第11話 浄めの炎と小さな芽
「ねえ、アンタ、櫻の精でここいら一帯の聖域とやらの主であっているかしら?」
棘のある蘇芳の言い回しを気にすることなく、彩櫻姫はにこりと笑いながら、優雅に美しく応える。
「天に連なる浄のお方。その通り。妾の本体はそこの大樹にて、夢見の丘この地一帯を守るのが妾の役目。その役目も間もなく終わろうとするところ、妾を慰めようと眷属たちが弥太殿に無理をお願いしたのじゃ。要らぬ気苦労を掛け申し訳も無く、赦してたも」
「ねえ、命が枯れ果てようというのにどうしてそんななの? あがいてみないの?」
~本文より
弥太に必死な顔で助けを求められ、蘇芳はいささか戸惑っていた。
しかし、姉貴分としての頼り甲斐の有る処を見せるところなので、すぐさま踏ん張ってお澄まし顔で聞き返した。
「何がどう大変なの?」
「あれ、あれっ。此処にはお水が無いから、おいら……何も出来ない。御願いだから、あれを何とかしてっ」
弥太が必死に指さす方向に美しく優し気な顔で佇む彩櫻姫がいる。
その躰には所々黒い靄のような穢れが纏わりついて離れない。
蘇芳は、生命が朽ち始めているにもかかわらず、柔和で落ち着いた彩櫻姫の顔と、ついさっき知り合ったばかりの相手に対して、何とかして欲しいと必死に願う弥太の顔を見比べていた。
「成程ね、何か分かった。ホントにもう、困った弟ね。でもそんなアンタの頼みを何とかして見せるのが姉の役割」
そう言いながら優しい眼差しで弥太を見つめた後、彩櫻姫に向けて、遠慮のない気勢で尋ねた。
「ねえ、アンタ、櫻の精でここいら一帯の聖域とやらの主であっているかしら?」
棘のある蘇芳の言い回しを気にすることなく、彩櫻姫はにこりと笑いながら、優雅に美しく応える。
「天に連なる浄のお方。その通り。妾の本体はそこの大樹にて、夢見の丘この地一帯を守るのが妾の役目。その役目も間もなく終わろうとするところ、妾を慰めようと眷属たちが弥太殿に無理をお願いしたのじゃ。要らぬ気苦労を掛け申し訳も無く、赦してたも」
「ねえ、命が枯れ果てようというのにどうしてそんななの? あがいてみないの?」
鷹揚な物言いに少しばかり苛立つ蘇芳は真っ直ぐに疑問をぶつけた。
彩櫻姫はその言葉すら笑顔でしっかりと受け止めて応える。
「年若き天のお方。妾とて無為にこの生命枯れ果て朽ち果てようものなら、惜しんで生きながらえようとするであろうが、この身の此度の事は、この聖域を夢見の丘を守らんが為。
この丘の名前は夢見の丘。
その名の通り、この地に生きるもの達が、人も獣も虫もその全てが、まどろみの時訪れ、暫しの間魂を遊ばせる場所。そこを守るは命を継ぐことを守ること。我等大地に根差す緑のものは助け合うが生きる証。何の疑念も後悔もあろうはずがない」
蘇芳は継ぐ言葉を見つけられなかった。
根元が違い過ぎる。
生命の根ざしたものが違い過ぎる。
其の時、実に真っ直ぐな想いを正面から、
「駄目ッ、難しくて何言ってるのか分からないけど、悲しいの嫌なのっ。彩櫻姫さまのお話は何か寂しい。すお姉も寂しいって、ほらっ」
気持ちを全開して弥太が振りかざすその言葉は、蘇芳にも彩櫻姫にも深く突き刺さる。
「そうねぇ、アタイ、弥太に頼まれたんだし、はい分かったなんていう性格でもない。アンタが枯れ果てると弥太が悲しむ。なら、アンタの想いはこの際関係ないわね」
「すお姉、ありがとう」
お礼を言う弥太へ蘇芳は向き合った。
「いい、良く聞いて。アタイ、どうやら躰から炎を出せるみたい。で、その炎であのお姫さんの黒いの焼いてみるけどさ。炎と樹々は相容れないし、最悪、黒いのは全部燃えてもお姫さんは助けられないかもしれない。でもほっとくよりはいいと思うから、それだけは覚えておいて」
「うん……怖いの我慢する。おいら我慢するから……助けてあげて」
つぶらな瞳に浮かぶ純粋な願いに、蘇芳は恨まれても何もしないよりはましだと決心をした。
「ねえ、アンタもそれでいい? 最悪、灰に成るかも知れないけど、生きながら腐り果てるだなんていう嫌なことだけにはならないよ?」
「この身が朽ちるのを待たず、穢れが浄化さえされるなら、それこそが本望、本懐というもの。確とお願い申し上げ奉る。弥太殿、かような次第にて、言の葉を交わしてくれと願うたにも関わらず、約定を勝手に反故にしてしまうこと、許してたも」
彩櫻姫はその花の美しさを華美な優雅さに置き換えて、蘇芳にお辞儀したのち、改めて弥太に向き直り深々と頭を下げ、柔らかな顔つきでゆっくりと話した。
「弥太殿。これから何が起ころうとそれは妾の望み。妾が天の浄たるお方に願ったことなればお心を千々乱さず、彩櫻という櫻の精がいたことを心の端に留めてくりょ」
弥太は唯々つぶらな瞳で見上げながらこくんと頷いた。
幼いながらもその覚悟が見て取れる。
「うん。わかった。この後、お姫さんに必ずお話しする。いっぱいいっぱいお話あるんだよ。だから、ね。楽しみにね。ね?」
彩櫻姫を何とか寂しくさせまいと一生懸命に、必死に語りかけている。
蘇芳はそんな弥太の瞳を見た後、翼で自分の顔を覆うと、
「そうじゃあないでしょ。言葉の意味をしっかりと分かってあげなさいよ。どんだけ真っすぐなのよ。おバカ……」
少しばかり蘇芳らしからぬしんみりした口調でつぶやいた。
当の彩櫻姫は輝くように美しく、そして実に楽しそうに笑った。
「妾にも欲があったとは……驚きじゃ。弥太殿の話、この身にて聴き入れてみたいと思うとはな」
その言葉を聞いてとげとげしかった蘇芳の雰囲気が少しばかり柔らかくなる。
「ふん。それで良いのよ。生あるものが求めるのは当たり前の事でしょう。あきらめていること自体がアタイ気に入らなかったけど、今のあんたなら弥太の頼みがなくても、穢れくらい何とかしてあげる。でも、その前に弥太の話を聞いてみてからでもよいんじゃないの?」
彩櫻姫は蘇芳の優しさを体全体で受け止めながら、ふるふると首を横に振った。
「そは、未練というものをこの身の中に生じさせ、穢れが好む魂の傷を生むやもしれぬゆえ、今、この時こそが至福なれば……」
「わかった。もう言わない。それじゃあ、覚悟は良いかしら?」
「心優しき、天の浄なるお方、弥太殿に見苦しきものを目にかけたくは無い故、花吹雪の旋風の中にて浄の炎の恩恵を希う。かなえてくりょうか?」
「ええ、アタイも弥太を泣かせたくないしね。後はアンタが始めたらアタイも始める」
「心得ました。弥太殿。御身にお目にかかったことこの上もない無上の喜びであった。妾にまだ少しばかりの権能があるうちに、御身を言祝ぐ」
彩櫻姫は手を合わせると地に跪き、たおやかな指先をそろえて、両の手を地面へとそっと優しく添えるように触れ、目を閉じ、澄んだ声で歌い始めた。
〽純なるが故縛られることなきものに、その身と魂を、夢見の丘が約定せしめん。
常にその命を見守りて、常にその魂の傍にありて、
よき香りが汝を包み、深きまどろみの一片すらも良きものであるように、
光に水に土に伏して願い奉る。
そは夢見の花の全てが散りはて枯れても、
必ず再び芽を出し花を咲かせるがごとく、
とこしえに麗しきものなれば。
花よ。
花よ。
とくと讃えよ、
彼のもの純なる全てを〽
美しい声が地に染み入り、歌声に応えるように、黄色い、赤い、紫の、白の、数えきることのできない程の彩に溢れた花々が次々と咲き誇る。
一陣の風に乗って櫻の花が線を描くように弥太の周りにキラキラと輝きながら舞い、光の線を描き、その線に沿うように美しい花々が乱れ咲いていく。乱れ咲く美しい花の渦の真ん中で、弥太は煌めく花の美しさに目を奪われていた。
「はわわー、すんごいきれい」
弥太が目を丸くしているその時、轟と大きな炎が燃え上がる音がして、花の渦は花びらの渦となり、花吹雪となって、弥太をくすぐるように周りをまわると、辺り一面を花びらの海にしてしまうほど降り積もって、やがて花びらの全ては光の雫となり、地の奥へと染み入って消えていった。
「終わったよ。穢れは全て焼き払った」
蘇芳がどことなく固い口調で、目を合わせず弥太に告げた。
「はえ、すお姉、御姫様はどこ?」
弥太はぱっとあたりを見渡して彩櫻姫の姿がないことに気が付いた。
蘇芳はどうにか弥太へと目を向けると、
「穢れが、ね。あの……黒いのが思いの外根深くて、外側だけを焼き払うことが出来なくて……こうするしかなかったの。あのお姫さんの願い通り、穢れの全てを焼き払うには、こうするしかなかった…… ゴメン、弥太」
いつもの勝気さはどこへやらで、随分としおらしい。
弥太は大きな瞳を更に大きく見開き、うるうると涙を浮かべながら、
「ねえ、どこにいるの? 御姫様ーっ、お話するよっ。約束でしょ?」
弥太はできうる限りわからないふりをしながら、彩櫻姫の姿を探し求め、丘の上に先程まで、溢れるほどの花を咲かせていた櫻の大樹がなくなっていることに気づいた。
弥太は何も言わずに丘の上に駆け登る。
大きな櫻の樹があったはずの場所には、焼け焦げた幾ばくかの炭とわずかばかりの灰の山のみが残されていた。
「ちょっと待ってね。お姫様」
弥太はそうつぶやき、燻ぶっている炭をものともせず取り除いて、灰の山をかき分け始めた。
「弥太、御姫様も櫻の樹ごと燃え上がって全部灰になったの。もうそこにはいないよ」
蘇芳が辛そうに声を掛ける。
自分がしたことで弥太が傷ついていることに酷く打ちのめされながら。
しかし、弥太は振り返ると思いの外明るい表情と弾んだ声で答えた。
「え? 居るよ。だって、すお姉の火、気持ちよくて熱くないし、悪いとこだけ治したんでしょ? 気持ち良かったって、御姫様も言ってるよ。ほら」
弥太が指さす灰を掘り起こしたその先に、小さくはあるがしっかりとした緑に輝く芽が生えていた。
「すお姉、ほら、見てみて。すお姉の火は凄いんだよ」
緑に輝く小さな芽は、見ている間にも少しずつ大きくなっていく。
弥太はなぜだか自慢げで得意顔であった。
「もう少ししたら、取り戻せる? え? 何か失くしたの? 何でもない? うんうんわかった。すお姉にありがとうって、お陰でケガレがなくなったってお礼を言えばいいの? ちゃんとおいら、言えるよ……うん、うん、それと、桜の花びらがあるといいんだね。わかった。あたりを探してみる」
弥太は大きな声でそう告げると、櫻の樹があったあたりをくまなく探して、両の手にいっぱいの桜の花びらを嬉し気に運んできた。
一枚も零さないように、そろりそろりと運ぶ姿が滑稽でもあるのだが、とても愛らしい。
「これを周りに撒けばいいの? うん、じゃあ、花びらで埋めてみるね」
蘇芳には彩櫻姫の声も韻の欠片すら聞こえていない。
届くのは会話している弥太の声だけ。
その気になれば葉を這う虫の足音すら聞き逃さないのに、耳を澄ませても何も聞こえない。
しかし、問題はない。
漏れ聞こえる弥太の声に蘇芳は笑みをこぼしているのだから。
「あんた、アタイの為に……って、そんな器用じゃあ無いモンね……ねえ、御姫様の具合ってどうなの?」
蘇芳が照れながら声を掛けたその時、紫色、薄紅色、白色の三人の花精娘がいきなり、緑に輝く芽の前に現れ、
「大姫様が小さき姫様になられた」
「小さき姫様になって命を繋げられた」
「力強き新芽となって生まれ変わられた」
花精娘たちは先程までの素知らぬふりの姿はどこにもなく、美しき長い髪を振り乱しながら、手を取り合い喜び合った。
そうして、緑の新芽に向かって恭しく皆手をつき臣下の礼をとると、弥太の顔と蘇芳の顔をそれぞれじっと見やって、地面に額を押し付けるほど礼を尽くした。
次回、再び旅が始まります。
此処まで読んで頂きありがとうございます。
如何だったでしょうか?
またお付き合いくださいませ。




