試合終了
「それにしても、上はギャーギャー騒がしいな」
「仕方ないよ……応援に来てくれるだけありがたいじゃないか」
男子の決勝戦を控え、待機していた二人は観客席を見上げながら呟いた。
騒がしさに迷惑そうな顔をする村瀬とは対照的に、宮代は声援に応えるように笑顔で手を振った。
すると、女子たちからさらに大きな黄色い歓声が上がった。
「ったく、試合前にテレビ局の取材なんか来るからいけねえんだ。それほど騒ぐことでもないだろ?」
「インターハイの優勝候補が、同じ道場の出身だって話題になっちゃったからね。これで剣道を始める人が増えたらいいね」
村瀬が言いたいのは、そういうことではない。
呑気なことを言っている宮代は、昔から相変わらずだった。
短気で負けず嫌いな村瀬とは対照的に、宮代はマイペースで穏やかな性格をしている。
しかし、ひとたび竹刀を握れば、その雰囲気は一変する。
まるで鷹のような鋭い眼差しに射すくめられ、対峙しただけで勝てないと悟る者さえいた。
容姿端麗で剣の腕も立つ二人が、決勝戦で顔を合わせる。
試合前からテレビ局の取材が入るほど注目を集めていたこともあり、会場の期待は一層高まっていた。
女子の準決勝が終わり、いよいよ男子の決勝戦が始まろうとしていた。
「いよいよ男子も決勝だね……どっちが勝つのかな?」
「相手の村瀬って子も相当強いらしいよ? でも、やっぱり応援するのは宮代先輩っしょ!」
審判の合図で、二人は竹刀を構えた。
その瞬間、先ほどまで騒がしかった会場が、しんと静まり返った。
二人の張り詰めた緊張感が、観客席にまで伝わってくる。
椿は、剣道の試合をこれほど真剣に見たことがなかった。
会場全体を包み込む緊張感に、胸の鼓動が速くなる。
そして、試合はあっという間に決着がついた。
村瀬紫狼の二本勝ちだった。
あまりの速さに、宮代は相手の技に対応する間もなかった。
宮代も決して弱いわけではない。
それでも、二人の実力差は誰の目にも明らかだった。
「君にはいつも勝てないな」
「当たり前だ。俺に勝てるわけないだろ!」
「言ってくれるね。インターハイまでにもっと強くなるから、覚悟しててよ」
二人は面を外すと、笑顔で握手を交わした。
その瞬間、報道陣のカメラのフラッシュが一斉に光った。
「あ~あ、これでまた面倒なことになるな」
「も~、またそんなこと言って……」
こうして、男子の決勝戦は幕を閉じた。
あっという間の試合だったが、椿はすっかり夢中になっていた。
「どう? 椿、剣道も面白いでしょ?」
「うん……凄いね。びっくりした」
由梨がニヤニヤしながら、横から椿の顔を覗き込む。
椿はまだ興奮が冷めやらない様子で、先ほどまで二人が戦っていた試合場を見つめていた。
男女の表彰式も終わり、椿と由梨は真美たちが体育館から出てくるのを待っていた。
真美は女子個人戦で三位という好成績を収めた。まだ下級生であることを考えれば、将来が楽しみな選手だ。
「真美、おめでとう~!」
「ありがとう~! 由梨と椿の応援のおかげだよ~」
「この後、何か用事ある? なかったら、お祝いにカラオケでも行こうよ~」
椿も今日は一日休みだったため、久しぶりに三人でカラオケに行きたいと由梨が言い出した。
「あっ……ごめん。これから部活のみんなで打ち上げなんだ」
真美は申し訳なさそうに両手を合わせた。
由梨は残念そうにしていたが、部活の打ち上げなら仕方がない。
今回、山村高校の剣道部は男女ともに団体戦でインターハイ出場を決めていた。男女そろっての出場は、実に二年ぶりの快挙だった。
宮代の父親は剣道道場を開いており、これからその道場で盛大に祝勝会を開くのだという。
「そっか……それじゃあ仕方ないよね。カラオケは椿と二人で行くよ」
「本当にごめん……」
「私たちのことは気にしなくていいよ。カラオケはまた今度、一緒に行こう」
真美は二人に手を振ると、背を向けて歩き出した。
ところが、その行く手に一人の男子生徒が立ちはだかり、真美は思わず足を止めた。
「お前らも一緒に来ればいいじゃん」
そう声を掛けてきたのは、由梨の彼氏である櫻井航だった。
航も剣道部員なので、当然ながら打ち上げに参加する予定だ。そこで、由梨と椿も一緒に来ないかと誘ってくれたのだ。
「航、嬉しいけど、部外者は遠慮しとくよ」
「いやいや、俺らの他にも道場の仲間が沢山来るしさ。遠慮することないぜ。なあ、宮代先輩!」
「勿論だよ。祝ってくれる人は多い方が嬉しいからね」
「なっ? だから一緒に来いよ」
そう言うと、航は由梨の手を引いて歩き出した。
結局、椿も同行することになり、剣道部員十六名と由梨、椿の総勢十八名は、総合体育館からバスに乗って、市の外れにある宮代道場へと向かった。
バスを降りて十分ほど歩くと、緑に囲まれた広い敷地が見えてきた。
そこが宮代道場だった。
想像していたよりも立派な道場で、既に三十人ほどの人が集まっていた。
「それでは、県大会も無事に終わりましたので、お疲れ様パーティーを開催いたします!」
「乾杯~!」
威勢のよい掛け声とともに、祝勝会が始まった。
道場には美味しそうな料理が数多く並べられ、参加者たちはそれぞれ好きなものを皿に取り、楽しそうに食事をしている。
夏休みには学校ではなく、この道場で合宿を行うこともあるのだと聞いた。
「凄いね……これ、全部宮代先輩の家で用意したのかな?」
「そうみたいだね。家が道場だとは聞いていたけど、こんなに大きいとは思わなかったよ」
椿と由梨は道場の隅に腰を下ろし、皿に取り分けた料理を食べながら、ジュースを片手に話をしていた。
宮代の周りには、お祝いに駆け付けた大勢の客人たちが集まっている。
「あ~あ、あれじゃ宮代先輩に近づくこともできないよ~」
「もう、由梨ったら。航君が聞いたら悲しむよ」
「航はそんなんでヤキモチ妬いたりしないよ」
由梨のミーハーぶりはいつものことで、航もすっかり慣れっこだった。
だからといって、由梨が浮気をするわけではない。
二人の間には、言葉にしなくても通じ合える信頼関係があるようで、椿にはそれが少し羨ましく思えた。
「宮代先輩もいいけどさ~、村瀬君もいい男だよね。イケメンで剣道も強くてさ。それでいて、二人とも彼女がいないなんて信じらんないよ」
「そうなの?」
「告白した子は数えきれないくらいいるのに、誰かと付き合ったって噂は聞かないんだよ。同じ道場に通ってるし、宮代先輩と村瀬君、二人は付き合ってるんじゃないかって噂まであるくらい」
村瀬は、身長が180センチ以上はありそうな長身で、きりっとした顔立ちの整った青年だった。
あれだけ人気があるのに彼女を作らないのには、何か理由があるのだろう。
もっとも、それは自分も同じなのかもしれない。
椿はそんなことを、心の中で呟いていた。




