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14.428  作者: 木瓜庵
第1部 花祭り
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足利の市


「そういえば伯父上。名代というのは、何をするものですか」


鞍の後ろから声を張った。伯父は振り向かない。


「御父上の代わりとして、決められた席に座ることです」


「父上のですか」


翼の父は、上野新田の金山城の城主として、新田の荘一円を支配する領主である。


名を横瀬雅楽助成繁と言う。


この父成繁は良くも悪くも仕事の虫である。特に最近は忙しい。


一日中、軍議、談合、寄合と人と会ってばかりだ。


今回も忙しくて行けないというので急に翼が代わりにいくことになった。


「翼が行ってこい。掃部助をつける」


それだけである。

何をするのかは、聞いていないのだ。


翼に出来ることと言ったら、駕籠で行くのを景色が見えないからと拒絶し、伯父である掃部助長繁の馬の後ろに乗せてもらうよう頼みこむぐらいのことだった。


おかげで遠出の見晴らしはよくなった。


「座るだけなら、父の名を書いた石でも置いておけばいいではないですか」


「人でなくては名代ではありませんよ。誰かがその席に座って、父上の名を名乗らねばなりません」


「ではしゃべる石を」


「ありません。そのようなもの」


話をしているうちに馬は新田の荘を抜け、田のあいだの道に入った。


麦が穂を出している。


春が盛り、夏が芽吹こうとしている。


「今年の法要は、参られる方が多いのです。我が家も代わりに姫様を名代に立てたほどですから」


「なぜ今年は多いのですか」


伯父は少し黙った。言い辛いことなのか、言っても詮の無いことなのか。


「戦の風があるのです」


声が低くなっていた。


「誰がどこにつくのか、見極める場となりましょう。佐野殿、桐生殿、長尾殿の御一門。公方様の動きも」


「佐野殿はよく聞きます。大きな家なのですか」


「平将門を討った俵藤太の末と名乗っておられます。在所は唐沢山」


「兵は多いのですか」


「多いですな」


「うちよりも?」


「はい」


翼はふむふむとうなずいた。


そうこうしているうちに渡良瀬の渡しを越えた。ここから下野の国である。


道の両側に人が増える。


荷を背負った者、子を肩に乗せた者、干魚の匂いをつけた者。皆が同じ方へ歩いている。


「では、この足利は、どなたの町なのですか。将軍様の御領なのでしょうか」


足利は将軍家の名である。その将軍は京におられると聞いた。


「違いますな。将軍家は東国を直接領知しておりませんゆえ。いま足利は関東管領の御家宰、長尾但馬守殿の城下です」


「その方も、兵が多いのですか」


「いや、多くはありませんな」


伯父は少し考えてから続けた。


「ただ、約束を破らない方だと言われております。押しには弱い、とも言われております」


「どっちですか」


「どちらでしょうな」


前を行く者の背が近くなって、馬の歩みが落ちた。


「ああ、そういえば。その但馬守殿の姫様と、佐野の御次男は許嫁の間柄と聞いておりますぞ」


「そうなんですか。大身同士の若君と姫。お二人ともさぞ見目麗しいのでしょう」


「確かに。それは、そうです。見目は麗しい方々ですな」


伯父は言葉を濁す。


「見目以外には何かあるのですか」


「佐野の若君は、身持ちの噂が絶えぬ方だと聞きます」


「それは、悪い方だということですか」


「噂が絶えぬ方だと申しました」


「なるほど。そうなのですね……」


伯父が溜息をついた。


「姫様も、あまり噂になるような奔放なことはなさらないでくださいね」


「しません」


「二月に厩で、馬に乗られたときもそう申されました」


「あれは乗っていません。乗ろうとしただけです」


「同じことです」


「違います」


言い合っているうちに道が下りになって、両側に家が現れた。


やがて馬が市の通りに入ったとき、翼は思わず伯父の背中を叩いた。


「伯父上、あれ」


店が続いている。


布が二軒、三軒。米、塩、鍛冶。表に品を並べ、声を出して人を呼んでいる。


金山の下の町にも市は立つが、これほどの賑わいではない。


人のあいだに、剃った頭がいくつも混じっていた。若い僧が多い。


侍の格好をした若い者も同じくらいいる。どちらも荷を持たず、急いでもいない。


「伯父上。あの方たちは何ですか」


「彼らは学生(がくしょう)ですね。足利の学校に学びに来ている者たちです」


「学校。学校とは学問を学ぶ場所なのですか」


「左様です。儒学、易学、仏典、史書。世のあらゆる学問を学べます。そのため、遠国からも訪れるものが多いのです」


「そうなんですね。勉強するために」


大嫌いな勉強するために、わざわざ遠くまで来るなんて、ちょっと考えがわからない。


とは口に出しても言わなかった。


勉強がどんなに大切かと言う小言をずっと聞かされるお決まりの展開になりそうだったから。


翼は話題を別のことに向けようと市の賑わいを指さす。


「伯父上。あの青いものは何ですか」


「あれは絹布です。よく見ておかれるとよい。足利は織物の産地です。ああいうものがこの街の力となっております」


翼は首を伸ばした。伯父が馬の歩みを少しだけ緩めたので、店先の色が長く見えた。


その隣に紺の暖簾が下がっている。これも布を売る店らしい。


その先で、人の流れが詰まった。


通りの脇に人が集まっている。伯父が馬を止めた。


輪の中に、町娘が一人いた。


若い侍の袖を両手で掴んでいる。侍は困っているようにも、困っていないようにも見えた。


向かいに、良い着物の女が立っていた。


供の女と、若い従者を連れている。女が何か言った。声は低くて、翼のところまでは届かない。


女が、町娘のほうへ手を出した。


侍にすがる町娘が顔を上げた。


「わたしが何をしたと言うのですか」


通りに響く声だった。人がいっそう集まった。


町娘が続けて何か言い、女の従者が一歩前に出て、そこで侍が従者の肩を突いた。


従者がよろけた。


翼は伯父の背に手をかけて、身を伸ばした。


「おまちください。そこまでです」


人の輪から、別の若侍が出てきた。市の者ではない。


旅の装で、地味な小袖である。二人のあいだに入って、短く何か言った。


それだけで、場は落ち着いたようだった。


「行きますよ」


伯父が馬を出した。


「あれは何だったのですか」


「ただ町の喧嘩です。気にするものでもありません」


翼はもう一度振り返った。


人の輪はもう崩れて、集まっていた者がばらばらと散っていく。


良い着物の女は供を連れて、来た道のほうへ歩き出していた。歩き出す前に、一度だけこちらを向いた。


背筋がまっすぐで、顔は動いていなかった。

◆上野 こうずけ。現在の群馬県にあたる令制国です。新田荘・金山はこの国に属します。


◆新田荘 上野国東部、渡良瀬川と利根川に挟まれた荘園です。新田氏発祥の地で、中世後期には横瀬氏などが支配しました。


◆金山城 新田荘の山城です。現・群馬県太田市の金山山上にあり、横瀬(のち由良)氏の居城でした。


◆横瀬雅楽助成繁 新田金山の領主です。山内上杉麾下の有力国衆で、のちに由良へ改姓します。官途名の雅楽助で呼ばれます。


◆横瀬掃部助長繁 横瀬成繁の末の弟です。掃部助は官途名です。


◆俵藤太(藤原秀郷) 平安中期の武将です。平将門の乱を鎮圧したとされ、関東の多くの武士が末裔を称しました。


◆平将門 平安中期、関東で乱を起こした武将です。承平天慶の乱で知られます。


◆唐沢山 下野国佐野の山城・地名です(現・栃木県佐野市)。佐野氏の本拠とされます。


◆渡良瀬川 上野・下野・武蔵を流れる川です。利根川水系で、新田と足利の境をなす区間があります。


◆関東管領 室町幕府が関東を統括するために置いた職です。上杉氏が世襲し、古河公方と並ぶ関東の二頭体制をなしていました。


◆家宰 家中の実務を預かる重職です。足利の長尾氏は関東管領家の家宰として足利を領しました。


◆学生(がくしょう) 足利学校で学ぶ者です。僧籍の者が多く、儒学・易学・仏典・史書などを修めました。


◆足利学校 下野足利にあった学問所です。中世日本有数の教育機関で、遠国からも学僧が集まりました。

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