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14.428  作者: 木瓜庵
第2部 水分神
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古戸湊

9/2 2部のあたまにこの章を挿入しました

夜明け前の川に、霧が出ていた。


水は黒く、音もなく流れている。岸の葦は、根元から霧に沈んでいた。


湊は、まだ眠っている。明かりの点いた家は一軒もない。土手の道を行くのは、投網を担いだ漁師二人きりだった。


「きのうは、さっぱりだったなあ」


若いほうが言った。


「水が出たあとだ。二、三日もすりゃ、鮒も戻ってくらあ」


「戻ってもらわにゃ困る。ゆんべなんざ、おっかあが口も利いてくれねえ」


「手ぶらで帰るからだんべ」


「手ぶらで帰って、機嫌のいいおっかあがどこにいる」


年かさのほうが笑った。笑い声は、霧のなかへ吸われて消えた。


それきり、どちらも黙って歩いた。


朝の川は、妙に静かだった。鳥の声ひとつしない。


舟溜りの手前で、若いほうが足を止めた。


「ん」


「どうした」


「……誰か、いねぇか」


若いほうが、霧の先を指さした。


年かさのほうは、目をこすった。


舫い舟が、灰色のなかに並んでいる。その端の一艘の上に、何かが立っていた。


はじめは、立てた棹に濡れ筵でも掛けてあるのかと思った。


違う。人の形をしている。


子供ほどの背丈である。全身が、ずぶ濡れだった。長い髪が顔に貼りついて、目も口も見えない。


身じろぎ一つ、しない。


髪の先から滴が落ちて、舟板を打つ音だけが、静かな水の上をこちらまで渡ってくる。


あれは、うちの舟だ——年かさのほうがそう思ったとき、隣で若いほうが尻餅をついた。


「ひえっ。か、河童じゃ」


「……」


「河童が、舟に乗っとる」


年かさのほうは、目を凝らした。


濡れた髪。細い肩。裾からのぞいているのは、水かきも鱗もない、人の足である。


「いんや」


首を振った。


「ありゃ、童じゃ。……溺れでもしたか」


「な、なんと」


若いほうが跳ね起きた。


「なら、助けにゃ」


二人して、土手を駆け下りた。


「おうい。おうい」


呼ばわる声にも、舟の上の子供は目もくれなかった。


濡れた髪のあいだに、幼い顔がのぞいている。少女である。


怯えてもいない。泣いてもいない。


呆然とした顔のまま、ただじっと、川面を眺めていた。

◆古戸湊 利根川水系の湊です。現・群馬県千代田町付近の古戸が知られ、舟運と漁の拠点でした。

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