第225話
全てが終わった。終わってしまったというべきなのだろうか。今まさに、全ての生が消え去って、その名残だけがあたり一面に散らばっているだけなのである。それが全てであり、今の現状なのだ。それを引き起こした存在は、俺の顔を見るとにこりと笑みを浮かべるのである。褒めてほしいと言わんばかりに駆け寄ってくるのである。
信じられることではないだろう。目をどれだけ擦ってみても、それが事実なのだということは変わりはしない。そして、それを起こした人物がとても小さな幼児であるということも。アオが虐殺としか形容しようのない光景を引き起こしたのだ。どれだけ信じられないことであろうとも、事実なわけである。むしろ、興奮してしまっているかもしれない。自分の息子はこれほどまでに強くなっているのかと。強いのかと。少なくとも数で圧倒されている程度では問題なく倒すことが出来るのだと。
俺はそんな彼に対して、しっかりと抱きしめて褒めてあげる。これを引き起こしたということに対してどんな評価を下すべきかはわかりはしないが、ただ今だけは彼が成し遂げたことに対して、否定をしてはならないのだと思っている。しっかりと、褒めてあげなければならない。肯定してあげなければならないのである。それが教育ではとても大事なことであると信じている。
アオの血まみれな体を水で綺麗に洗い流してやる。すると、だんだんと狂気で染まっているかのように錯覚させるだけの不気味さや、不穏さも同時に洗い流されているように思えてならないわけであった。先ほどまでたっていた鬼子とは大きく違った、幼く、純粋な一人の少年がいるばかりである。
見違えるようであろう。人が変わったかのように大きく印象が変わるわけである。まるでこの世のものではないかのように、見つめていた御者の視線が、少しでも和らいでいるのだから。外見というのはそれほどまでに重要なものなわけである。たとえ、どれだけ狂ったような人格であろうとも、外見の美しさによって塗りつぶすことの出来る。その程度には内面というのは弱いものでもある。深くまで注視することが難しいともいえる。
「さすがと言うべきでしょうかね……。アラン様の御子息といったところでしょうか。まだまだ幼い、学校にすら通っていないような年齢でありながらも、賊をあっという間に鎮圧してしまいましたからね。こんなことは滅多にあるものじゃあないでしょうね。普通ならば、怯えるようにして馬車の中に隠れているというのに……。今日という日が今生のトラウマとなって、死ぬまでしがみついていたとしても驚きはしないというのに」
「確かに、そうだろうね。普通の子供であるのならば、そうなるのが普通なのだろうね。むしろ、嬉々として立ち向かってしまうほうが親としては胃が痛くなってしまって仕方がないさ。でも、アオならばそれを乗り越えてくれる。より大きな成長の糧となってくれる。そう思わせてくれるだけの素質と、実力を持っているんだ。俺の自慢の息子だよ。どこにだって堂々と出すことの出来るね」
俺はアオの頭をなでている。満足そうににんまりと笑みを浮かべている。そのすぐそばには、ぐちゃぐちゃになっている死体が転がっているのだが、それを感じさせないような輝かしい笑顔である。ずっと見ていられるかもしれない。何もかも忘れてしまって、気楽に見ていられるような、そんな表情なわけであるのだ。
唸るように御者は口を閉じてしまった。今目の前に広がっている光景を理解することも納得することも出来はするが、それより深いところで飲み込むことが難しいのであった。わからない話ではない。子供と大人との差はどれだけ教育の差が大きかろうとも、普通では覆すこともできないような差である。それが普通なのだ。アオは龍であると知っていれば、この事実をしっかりと飲み込むことは出来るだろうが、そうではないのだとすれば、それがどれだけ困難なことかというのはわからないわけではない。
時間はかかるだろう。だが、目の前に起きてしまっている現実なのである。避けようのない現実なのである。そしたら、いつかはストンと胸の奥底にでも落ちていくことは間違いない話である。受け入れがたい事実も、それを現実なのだと真に突きつけられてしまえば、逃れることなどできはしない。自然と、受け入れることになる。受け入れられないほうが難しいことですらある。
もう一台の馬車へと視線を向けると、ハルたちが、心配そうに窓の外をのぞき込んでいたようであった。まだまだアオは子供なのだから、そういう感情を持ってしまうのも仕方がない。そう考えれば、よく俺はアオを送り出すことが出来たと感心するものだ。龍であろうとも子供なのには変わりはない。子供を好き好んで戦地に送り込むような人間はありはしない。あってはならない。つまりは俺はあってはならない非道の存在ということになってしまいそうである。実際に間違っていなさそうなところが残念でならない。どれだけの非難を浴びようともそれを受け入れることが最善なのだろう。そういう人間である。
さて、アオが彼らを少しの苦戦をすることもなく殲滅することが出来たということは喜ばしいこととして完結するわけだが、その結果として出てしまった死体をどうしたものかという話へと変わってくる。出来ることならば、地獄から何人か呼んで死体処理をしてもらいたいのだが、それは出来ない。御者の存在が大きな枷となっているのである。なにせ俺が仙人であるということを知らないわけなのだから。それでは呼び出すことは出来ない。多くの混乱を与えてしまうのだから。口封じなんて物は論外なのだから、あり得ない。
だとしたら、出来ることは限られてくる。放置するのが最も正解だろう。埋めてあげることもできるが、そんな時間は存在しない。俺たちは何のためにこの旅をしているのかと考えればわかるはずだ。キーリャが助けを求めて待ってくれているのだ。ならば、急ぐべきだというのが当然なわけである。そういうわけなので、彼らは軽くでも祈りを捧げることをして、この場所に放っておくことしか出来ないのである。馬車の外へと出て、盗賊たち一人一人に近寄りながら祈りを捧げている。恨まないでくれと願う。彼らもまたいつか死ぬこと、ここで死ぬことというのも覚悟していたことであろう。いつ死んだっておかしくはない生活なのだ。ならば、どこでどのようにして死んでしまおうが、その後の死体が獣たちの食料となろうが、構いはしないだろう。それだけの覚悟があるからこそ、盗賊という生き方をしているのだから。俺はそう信じることにする。
さて、そろそろ動き始めないと血の臭いにつられるようにして肉食獣たちが寄ってくることだろう。御者も焦りを見せたように俺のことを呼んでいるのだから。確かに、何かが近づいているという感覚はある。もうそろそろ鉢合わせしてしまうことであろう。急いで馬車の中に入るのであった。
馬車を再び走らせ始めるころになると、ぞろぞろと肉食の獣たちが湧いて出てきた。このあたりに充満している血肉の臭いに引き寄せられたということの照明であるかのように手近な死体にかじりついている。同じ人間が食われている光景を見て御者は露骨に嫌悪感を露わにした顔を見せてくれるのであった。顔をしかめるほどの臭いがあたりに満ちているのだから、どれだけ遠くから感じ取れるのだろうか。今目の前にいる数だけでも、ほんのわずかなのだろうということは理解できる。この数倍以上もの数がここいらにあふれてくることは間違いない。そうなる前にすぐさま退避しなくてはならないのだ。
それは御者の腕の見せ所。馬が獣たちに怯えないように落ち着かせながら、それと同時に興奮させるようにして出来るだけ最大速度で走らせているのだ。その繊細な技術は一日二日で身につくようなものではない。何度も何度も、訓練を積んでいかなくてはならないし、人馬一体となって、心を通わせていかなければならない。それが出来るからこそ、御者として名誉ある役職に就くことが出来るのである。死体が目の前で食われる程度で動揺するのだから、まだ未熟者であるらしいが。長年御者として働いていれば、道端で獣たちに人が食われているという光景は何度か目にすることはあるらしい。
するすると獣たちをすり抜けるようにして通り抜けていく。何匹かはこちらに意識を向けてしまうのだが、そういう個体のみを狙って魔法を軽く当てる。そうすることで、その個体は気絶する。ギリギリ死なないように調整された魔法で、倒していくのだ。無駄な殺生をしない御者はそうはいない。殺したほうが楽なのだから。それをあえてしないだけの技術と余裕があるのだ。なんだかんだ言っても、これほど頼もしい存在はいないかもしれない。さすがは世界で最も優れた人間のみが就くことの出来る職業といったところか。
周囲には獣の反応はなくなっている。小さなものはいるが、所詮は小動物であり、しかも草食だろう。こちらに襲ってくるわけではないのならば、目くじらを立てるようにして警戒する必要はない。それに、彼らの死体が危険な生物を引き寄せているおかげもあって、変な危険に出会うこともなくなっているのである。彼らに感謝しなければならない。
それが過ぎ去ったからといってすぐさまに、共和国に到着するわけではない。そもそも、あの盗賊たちは道なりからいれば、半分も行っていないようなそんなところでの襲来だったのである。むしろ、それが終わってからの旅の方が長いわけである。ただ、王国から遠ざかっていくほどに、景色が変わっていくのである。
光り輝いているのである。果実だろう。木の枝に果実がなっていて、それが光っているのだ。宝石であるかのようにキラキラとしているのだ。見たものを虜にしてしまうかのような輝きであり、目を離すことが難しいだけの魅力であふれている。光物であるということ、そして果実であるということ。その二つの魅力が俺たちに洗脳的な働きをしているのだろう。ただ、あれには毒があるらしい。人間が食べてしまうと腹を下す毒がある。食べ過ぎて死んだ人がいるほどだそうだ。どうして食べ過ぎたのかと問いただしてみたいが、その本人はもう彼岸を渡ってしまっているのだから聞くことは出来ない。残念である。
それだけじゃあない。緑の草原から変わっていくように青色の草原になるのだ。ジワリと変化していたので、気づいたのは遅かったのだが、明らかに青色に、真っ青な海かと思うほどの、草原なのである。魔力の濃度があまりにも濃いために、光が屈折、湾曲しているのだ。そのせいで、地面に青色の光しか届いていないのである。白い光、透明な光がここに降り注ぐことが出来ないのである。そのために、ここいら周辺は軒並み青く見えている。自分たちの肌の色ですら青いのだ。本来の自分たちの色に青色を濃く混ぜたような色彩をしているわけであった。珍しい光景だろう。光が届かないわけではない。届いてはいる。ただ、あまりにも不快なほどに曲がってしまって、青色だけしか地面にはいないのだ。この場所では、夕焼けなんて現象は起きない。青色しか存在しないのだから。美しくもあり、それ以上の不気味さを持つ光景なのである。遠目から見える、動物たちも全てが青で染まっている。そして、この地に住んでいる生物は、青と、そしてその濃淡だけを認識する眼球なのだそうだ。どの世界へ行こうとも、青色しか認識できない。そんな世界で生きている生物たちなのである。無駄を省きすぎた結果という奴だろう。
それを通り過ぎて、さらに先へと行く。青色の世界を抜けた先である。いつもの色彩に戻っているのだ。すれば、共和国への入り口が見えてくるのである。見えてきた。門がある。まだ首都というわけではない。さらにそこから先へ行く必要がある。ただ、今目の前にある門は王国の都市ではない。とはいえ、ここからは完全に共和国の土地なのである。外国なのである。震えるわけではないが、今まさに、国を完全に出てしまったのだと実感するわけなのだ。別の世界にやってきたかのようである。
今まではその実感が薄かったのだろう。なにせ、村であったり、自然であったりは、それを強く強調してくれはしないのだから。美しさはあろうとも、迫力はあろうとも、それは共和国的な美しさを持ち合わせてはいないのである。そこにいる、それそのものの美しさしかないのだ。それが今まさに、共和国であるというその意思をしっかりと伝えられているのである。
門をくぐって、中へと入る。それだけで空気が変わるのだ。今まで吸っていたようなものとはまるで違う。すんと透き通るように、通り抜けるようにして入れ替わりが起きてしまっているのである。今までの自分とはまた別の自分がここに居るかのように思えてしまうほどなのだから。
ここが、共和国なのだという強い主張を感じないわけがない。心の奥底からしびれてしまっているのである。石畳の質感か。建物の質感か。門の模様だって変わっている。町ゆく人々と、その服装も大きく違うのだ。同じ世界にいながらも、異世界であると思うほどに、文化レベルの変化を感じるのである。




