↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天衣の向こうに  作者: しきもとえいき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/16

第7話 テンイヲトエ

炎と煙の臭いも漂い始めた。

 戦だ。戦の匂いがする。

 太郎治の眼がとらえた光景は、破邪降魔の浄玻璃の泉の主たる瑠璃姫が滅した、穢れの尖兵の骸であった。

~本文より

「成程の。その白い大きな猫はな。白虎というものでな。人間を守る聖獣というものじゃ。道をつなげるということができるとは恐らくは四神生成の道半ばというところであろ。しかし、困ったの」


 一通り弥太から話を聴いた瑠璃姫は、弥太に教えながら困り顔をした。弥太はぼんやりと困り顔も綺麗などとその顔を見ながら呑気に思っている。


「吾と太郎治殿はな、人とは相容れぬものでな。何というか、持っている力が大きすぎての。人の傍に居るだけでな、望むと望むまいとに関わらず、魂魄や血肉にまで影響を与えてしまうのじゃ」


「エイキョウって何?」


「そうじゃな、具合を悪くさせてしまうことかの」


 弥太は益々きょとんとした。


「瑠璃姫様も太郎治も傍に居ると落ち着くし、気持ちがいいよ?」


 瑠璃姫はその言葉に優しく笑うと弥太の頭を優しくなでた。


「それはの。主が誠に純なるものが故。人はな、心に迷いを持ち、その中には妬みや恨みなどの後ろ暗いものも多くある。それが魂魄や血肉に染み付いてしまう故にであろ」


 大天狗は其の話を聴いてにんまりと笑う。


「弥太よ。覚えておけ。太郎治殿は大地の精ともいうべき途轍もなく大きな存在でな。大きすぎるがゆえに人に虞を抱かせる。小娘様はな、清廉潔白が過ぎておっての。少しばかりの汚れですら寄せ付けぬ。少しばかりの汚れはどうということは無いし、清濁併せ吞むという度量の大きさもあってしかるべきだとは思うが、小娘様はご自身そのものをそういうように仕立て上げたゆえにな……」


 大天狗の物言いに瑠璃姫は


「荒幡の権大師よ。さきの弥太の眠りは吾の思い違いであった故、今の言には目を瞑ろう程に。只、それ以上つまらぬ言を継ぐのであれば、その折は覚悟しやれ。吾に二言は無いぞ」


 躰から蒼い燐光を薄っすらと立ち昇らせながら、げに凄まじい迫力で大天狗を睨みつけた。


 大天狗も慌てて、


「言い過ぎたかもしれぬ。口が滑ったことについてはこの通り詫びよう」


 と、すぐさま頭を下げた。

 瑠璃姫は優しい笑顔を弥太に向け、頬に手を触れると、


「済まぬな、弥太。怖い思いをさせたかの?」


「ううん、平気ぃ。でも仲良ししよ? ね、ね?」


 弥太がどんぐり眼をぱちぱちしながらじっと瑠璃姫を見上げる。

 瑠璃姫の心は直ぐに蕩けて、にこにことした大きな笑顔となった。


「そうじゃな。その通りじゃった。弥太よ、主は本当に大したものじゃ。権大師殿も弥太に感謝じゃな」


「ふん。それには賛同しよう。子河童の弥太よ。貴様は見込みがある」



 大天狗と瑠璃姫と弥太がそんなやり取りをしている間、太郎治は畔から少し外れて、何やら気になるらしく、彼方此方に跳んでは消えてを繰り返し何かを集めている。


 雪を割って伸びている草樹に何やら話しかけ、小石や樹の枝や、まるで季節ではないというのに山吹色のきれいな花を小脇に抱えてはまた消える。雪化粧した大きな楡の樹に話しかけながら、今度は蝉の抜け殻を抱えているという具合だ。


 太郎治は雪を払い、土をむき出しにすると集めたものをその上に一まとめに置いた。そして葉っぱに乗って中空に舞い上がると、高音の澄んだ音色で樹々や草樹に呼びかける。その音色に草樹が応えてゆらゆら動く。


 不思議な静寂と共に、そこかしこに水が流れる様な微かな音が、そよ風が鳴らすようなわずかな葉擦れの音が、太郎治の声の調べと静かに響き重なり合う。樹々が草草が太郎治に応えているのだ。


 耳を澄まさないと聞き取れない幽かなる調べが幾重にも重なり、厳かな楽として現世の狭間を越え常世にまで響く。


 太郎治は何かを待っているようだ。調べを奏でつつ一点に視線を集中している。


 幽美なる静寂が辺りを覆う。

 調べがより深くなり、風が雪を巻き込み雪が煌めいて光の粒となり渦巻き始め、太郎治が置いたもの一つ一つに沿ってむき出しの土の上をなぞる。

 なぞられたところから、土をこんもりとかき分けて小さな芽が出てきた。 ほんのり頭が赤いしっかりした緑色の双葉の芽だ。


 太郎治はその芽を見てほうと満足気に一息つくとその芽に視線で問いかける。

 今よりも先の世に芽生えるはずの草の芽にそこで見聞きしたことを訊ねているのだ。


 芽は静かに太郎治に応え、太郎治はだんだんと厳しい顔つきになりながらその応えに聞き入っている。

 太郎治と不思議な芽の静かなる対話は完全なる静寂の内にあった。


 太郎治は先見をしていた。

 これから先に起きるであろう大変な出来事を、芽生えの草の芽から垣間見る。


 風が吹き虫の音が響き渡る、冴え冴えと三日月が中空を飾る静かな夜である。


 その静寂を岩が転がるような轟音が突如引き裂いた。

 畔の遠くで烈風が吹き荒れ、樹々が悲鳴を上げている。


 ただならぬ事態に樹々が悲鳴を上げている先へと、飛燕ですら追いつけない程の速さで風景を動かした。


 炎と煙の臭いも漂い始めた。

 戦だ。戦の匂いがする。

 太郎治の眼がとらえた光景は、破邪降魔の浄玻璃の泉の主たる瑠璃姫が滅した、穢れの尖兵の骸であった。


 穢れの尖兵として大勢の人間が染められ、産霊の森に影響が出る前に、瑠璃姫が滅したのだ。

 亡骸は皆異形に変容しており、手足が六本生えていたり、のどまで裂けた口に牙を沢山はやした狼、身体中に目のついた蛇など様々なおぞましい姿になっている。同じ姿形のものなど一つも無い。


 墨よりもなお暗い黒色をした穢れの腐汁が身体の中からしみだして泡状となり、元の姿形がよくわからない程覆い尽くしている。匂いすらもまた醜怪であり、甘く爛れた腐臭が辺りに広く立ち込める。


 生命のあるものは、恐れずにはいられないそんな姿形ばかりのものの中に、憐れな姿となり果てた大天狗の姿まであった。


 瑠璃姫はそんな中、宙に浮かんで燦然と光を輝かせながらも、肩を震わせていた。

 その手の中に穢れに染められた骸を抱えて、大粒の涙を流し神たる身が慟哭している。

 瑠璃姫の慟哭に合わせて天から雷撃が地に突き刺さり、人の棲む処を焦土と変えている。


 穢れとの戦で何かをしくじったのだ。


 何をしくじったのかを探るために、時を進めては巻き戻し、じっくりと見ていると、全ては弥太に重なっていた。


 弥太がどう進むかで運命の轍が変わるようであった。

 弥太が仲間に連れられ、直ぐに産霊の森の神域に戻ると何かを引き起こし、どうあっても穢れが溢れてしまう。


 弥太が独りで進むと、先見の景色は千々乱れて何があるのかが分からなくなる。つまりは悲惨な運命は如何様にでも書き換えられるという事なのだ。


 太郎治は腕を組んで考えた。

 幼い弥太に何をさせようというのか?


 しかし、道は他に見えない。


 太郎治は顔を上げ、うん、と一つ大きく頷いた。

 その顔にはありありと固い決意が、覚悟が浮かんでいるのがわかる。



「怖いのは嫌だけど……あの白い猫に頼まれたし、おいら平気ぃ」


 弥太は無理矢理笑顔を浮かべた。

 自分の事で心配をさせたくない。ただそれだけなのだ。

 太郎治の話を聴いて弥太はそう答えた。


 拳をぎゅっと握っては、小さく震えている。

 その姿に瑠璃姫が口火を切った。


「弥太が往かねばならぬなら、吾も往こう。共にあれば穢れなど恐れることなどなかろ。吾の庇護は弥太にあるゆえ」


 ともすると怒りすら感じるその物言いに対し、太郎治が静かに力強い調べを奏でるように答えた。


 その力強い調べのような太郎治の言は辺り一帯にしみいっていく。


 すると地面からむっくりと芽が出たかと思えば、その芽はするする伸び、雪化粧の色濃い泉のほとりに、美しい紫色の夕顔を一輪咲かせた。夕顔はあっという間に増え、辺り一面を彩り咲き誇ると、夕日に態々背を向け、すぐさま立ち枯れて土に還った。


 太郎治の言よりも雄弁な真っ直ぐな眼が、瑠璃姫の寂しげな目線を捕える。


 瑠璃姫は「ふぅ」と小さく可愛らしいため息を一つつくと弥太と手をつないで、その顔を覗き込みながら、語り掛けた。


「済まぬの、弥太。主の覚悟を吾が台無しにしておる。そしてこの手で守ってやれぬ不甲斐なさに少しばかり腹を立てておる。許しとおせ」


 愛おしさが瑠璃姫から溢れ出ている。

 大天狗は腕組をして、心配顔の瑠璃姫を前に考え込んでいた。


「ううむ。弱ったのう。儂の手勢も使える者共は今手傷を負っており、満足に動けん。叶うなら儂が付いて往きたいが小娘様の御力添えを頂戴するため、それも叶わぬ。小娘様の眷属もあてには出来ぬ。さて、如何するか?」


 大天狗がそう呟いたとき、それに合わせるかのように太郎治がひらりと葉っぱの上から飛び降りると、山神様から賜った樹の枝を捧げ持った。


 樹の枝は夕日に照らされると黄金色に輝き始める。

 太郎治がその光に向けて声を掛けた。すると、


『我が名は産霊の森の生命の担い手にして杜の運び手の太郎治なり。わが命をもって幼きものの定めを照らし、その生命を健やかなるものに守り通さんことを希うものなれば、産霊の森を統べる大樹よ。全ての理を塗り替えこの幼きものの生命と魂の全きを為せ』


 全ての生きとし生けるものに届く言葉になって、辺りにしみいる。

 大天狗は驚きの余り、羽団扇を取り落として目を見開き、


「これは、神代の神霊の御業かっ。太郎治殿っ、その御業は太郎治殿の精をすり減らすものであるはず、今、それをせねばならぬ程なのかっ」


 取り乱すほど慌てた。

 瑠璃姫はその様子を同じく驚きをもって見つめつつ、弥太を抱きしめながら大天狗へと尋ねた。


「権大師殿。われにも太郎治殿の言が届くということは、あれは、霊みかえの寶法であっておるかの」


「小娘様よ、その通りだ。あれは産霊の森の担い手にしか使えぬ、何でもありの秘術、いや、神の業じゃ。その身を為す大地の凝った精を使って為せる御業故、その身自体が解けて天地に還るもの……」


「何と、齢三千年の太郎治殿ですらその身が失せてしまうほどのものであるのか」


 弥太は瑠璃姫と大天狗の様子に何かを感じた。

 なにか良くないことが起きようとしている。


 太郎治が何か凄いことして、太郎治に良くないことが起こるんだ。

 そんなの嫌だ。

 おいら。おいら、色々出来る。独りでも出来る。

 だから、皆――仲良ししたい。して欲しい。


(泉の中をごらんなさい)


 ふわりと優しい風が耳打ちをする。


 え?

 ああそうだ。あのお願いの樹にお願いしてみよう。


 お願い。

 皆と仲良ししたい。

 おいら、独りでも出来るから、頑張るから、皆に嫌なことが起きないようにしてっ。


 寂しいのは嫌ぁっ。


 弥太の魂が迸り、願いの大樹が泉の中で応えた。


『及ぶ限り、手を尽くそう』


 力強い返事がしかと耳に届いて、少しばかり弥太は安堵した。


『願いを心の中でしかと唱えよ』


 願いの大樹の力強く頼りになる声が頭の中で響く。


 弥太は他の誰にも聞こえていないその声を不思議に思わず、その声に従い、どんぐり眼をぎゅっと瞑って、瑠璃の水神様の手を握りながら心の中で叫んでいた。


 おいら、頑張る。独りは怖いけど頑張る。

 みんなが怖いのはもっと嫌っ。


 よく分からないけど、どうすればいいか分からないけど、おいら頑張る。


 そうだっ。千吉が言ってた。

 困った時のおまじない。あれだ。


 テンイヲトエっ、てんいをとえぇぇっ。


 泉の中の大樹のうろが眩いばかりの光を灯し、浄玻璃の泉の神水を光り輝くものに変えた。


 泉の光は美しくも神々しい光の波紋を空に樹々に大地に投げかけ、弥太と願いの大樹以外を光の波で包み込み覆い隠した。


『汝、天意を問うものよ。汝の問いに応えん。我は天地の境に在って、願いを聞き届ける龍樹なり』


 浄玻璃の泉が渦巻いてうねりを上げ、巨大な蒼い水の龍となって横たわる大樹に巻き付き、願いの大樹は天を衝いて地を見下ろし、屹立した。


『大地の神霊の霊みかえの寶法は龍樹である我も抗うこと能わず。なれど、身戻りの御理法をもってこれに応え、汝の問いの答えと為す。汝が往く道、余りにも険しく、その幼き身一つで向かうには余りの事にて、憐れなる娘、瑠璃の願いも併せて聞き入れん。

 されば、汝、金翅鳥の舞笛を空を舞い上がりし時に吹け。笛は壁を越え汝に付き従うようにはからうものなり』


 願いの大樹の話が終わると、ごーんっ、ごーんっ、と大きな鐘の音のような音が辺りに重々しく鳴り響き、風景が歪む。


次回、願いが思わぬ形で幼い河童に結びます。


此処まで読んで頂きありがとうございます。

また是非お付き合いください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。