始まりの時
登場人物
=は本名
→は本名・変名
相楽総三=小島四郎
大樹四郎→大木四郎
菊池斎→竹貫三郎
渋谷勤三郎→渋谷総司
竹内廉太郎→大原廉之助→金原忠蔵
山本鼎→西村謹吾
丸橋雄蔵→丸尾清
神田湊→浅井才ニ
他にも沢山の人物が登場しますが
名前が変わる人物を紹介
時は慶応三年。
この日は爽やかな秋晴れだった。
辺りを見渡せば一面に広がる真っ赤な曼珠沙華が、これから戦地に向かう自分達を誘うかのように咲き誇っている。
「大樹、何やってるんだ?休んでいる暇はないんだぞ!」
「わかってるよ!岩屋さん、今行く!」
時は慶応三年。
この日は爽やかな秋晴れだった。
辺りを見渡せば、一面に広がる真っ赤な曼珠沙華が、これから戦地へと向かう自分達を誘うかのように咲き誇っている。
「大樹、何やってるんだ?休んでいる暇はないんだぞ!」
「わかってるよ!岩屋さん、今行く!」
大樹と呼ばれた青年は弱冠十九歳。
本名を大木匡と言い、故郷の秋田藩を脱藩し、変名の大樹四郎を名乗っていた。
脱藩した理由?
それは先日、京の都から相楽総三の名で、秋田藩主佐竹氏の家臣である渋江家の道場に届いた一通の檄文だった。
『我は西郷隆盛の命により、これより江戸、三田にある薩摩藩邸に入る。同じ志を持つ者は此処に集結せよ』
これを目にした大樹は、いてもたってもいられなくなった。
自分はこの時を待っていた。
やっと、やっと彼の役に立てる日が来たのだと……。
翌日、大樹は旅支度を整え、自分を迎えに来てくれた岩屋鬼太郎と荒井仁造(二十五歳)と共に江戸へ向かった。
江戸よりも早く冬が訪れる秋田では、すでに山々が色付き、すっかり秋らしい景色が広がっていた。
「江戸に着いたら美味い飯も女も食えるな」
「おい!俺達は遊びに行くんじゃないんだぞ!」
飯はともかく、「女」という言葉に過剰に反応する大樹には、そうなった訳がある。
「大樹、お前のその女嫌いはなんとかならんのか?」
「岩屋さん、余計なお世話だ!女なんて遊びだけで充分だ」
岩屋と荒井は、大樹が何故女嫌いなのかを知っていた。
それは、大樹が十五、十六歳の頃だった。
渋江家の女中が大樹に好意を持ち、近づいてきた。
その女は大樹よりも五歳年上で、ほっそりとした身体付きの目の細い女だった。
だが、この女には実は恋仲の男がいた。
それにも関わらず大樹に言い寄り、関係を持とうとした為、恋仲の男が道場に殴り込んできた。
そして真剣勝負となり、大樹はその男を斬った。
人を斬ったのは、これが初めてだった。
女は渋江家から追放され、行方知れずとなった。
それ以来、大樹は女を避けるようになっていた。
「勿体ねえよな、これだけ色男なんだから女にゃ不自由しねえだろうに」
「無駄口叩いてないで早く行こうぜ!相楽さんが待ってる」
江戸までの道のりは約百四十三里(約562キロメートル)。
一日九里(約36キロメートル)を歩き、十六日から二十日かけて江戸を目指す。
山を越え、渓を下り、街道をひたすら歩き続けた。
大樹は秋田を出てから、妙な夢を見るようになる。
真っすぐな長い黒髪。
その髪を靡かせながら、女はいつも明るい笑顔で笑っていて、それが太陽のように眩しかった。
大樹がその女に触れようとした瞬間、女は椿の花に姿を変え、七つの花が自分の周りに降り注いだ。
椿は花ごと地面に落ちて散る事から、まるで首を斬られた武士の死に様のように見え、大樹は嫌いだった。
「……椿?」
「何か言ったか、大樹?」
「何でもねえ……」
だが、目覚めると夢の内容は覚えていない。
ただ、色のない世界に染まる赤だけが、無意識のうちに残っていた。
やがて水戸街道に出ると、さすがに江戸へと続く街道だけあって、人の往来が多い。
水戸街道を進み、小金宿までやって来た時だった。
朝餉を取るために一軒の食堂に入ると、自分達の他に二人の男が楽しそうに会話をしていた。
だが、そんな事は自分達には関係ない。
注文を済ませ、食事を取りながら二人の会話を耳にしていると……。




