番所の宴
昼間、空高く広がっていた秋空はいつのまにか翳り、辺りは薄闇につつまれていた。
桐生領と横瀬領の境に立つ、桐生方の番所は三日前から篝火が焚かれ、不寝番が立つようになった。
横瀬方の間者が捕らわれたゆえ、いまは気を許せぬということらしい。
篝が、ばちりと鳴った。
弥五は目をこすった。こすったところで眠気は減らない。
隣で藤次が槍の柄に顎を乗せている。
「立って寝るな」
「寝てねえ」
三日前に間者を捕まえてから、篝火を消すなと言われている。寝ずの番は体にこたえる。
道は暗い。虫の声だけがしている。
その暗いところから、声がした。
「――だからな、あの木だよ」
「木なんぞ、どこにでもある」
弥五は槍を起こした。藤次も顎を離した。
篝火の明かりの中へ、男が二人入ってきた。足元が定まっていない。
背の高いほうが瓢を提げている。
どうやら酒が入っているようだ。
「おい。止まれ」
藤次が槍を向けると、二人は止まった。止まって、こちらをしげしげと見た。
「んあー。なんだ、見張りか」
「こんなところに見張りがおるとは聞いておらんぞ」
「お前たち。どこの者だ」
「おれらか? おれらは小俣の者だ。渋川様んところの馬飼いじゃ」
背の高いほうが胸を張った。
「そうよ、小俣へ帰るために、葉鹿の渡しへ行く途中さ」
弥五は藤次と顔を見合わせた。藤次が肩をすくめた。
「あのな、この先は桐生じゃ。葉鹿の渡しへ出るなら、戻って左だ」
「戻って、左」
背の高いほうは今来た道を振り返ってから少し考えて、それから首を振って向き直った。
「いんや、この先だ。間違いない。さっき、あっちの曲がった木を見た」
「曲がった木は、どこにでもある」
弥五が反論するが、背の高いほうは引く気はないらしい。
「違う違う。あの木は特別じゃ。根方が二つに割れておった」
「ちょっと待って、それは違うぞ、割れておらん」
唐突に背の低い男のほうが、背の高い男を遮って言った。
「あれは二本並んで生えておるのだ。おれは数えた」
「数えるやつがあるか」
「数えねば分からんだろうが」
「分からんのはお前の目だ」
「お前の目だ」
完全に弥五の事を忘れて口論をはじめる二人。
弥五は槍の束に込めていた力を緩める。
「……話が逸れとる」
弥五は呆れた声をあげて藤次の方を見る。
藤次も肩をすくめるしかない。
そうしているうちに男が二人とも、その場に腰を下ろしていた。
「あ、おい。こんな所で何をしている」
「まあまあ、あんたも座れ」
「座らん」
「よいのか、今日のは良い酒じゃぞ」
瓢の栓が抜かれた。
匂いが立った。弥五は一歩下がった。下がっても、匂いは追ってきた。
「ほれ一杯どうだ」
「むむ……」
弥五が迷っているうち藤次が、槍をそっと立てかけて、男たちの前に胡坐をかいた。
それを見て弥五もいてもたってもいられなくなり、槍を離し男たちと並んだ。
篝が、また鳴った。
*
「荒山どのたち、うまくやってくれているようです」
木の陰から、翼はそれを見ていた。
火の周りに、四人が輪になっている。誰かが笑った声がここまで届いている。
「あの二人は、何をやらせても、ああなります」
前で南小二郎が言った。呆れた声だった。
「行きましょうか。それがしから離れないでください」
小二郎が先に歩き出した。
道から外れて、草の中へ入る。
番所を大きく回って、その裏へ。
翼は足の下を見ながら進んだ。草が濡れていて、音が立たない。
網は何も言わずに翼の後ろを付いてくる。
土手を下りると、河原に出た。
石ばかりの広い場所である。上のほうで水の音がしていた。
篝はもう見えない。星の明かりだけになった。それでも河原の石は白く、人の形は黒く見えた。
小二郎が足を止めて、振り返った。
「姫様。もう一度聞きますが、やはり、行くつもりなのですか」
網が横から言った。
「姫様まで行く必要は……」
「でも、網さんは行くのでしょう」
「……はい」
「なら、私も行きます」
小二郎は、しばらくこちらを見ていた。
「……分かりました」
小二郎が息を吐いた。
「その代わり、見つかりそうになったら、必ず戻ります。それがしがそう申したら、姫様は振り向かずに戻ってください。よろしいですね」
「はい」
「網さんも」
「はい」
そういって小二郎が、川上へと向き直り、河原を歩き出した。
◆小俣 下野国足利郡の地名です(現・栃木県足利市小俣町)。
◆葉鹿の渡し(はじか) 渡良瀬川の渡し場です。葉鹿は足利郡の地名です(現・足利市葉鹿町)。




