第10話 夢見の丘の彩櫻姫
「これはこれは、かぐわしき魂の香がすると思えば……」
「可愛らしいおのこがいらした」
「水の香りがとても良い。なんと豪儀なおのこじゃ」
三人は踊るように歌うように弥太へ語りかけながら、周りを囲む。
三人の花精娘はそれぞれ紫色、薄紅色、白色の長い髪と同じ色の着物を着飾った見目麗しく香りもたおやかな姫姿であった。
~本文より
〽おてんとうさまの大あかり、眩く遍く全てを照らしょ、
お月様の優しいあかり、ゆらゆらゆらゆら水面に映えて、
お星さまの数多のあかり、きらきらきらきらお空を飾り、
芽生えに注げば育ちましょ。蕾に成ったら花開け。
光の想いを詰め込んで咲かせて咲かせて色取り取りに。
歌を唄えばあら楽し、芽吹かしょ、さかしょ、
花の唄〽
三人の美しい娘が色も艶やかな着物の裾を翻し、その姿に実に似つかわしい澄み切った歌にのせて笑い声を上げながら踊っている。
蘇芳はその目で、神に通じる花精であることを見て取って、弥太に何やら告げようとしたのだが、
「はりゃぁあー、すんごくきれいー」
団栗眼を大きく見開き、三人の娘の唄に聞きほれ舞に見とれている実に嬉しそうな顔を見て、
「急ぎ旅ってアンタが言ったのよ。ったくもう。ちょっとだけだからね」
と、弥太には聞こえない程度の独り言を繰ると上空から周りを探っておくことにした。
弥太は当然の如くそんなことに気が回るわけでもなく、唯々見とれていると、くすくすと辺り一面の花々から笑い声が漏れ聞こえて来る。
うちらの姫様たちは素敵でしょう。
御三方ともみなお優しいよ。
ご挨拶されると喜ぶと思うの。
花々はそう弥太に話しかけると、左右に動いて三人の娘に続く道を開く。
「こんにちはーっ。おいら、弥太。花の皆に言われて、ごあいさつに来たよ」
弥太は大きな声で三人の花精娘にしっかりと御辞儀をすると近付いていく。
「これはこれは、かぐわしき魂の香がすると思えば……」
「可愛らしいおのこがいらした」
「水の香りがとても良い。なんと豪儀なおのこじゃ」
三人は踊るように歌うように弥太へ語りかけながら、周りを囲む。
三人の花精娘はそれぞれ紫色、薄紅色、白色の長い髪と同じ色の着物を着飾った見目麗しく香りもたおやかな姫姿であった。
三人の娘たちは皆弥太に近づくと、頬を少しずつ交代で触っては、
「よくぞここへ参られた。かぐわしきおのこ」
「此処は神ならぬ身が踏み入れられぬところなれど……」
「可愛らしきおのこよ。そなたはここへ来ることがかのうた魂の主」
互いに見つめ合い笑い合いながら、三人揃って弥太に向かい正座をすると、
「可愛らしきおのこよ」
「純なる魂のおのこよ」
「豪儀なるおのこよ」
そっと手をついて頭を下げた。
「どうしても頼み参らせたいことがある。聞いてくりょうか?」
「否、拝して申し奉る。何卒頼み参らせたい」
「妾達の大姫御前の最後の頼みゆえ、何卒叶え参らせたい」
弥太は何となくではあるが何かをお願いされているということだけは分かった。
困った時のお願いは聞いてあげて、お手伝いを出来るところをすればいいんだ。
うん、知っているもんね。千吉に教えてもらったからね。
「おいら、何かお手伝いする? 難しいことは無理だけど……お水を使うのは上手いよ」
精一杯考えての返答であったのだが、
「難しくなぞは無い」
「大姫御前と言の葉を交わして」
「知らぬ話をしてはくれまいか」
三人の娘御前が顔を上げると、皆美しい顔に白露のような涙を浮かべて、
「妾達は定命が短い」
「何度も直ぐ生まれ変われど」
「華を散らして種を結ぶが法成れば」
弥太を見つめながら声をそろえて唄うように、
「御傍に控えて大姫御前の無聊を慰めることは叶わぬ故に、おのこの話を捧げ奉れば無聊も慰められよう程に」
「頼み参らせん」
「拝し奉る」
「伏して願い奉る」
言いながら立ち上がり、手を取り合って弥太をぐるりと囲い込み、色とりどりの花々が花弁とかぐわしい香りを添えた風を産み渦巻かせると、百花繚乱のつむじ風を起こし、弥太をすっぽりと包み込む。
「ちょいとっ、駄目っ」
蘇芳はそう叫ぶと羽を折りたたみ、百花繚乱の花びら舞うつむじ風の中に飛び込むと、周りの視界を奪っている花弁を睨みつけ、
「邪魔よっ」
一言鋭く発して渦を巻いている花弁の全てをつむじ風丸ごと、金色の翼で吹き飛ばした。
しかしそこに弥太の姿は影も形も無い。
「あの子を、弥太を何処にやったの?」
怒りに震える蘇芳は、躰を覆う金色の羽の一つ一つから火の粉を立ち昇らせて、その揺らめきは炎が燃え立つが如く周りを照らし出しつつ、景色を揺らがせている。
花々はその様子を恐れ口をつぐむように花弁を閉じてうなだれ、三人の娘御前は蘇芳の前にたおやかな様相を崩さないまま並び立ち、
「天津に連なりしものよ」
「邪なるものを打ち破る法のものよ」
「天地摂理の浄のものよ」
三人が三人ともきっとした目で蘇芳を見つめながらも優美な仕草で扇子を開いて、
「此処はくがのひとくれにて、夢路の境」
「神ならぬ身は居てはならぬ場所」
「天に連なるものとてそは変わらぬ法なれば」
来ては成らぬと立ちはだかった。
その様子に益々腹を立てた蘇芳は、花の三人の娘御前へ言葉を投げつけた。
「今すぐに無事に返さないと、只じゃ置かないわよ。それとも、アタイとやり合う気かしら?」
三人の娘御前は哀しい眼をして首を横に振る。
「我等は争わぬ」
「安らぎを与えど憎しみはもたらさぬ」
「我等は花の精なれば、争う事を知らぬ」
蘇芳はただでさえ、弥太の姿が掻き消えて心配であるのに、その当事者達の鷹揚な物言いと仕草に少しばかり短気を起こした。
「いい加減にしなさいよっ。天津も国津も神様だろうが花の精だろうが知ったこっちゃ無いっ。弥太を何処へやったの? 今すぐ戻しなさいっ」
とうとう蘇芳は金色の躰から轟々と音を立てる程の炎を立ち昇らせた。
三人の娘御前は揃って怯えた様子で、次々と言葉を発した。
「我等を灰に変じてもおのこは戻らぬ」
「なれど、汝が望むならおのこの居る処まで送ることが叶う」
「そは聖域にして彩櫻様の御ひざ元。浄のものが乱暴狼藉を振わぬと約定を交わすが必定」
轟っ。
炎が旋風に乗り炎の竜巻となって宙に舞う。
「その聖域とやらはあの子を傷つけたり怖がらせたりするものは居る? 居ない? どっち?」
蘇芳の目線が三人の娘御前を刺し貫き、娘御前たちは益々怯えて肩を寄せ合い、震える声で伝えた。
「此処は神域。さような者は入っては来れぬ」
「優しくするものや美しいものしかおらぬ」
「帰りたいと願えばすぐ現に戻れるところ」
これじゃあ、アタイが悪者みたいじゃない。
余りの怯え方に蘇芳は炎を纏った翼を一仰ぎし、
「分かったっ。約束するからさっさとして。じゃないと、ここら一帯焼け野原になるかもよっ」
ほんの少し前は焼け死ぬかもと騒いでいたとは思えない口ぶりで威嚇する。
全ては弥太が気掛かりな故である。
短い時しか過ごしていないのに、心の奥底から大事に想う相手に巡り合っている事を、蘇芳はまだ気づいていない。
「あれぇ? ここは何処? 誰かいないの?」
花吹雪が良い香りをさせて綺麗に舞い踊っているかと思えば、何時の間にやら見覚えのない丘の上に立っていた。
丘の上には一本、櫻の巨樹がどっしりとすわっていた。
丘を守るかの如く大きく根をはり、桃色の花を溢れるばかりに一杯に湛えた枝を伸ばした櫻の巨樹。
ふわりと吹く風にあおられハラハラと花びらを散らしながら佇むその姿は見るものに感嘆とそしてどことない寂しさを感じさせる美しさであった。
一目見て弥太は分かった。
自分を此処へ呼んだのはあの大きな櫻の樹だ。
「こんにちはーっ、おいら弥太っ。お話しに来たよ」
迷わず櫻の樹に話しかけると、
「よくぞ参られた。弥太殿。妾の眷属たちの無理を聴き入れてくれて、礼を言う」
櫻の巨樹から声がすると同時に、桃色の着物姿の派手やかで美しい女性が顕現し、優雅に礼をした。
「妾の名は彩櫻。夢見の花咲丘の主にて承知の通り櫻の精」
弥太は目を奪われるほど美しく、感動を覚える程の艶やかな彩櫻姫の姿にしばらく言葉もなく見とれていたのだが、躰や着物のあちこちに、どす黒い汚れのようなものが蠢きつつ張り付いているのが見え、眉をひそめた。
「ねえ、痛くないの?」
弥太は本能的にとても良くないものだと確信し、自分の事のように彩櫻姫を心配した。
「有難き言の葉、感謝する。そして、見苦しき事、あいすまぬな、弥太殿」
彩櫻姫は穢れに侵されていながらも、美しくそして薫り高く優美な姿に微塵の揺らぎも無かった。
「この身は神域に在りながらも穢れとやらに侵されておる。夢見の丘を預かるものとして情けなきことなれど、争う事を知らぬことが身上であり誇りであれば、例え朽ち果てようとこのまま身を任せるのみ。ただ妾と共にこの身に纏う穢れもしっかりと只の土くれと為す故心配は無用」
彩櫻の表情は柔和で優雅なまま悲壮感なぞなく、芯が揺らぐ様子は無かった。しっかりと根を張る大樹の力強さを併せ持っている。
ここの御姫様もいい主様だ。
おいらが何とかしなくちゃ。
妙な使命感に駆られて、自分に出来る事を考えてみる。
そうだ! 大天狗さんがあの怖い顔で、おいらの水がケガレを治したって怖い顔をしながら喜んでたっ。
おいらの水ならアレを治せる。
弥太は周りに水を探した。
ついさっきまでは、大きな川のほとりで在ったのに今は水溜まりすら見当たらない。
水さえあれば何とか出来るのに、水がない。
水が無ければ出来る事はあまりない。
それは自分でもよく分かっている。
じっと真っ直ぐに彩櫻を、彩櫻に纏わりつく黒く蠢くものを見つめて、
「おいら、弥太。千吉の相棒で太郎治と瑠璃姫様のお友達だよ。山神様も優しくしてくれた。それにそれにね、すお姉も居るんだ。きらきらしてて、躰から暖かい火を出せるんだよ。黒い奴を焼いて食べちゃうの。おいら、凄い皆を知っているんだ。だから――」
言いながら彩櫻に駆け寄ると、その手をおもむろに取って、
「一緒に行こう。皆が何とかしてくれるよ」
と優しく引っ張った。
「妾に触れてはならぬっ」
手厳しい一声と険しい表情で彩櫻姫は手を振り解くと、
「声を荒げて済まぬな、弥太殿。穢れは命と魂を喰らうもの。妾に触ってはならぬ」
再び優しく美しい表情で、腰をかがめて弥太の顔を覗き込む。
「樹々の緑は悪いものを浄める力がある。妾もな、この身に纏う穢れはこの身と引き換えに浄化するのじゃ。そうしてこの穢れは無害な只の土くれとなる。それまでの間、他のものに何か大事があると笑って逝けぬ。そなたの為じゃ。聴き入れてたも」
弥太は、彩櫻姫の優しさに溢れた真っ直ぐな視線を受け止めて、
「うん、分かった」
と、少しばかり元気なく返事をした。
本当は何とかしたい。
水さえあれば何とか出来るのに……。
「怖くて寂しい思いをさせて済まぬの、弥太殿。妾はこの場所しか知らぬ故、出来れば今まで見てきた旅の土産話を聴かせて欲しいのじゃが、無理であろうか?」
弥太は力一杯首を横に振った。
「お話しするよっ。いっぱい、いっぱい。そうしたら元気になる?」
「ああ、今の言の葉だけでも……慈雨のようにこの身にしみいる。真に有難き事」
彩櫻姫は、見るものを魅了する零れるような笑顔を見せていた。
煌びやかな花吹雪が舞い踊ったかと思えば、炎を噴き上げるつむじ風が同時に沸き起こり、その中から炎を割るように金色に輝く翼を広げた蘇芳が顕れた。
「弥太っ、大丈夫っ」
蘇芳はすぐさま弥太を見つけてその傍へ飛び寄ろうとしたのだが、
「すお姉っ、助けてっ。彩櫻姫さまが大変なのっ」
次回、彩櫻姫との交流と結末を描きます。
此処まで読んで頂きありがとうございます。
また是非ご一読ください。




