第8話 金色の翼
龍樹に吹けと言われたことなど思い出す余裕も無かったのに、笛を手にもって思い切り吹いてみる。
澄んだ音色が明るく優しい調べを高らかに奏で空を満たした。
風が優しく甘やかな香りと共に辺りに渦巻き、きらきらとした光が調べに合わせて弥太と白い鷹を取り囲むように降り注ぐ。
お日様の良い匂いだ。
高い空に居るのも忘れてうっとりしていると、金翅鳥の舞笛は美しい音色の調べに溶けて光を放ち消えていってしまった。
~本文より
「おいら、頑張るっ」
弥太は声を発しながら飛び起きた。勢いよく飛び起きたせいで覗き込んでいた大天狗の鼻にまた激突した。
「ぐぬぬっ」と鼻を押さえる大天狗を見て、弥太は不思議に思った。
前にも同じことがあったよ。
この後は太郎治が……。
ふわりと、太郎治は葉っぱに乗って弥太の目の前に想った通りにやって来る。
瑠璃姫は、
「目覚めたか、弥太。まずはよかろ」
弥太の手をぎゅっと握ろうとして、驚き、面白そうな笑顔を浮かべた。
「おや、弥太。吾にすら思いも寄らぬ事を為すとは流石じゃな。幽世の風を纏って眠りに落ちたかと思えば、目が覚めたと共に、神の笛を握りしめておるとは、何と豪儀じゃ。権大師殿、これは何かの神意であろう。疑うて悪かったの」
「だから言ったであろうが。寝ておるだけじゃと」
大天狗は高い鼻をさすりながら、怖い顔で弥太に話しかける。
「おい子河童。何があったか説明せいっ。貴様が握りしめておるそれは我が一族の秘宝中の秘宝、『金翅鳥の舞笛』と同じものではないか。なぜそのような大それたものを貴様が持っているのだ?」
大天狗は懐をごそごそすると金の横笛を取り出した。
「ほれ、儂もこの通り、同じものを……」
弥太のもつ金の笛と大天狗の持つ金の笛が共鳴を始め、高らかな音を鳴らし閃光を放った。
一瞬、大天狗に瑠璃姫、太郎治の動きが止まる。
すると、それを狙っていたかのように、
「ぎぇー」
一声高く神域の空の守護者たる大鷹が声を上げて顕れ、大きな足で弥太の黄緑色の甲羅をがっしり掴むとたちまち空へと舞いあがる。
瑠璃姫は、突如現れた龍の巻き付く大樹に目を奪われ、大天狗は躰が強張り動けない。太郎治は弥太を追って宙に舞い上がったが、光の鷹には追いつけず、雅楽のような細く高い音色で悲鳴を上げていた。
弥太は天高く再び森を見下ろしながら、べそをかいていた。
「高いのいやあ、怖いぃぃ」
頬を叩く風ではなく、優しいふんわりとした風が弥太の頭を撫でるように流れ、
(ほら、笛をふくのでしょう)
何かを促されたような気がして、手に持っていた金翅鳥の舞笛を思い出した。金色に美しく光を放つ不思議なその笛を見つめていると、怖いのも忘れ何だか吹かなくてはいけないような気がしてくる。
龍樹に吹けと言われたことなど思い出す余裕も無かったのに、笛を手にもって思い切り吹いてみる。
澄んだ音色が明るく優しい調べを高らかに奏で空を満たした。
風が優しく甘やかな香りと共に辺りに渦巻き、きらきらとした光が調べに合わせて弥太と白い鷹を取り囲むように降り注ぐ。
お日様の良い匂いだ。
高い空に居るのも忘れてうっとりしていると、金翅鳥の舞笛は美しい音色の調べに溶けて光を放ち消えていってしまった。
「あ、あれぇ?」
またまた怖さを忘れ、笛を持っていた手を見つめていたが、
「無くなったものは仕方が無いのだぁ」
と誰かの声の真似をするとあっさり諦め、自分を捕まえて飛んでいるこの白い鷹をどうやって説得するかを考えながら見上げた。
すると、白い鷹の躰の中から美しい調べが溢れて、その音色が静かになり止んだ途端に、躰から紅蓮の炎を噴き出し、美しく金色に輝く姿に変わっていく。
「え? え? ちょっとこれは何かしら? あれ、アタイ、どうしたんだろう? 燃えてるっ、火が出てるっ。アタイから火が出てるっ、助けてぇぇ」
白い鷹が金色で紅い炎を纏う鳥に姿が変わり、女の子の声で何やら叫んでいる。
しかし、炎は不思議とほんのりと暖かく気持ちよくて火傷もしない。
弥太は不思議に思ったが、其れよりも困っている鷹かどうかわからない姿になった鳥の美しさに目を奪われながらも、
「ねえ、おいらを川に下ろしてくれたら、水を使えるから消せると思う。だから下ろして、ね、ね」
火を消してあげれば、逃がしてくれるかもしれない。
困っているんだし、きっと大丈夫。
弥太は、自分を攫った不思議な鳥の心配をしながら声を掛けた。
「そう、アンタ河童ね。川のほとりに降りるから、み、水をアタイに、す、すぐにかけて」
「よし、じゃあおいら用意するから、ちょっと待っていてね」
弥太は川の中から、岩にとまって炎を噴き上げる金色の鳥を眺めていた。
二回も攫われた相手ながら、何か怖くないというか、何処ともなく親しみを感じる。
誰かに似ているような……?
炎を噴き上げる鳥なんぞ当然初めて見るし、今まで見てきた他の皆にも炎を出しているものに覚えはない。
でも、何だろ? こんな感じがするの……おいら知っている……。
小首をかしげるものの、思い出せない。やっぱり深く考えるのを止めて、約束を果たすことにした。
まずは炎を消し止めなければ。
金色の鳥から燃え上がる炎はお日様の光と同じで、優しくキラキラして綺麗だ。
「ねえ、本当に消しちゃっていいの? 少し勿体ないと思うよ」
「いいのっ。何処の世界に炎に焼かれて生きていける鳥が居るのよっ。死んじゃう前に早く消してよっ。って……あれ? アタイ、アタイ……は……」
金色の鳥は炎を噴き上げながら、何かを思い出しかけている。
弥太はそんなことまで流石に気は回らず、水の中に小さな光る渦を創り始めた。
大天狗さん、ごめんっ。おいら、これしか出来ないし、おいらの水で元気になるなら、元気にしたい。痛いのも苦しいのもしんどいのも、全部嫌だから元気にしたい。
弥太の心の声と想いに、光る渦が応え、さらに大きく強く輝く。
渦はますます大きくなり、そのまま水面を持ち上げ、水の大柱と化した。
目を閉じて祈っていた金色の鳥は何やら大きな気配に薄目を開けると、巨大な水柱が自分に向けて迫りくる処で、
「⁈ お、溺れさせる気ィ?」
と呆気に取られながら、避ける間もなく辺りの景色ごと大水に飲み込まれた。
余りの事に吃驚した金色の鳥は流されまいと身構えたのだが、水の流れは撫でるように優しく、息苦しくもない。
それどころか、躰が軽く感じられるほどだ。
「なあに、これ?」
金色の翼を広げ、羽毛に覆われた躰を心配げに覗き込む。炎が消えている事に気付くと、安堵して水の中の幼い河童を見た。
「ありがと。まずは、お礼を言っておくわ。でもね、ものには限度があるって知らないの? ほんとにもう、やり過ぎよ、やり過ぎ」
川のほとりでずぶ濡れの金色の鳥が弥太に文句をつけていた。
しかしながら、声は弾んで少しばかり嬉しそうではある。
「おいら、これしかやり方知らないし、怖い思いさせたらごめんなさい」
つぶらな瞳で見上げながらぺこりと頭を下げる弥太に、
「ちょっちょっ、アタイが虐めているみたいじゃない。謝らなくていいわよっ。礼を言ってんのはこっちなんだから、謝らないでっ」
と慌てて声を荒げている。
弥太は、この鳥から気持ちのいい匂いを嗅ぎ取っていた。
「うん。分かった」
にっこりと笑顔を浮かべると、皿の縁をぴしゃんと叩きながら、金色の鳥を真っ直ぐに見つめて、
「下ろしてくれてありがとう。じゃあ、おいら、別の約束があって、急いで行かなきゃいけない所があるから、もう行くね。鳥さんも元気でね」
と別れを告げて水に潜ろうと背を向けたら、ガツンと甲羅に衝撃を感じたかと思うと、河原の上にそっと運ばれて、立たされた。
「何を勝手に行こうとしてんのよ」
何か怒っている。
金色の焔の鳥はなにかしら、早口でまくし立ててきた。
「アタイ、自分が誰だか分かんないし、此処が何処かも知らないし、困ってんの。あんた、見るからに弱そうだし、一緒について往けば何か分かりそうな、いいえ、何かあんたと一緒に行かなきゃって気がするから、一緒に行くわ。天翔る翼を頼らせてあげるから、ありがたく思いなさいね」
いきなり頭ごなしに捲し立てられ、少しばかりたじろいだ弥太だったが、少し前の太郎治の言葉を思い出した。
独りでちゃんとしないといけないんだ。
「でもね、あの、おいら、独りで行かないと駄目みたいな……」
「いいのっ。アタイは問題なし。だってアタイがそう言ってんだからね。あんた独りじゃあ心配だもの」
本心からの言の葉は居丈高でも心に刺さる。
弥太は皿の縁をぴしゃんと叩くと考えこんだ。
すると、何処からともなく、龍樹の声が響いてくる。
『弥太よ、汝天意を問うたものよ。これは答えの一つなり。そこな者は名を蘇芳と言う。に旅して共に育み共に為すべき定めの天と地の間の者』
『蘇芳よ。汝はまだ転生し生まれ出でたばかりなれど、汝の思う通り、そのものと旅を行い、そのものを守り、己の真性を見つけ出せ。我等繋ぐものの役目を全うせよ。さすれば真なる全てを見いだせよう』
弥太は、龍樹の言っている事が難し過ぎて色々理解出来てはいないのだが、中身の本質だけは何となく分かっていた。
「龍の神様、ありがとう。おいら、本当は独りは怖かったの」
何処にいるかは分からないので、天に向かって大きく返事をしてお礼を言うと、ぺこりとお辞儀をした。
金色の鳥は考え深く、自分の名を反芻していた。
「すおう、蘇芳……、そう、アタイの名前だ」
頭頂部に金色に輝く王冠のような羽根が一つ生じた。
「やっぱり、あんたが要ね。あんなでかい何かに守られてんだしね。アタイは蘇芳。姉さまとして頼っていいわよ。アタイ、半端ないくらい強いから」
「うん。宜しくお願いね。すお姉。おいら、弥太」
かくして、子河童を弟に、自分が何か分からない転生したての謎の鳥が姉になり、旅往くこととなった。
目指すのは白い猫の言う、昇るお日様を真っ直ぐ見据えた三香月山の麓、鯉が淵の集落の先の河原である。
期限は七日のうちだ。
「弥太坊っ、やっぱりアタイと空を飛んでいこう。早くつくしさ。もたもたしないで済むじゃない。ほらっ」
弥太は何度目になるか分からない蘇芳の急き立てに、
「空を飛ぶのは嫌っ、怖い。それに水の中を行けば水が色々教えてくれるって言っているでしょ? だから、水の中を行くの」
と、これまた何度目になるか分からない言葉を、しっかりと想いを込めて返していた。
弥太は相棒の千吉から言いつかっている事が色々あり、その裡の一つに、困ったり分からなかったりする時は、必ず川へ行き川の水の中を行け、水が色々教えてくれると言われたものがある。
何故そうしなければならないのか、などと言う事は関係ないし、考えたこともない。
千吉がそういうからにはそれは正しい事だからだ。
だって、相棒である。
相棒っていう言葉の意味すら実はあんまり分かっていないのだが、あいぼうは相棒なのだから、問題は無い。
蘇芳はそんな弥太を何となくではあるが見透かしていた。
あの子、そんなに考えていないんでしょ。
はぁ、と一息。ため息代わりに羽繕いをちょいちょいとすると、先ほど見た光景を思い出していた。
お日様が昇る東へ向かうには、この川は不適切なのだ。
流れが大きく北側へ蛇行しており、大いに遠回りで、しかも途中で産霊の森が途切れた先に、雪原らしきものまであった。
有無を言わさず運んじゃおうかな。
何度もそう思ったのだが、何故だか誰かにそれはいけないと窘められているような気分になり、出来ずにいた。
アタイ、こんなんだったっけ?
なんか変なの。
想う通りにならない自分の気持ちに少しばかりの違和感を覚えてはいるものの、そんなに深く悩まない性質のようだ。
「まあ、しょうがないか。川を行くとしても、水の中に潜んないでよね。分からなくなるから。浮かびながら泳ぎなさいよ」
弥太にそう云いつけながら、疲れたら甲羅にとまって行こうかな、などと、自分の大きさを顧みず、手前勝手にとりとめのない事を想う、蘇芳であった。
「潜らないの? うん分かった」
素直に頷きながら、弥太はそんなこんなで色々と言い合いできる安心感を伴連れに、先を急ぐことにした。
時間が無いって、言っていたし……。
何故旅に出なければならないのか?
知らない猫のお話で、怖い生き物と教えられている人間を助けにどうしていくのだろう?
不意に疑問が心の表に浮かび上がる。
怖いのは嫌だ。
とっとと、千吉の許へ、山神様の許へ帰りたい。
でも、おいらにあの猫は助けてくれって言っていた。
おいらが行かないと、太郎治に瑠璃姫様も困っちゃう。
おいら……ほかの誰かが怖くなるのはもっと嫌だ。
うん、おいら、頑張って行ってみる。
皿の縁をぴしゃんと叩くと、大きく息を吸って胸を張って顔を上げた。
ねえ、千吉。おいら、凄いし偉いでしょ。ほらっ、これでいいのだぁー。
新たな決意を眼に宿した弥太の眼前には、広々と広がる産霊の森の間を割るように流れる何処までも続く大きな川がある。
濃い緑と根雪の白さを所々に残し、傾きかけたお天道様が森も水面も赤く輝かせて飾り付け、祝福しているのか誘っているのか分からない程の、深い深い美しさを湛えていた。
如何でしたでしょうか?
純和風ファンタジーはこのまま進みます。
是非またお付き合いください。




