視覚
イルモニカの東の境界線から5キロほど離れた検問所に馬車を走らせて向かっていたアルダ・ラズム一行がそこに辿り着いたのは午後の16時を回ったところだった。
その場所は、人通りの少ない静かな所で、近くに川が流れていて、西側には森も見える。
空はまだ夕陽も見えない時間帯で、検問所があると言え、一見穏やかに思えた。
しかし、そんな空気を変えるように
4台の馬車の後ろの戸が開き、重苦しく感じられる鎧を着た兵士たちが次々と忙しなく出て来ると検問所付近の森からバタバタと音を立てて何十羽の鳥たちがその場から逃げるように飛び去って行き、そのうち数羽は、空中で何度も声を上げていた。
一方、地上では最後に止まった馬車の後ろからゆっくりとアグロの足が踏み台に掛かった時、先に出ていたアルダ・ラズムの兵士たちが左右に別れて一斉に整列して行く。遅れて出て来る兵士たちも急いで、その列に加わりアグロの姿が完全にその場に現れて、肩でため息をつくように揺れると兵士たちは、揃って敬礼した。
「…さあ、どうぞ? こちらへ」
そうアグロは、そのさっきまで自身の乗っていた馬車の開きっぱなしの戸の奥に向かって呼びかけると…小さい音を立てながら彼女は、長い足の先に履かれた綺麗な色の靴で踏み台を踏んだ。
「…ゆっくり。さあ、私の手を…」
アグロは、まるで大事なものを扱うように声を掛けて自身の左手を差し出した。
「いらないよ」
だが彼女は、冷たい態度と言葉でその差し出された手を振り払い、地面を見ながら左足を先に地につけたあと、右足をその隣に降ろした。
「あそこですよ?」
アグロの声が顔を上げた彼女の耳に届く。が、既に彼女の視線は先に検問所の錆び付いた古い大きな扉を見ていた。
「…重そう」
素直にその扉に小声で感想を述べ、開くには慎重にならないといけないのではないかと思わせ、建物の時代を感じさせた。そしてそれが、その場所がどんな所なのかを説明している。
「セシリアさん…では、中に入りましょうか?」
数メートル先にある錆びついた扉の前で、少しでも気を紛らわそうと見えた景色やそれ以外のものだけに自身の気持ちを語り掛けていたセシリアにアグロは、彼女の名前をわざわざ…さん付けで呼び、優しく微笑んでいた。
セシリアには、それが返って不気味だったのだ。
…見たくもない微笑みほど…気味の悪いものはない。
そんな思いで彼女は空に目を遣り左右に夕陽を探したが、まだ夕陽の色は空いっぱいの景色には見えずに、ただ晴れた良い天気だけを感じさすだけだった。
とても日が暮れるには、早い時間だったのだ。
「…セシリアさん? さあ入りましょう」
大きな扉は、いつの間にか開いていてアグロはその先で背を向け先へ先へ進んで行く。
セシリアは、その背中を追うように歩き出した。
地面に目を向けながら…。




