集結〜巡り合う縁〜
「えっ!一緒に行けない?」
「ああ、すまん総司……まだ家を出るわけにはいかないんだ」
総司(渋谷勤三郎)と呼ばれた男は、大樹より少し背が低く、幼い顔立ちをしていた。
髪は切り下げで結っておらず、人懐っこい犬のような雰囲気があり、少し頼りなさそうな印象だった。
「そうか……廉さん、後継ぎだもんね。すぐに江戸に行くのは難しいか」
それに比べ、廉と呼ばれた男は総司よりも背が高く、色黒で体格も良い。
声は低く、商人の格好をしているが、その手を見れば、かなりの剣の使い手だとわかる。
どうやらこの二人も、自分達と同じく江戸へ向かうようだった。
そんな事を考えていると、思いもよらない名が呼ばれた。
「でも、残念だな……相楽さん、廉さんに会いたがってたよ」
「相楽だって!」
思わず大樹が声を上げた。
その声に驚いた二人は、隣の席にいた大樹達に目をやる。
「店の中で大声を上げるな。店の者に迷惑だろう?」
「すっ……すまない」
低い声の男が大樹を窘めた。
それほど騒いだつもりはなかったが、納得がいかないながらも、彼の威圧感に思わず大樹は口を噤んだ。
「ねえ、もしかして君達は今日薩摩藩邸に来る同志かな?」
「どうして……それを?」
人懐っこそうな男は、明るい笑顔で名乗った。
「僕は渋谷総司、こちらは竹内廉太郎さん……相楽さんとは少し前からの付き合いで、僕はこれから薩摩藩邸に戻る所なんだ。君達の事は相楽さんから聞いていたよ。物凄く腕の立つ、頼れる同志が来るって」
これが渋谷との出逢いだった。
ここは宿場町。水戸から江戸へ下る武士達が、よく寝泊まりしている場所だ。
渋谷は小金宿の北にある佐津間村の豪農、竹内はこの小金の豪商で、二人とも江戸三大道場の一つ、玄武館で知られる北辰一刀流の使い手だ。
相楽との出逢いは、渋谷や竹内が師事していた芳野金陵と相楽が懇意にしていた事から、芳野を通じて紹介されたのがきっかけだった。
相楽の父、兵馬が下総の出身である事や、相楽と竹内の年齢が一つしか違わない事もあり、二人はその後も交流を重ね、絆を深めていった。
竹内は長男という事もあり、相楽から檄文を受け取ったものの、すぐには家を出る事が出来ない状況だった。
そこへ、大樹達が偶然居合わせたのである。
「だったら一緒に行こうよ、実はもう一人待ち人がいるんだけど、合流したら藩邸まで案内するよ」
「それは有り難い、よろしく頼む」
「うん……えっと……」
言葉に詰まった渋谷を見て、自分達がまだ名乗っていない事に気がついた。
岩屋が代表して一人一人自己紹介していく。
「俺は岩屋、隣りにいるのが荒井……で、そこの煩いのが大樹だ」
「煩いって……」
「岩屋さんに荒井さん、それに大樹さん、こちらこそよろしくお願いいたします」
渋谷は丁寧に頭を下げた、岩屋と新井も金輪と同じくらいの時に脱藩をしたが、別行動をしていた為、三人が出逢うのはこれが初めてだった。
後から渋谷より大樹の方が二つ年下だと知った渋谷は驚いた、だが年の近い二人は薩摩藩邸が近づく頃には打ち解け合っていた。
「じゃあ大樹君達は秋田から?」
「ああ、相楽さんから文が届いてすぐに脱藩して来たんだ」
「そうか……じゃあ、金輪さんや菊池さんと同じ?」
「ああ同じ渋江道場だ、俺はまだ幼いからと言われて一人置いてけぼりで、皆はさっさと脱藩しちまったけどな」
渋江内膳の道場は直心影流を中心とした剣術で、腕の立つ者が多かったから各地から強者が集まり手合わせや指南を受けていた。
金輪は直心影流を学んだ後、京都で西岡是心影流の大野応之助から剣術を学んで免許皆伝を貰っている。
そんな話しをしていると、長い塀の真ん中に大きな薩摩藩邸の正門が見えてくる、門の前では門番の他に二人の男が立っているのが見えた。
「噂をすれば……だな、お~い金輪さん!菊池君!」
岩屋の声に二人が笑みを浮かべて駆け寄ってきた、岩屋と金輪は特に仲が良い。
岩屋は赤報隊崩壊後、金輪と共に秋田に帰り奥羽越列藩同盟と秋田藩の熾烈な戦いに身を投じている。
そんな二人は今までにも何回か文を交わして近況を報告しあっていた、大樹は金輪や菊池が相楽と共に天狗党に参加していた事や京の都の出来事など、岩屋を通して知っていたのだ。
「良く来てくれました!歓迎しますよ」
「菊池君、これから宜しく頼む、皆変わりないようで何よりだ」
「嫌々、変わりあるだろ!お前……大樹か?」
金輪は六尺もある大樹の姿を見て驚いた、金輪の身長は五尺程しかなく、別れた時にはそれ程身長差はなかった。
だが今は見上げなければならない程で、得意気に見下ろしている大樹に対して金輪はムッと口を尖らせた。
「どうだ!約束通り金輪さんよりデカくなったぜ、これで誰にも文句はないだろ?」
「ああ……ないな」
その日、久々の同志の再開に喜んだ相楽はささやかな宴を開いた、大樹は幹部として迎えられ監察と言う役目を担い相楽の護衛を務めた。
だが、この薩摩浪士隊こと糾合所屯集隊での仕事は大樹が思っていたものとは、かけ離れたものであった。
糾合所には相楽の檄に応えて来た同志の他に、相楽が集めた、江戸市中をさ迷っていた浪士やヤクザなど五百人近くの人間が出入りしていた。
勿論、ずっとそこにいる訳ではないから実際に糾合所で寝泊まりしているのは二百人程度であるが、常に二百人の人間の世話をしなくてはならないから、その食事代だけでもかなりの金を使う。
金輪五郎は浪士隊の幹部としての役職はないが、この糾合所の組頭として浪士達を纏めている。
五尺程しかない小柄な男だが直心影流と西岡是心流の免許皆伝、その上五人力の力があり、得意技は片手横面打ち、真剣ならば一瞬で首が飛ぶ、恐ろしく剣の腕が立つ男に逆らえる者はいない。
その浪士達の世話を賄っているのは同志が持ち合った金である。
それだけでは到底賄う事など出来ない、かと言って薩摩藩は積極的に協力や援助をする訳でもない。
そこで江戸市中攪乱に乗じて幕府を味方する商人等から金を強奪する事になった、それを人々は御用盗と言い恐れた。
一・幕府ヲ助クル者
二・浪士ヲ妨害スル者
三・唐物商法スル者
此ノ三者ハ勤王攘夷ノ讐敵ト認メ誅戮ヲ加フベキモノトス
私慾ヲ以テ人民ノ財貨ヲ強奪スルヲ許サズ
浪士隊にも隊規がある、幕府に味方する者や外国との貿易や繋がりがある者以外の一般市民を私利私欲で襲ってはならない。
いくら幕府に味方をしているとはいえ、相手は武士ではない、初めは反対もしたが他に良い案も浮かばず指示に従う他なかった。
武士ではないからと言って無抵抗な訳ではない、武器を持つ商人もいる、抵抗する者は悉く斬り捨てていった。




