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14.428  作者: 木瓜庵
第3部 金山検断帳
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34/36

検分

時は降りて、百五十年――


永禄四年正月、上野国新田郡新田荘金山城(かなやまじょう)。


まだ明けきらない空の下を、ひとりの武士が大手の虎口(こぐち)へ急いでいた。


がっしりとした体つきの男である。濃い眉の下で、目が鋭く前を見据えている。



吐く息が白い。霜の降りた土が、草履の下でかすかに鳴る。


男の名は、金谷筑後守長宗《かなやちくごのかみながむね》。


城内の検断(けんだん)を預かる奉行である。


月ノ池に人が浮いている、と報せが来たのは、つい今しがただった。


金山城は、山の尾根に沿って曲輪(くるわ)を連ねた山城である。


城主の屋形がある実城から坂を下り、大手の虎口を抜けると、そこから先は城の外になる。


虎口を出てすぐ、堀切と崖に挟まれたところに、月ノ池はあった。


石垣と石敷きで四方を囲った、桶(おけ)のような池である。水は深く、落ちれば壁をよじ登ることはできない。


池の縁に、人だかりができている。


下人たちが筑後守に気づいて、道を空けた。


遺体は、もう岸に上げられていた。筵(むしろ)の上に寝かされて、濡れた髪が額に張りついている。


「引き上げたのは誰だ」


「わしらでございます」


年かさの下人が進み出た。


夜明け前に水を汲みに来て、見つけたのだという。


「どのあたりだ」


「へえ。奥のほうの、崖の下に、うつ伏せで浮いておりました」


筑後守はうなずいて、遺体の脇に膝をついた。


*


筵の向こう側に、藤生弥太郎が屈(かが)み込む。


元服したばかりの新参の検使である。広沢の藤生家の嫡男で、この冬から金山に出仕している。亡骸を前にして、顔がこわばっていた。


もう一人の配下、柏木新八郎(かしわぎしんぱちろう)は、帳面を手にして立っていた。壮年の検使で、調べ書きを受け持っている。


「身元は」


「作事方(さくじかた)の善蔵にございます」


新八郎が、帳面から目を上げずに答えた。


「城の建物の手入れをしておった職人で、三十を過ぎております。昨日は西城の木戸を直しておりました。仕事を終えたあとは、誰も見ておらぬそうです」


筑後守は、遺体の衣の前をはだけた。


刃の傷はない。


うつ伏せに返して背を見ても、刺し傷はなかった。衣も、どこも切れていない。


腕と脛に、擦り傷と痣(あざ)がいくつかある。石で囲った池に落ちたのなら、このくらいの傷はつくだろう。


懐を探ると、銭がそのまま出てきた。


「物盗りでは、ないようですね」


弥太郎が、低い声で言う。


筑後守は立ち上がって、池の縁を見て回った。


縁の石の上に、瓢(ひさご)がひとつ転がっている。そのそばに、草履が片方、脱げたように残っていた。


目を上げると、池の奥は切り立った崖である。崖の下から池の縁にかけて、草が倒れ、土が擦(す)れていた。


何か重いものを引きずったような跡に見える。


「これは」


「前日、普請の石を運んだ跡にございます」


新八郎がすぐに答えた。帳面をめくって、指で行をたどっている。


筑後守はうなずいた。


新八郎が、池の縁の瓢に目をやる。


「酔っていたようですな」


弥太郎が、首をかしげた。


「この者は、酒を飲まぬはずです。先日、普請の手伝いに出たとき、振る舞い酒を断っているのを見ました」


弥太郎の話に、筑後守は少し引っかかった。


だが、人前で酒を断る者が、ひとりのときに飲まないとは限らない。


縁には瓢が転がり、草履が片方脱げている。池は深く、一度落ちれば上がれない。夜にひとりで飲んで、足を滑らせたのだろう。


「この者に、身寄りは」


「城内には、おりませぬ」


新八郎が答える。


「娘が一人おりますが、遠くへ奉公に出ていると聞いております」


亡骸を引き取らせる者も、すぐには見つからないということになる。


それに、城は戦の支度に追われている。下働き一人の死に、長く人手を割くことはできない。


「新八郎」


「はっ」


「調べは、これで終いとする。誤って落ちたものか、と書いておけ」


新八郎が筆を走らせる。


「亡骸は、麓の寺へ運んでやれ。無縁仏として弔ってもらう」


弥太郎が下人たちに声をかけ、筵ごと遺体が担ぎ上げられた。


*


筑後守は、池を離れた。


坂の途中で、一度だけ振り返る。


朝の光が、崖の上から差しはじめていた。


水面は、もう静かである。何事もなかったかのように、冬の空を映していた。


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