気づき始めた者
森の奥から、
低い咆哮が響いていた。
だが、
さっきまでとは何かが違う。
レイは目を細め、
暗い森の奥を見る。
「……止まった?」
リナも異変に気づいたのか、
小さく息を呑む。
さっきまで荒れていた魔力が、
急に静まり始めていた。
いや。
正確には——抑え込まれている。
「誰かいるな」
レイが呟いた直後だった。
森の奥で、
短い悲鳴が響く。
次の瞬間。
巨大な影が木々を突き破って倒れた。
黒狼型の魔物。
全身が異常膨張し、
目が赤黒く濁っている。
亀裂の影響を受けた個体だ。
だがその魔物は、
既に首を斬り落とされていた。
切断面が異様に綺麗だった。
レイは眉をひそめる。
「……速いな」
普通の兵では無理だ。
しかも。
「無駄がない」
必要最低限の斬撃。
暴走した魔物だけを正確に処理している。
その時だった。
森の闇から、
黒い外套の人物が姿を現した。
額には一本角。
魔族だった。
長身。
痩せた身体。
感情の見えない赤い瞳。
その視線が、
静かにレイへ向けられる。
空気が変わった。
リナが顔を青ざめさせる。
「……隊長」
男は答えない。
ただ周囲を一度見渡し、
倒れた魔物へ視線を落とす。
「暴走は二体だけか」
低い声だった。
独り言のようにも聞こえる。
レイは男を見る。
魔力の流れ。
呼吸。
視線移動。
無駄が少なすぎる。
強い。
しかも、
ただ強いだけじゃない。
“慣れている”。
暴走魔物への対処に。
「人間か」
男が初めてレイを見る。
敵意は薄い。
だが警戒は深い。
「そうだ」
「軍属ではないな」
「追放された」
男は少しだけ目を細めた。
その反応を、
レイは見逃さなかった。
「……何か知ってるな」
「何をだ」
「追放理由だ」
数秒の沈黙。
森の風だけが通り抜ける。
やがて男は、
静かに口を開いた。
「《解読》持ちが追放されたと聞いた」
リナが驚いたように顔を上げる。
レイの視線が鋭くなる。
「なぜ魔王軍がそれを知っている」
「魔王様が気にされていた」
その瞬間。
レイの思考が止まる。
「……は?」
初めてだった。
レイの表情が、
わずかに崩れたのは。
男は淡々と続ける。
「“人間側に、
世界の異常へ気づき始めた者がいる”」
「魔王様はそう言われていた」
レイは言葉を失う。
空の亀裂。
暴走魔物。
そして魔王軍の行動。
全てが、
頭の中で少しずつ繋がり始める。
「……魔王は、
何を知っている?」




