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14.428  作者: 木瓜庵
第2部 水分神
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鯉

翼は石の上を歩く。丸い石が動いて、足が滑る。小二郎を先に、網を後ろに、渡良瀬の河原を遡っていく。


「小二郎どの。どこへ向かっているのですか」


「松原と申すところにございます」


前を向いたまま、小二郎が言った。


「この先の河原に、ここらを治める藤生家の馬場がございます。その先に馬小屋が一つ」


「大谷様は、その小屋におられるのですか」


「そう聞いております」


石が途切れて、水に行き当たった。


洲と洲のあいだの、細い流れである。小二郎が先に入って、深さを見た。


「浅うございます。お渡りください」


翼は裾を持って入った。水は足首までしか来なかった。冷たい。


網も入ってきた。


「荒山と熊倉が、近在の里の者から聞き出した話です」


小二郎が続けた。


「間違いがないとは申せません。ですが、あの二人が方々で聞いて、同じ話が出たそうにございます」


「それならば、たしかに正しそうですね」


「はい。なのでその小屋まで、見つからずに行かねばなりません」


小二郎が、ここで初めて振り返った。


「よろしいですか。何があっても、大きな声を出さないでください。お二人とも」


「分かりました」


小二郎がうなずいて、また前を向いた。歩き出したその後ろで、


「ひやっ」


網が大きな声をあげる。


翼と小二郎は網の方へと振り向く。


「網さん。静かにですよ」


「あ、あの……水の中に、な……何かがいます。ぬるぬるしています」


「ぬるぬるですか。それは一体……」


網がおもむろに水の中へ手を入れた。


「これは……鯉みたいです」


網が手を突っ込んだ水の中で何かをしている。


「大丈夫ですか」


「持ち上がらないんです」


どうやら浅瀬に入り込んだ鯉を助けようとしているらしい。


こんな時に何をとは言えない。


翼は小さいころから知っている。網はこういう人なのだ。


翼は裾をからげて、網の隣に膝をついた。


「どこですか」


「ここです」


手を入れると、指の先に、つるりとしたものが触れた。


生き物だと分かった途端、それが動いた。


「わっ」


「静かに」


小二郎の声が飛んだ。


翼は口を閉じた。閉じたまま、両手を鯉の下へ差し入れた。


重い。思っていたより、ずっと重い。網と二人がかりで抱え上げ、水を割りながら深いほうへ運んだ。


手を離すと、鯉は一度だけ大きく身をよじって、それきり見えなくなった。


翼は立ち上がって、袖を絞った。


「これで安心ですね」


「は……はい。すみません、お手を煩わせて」


「大丈夫です。見つかっていませんから。ね」


翼が同意を求めて小二郎のほうを見る。


小二郎は何も言わないが、本当に大丈夫かという顔をしている。


翼は小二郎の不安を振り払うように、先へと歩き出した。


小二郎と網が、後ろについてくる。


*


しばらく行くと、河原が広くなった。


草の刈られた平らな場所がある。馬場だと分かった。その先に、小屋が一つ建っている。


三人は足を止めた。


明かりはない。


小二郎が先に近づく。


戸に手をかけて、少しだけ引く。中を覗いて、それから手招きをした。


翼と網が続いて入り、小二郎が後ろ手に戸を閉めた。


薄闇である。


馬と藁の匂いが濃い。人の匂いは、その奥にあるはずだった。


目が慣れるまでに、少しかかった。


藁が隅に積んである。柱が一本。その根方に黒く盛り上がったものが見えて、翼は息を詰める。


古い鞍だった。


誰もいなかった。


「……いませんな」


小二郎が言った。


「与太話でしたか。あの二人め」


「いいえ」


翼は屈んだ。


床をよく見ると、足元に、縄が落ちている。


手に取ると、端が斬れていた。切れたのではなく、斬られている。


「斬られた縄。縛られた跡です」


「なるほど。つまりここにいた可能性は高い」


小二郎も納得する。


「でも、どこかへ移されたみたいですね。すぐに探さないと」


そう言って立ち上がった時――


からり、と小屋の戸が開いた。


急いでそちらに視線を向けると、戸口に、少年が立っていた。


手にした提灯の火が、下から少年の端正な顔を照らしている。


◆藤生氏(ふじう) 広沢郷の在地の武士です。

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