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14.428  作者: 木瓜庵
第3部 金山検断帳
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蔵

坂を上りきって虎口をくぐると、城の中のざわめきが戻ってきた。


国寿は実城へ続く石段を上り、屋形の前庭まで来た。


治部様の言葉が、まだ耳に残っている。


そのとき、屋形の縁を誰かが駆けてきた。


袴の裾を掴んで走っているのは、翼である。少し遅れて、兄の側仕えのとみてが追っている。


「姉上、どうしたのですか」


声をかけると、翼が足を止めた。


肩で息をしている。


「あっ、国寿。ちょうどいいところに」


「何かあったのですか」


「熊寿が、見つけちゃったの」


「何をです」


「茶釜よ。兄上が館林のお寺から借りてきたとかいう、大きな釜」


国寿には、何の話か分からない。


翼の後ろで、とみてが小さくなっていた。


「申し訳ございません。蔵にしまってあるのを、熊寿様に知られてしまいまして」


「湯をいくら汲んでも減らない、なんて噂のある釜なのよ。熊寿のことだもの、中を覗くまで離れないに決まってるじゃない。だから、弟たちには絶対に見せないでって頼んでおいたのに」


翼はそう言ってから、国寿の顔をじっと見た。


「……国寿。なんだか、しょんぼりしてない?」


「講義で、少しありまして……」


「ああ。お勉強ね。まあ、その話はあとで聞いてあげる。今は一緒に来て」


翼は沓脱(くつぬ)ぎの草履をつっかけて庭へ下りると、国寿の手首をつかんだ。


そのまま、屋形の裏手へ走り出す。国寿は引っ張られるようにして、あとに続いた。とみても、慌てて追ってくる。


屋形の裏手に、土壁の蔵が建っている。


白く塗った壁はところどころ剥げて、下の土がのぞいていた。分厚(ぶあつ)い板戸が、半分開いたままになっている。


翼に続いて、国寿も中へ入った。


中は薄暗い。長持や櫃(ひつ)が積み上げられ、黴(かび)と古い木の匂いがこもっている。


奥の床に、大きな茶釜が据えてあった。


黒い鉄の肌は古びて、蓋の摘(つま)みが欠けている。


その前に、六つになる弟の熊寿がしゃがみ込んでいた。両手で蓋の縁をつかんで、うんうんと引っ張っている。


「熊寿」


国寿が呼ぶと、熊寿が振り向いた。顔が真っ赤である。


「あ、兄上。姉上も」


「勝手に触ってはいけないよ。それは兄上のものだ」


「でも、湯がへらないんでしょう。見たいもん」


熊寿は、また蓋に取りついた。


「なのに、ふたがあかないの。おじさんに聞いても、教えてくれないし」


「おじさん?」


国寿の隣で、翼が動きを止めた。


翼の見ているほうへ、国寿も目をやる。


釜の脇に、男がひとり座っていた。


背が低く、猫背である。墨染めの衣を着て、茶色がかった髭(ひげ)を生やしている。まるい目が、きょとんとこちらを見上げていた。


いつから、そこにいたのか分からない。


翼が、思ったままを口にした。


「狸だっ」


熊寿が振り返って、嬉しそうに言う。


「ぼくもそう言った」


男は、心外だという顔をした。


「ちがいます」

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