第4話 増える拍手②
その夜。
ぱち、ぱち、ぱち。
未琴は目を開けた。
まただ。
昨夜と同じ音。
同じ時刻。
同じ、乾いた拍手。
ただし、昨夜とは少し違っていた。
音が重なり複数になっている。
ぱち、ぱち、ぱち。
少しずれて、音が重なる。
ぱちぱち。
さらにもうひとつ、ふたつ。
ぱち、ぱち、ぱち。
三つ......三人の拍手?
未琴は布団の中で身体を硬くした。
「……やめて」
声は届かない。
拍手は壁の向こうから続いている。
未琴は起き上がり、壁の前まで行った。
叩くべきか迷った。
できれば隣人とトラブルは起こしたくない。
けれど、このままでは眠れない。
とん、とん。
昨日と同じように、指の関節で壁を叩いた。
拍手は止まった。
未琴は息を詰めて待つ。
一秒。
二秒。
三秒。
ぱち。
ひとつ、鳴った。
続いて、ぱち、ぱち、ぱち、と三つの拍手が重なった。
未琴はそれ以上壁を叩けなかった。
◇◇◇
翌日も、仕事はうまくいかなかった。
電話を取り次ぐ相手を間違えた。
注文書の数量を一桁見落とした。
入力途中のデータを保存せずに閉じてしまった。
教育係の女性は、だんだん言葉少なになった。
「相沢さん、昨日も言いましたよね」
「すみません」
「メモ、取ってます?」
「取っています」
「じゃあ、見返してください」
「はい」
未琴は机の上のメモ帳を見た。
文字はぎっしり並んでいる。
けれど、どこに何が書いてあるのか、自分でもわからなかった。
眠い。
頭が痛い。
身体の奥に鉛が詰まっているようだった。
夜が怖かった。
けれど、朝も昼も楽ではなかった。
三日目の夜、例の音の数はさらに増えていた。
ぱちぱちぱちぱち。
乾いた音が重なり合って、まるで壁の向こうで大勢がこちらを見ているような気にすらなった。
布団をかぶり。
耳栓も買い。
それでも音は聞こえた。
ぱちぱちぱちぱち。
音は耳から入ってくるのではなく、壁や床や天井を伝って、骨の内側に響いてくるようだった。
四日目。
五日目。
六日目。
拍手は、日に日に大きくなった。
未琴は仕事中に何度もぼんやりした。
コピー機の前で立ったまま、何を印刷しようとしていたのか忘れた。
電話の相手に「お世話になっております」と言うつもりで、「ご来場ありがとうございます」と言ってしまった。
電話の向こうの相手が笑ってくれたから救われたが、自分の席の周囲は静まり返っていた。
その日の夕方、未琴は帰る前に給湯室へ寄った。
誰もいないと思ったからだ。
しかし、カップを洗っている途中で、廊下から二人分の足音が近づいてきた。
「相沢さん、今日もすごかったね」
「何が?」
「電話。ご来場ありがとうございますって」
「え?何?女優?」
「ていうか、仕事出来なさすぎ。あと、目の下の隈すごい」
「夜が激しいの?美人でもあれじゃ台無しだよねー」
未琴は水を止められなかった。
蛇口から流れ続ける水の音が、やけに大きく聞こえた。
その音に混じって、また拍手が聞こえる気がした。
ぱち、ぱち、ぱち。
違う。
ここは会社だ。
まだ夕方だ。
拍手など聞こえるはずがない。
未琴は洗ったカップを置き、俯いたまま給湯室を出た。
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