ドイス
「お一人?」
「ええ? ちょっと木の実なんかを採りに行こうと..」
「まあぁぁ、勿体ない?」
「そうですか?」
「だって?、貴女みたいな綺麗な人が..
1人だなんて...」
「そう言うおばさんだって、
おめかしして何処へ行かれるんですか?」
「私..今から知り合いの所に行って、そのあと2人で大事な人のお祝いに行くの?」
「そう言うおばさんだって素敵じゃないですか?」
「そう?...で、何の木の実を採りに?」
「ええ...この先にあるニルの森に沢山ある木の実や草の実を?」
「ああ、あの採り放題のニルの森へ?」
「うん! あそこの事をちょっと前に教えてもらってさ?
今日、私も大事な人のお見舞にアルアシュトラまで行くから...
ついでに、その採った木の実を使った簡単な料理を作って持って行こうと思ってるの?」
「へぇー? 優しい子なんだね、
貴女って...
紅く綺麗な髪で、それでいてスタイルも良く、飛びきりの美人...
料理も出来て、気遣いも出来るなんて..
そりゃすれ違う男ども振り返る訳だ?」
「もおーおばさんったら...
だけどそう言うおばさんだって、本当に綺麗だよ?」
「ありがとう、さあ? 貴女ともう少し話たかったけど...
もうバスが着いちゃった?」
「おばさん、気をつけてね?」
「はいはい、どうもご親切に、
そう言う貴女も気をつけるんだよ?
特に美人な女性なら、尚更ね?」
「うん! ありがとう」
「じゃあね...見知らぬ美人さん?
また会えます様に」
その会話は、セシリアと見知らぬ女性のものだった。
タステル行きのバスの中、
今しがた出会ったばかりの女性との、
短い会話..
そんな他愛ない時間を、
バスの中で過ごすと、
セシリアは、自分がこのイルモニカにやって来て、まだ2ヶ月だという事を忘れるほど、その時期が濃厚に思えた。
セバスティアンがアルダ・ラズム団に研修生として旅立って1ヶ月が経ち、
フィリップは、通う魔法学院に馴染み、友達も出来た、
セシリアも相変わらずスコルビとケールが勤める理髪店でのびのびと好きな様に仕事をこなしながら、
その僅かな時期がセシリアにとって今までのどの時間とも違い、こころに響くものであった。
──
「ねえ、運転手さん? 帰りの..ルーフ・カールまで戻るバスは、15時ちょっとのは..ある?」
「ああ..15時台なら...15時08分が最初だな? 遅くならんかったらな?」
「分かった? ありがとう..
じゃあ、15時08分..遅れないでね?」
「..ああ!
..15時台なら...
残念だが運転は俺じゃねえな?」
「運転手のおじさんが大事じゃないの!
帰りの、
バスの時刻だってば!?」
「ははははは、分かってるよ?
悲しいけどな?
ははは、じゃあ美人さん気をつけてな!」
「ありがとう!」
──
この日は、祝日だった為に、フィリップは朝から友達の家に遊びに出掛けていた。
しかし、本当は、朝早くからセバスティアンとフィリップの母エレが療養している施設から連絡があったのだ。
その内容は、エレの体調が良くないというもので、エレはここ最近、食欲も減りすっかり元気を無くしているという。
それを聞いたセシリアは、最初はフィリップに伝えようと考えていたが、エレの体調が悪くなっている原因は、精神的なものだと聞かされると、さっきの考えを改める事にした。
その理由は、せっかくフィリップが祝日で友達の所へ遊びに行くのだから、
それに、エレの体調が悪いのは精神的なものなら、フィリップが遊び終えたあとに伝えて、その日の夕方からセシリアと2人でお見舞に行っても遅くはないのではないかと思ったからだ。
セシリアは、そんなエレを元気付ける為の料理の材料を採りに、
正午前にニルの森にやって来た。
そのニルの森は、太陽の光が入り易く、辺りが明るかった。
その為に、深森といった感じでは無く、町に続く道が何本も見えて散歩に適した場所でもある為に、訪れる人は多い(それでも大変静かではあるが..)。
それにここでは、溢れんばかりの沢山の食べられる木の実や草の実がある事が知られいて、仮にここで迷子になっても、その木の実等のお陰で飢え死にする事はないとされ、その安心から"恵みの森"とも呼ばれている。
その森には既にセシリアの他に、
木の実目当てに訪れたであろう、
籠を抱えた団体が森の中からちらほらと見えた。
「さあーて...どの場所の木の実を採ろう?」
──
大きくも、そこの自治体から確り管理されているニルの森の隣には、広大な草原がある。
その草原からこのニルの森に繋がる道から馬車に乗った男が見えると、セシリアは、その光景に2ヶ月前の自分が重なった。
あのスエル・ドバードからセバスティアンとフィリップの手を握って、馬のロウェルの引く車にひっそりと乗り込んで、このニルの森があるイルモニカにやって来た自分たちと..
「遠い昔だね...まるで」
──
午後14時を過ぎても、静な辺りを太陽の光は差し続けていた。
浅いニルの森の付近から見える広大な草原が、その静けさを更に大きくしている様だった。
「さあ、これくらいでいいだろ?」
セシリアの持った袋には、木の実や草の実がぎっしりと入っていて、同じ種類のものが、幾つもの小袋に分けられている。
セシリアは、その中から1つの小袋に入った赤色の草の実を取り出すと、
それを口に運び、味わう様に噛んだ。
「...うわぁぁ、酸っぱぁ?
...でも、これだったら砂糖を加えてみつにしたらちょうど良くなってトーストに合うな?
..セビィの所に差し入れとか出来んのかな?」
ニルの森で採った木の実や草の実を使った料理を考えながらセシリアは、その大きくなった袋を持って森から離れ、別の方向にある草原に目を向ける。
その広大な光景に、セシリアは胸を締め付けられた。
うれしくて...
セシリアを悩ませた不安は、いつの間にか消えていた。
あの急に現れてセシリアのいる場所に冷たい雨を降らした雨雲も、スコルビの聞いた、あの不吉な声も、時間の経過とともに忘れていた。
(しつこく空を飛んでいた船も、その回数を減らし、今度は、ほとんど見掛けなくなっていた..)
──
「...今度は3人で、この草原に来よう..
晴れたこの時間帯にね..」
セシリアは、ニルの森に繋がる草原の道の上に立っていた。
そこでしばらく、涼しい風に打たれて佇んでいると、その場所から離れたニルの森の木々の中をさっと動く影の様なものが見えた。
気にはならなかったが自然と、その方向にもう1度目を向けた。
セシリアは、その木の幹に身を隠す様にしてこっちを見ている者に気が付く。
それが白い鎧を着た者だと分かった。
セシリアは、その方向から目線をずらすとそこにもこっちを窺っている顔を覆った白いヘルムをした者が見えた。
セシリアがそれに、気付いた事を確認した様に1人の兵士が木の幹から姿を現すと、それに合わせて一斉にニルの森に隠れていた兵士が顔を出した。
30ほどの数の..
アルダ・ラズムの兵士が...
その光景にセシリアが後退りした時、
セシリアの後ろから冷たい声がした..
「セシリア・ルージュさん」
その声にセシリアは、目が回った。
理由は、その声のした方向に振り返ろうとしたが、反射的にそれを自身が止めた為だったからだ。
代わりに手に持っていた袋を落とし、
セシリアの足元に数え切れない木の実と草の実が静かに転がる。
(まるでセシリアから流れた血の様だった..)
セシリアは、その袋から零れた木の実の前で恐怖の余り、戸惑ってどうすればいいのか分からず、1つの草の実を屈んで取る振りをしながら、その声の方を見た。
その方には、貴族の様な背広を着ていて、深く帽子を被っている男が立っている。
そのセシリアの仕草を見て、
「どうも、お久し振りです...
覚えていらっしゃいますか?」
と冷たい声で言ったあと、その男は深く被っていた帽子を上品に取り、セシリアにゆっくりと一礼をすると、
セシリアは、
顔をひきつらせ、口元を震わせた。
その男の浮かべる笑みを見て...
冷たい顔で笑う...
紳士の振りをした男...
それは、アグロだった。




