第8話 喝采の中で
「ね、何あれ。どうしたの?」
ちょうど11時を回った頃、給湯室に女子社員が数名集まっていた。
「何、あのばっちりメイク。どうしたいわけ?」
ちょうど、未琴がそこを通りかかった時に、そんな会話が聞こえて来た。
「でもさ、昨日までは電話のメモ取るのもやっとって感じだったのに、やたらよく通る声で対応してるし。マジで何があったんだってレベル」
確かに今朝は、すっきりした頭で仕事も冷静に片づけられている。
自分の陰口を言っているのはわかっているが、むしろその妬みが誉め言葉のように耳に響いて思わず口元が弓なりになってしまう。
盛り上がっている彼女たちに、もう少し見せ場を作ってあげたくなった。
さも偶然通りかかったように、ゆっくりと給湯室の入り口を横切り、一番端にいる女性と目を合わせる。
相手が目を見開いてはっとした表情を浮かべた後、他の2人に気まずそうに目線をやった。
「お疲れさまです」
ことさらに明るい声で、笑みを浮かべて彼女たちに挨拶をする。
ぺこりと軽く頭を下げた後、何食わぬ顔でそこを通り過ぎた。
「ちょっと――」
しばらくの沈黙のあと、さらに給湯室は盛り上がっているようだ。
好きに言わせておけばいい。
その方がこの先の展開が面白くなるだろうし。
後ろ手を組んで軽い足取りで、自分のデスクへと戻ることにした。
その足取りに合わせるように、称えるように、ぱちぱちぱちぱち、とどこかから拍手が聞こえた。
「聞いたよ。今日は、若手に見せ場を作ってあげたって?」
部屋に帰ると、俊也がお帰りと迎えてくれる。
「未琴のアドリブは、いつだっていい展開作るよね」
「そんな大したことしてないけどね」
ふふっと照れ笑いをする。
「自然体でそういうことができるのが、未琴の才能なんだろうな」
「才能だなんて大袈裟な」
そう言って彼の手をトントンと叩くと、「謙虚な大御所だなぁ」と返ってくる。
どこかから、笑い声とともに、ぱちぱちぱち、と拍手が聞こえる。
なんて幸せで充実した毎日だろう。
◇◇◇
「相沢さん。最近、仕事をがんばってくれているのはわかるんだけど……無理していないかしら」
指導係の先輩が、キーボードに向かう未琴に声をかけた。
仕事に邁進する新入社員。
少し頑張りすぎるくらいが、同期の中で目立つというものだ。
「あなた、もともとすごく華奢ではあったけど……その、おせっかいなようだけど、凄く痩せたように思って」
この人、口調はつっけんどんだが、面倒な新人に指導役を買って出るくらいには、優しい性質なのだ。
「大丈夫です。最近、すごく調子が良くて。入った頃は、いっぱいいっぱいでしたけど、少し仕事に慣れてきたせいもあるかもしれません」
納得できないような表情を浮かべている彼女を安心させたくて、笑みを浮かべる。
「いつも丁寧にご指導いただいて。こんな風に心配もしてくださって。とても感謝してます。今後もお願いします」
ほんの少し体を彼女の方に向けて、デスクに座ったまま軽く頭を下げた。
「まあ、あの。体調が悪くないんだったらいいけど。ムリはしないでね」
何か言いたそうな雰囲気は残したまま、彼女はそう言うと、歩き去って行った。
以前が、少し体が緩みすぎていたのよね、と未琴は心の中で呟く。
今ぐらい絞っている方が、体が軽いしどんな役にもハマりやすい。
そう、こんな疲れたOL役もちょっと表情を落とせば、簡単に演じられる。
「ふふっ」
なんだか、なにもかもが上手くいっている気がする。
――主人公は、いろいろあっても最後には上手くいくのがセオリー
キーボードを叩く指が、淀みなく動く。
あれだけ私を馬鹿にしていた先輩たちも、先日の一件から何も言わなくなった。
以前のように疲れ切って仕事から帰ることもない。
何と言っても、仕事が終われば家で愛する人が待っている。
ぱちぱちぱちぱち
そんな未琴の思いを照らすように、周囲から歓声とともに拍手が沸き起こっていた。
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