地合
「庠主様」
左馬助は瑞璵のほうへ向き直った。
「姫が布を買わぬと申された件でございますが、もしや長尾の御城でも、手前どもと同じことが起きておるのではないかと存じます」
「どういうことですか」
「実は、成田の城へ下ろされております布に、いま、こういうことが起きております」
左馬助は後ろの供に合図をした。供が抱えていた包みが、敷物の上に置かれた。
「忍の城へ、この店から布が入っております。去年の秋から、入れる数を増やしました。陣の幕と旗を張り替えねばなりませんので」
瑞璵が頷いた。
「私は城の蔵を預かる役でございます。去年の暮に入った分から、物が落ちました。それで足利へ参りました」
「落ちた、と申されるのは」
「これでございます。今朝、この店へ持ってまいりました。主は留守だと言われましたので、持ち帰りました」
藤兵衛が膝を進めた。
「恐れながら、この御方は手前の店と、品のことで揉めておられます。手前に含むところのある御方の申し立てを、そのままお取り上げになりますのは」
左馬助は答えなかった。
包みを解いた。中から出てきたのは、染めていない麻の布である。
布は垂れなかった。引き出した分は、まっすぐ横へ張り出したまま動かない。
麻は固いほうがよい。柔らかいのは糸が甘く、織り目も緩い。翼たち姉弟を世話してくれている城の侍女にそう教わった。
「固くよい布に見えます。取引の際も最上級の布として、それ相応の価で買っております」
藤兵衛は膝の上で手を組んでいた。
「もちろん手前どもは、最上の物をお納めしております」
「なるほど。では、こちらを御覧ください」
左馬助は布を抱えて池のほとりまで進むと膝をついた。
「何をなさいます」
藤兵衛が言った。左馬助は答えずに、張り出していた端を水に浸した。
引き上げると濡れたところが、折れて、垂れ下がっている。
ただ濡れているだけではない。
濡れたほうは、まるで違う布だった。糸の目が開いて、向こうが透けて見える。
「これは糊でございます」
左馬助は布を敷物へ置いた。
院主の一人が布に近づいて覗き込む。
「確かに。糊じゃ――」
「目の粗い布に糊を染み込ませて、厚く見せてあります。新しいうちは分かりません」
左馬助は藤兵衛を見た。
「陣の幕は、雨に濡れるものでございます。張った分は、みなこうなりました」
翼も立ち上がって布に近づき観察してみる。
乾いたほうの端に触れてみた。
固い。厚い。悪い麻だとは、どうしても思えなかった。
例の侍女なら、触っただけで言い当てるのだろうが翼には分からなかった。
左馬助が伊波姫の方へと顔を向けた。
「いかがですか、伊波姫。あなたが布を買わぬと申された理由は、これではありませんか」
「……」
姫が顔を上げた。
「……私は……幼いころから、足利を領知するということは、布の扱いを知ることと同じだと教わって育ちました」
声は低いが、はっきりしていた。
「ですので、布の良し悪しは、そっと触れれば分かります」
つまり、買い入れを止めたのは嫌がらせではなく、その質の問題だったと。
「姫様」
藤兵衛が姫のほうへ向き直った。
「それは、その、手の者の不調法でございまして」
「手違いであれば、糊は塗られておりません」
左馬助が言った。
「手違いであれば薄いままの布が届きます。糊で誤魔化している以上、手違いではございません」
「いや。あの……それはですね……」
藤兵衛が黙った。
初衣が、父の袖を引いた。
「お父さん」
藤兵衛は初衣の手を払った。払ってから、自分でその手を見た。
「大変……申し訳ございません」
藤兵衛の膝が崩れた。
◆地合 布の手触り・厚み・糸の締まりなど、品質を触感で見分けるときの言い方です。
◆麻 植物繊維の布です。陣幕や旗などにも用いられ、固く目の詰まったものが上質とされました。
◆糊付け(糊で厚く見せる) 粗い布に糊を染み込ませ、乾いたうちは厚く上等に見せる手法です。雨に濡れると糊が落ち、糸目が開きます。
◆陣の幕・旗 軍陣で用いる幕と旗印です。雨湿や風雨に晒されるため、布の耐久が問題になります。




