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たどたどしい道のり

セシリアは、フィルとセビィとの会話を終えて、酒場ボルカに戻ろうと2人の男に背を向けて、ボルカのある方の道にへと歩き始めた。


その背中を見つめるフィルとセビィは、名残惜しさというより、いたたまれない気持ちでいっぱいだった。


セシリアの苦しみを覗き、それを知るフィルと..そしてセバスティアンは、どうすることも出来ないまま、その場を立ち去るセシリアを見つめるとそんな気持ちでいっぱいになったのだ。


セシリアは、2人の気持ちの入った木箱を大事に振らずに片手で持ち、もう片方で持った酒場の容器を大きく振りながら歩いていると、その大きく振った容器の反動でバランスを崩し倒れそうになってしまう。


が、セシリアはなんとか持ちこたえてバランスを整えその場に立ちすくんだ。


セシリアは、その恥ずかしさから後ろを振り返ると、フィルがロウェルにまたがりながら今にも駆け出しそうになっていて、セビィも心配そうにセシリアを見つめていた。


そんな2人の顔に気づくとセシリアは口を大きく開いて照れ臭ささを隠すように大袈裟に笑った。


フィルは、セシリアに声を出さずに


"気をつけてね?"


と言い、セビィはただじっとセシリアを見つめていた。


セシリアは、その2人に向かって片手に持った木箱を手前で軽く振って


お別れの挨拶をすると、


曲がり道の先へと消えていった。


──


フィル「...セビィ!? セシリアこのままだと殺されちゃうよ!」


セビィ「...」


フィル「見たでしょ? セシリアのあの顔をさ?」


セビィ「..うん」


フィル「昨日の夜、あのズバルってやつが泣いて謝るセシリアを何回も何回も打ったんだよ?...


もうあんなセシリアの姿なんか..


見たくないよ!」


セビィ「..分かってる..分かってるよ...フィル..」


フィル「..セビィも見たでしょ?!


他のアルダ・ラズムの兵士がセシリアの胸ぐらを掴んでるの? 


...このままだとセシリアは..」


セビィ「分かってるよフィル?...だから悪かったな? お前に覗きまでさせてしまって..」


フィル「ううん! それはいいんだよ? セビィ?


今度は..今度はさ...


兄ちゃんの番だよ?


だからお願い!


セシリアを助けてあげて?」


セビィ「うん! 分かってる...今度は俺の番だな?」


フィル「セビィ..」


セビィ「...よし! その前に...何かうまいものでも食べに行こう? 何がいい?」


フィル「ほんとう!? じゃあ、僕は.....」


セバスティアンは、そんなフィルの声に決意を新たに..


セバスティアンがずっとセシリアに思い続けて胸に抱えてきた、その気持ちを新たにして...


この時、決心を固めたのだ。



──


セシリアは酒場に昼前に戻るとニズルに少しばかり嫌みを言われたあと3階の寝室で休んでにいた。


今日は、昨日の夜の分まで相手をしなきゃいけない為に、今のうちに確り休んでおけとニズル言われたからだ。


セシリアは、ベッドの上で壁に背をもたれさせて開けられた窓の外を眺めていた。


まるで、眺める先と眺める者が別のもののような..


そんな眺める者の気持ちで外を見ていた。


この日の午後は、セシリアに穏やかで暖かい風の舞う素敵な色をした風景を見せてくれた。


この外に、さっきまでいたあの外に飛び込みさえすれば、そこはセシリアの望む世界がある。


しかし、セシリアにはそれが出来ない。


それは、絶対に出来ないのだ!


セシリアには、まだ返し終えていない借金がある。


それをニズルに返し終わるまでは、絶対にこの酒場を出ることは断じて許されないのだ!


そう酒場の店主ニズルに教わったのだ!


どんなにあの素敵なフィリップとセバスティアンが


セシリアにお金を貸しても、セシリアにニズルの借金がある限りは..


それは、不可能なのだ。


酒場ボルカを出るとは、そういうことなのだ..。



セシリアは、さっき3階に上がるときにニズルに気づかれないように運んだセビィから受け取った木箱を開けて、その中に入っているあの木の実と小麦粉を混ぜて焼いた物を口にした。


「へぇー..これは、いけてるよ!?


セビィの野郎...料理も得意だなんて..


相当モテるな?


それにあの顔だもんな..」


そう味わってベッドの上で食べていると、そのベッドのシーツの上に出来た赤い斑点のような染みが目についた。


それが昨日の夜、あのズバルに打たれたときに唇の左端が切れて出血して出来たものだと分かると


急にいましがた食べて腹の中に入っていった物が逆流し始めて、それをベッドの外の床にへと吐き出した。



──



胸のおく..ずっとおく..深くて大きなところ


見ようと思わない気づかなくていいところ..



底から沸き上がる小さい渦を感じ、


掬い上げようとする場所...感触


他者の声の重要さは、


その存在に屈する度に力を増す..


それにより、

1人の時間を作る方法は難しくなる。

 ( こ の 方 法 は )


自身の声は、どんどん遠くへいってしまう。


近くの声は、誰のものなのか?


呼び名は、何の為にあるのか?


あなたを呼ぶ声は、何なのか? 


ワタシは...


遠くで鍵盤を叩きメロディーが鳴ると、夕陽が夜に切りかわる。


ああ、ワタシにも鍵盤があればな...


──


「おーい? セシリア? セシリアよ? 聞こえてるか?


...悪いが買い出しに行ってくれんか?


明日の昼頃から明後日の朝方までこの一帯の天候が荒れるんだそうじゃ...


だから今のうちに行っといてくれんか?」


「...分かったよ」


そう下から聞こえたニズルにセシリアは返事をするとしばらくしてから1階にへと降りていった。


セシリア「..で、何を買ってくるんだい?」


ニズル「..そうじゃな? 少しばかりの野菜と..2日分の牛の肉さえあれば十分だ」


セシリア「...分かった」


ニズル「では、頼んだぞ...そうじゃ!


お前も買い出しのついでに何か美味しいものでも食って来い?」


セシリア「ふん...ずいぶん気前がいいな?


気味が悪い..」


ニズル「そりゃあそうじゃろ? なにせ今夜は、お前に明け方まで男たちに相手をしてもらわなきゃならんのだからな? 当たり前じゃろ?」


セシリア「....」


ニズル「...そうじゃ?...


このワシもお前のその大きな乳をひさしぶりに揉ましてもらおうかの?


カッカッカッカ..まあゆっくり食って来いや?!


...カッカッカ...」


セシリア「...」


セシリアは、ニズルのこころのない言葉に何も応えずに酒場の出入り口を出た。


スエル・ドバードの隣にある町トーニに買い出しに出掛けたセシリアは、店の前であれこれと選んでは素材の野菜などを買い、そのトーニの町を見て回った(気を紛らわせる為に)。


セシリアが歩いて場所を変える度に、周りの目もそのセシリアを何か煙たいものを見るようにあとを追って来るのを感じながら...


セシリアがそのトーニの町を出て迷いの森の前の道を歩いていると自分の帰る方向から馬車がトコトコとやって来るのが見えた。


「へぇー? いい馬だな!?...


まー、ロウェルほどじゃあないけどな?..はははは」


そうセシリアは、大きな声でその馬にまたがるひげを生やした男に言ったが、



その男は、まるで見下すような顔でセシリアを見た。


セシリアは、その後ろの車に乗った小さな女の子とその母親と思われる女性が見えると


「あんたたち...イルモニカに行くんだろ?


なあ? きっとそうだろ?


あの街はいいところだからなぁ...



私も住んでたんだ..」



その明るいセシリアの声に車に乗った女の子は、


あっ! と声を上げながらセシリアの顔を指さした。


それを傍らにいる母親がその子を覆うようにして目を伏せさせると


「見てはいけません!」


と冷たい表情で言った。


この「見てはいけない」という言葉は、


セシリアが自分に向けられる、よく聞く馴染みのある言葉の1つである。


さっきもそうだが、セシリアを煙たく見る者に限って夜になればその昼間と違いセシリアの体を求めてわざわざ酒場にまで足を運ぶのである。


(そういった男をセシリアは100人近くもこの1年で見てきたのだ)


冷たい目をして見る者は、女性はともかく、男どもは、昼間は子思いの良き父親を演じるものだということをセシリアは、16歳になると同時に知った。


娼婦とは何かを、裸になったニズルの前で身を持って知ったのである。


そうやって馴染みのある言葉を聞く度にセシリアは、



自分は、娼婦なんだと思い出すのだ。


「私にも...」


セシリアがゆっくりと去って行く馬車を眺めていると、その方向からこっちの方にやって来る者が見えた。


髪がボサボサで大変身なりのだらしない男がたどたどしい足で向かって来るのが見えるとセシリアは、なんとも言えない気持ちに駆られ、


まるであなたには、そういった男の方がお似合いだよ? と言われた気がした..



もうあのイルモニカに向かったであろう馬車は、見えないことに気づくとセシリアは、その場を走り去った。


「...フィルと..セビィに....


ついて行けば良かったよ!」


──


午後の14時過ぎてもうセシリアは寝つけなかった..


体はとても疲れているが、


こころが騒いでいるのだ。


ベッドの上で泣いてもこころが落ち着かない..


焦りのようなものがふつふつと沸き起こり、


その先にあの優しい笑顔の2人がいるのだ。


セシリアが窓際に座り、外を覗いていると遠くからあのだらしない不恰好な男が酒場の方にやって来るのが分かった。


「...こんな時間に」


セシリアは何か直感的なものを感じるのだ。


自分目当ての客が一目で分かる直感が身に付いていたのだ。


この1年で...


そのたどたどしい男が酒場に入って行くのを見るなりセシリアは、ベッドの上に覆い被さるようにうつむけになって枕に顔を埋めて大声で叫んだ


「くそやろう! どいつもこいつも..男どもは...


少しは、昼寝でもしてろよ!」


セシリアは、そう叫んだあと直ぐに立ち上がり寝室のドアを乱暴に開けて階段を急ぎ足で降りて行った。


もうここにいたくないのだ。


セシリアは、その勢いで2階の階段を降りようとしたとき、あのニズルの声が聞こえた。


「..あん? ああ! セシリアついでだ、悪いが酒の準備を手伝ってくれや?」



そうやってセシリアをニズルの声は掴み続けるのだ。


いつものように..


─


セシリア「....分かったよ」


ニズル「すまねえな...でお客さん? 何にします?


ラム酒かい? それとも..上等な酒は、今の時間は出せないんだ?」


客「..いや...水と何か...」


ニズル「水? ..お客さん..遠慮はいらんよ..


なに大丈夫だよ? ウチは酒1杯をべらぼうな値段で売ったりはしやせんぜ?」


客「..そうなのか?」



ニズル「ええ...それにウチは、酒以外の商売もやってましてねぇ?」


そう言ってニズルはカウンターにいるセシリアにわざとらしく目を向けて、客に


「それはどうな商売だい?」と言わせるのだ。


これがここボルカの新しい客に対するやり方である。


ニズル「さあ? 遠慮なさらずに..」


客「..では、レモ..レモネードはあるかな?」


ニズル「レモネード?」


セシリア「ぷっ!」


客「あ..あ、無いのならいいのだが..」


ニズル「いや..あることはあるんだが...本当にそれでいいのかい?」


客「ああ!」


セシリア「...ふん...ガキかよ?」


ニズル「まあ...この酒場にゃ..色々な新顔の客が来ることは...来るがね..あんたみたいにレモネードを頼むお客さんは、初めてだ..」


カウンターに向かって来るニズルにセシリアは、冷蔵庫から出したレモネードの入った瓶を渡す。


このときセシリアは、この酒場でレモネードを頼む変わった客を窺うと、髪はボサボサだが顔は、しかめっ面で眼鏡をかけているが若い男だと分かる。


それとなぜか左右の頬に大きな絆創膏が貼っており身なり同様に少し汚れていた。


セシリアは、そんな男が気になったがカウンターに戻ろうとニズルと客に背を向けたとき、


セシリアは思わず..


「ああっ!?」


声を出したが、ニズルは客と会話をしていた為に気づかれはしなかった。


その聞き覚えのある声、あの下手な変装をしてわざとらしくしかめっ面をする男は...


そうセバスティアンであった。


─



ニズル「おい! セシリア? お前なんか作ってやれ?」


セシリア「あの客にかい?」


ニズル「そうだよ..」


セシリア「はいはい分かったよ」


ニズル「おい..セシリア?」


セシリア「はいはい..何だよ?」


ニズル「..肉は使うなよ?」


セシリア「...分かってるよ?


大事な肉は夜のお客さま用だろ?


だから使うんなら..


ハムと卵までにしとけだろ?」


ニズル「そう! そうじゃ..


それくらいにしとけ」


このときセシリアは、


フライパンに火を通すなり、それに合わせて高鳴る胸の内から溢れる笑みを一生懸命に押さえていた。


ニズル「でお客さんは、この近くに住んでるのかい?」


客「..ああ」


ニズル「それにしても..あんたいい男だね? そんな身なりはしてるけどさ?」


客「..そ..そうかな?」


ニズル「ええ..本当ですぜ?..それによく見りゃ..あんた本当に大人かい? えらく若く見えるぜ?」



客「そ..そうかい?」



ニズル「ああ、答えなくて結構..大事な客を詮索するようじゃ..店主失格だい?」


客「...」


ニズル「..ところでお客さん..どうしてこんなところへ?」


客「..あっ...ああ!? ここに..その...女がいると?」


ニズル「..ほぉ?..お客さん...



それはどんな女だい?」


客「..その...寝る....こと..?」


ニズル「..カッカッカッカッカ...


そうかいそうかい..あんたもあの女に釣られて来たのかい? 通りでこんな時間にあんたみたいな男が1人でやって来てレモネードとはね?」


そうニズルが客の来た理由を聞いて笑い声を上げているとそこへセシリアが皿にのせたハムエッグとトーストをトレイで運んで来る。


セシリア「..お客さん? こんなでいい?」


客「...ああ!?.....充分だ!」


紛れもなく嘘が下手なセバスティアンだった。


どんな下手な変装をしても目までは、隠しようがなかったのだ。


ニズル「おい? セシリアよ...喜べ..お前を求めて来た新しい客だ?」


セシリア「...」


ニズル「..でも本当なら今夜にでもさっそくと言いたいところなんだがね?


なにせ今夜は、この女...予約でいっぱいなんですぜ? だから明日にでも..」


このニズルの言葉にセシリアは急いで背を向けてカウンターの横にある冷蔵庫の方へ行き、そこからレモネードをまた1本取りだし急ぎ足でもとの位置へと向かった。


客「..今夜はなんとか出来ないのか?」


ニズル「そう言っても今夜は予約が..常連もいますしね? そりゃワシだって新顔のお客さんを優先したい気持ちはやまやまなんですがね? さすがに常連を差し引いて新顔のお客さんにってんのは...ワシも気が引けますぜ?」


客「...そうか」


そこへセシリアが戻って来て..


セシリア「ごめん邪魔するよ..


ねえお客さん?


..これ私からの奢り?」


そう言ってセシリアが客に変装したセバスティアンのいるテーブルの前にレモネードを置くと、今度はテーブルの上に両手を置いてわざと胸元を開かせたブラウスから胸の谷間が見えるように構えてみせた。


客「...あ..えっ?..いや..」


ニズル「...けっ! この女、色気付いていやがる..」


たじろぐセバスティアンを尻目に背を向けニズルの横に行き耳打ちするセシリア..


セシリア「なあニズル?」


ニズル「うん..なんだい?」


セシリア「1度でいいからさ私にも指名させろよ?」


ニズル「はぁん?」


セシリア「1回でもいいから私が選んだ男と寝かせろって言ってんの? そうした方が私もやる気が出るだろう?」


ニズル「...このスケベ女が!..全く..すっかり女になっちまってるよ?...しゃあねえな...


お客さん? この女があんたのことをえれぇ気に入ったみたいなんでね? こっちの指定時間なら構わないけどね?」



客「何時ごろだ?」


ニズル「今日の19時ってのはどうです?」


客「..構わんが...」


ニズル「おいセシリア? 文句はねえだろうな?


あとになってやめたってのは無しだぜ?」


セシリア「..ああ」


ニズル「お客さん...決まりですぜ?」


客「..では..頼む」


セシリア「...」


ニズル「じゃあ...お客さん、前払いになりますがね...


新しいお客さんは、最初の料金が少し割り増しでしてね?...えー...」


客「これで足りるか?」


そう言って客に扮したセバスティアンは大きいお札を5枚、ニズルの前に差し出さすと..


ニズル「..え?...じゅ..十分ですぜ!?


お客さん!」


客「良かった..」


セシリア「...」


ニズル「これだったら多少の延長も構いやしませんぜ?!....なんだったらいまの時間なら、2.3時間ほど相手させますぜ?」


客「..いや...19時前にまた来る...」


客のセバスティアンはそう言い残してから立ち去っると、それを見たセシリアはセバスティアンが口にしなかった自分が用意した食べ物がのったトレイを手に取り、その上にのっていたトーストを口にくわえるとそのまま3階の寝室へと向かった。


ニズル「おい! セシリア! 今の内に確り休んどけよ?! なにせお前は、今夜から次の朝方まで寝れやしねぇんだからな?」



セシリア「まあ!..しゅっかりやしゅんどくよ..」


セシリアはトーストをくわえたまま器用に喋ると胸の内で..


(大丈夫だよ..ニズル...


私は今夜は寝る気なんてないからさ..


それから..


ありがとうよ..セビィ...それにフィル...


あんたたちのおかげで..すっかり食欲が戻ったよ..


それに私は今から確り休んで準備して待ってるからさ...頼んだよ..)


セシリアの口からトーストがちぎれ落ちていくと..


セシリアはその落ちたトーストに声を出さずに


"セビィ"


と言った。

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