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14.428  作者: 木瓜庵
第1部 花祭り
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9/36

地合

「庠主様」


左馬助は瑞璵のほうへ向き直った。


「姫が布を買わぬと申された件でございますが、もしや長尾の御城でも、手前どもと同じことが起きておるのではないかと存じます」


「どういうことですか」


「実は、成田の城へ下ろされております布に、いま、こういうことが起きております」


左馬助は後ろの供に合図をした。供が抱えていた包みが、敷物の上に置かれた。


「忍の城へ、この店から布が入っております。去年の秋から、入れる数を増やしました。陣の幕と旗を張り替えねばなりませんので」


瑞璵が頷いた。


「私は城の蔵を預かる役でございます。去年の暮に入った分から、物が落ちました。それで足利へ参りました」


「落ちた、と申されるのは」


「これでございます。今朝、この店へ持ってまいりました。主は留守だと言われましたので、持ち帰りました」


藤兵衛が膝を進めた。


「恐れながら、この御方は手前の店と、品のことで揉めておられます。手前に含むところのある御方の申し立てを、そのままお取り上げになりますのは」


左馬助は答えなかった。


包みを解いた。中から出てきたのは、染めていない麻の布である。


布は垂れなかった。引き出した分は、まっすぐ横へ張り出したまま動かない。


麻は固いほうがよい。柔らかいのは糸が甘く、織り目も緩い。翼たち姉弟を世話してくれている城の侍女にそう教わった。


「固くよい布に見えます。取引の際も最上級の布として、それ相応の価で買っております」


藤兵衛は膝の上で手を組んでいた。


「もちろん手前どもは、最上の物をお納めしております」


「なるほど。では、こちらを御覧ください」


左馬助は布を抱えて池のほとりまで進むと膝をついた。


「何をなさいます」


藤兵衛が言った。左馬助は答えずに、張り出していた端を水に浸した。


引き上げると濡れたところが、折れて、垂れ下がっている。


ただ濡れているだけではない。


濡れたほうは、まるで違う布だった。糸の目が開いて、向こうが透けて見える。


「これは糊でございます」


左馬助は布を敷物へ置いた。


院主の一人が布に近づいて覗き込む。


「確かに。糊じゃ――」


「目の粗い布に糊を染み込ませて、厚く見せてあります。新しいうちは分かりません」


左馬助は藤兵衛を見た。


「陣の幕は、雨に濡れるものでございます。張った分は、みなこうなりました」


翼も立ち上がって布に近づき観察してみる。


乾いたほうの端に触れてみた。


固い。厚い。悪い麻だとは、どうしても思えなかった。


例の侍女なら、触っただけで言い当てるのだろうが翼には分からなかった。


左馬助が伊波姫の方へと顔を向けた。


「いかがですか、伊波姫。あなたが布を買わぬと申された理由は、これではありませんか」


「……」


姫が顔を上げた。


「……私は……幼いころから、足利を領知するということは、布の扱いを知ることと同じだと教わって育ちました」


声は低いが、はっきりしていた。


「ですので、布の良し悪しは、そっと触れれば分かります」


つまり、買い入れを止めたのは嫌がらせではなく、その質の問題だったと。


「姫様」


藤兵衛が姫のほうへ向き直った。


「それは、その、手の者の不調法でございまして」


「手違いであれば、糊は塗られておりません」


左馬助が言った。


「手違いであれば薄いままの布が届きます。糊で誤魔化している以上、手違いではございません」


「いや。あの……それはですね……」


藤兵衛が黙った。


初衣が、父の袖を引いた。


「お父さん」


藤兵衛は初衣の手を払った。払ってから、自分でその手を見た。


「大変……申し訳ございません」


藤兵衛の膝が崩れた。


◆地合(じあい) 布の手触り・厚み・糸の締まりなど、品質を触感で見分けるときの言い方です。


◆麻 植物繊維の布です。陣幕や旗などにも用いられ、固く目の詰まったものが上質とされました。


◆糊付け(糊で厚く見せる) 粗い布に糊を染み込ませ、乾いたうちは厚く上等に見せる手法です。雨に濡れると糊が落ち、糸目が開きます。


◆陣の幕・旗 軍陣で用いる幕と旗印です。雨湿や風雨に晒されるため、布の耐久が問題になります。

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