第226話
いくつもの町を過ぎていく。そのどれもが、テーマというものを持ってはいない。全ての民族種族の文化を入り混じったかのような、混沌とした中身なわけである。個人のセンスという次元を大きく乗り越えてしまったような、そんな変わり様なわけである。道の端の方にいくつか蓋をしてある穴があるわけなのだが、それは全て地下で過ごす種族のための家である。王国では滅多にお目にかかれない。さすが、世界一雑多な種族の国と言われるだけはある。そもそも、共和国にしかもう住んでいないという種族がどれだけいるのだろうかということもある。それほどまでに、全ての種族が集結しているのである。
共和国の首都に到着した。街並みはより雑多なようなものへとなっている。多数の民族と少数の民族、その全てがこの首都にいるわけなのだから。高さから幅から、全てがごちゃごちゃとしているわけである。好き勝手に建物を建てていくとこうなるというお手本になりそうなほどである。計画性のなさが際立つ。王国の建物はある程度の統一感があるのだが、それをあえて逸脱するかのように、少しの統一性を見出すことの出来ないであろう建物が建ち並んでいるのだ。材質からデザインから、その全てにおいて個性のみが尖っているような建物ばかりである。チカチカと、目を傷つけてくるような気がしてしまうのであった。それほどまでに統一という言葉を感じさせないわけである。だが、それを極めたところにある美しさに俺は惹かれてしまったかもしれない。
そんな建物の中のひとつの前にやってきた。そこは木造の一軒家である。豪邸というにふさわしい大きさの建物である。木の雰囲気が心を落ち着かせてくれる。温かな雰囲気を感じる建物であろう。俺たちの目的とする建物なわけであった。
ベルを鳴らす。ちりりんと透き通るような音が響いている。すうと伸びていくように広がっていくわけである。心地よさすらあるほどに、体を預けたくなるほどであった。しばらくすれば使用人が出てきてくれて、俺たちを中に入れてくれる。身分は当然確認されている。そんなに甘いセキュリティではない。玄関を開けて、中に入れば、そこにはキーリャが立っていて、俺たちを迎えてくれるのであった。輝かしい程の笑顔である。まるで、助けを求めているとは思えないほどだ。
今はまだ人の目がたくさんあるからと、俺たちは軽く握手をするだけで終わらせている。それでも、ハルに指摘されるまでずっと手を握り締めていたのだが。離そうとしても、がっしりと掴んでいて、離すことが出来ないほどに。俺は少しばかり心配である。俺は彼女の客人としてこの家を使わせてもらうのだが、その間になにもないことを祈ることしかできない。俺の意思の強さを信じる必要があるのだ。いや、俺の意志の強さは大丈夫だろう。それ以上にキーリャが何かを血迷ってしまわないかということを心配するべきであった。
「今はキーリャ一人なのかい? 他の御家族はどこかに出かけているのかい?」
「いいえ、そうではありませんよ。今は私一人でこの別荘に過ごしていますの。ですから、他には使用人しかこの家にはいませんのよ」
彼女は寂しくはないのだろうか。家族と離れて一人で暮らす必要がどこにあるのか。それこそが彼女が救いを求めていることの原因なのだろうか。難しい話である。いろいろと深いところで話はつながってしまう。俺が手を出してしまうことで、それに大きな亀裂が生まれてしまって、取り返しのつかない事態へと発展してしまう。それだって考えられてしまうのだから。慎重に行動しなければならないことだろう。そもそも、どんな助けを求めているのかがわからないのだから。
それに、兄さんが何かを隠しているということもある。この家で完結するような助けではないかもしれない。もしかしたら、より大きな話かもしれない。そのどれでも可能性はあるのだ。否定することは出来ない。だとしても気負い過ぎてはならない。どちらかに偏ってはならない。
とはいえ、今すぐにでも行動することではない。誰が俺たちの障害となるかはわからないが、その相手に対して警戒されないように、ひとまずは観光しに来たのだと意識させることが必要なのだから。そういうわけもあって、キーリャからこの町の名所と呼べるところを聞いてみる。そこを頭に入れつつも、ふらりとでも町を歩いていこうと思うわけであった。
紹介された場所を頭に入れていく。全部を回るだけの時間はないと思うが、どこも一度は足を運んでみたいと思わせるだけのものである。さっそくとばかりにアオを連れ立って外に出る。キーリャが一緒についていって、案内しようかと言っていたのだが、ハルたちに阻まれてしまった。彼女たちがいるおかげで、この家にいれば安全だろう。だからこそ、俺は気兼ねなく外に出ることが出来るのであった。
と思っていたら、引き留められた。唐突にじゃんけんが始まる。ルイが勝ったようである。すると、彼女は俺の腕に抱きついてきた。どうやら、さきほどのじゃんけんは誰が俺と一緒に街を回るのかというのを決めるためのものであったらしい。どうせならみんなで回ればいいと思うわけだが、それは許せないらしい。どうにかして俺を独占したいわけであり、全員のその考えを納得させつつ、決める方法がじゃんけんであったというわけであった。ただ、負けてしまった三人の不満があからさまなレベルで俺に伝わってくる。これは残りの三人ともデートというか、それをするべきなのだと理解するわけである。そうしなければ、夫婦仲が絶望的なまでに修復出来なくなる可能性が多大に感じてしまった。
ちなみに、アキはそもそも加えてもらえなかったらしい。絶望したように部屋の隅に固まっていた。確かに俺の妻ではないのだから参加する権利はないだろう。それをわかっているだろうから、そこまで落ち込む必要はないと思うのだが、それだけ俺のことを愛しているということでもある。嬉しくないわけなどない。頬が緩んでしまう。それを目ざとく発見されてしまって、なんで今笑ったのかと問い詰められそうになるが。すぐさま、彼女たちともいずれは二人で出かけようと言えば、先ほどまでのことを頭から消してくれた。あえて、気にしないでくれているわけであろう。ありがたい。
自分の言葉によって決意を固めると、俺はルイとアオの二人を連れて外に出るのであった。馬車の中から見ていただけではわかりはしなかったが、想像以上に、多様な種族にあふれている。王国も、多くの種族の人間が住んでいると思っていたのだが、より細かく分けたような種族の人間がそこら辺を平然と歩いているのである。少数民族が当然のようにこの場所にいるのだ。さすがは共和国というべきか。世界最大の他民族国家というだけはある。純正一人種のみの国出身の人間が発狂しそうなほどの多様な種族であふれているのだから。
体の大きさだけでも巨人から小人までいる。急いでいるようにそそくさと歩いている少年らしき人物も、よく見れば、数十年もの時を生きている中年の男性だとわかる。身長の違いは、住み心地が大きく異なってしまう。俺たちが住みやすい家が他の種族ではそうはならないということが当然のように起きる。だから、共和国の建物はめちゃくちゃに雑多なデザインと材質で建てられるのだ。どんな種族でも、どれかには当てはまるであろうというような、感覚である。他民族国家の難しいところでもある。
人通りが多いので、離れないようにしっかりと手を握っている。二人からの返す力はより強くなっていき、ぎしぎしと骨を鳴らしているのである。骨が折れる程度ならば、大したことはないのだが、その音が周囲に響いてしまわないかと心配してしまうのである。
俺たちが辿りついた場所は劇場である。共和国が誇る劇団が演じる迫力のある演技が見られるそうだ。楽しみである。二人も楽しみであるかのように、目を輝かせている。
三人分の料金を払って、中へと入り、適当な席へと座る。これから行われる演目を演じる劇団は、政府の重鎮たちも足しげく通うような名誉ある劇団なのだそうだ。そのおかげで、講演チケットはかなりの値が張ったが、それだけの価値があると思えば、大した値段ではない。貴族の人間でよかったと心から思った瞬間かもしれない。
「あら、素敵ね。ご家族で見に来たのかしら?」
俺に声をかけてくる人がいた。そちらへと顔を向けると、俺の隣に一人の女性が座っている。体が無機質的である。ゴーレムだろうか。ゴーレムなんて種族までもがこの国には住んでいるのかと驚いてしまいそうになる。それを無理やりにこらえて何でもないように振る舞うわけである。
ゴーレムは、生き物である。生殖行為を行えるわけであるし、妊娠出産をする。ただ、俺たちのような生物とはまた違った存在なわけだが。俺たちにおける、心臓と呼べる臓器が一つあるだけで、それ以外は何も存在しないのだ。そして、それが壊れてしまうか、機能を停止すると、死んでしまう。世界でもっとも単純な仕組みで生きている生物とすら言われている。神の実験で生み出された生物だと形容されることもある。原始的なのだ。そんな存在にまさかここで出会えるとは思わなかったので、少し感動しているかもしれない。
俺は彼女の質問に答える。それが終われば、適当に他愛のないような雑談で時間を過ごしつつも、ゆっくりと視線を前に向けていく。じっと彼女の体を見ているのは失礼だろうから。たしかに、ゴーレムの素肌の感触はどのようなものかとか、気にならないわけではない。しかし、それは今確かめる必要はないのだ。ぐっとこらえる時も必要である、それがいまである。
劇が始まった。今回の演目は一人の英雄が森を侵している悪魔を退治するという英雄譚である。とても分かりやすく、そしてそれ以上に奥が深い。世界には多くの英雄譚が残されていて、それは全て実話だと言われている。彼の話もまた、有名な話の一つとして取り上げられる。多くの劇団で、上演するようなメジャーな話なのだ。だからこそ、劇団の実力が顕著に現れる作品とも言っていい。
主役を演じる男性は、非常に華やかであり繊細な演技をする人であった。感情のほんのわずかな起伏を演じ分けているのだ。裏側に込められた彼の感情をしっかりと俺たちに伝えられるのである。現実ならば、伝わらないであろう、彼の心の奥深くまでを、一つの演技で伝えきるのである。それが出来る人間はそうはいない。
どちらかと言えば、迫力のある殺陣でもって見るものを惹きつけるというようなものではなさそうだ。それ以上の人間というところを、心というところを、映そうとしているのである。英雄の人間を浮き彫りにしてみたいという思惑が前面に現れているのである。だといって、殺陣をおざなりにしているわけではない。魅せる動きなのだ。華やかで軽やかに、舞うように戦うのだ。演技の戦いを極限まで突き詰めたようなものが目の前にある。指先の一つ一つまで神経を尖らせている。戦場に立つ人間とはまた違う、空気が張り詰められているのである。
終わった。全てが終わって、幕が閉じる。俺たちは拍手を送る。大歓声のなかで、大きな拍手の音が響き渡っている。それが全てなのである。それ以上の称賛の言葉なんてものはありはしない。俺たちの興奮と感動を伝えるには、あまりにも表現が少なすぎてしまった。そういうことなのだ。
余韻にひたったまま、俺たちは外へと出る。ぎゅっと握られた手のぬくもりが、かろうじて俺を現実へと引き戻しているかのようであった。それほどまでに、夢の世界へと閉じ込められてしまっていたのかもしれない。それこそが、真に演劇というものなのかもしれない。
そのままの流れで近くにあるという美術館へと向かう。演劇の後に美術鑑賞。なんと贅沢なことか。そうそうな人間には味わえないことであろう。俺が貴族であり、裕福な人間であるからこそできる計画である。さぞ世界中の人が羨むことに違いない。少しばかり優越感というものを覚える。芸術に浸る一日なのだから。
そして、共和国の芸術も一つの規格に囚われることなんてない。今目の前にある少女の彫刻は、タイトルが『少年』なわけである。その隣にある、美しい若い女性の顔を描いた絵画も、『老婆』というタイトルが付けられている。同じ作者の作品だから、こういった名づけなのかもしれないが、それにしたとしても作品からタイトルを想像できないものとなっている。
悪魔と思わしき恐ろしい形相をしている生き物が人間たちに食べ物を恵んでいる光景、乳房が膨らんでいて、だというのに陰茎もついている全裸の大理石の像、やせ細っていて皮と骨だけの人が食べ物をつまんで険しい顔をしている、タイトルは『嫌い』という。男が女装し、女が男装をしている。
どれもが、意味のあるような、それでないような、深いメッセージ性をあえてちらつかせているような、そんな作品ばかりである。わざと考えさせるかのようである。そして、全ての作品に解説をつけていないというのも面白いところだろう。自分が感じたままに受け取ればいいということである。逆に言えば、どんな解釈も許容できるわけである。これが、共和国の芸術ということなのだろう。
俺たちは、それにのめり込んでしまったように、長い時間をゆっくりと見学していたのであった。




