千葉道場 北辰一刀流
爽やかな秋晴れの空の下、朝から威勢のいい掛け声が聞こえて来る。
ここは千葉道三郎の千葉道場。
門弟は三千人とも言われ、千葉定吉の桶町道場や伊東大蔵の伊東道場等、多数の道場を持ち、北辰一刀流の道場は神道無念流の練兵館、鏡新明智流の士学館に並び幕末江戸三大道場と呼ばれている。
その多くの者は尊王攘夷の志しを持ち、ペリー来航以来、開国を迫る異国の脅威に脅えた者達が自国防衛の為に身分も関係なく剣術に励んだ。
渋谷勤三郎、弘化三年、下総国(現代の千葉県)佐津間村(鎌ケ谷市)の農家の二男に生まれた。
八歳の時から三年間、佐津間から二里(7キロ程)離れた、小金宿にある儒者、一月勉平に漢学を学び、十一歳の時に江戸に出て玄武館に通った。
勤三郎は今年で十六歳になった。
江戸に来てからは芳野金陵に学び、更に強い尊王攘夷の志しを持つようになる。
「おはよう、勤三郎。今日も会えて嬉しいぞ」
そう声を掛けてきたのは、同郷の竹内廉太郎と、その弟の哲次郎だった。
廉太郎は勤三郎より九つ年上だが、小金宿で共に学んでいた頃から何かと面倒を見てくれた、兄のような存在だった。
哲次郎は廉太郎より二つ年下である。
竹内兄弟は、小金宿にある豪商「笹屋」の息子であった。
水戸街道沿いに位置する小金宿には、多くの志士たちが行き交い、交流も盛んに行われていた。
そんな環境に影響を受けたこともあり、父の死後、竹内兄弟は本格的に尊王攘夷運動へと身を投じるようになった。
「廉さん! 哲次郎さん! おはようございます!」
「勤三郎、今日は伊東道場が出稽古にやって来るそうだ」
「伊東道場ですか?」
「ああ。最近、鈴木大蔵という男が後を継いだらしい」
鈴木は婿養子に入り、伊東大蔵と名を改めていた。
色白で博学。とても剣術には向いていないような美男子だという。
「それは楽しみです。機会があれば、ぜひ手合わせ願いたいものです」
そう言ってにこやかに笑うと、哲次郎は勤三郎の頭を優しく撫でた。
「勤三郎は本当に可愛いなあ。俺もこんな弟が欲しかった」
「おいおい、お前には可愛い妹がいるだろうが」
「妹ではなく、弟が良いのです! 勤三郎は素直で可愛い」
勤三郎は年の割に背が高く、少し長めの総髪が印象的な、屈託のない素直な青年だった。
そんな勤三郎よりも、廉太郎と哲次郎はさらに背が高く、当時としては珍しいほどの長身であった。
「勤三郎も、もう十と六。いい加減、元服してもよい年頃だ」
「そうですね。一度、佐津間に帰ろうかとも思っているんです」
「元服したら月代を剃って髷を結うのか? 君の赤毛を俺は気に入っているのだけどなあ」
廉太郎や哲次郎の髪は、太く艶やかな漆黒の髪だった。
それに比べ、勤三郎の髪は細く柔らかく、陽の光を浴びると赤みを帯びて見える。
幼い頃から、その髪の色を他の子供たちにからかわれ、勤三郎は自分の髪が大嫌いだった。
けれど、哲次郎はそんな髪を好きだと言ってくれた。
その言葉が、勤三郎には何より嬉しかった。
そして勤三郎もまた、そんな哲次郎のことが大好きだった。
もう八年の付き合いになる。
今では家族と同じくらい大切な存在だった。
朝稽古を始めてから一刻ほどが過ぎた頃、十一人の弟子を連れた伊東大蔵が、千葉道場へとやって来た。
「道三郎先生、今日はお世話になります」
「よく参られた。道場主になられてからは初めてですなあ」
「はい、ようやく落ち着いてきたところです」
伊東もまた長身で色が白く、まるで役者のような、噂に違わぬ美男子だった。
「あの人が伊東先生?」
「まだ二十七歳だそうだ」
道場の隅で廉太郎や哲次郎と共に、大勢の人々に囲まれる伊東を眺めていると、一人の男が声を掛けてきた。
「山南さん!お久しぶりです!」
「山南殿は、伊東先生とお知り合いなのですか?」
廉太郎の問いに、山南は苦笑しながら答えた。
「そうだな、何度か酒を酌み交わしたことがあるくらいだ」
「そうなんですね。さすが、山南さんは顔が広い」
「そうでもないよ、渋谷君。僕はどちらかというと、伊東さんの隣にいる藤堂君の方が仲がいいんだ」
「藤堂?」
山南は少し前、北辰一刀流の免許皆伝となった後、武者修行のために千葉道場を出て、多摩にある天然理心流の剣術道場、試衛館へ他流試合を申し込んだ。
しかし、道場主である近藤勇に敗れ、そのまま試衛館に居ついてしまったのだった。
近藤の人柄と熱い想いに惹かれた山南は、志の違いなど関係なく、彼と共に生きていきたいと思うようになった。
そんな山南が久しぶりに千葉道場へ顔を出したのは、伊東や藤堂が訪れるからである。
「平助」
山南が遠くから声を掛けると、それに気づいた藤堂は、明るい笑顔を浮かべながら駆け寄ってきた。
「山南さん、来てたのか!」
「ああ、近藤さんが最近お前の顔を見ていないと寂しがっていたよ」
「色々と忙しかったんだよ。今度顔出すって、近藤さんに言っといてくれよな」
藤堂も山南と同じく、試衛館に出入りしているようだった。
ただし、山南のように試衛館の食客となっているわけではなく、あくまでも他流試合という形で出入りしているのだという。
親しげに言葉を交わす二人を呆然と見つめていた渋谷に、山南が声を掛けた。




