手合わせ
「渋谷君、君と平助は年も近い。どうだろう、一度手合わせしてみては?」
「山南さん、こいつは?」
「渋谷勤三郎君だ。君が伊東道場に移るのと入れ替わりに入門したんだ」
「へぇ、それほど強そうには見えねえけどな」
馬鹿にしたような言い草に、勤三郎はムッとして思わず言い返した。
「弱いか強いか、手合わせしてから言って貰いたいね!」
「言うじゃねえか。いいだろう、相手してやるよ」
藤堂はニヤリと笑い、下から勤三郎の顔を覗き込んだ。
その自信に満ちた表情と気迫に、勤三郎は思わず息を呑んだ。
藤堂のこの自信は、一体どこから来るのだろうか。
それは、彼の身なりにも表れていた。
藤堂平助、十八歳。
藤堂もまた幼い頃から尊王攘夷の志が強く、千葉周作の時代から剣術を学んでいた。
千葉周作の死後、同門の加納鷲雄に誘われ、伊東道場へ出入りするようになった。
藤堂は伊勢津藩主、藤堂高猷の御落胤とも言われ、品の良い羽織袴を身にまとっていた。
何より、腰に差している刀、上総介兼重は、一介の素浪人が持てるような代物ではなかった。
ガランゴロン。
気づいた時には、勤三郎の木刀が音を立てて手からこぼれ落ちていた。
「一本!それまで!」
千葉道三郎の声で、二人の動きがピタリと止まった。
気づけば、二人とも息を荒げていた。
「見事だ、渋谷君!藤堂君相手にここまでやるとは」
「あっ……ありがとうございます」
伊東は賞賛の声を上げたが、勤三郎は納得がいかなかった。
(確かに捉えたと思ったのに……)
歌舞伎役者のような跳躍、源義経を思わせるような身のこなし。
完敗だった。
「藤堂君、僕の負けだ」
「へへっ、平助でいいぜ。刀を交えた仲じゃねえか」
藤堂は軽口を叩くが、気持ちのいい男だった。
年が近いこともあり、二人はすぐに打ち解けていた。
伊東が帰った後も藤堂は道場に残り、渋谷たちと共に酒を酌み交わした。
「じゃあ、お前は農民の出身なのか?」
「うん、そうだよ」
「なんだ、近藤さん達と一緒なんだな」
近藤勇は天然理心流剣術道場の主であり、元々は農民の出身だった。
しかし、その剣の才を見込まれて養子となり、道場を継いだのである。
「近藤さんも凄いけど、剣の腕前で言ったら沖田だな」
「沖田?」
「沖田総司。俺より二つ上だけど、天然理心流の免許皆伝者だ」
藤堂は千葉道場に入門して長いものの、まだ目録といったところだった。
あちこちを歩き回っているため、剣の腕は上がっても、免許を授かるまでには至っていなかった。
「へえ、それはぜひ会ってみたいな」
「今度、試衛館に行く時、お前も一緒に来いよ」
「えっ!」
勤三郎は、隣で山南と酒を酌み交わしている廉太郎と哲次郎に目を向けた。
「いいんじゃないか? 他流試合なら、道三郎先生も許してくださるだろう」
「……うん」
藤堂の話に興味を持ったのは事実だった。山南や藤堂が認めるほどの剣の腕前を、直に感じてみたいと思ったのだ。
「お前が行きたいと言うなら、俺たちも一緒に行ってやるよ」
「廉さん……本当?」
「勤三郎一人じゃ心配っていうのもあるけど、俺たちも会ってみたいんだ」
「哲次郎さん」
勤三郎は、まだ自分の進むべき道を決めかねていた。
だからこそ、山南や藤堂のように、たくさんの志士たちと交流を持ちたいと思っている。
今回の藤堂の誘いは、そのための良い機会だった。
「じゃあ、お願いします」
「よし! そうと決まれば、準備しないとな」
藤堂は三日後に迎えに来ると約束し、伊東道場へ帰って行った。
「じゃあ、私も先に試衛館へ戻って、君たちが来ることを知らせておくよ」
「ありがとうございます、山南さん。よろしくお願いします」
こうして、勤三郎と廉太郎、哲次郎の三人は、藤堂平助に連れられて試衛館道場までやって来た。
試衛館は、玄武館から西へ数刻歩けば着く場所にあった。
玄武館に比べれば小さな道場だったが、中は活気にあふれていた。




