー、先ずは..以前に勤めていた酒場ボルカにあった大事な骨董品を破損させた事...それから窃盗...
通行人に対する脅迫等...
他にも...ああ?
それから...殺人に関与の疑い..」
セシリア「いい加減なこと言ってじゃねぇ!
...私がいつ..人殺しに関与したんだよ?
ええ? ...でたらめ言うな..離せ? 離せよ!
もう私は..」
胸先で暴れるセシリアをアルダ・ラズムの兵士は、一層そのセシリアを押さえる両腕に力を入れた。
「...おい? 連れて行け...話ならこの先にある検問所で聞きますよ?」
そう言ってアグロは、ニルの森とは別の方向を指差し、近寄って来た馬車の戸を開けた。
セシリア「...嫌だ..イルモニカにしてくれ!
..イ、イルモニカにある検問所にしてくれ? なぁ?」
アグロ「はあ?」
セシリア「..何だったら...ニルの森付近にある検問所でもさ?!
もう私は..イルモニカの住人なんだよ?
なあ? お願いだ..」
アグロ「何を言ってるんです? イルモニカの検問所から、あなたの起こした問題は管轄外だからそっちの方で取り締まって欲しいと連絡があったんです?
..だからこの先にある検問所で..と言っているのです?」
セシリア「....」
アグロ「ちゃんと話は聞きますよ...セシリアさん?」
セシリアを掴んでいたアルダ・ラズムの兵士が、ぐっとセシリアを開いた戸に入るよう..手に力を入れ、その場を4人の兵士が囲むようにして並んだ。
周辺には10台もの馬車が集まっている。
それに気付き、セシリアは仕方なく戸の開いた馬車に入ろうと後ろの踏み台に足をかけた。
「誤解だと分かれば、直ぐに解放して差し上げますよ..セシリアさん?」
アグロは不安がるセシリアにそう声をかける。
その言葉にセシリアが睨みつけて何かを言おうと口を開いたとき..
「本当ですよ?」
..とアグロは、更に言葉を乗せた。




