解読
夜になる頃には、
村へ吹く風も冷えていた。
レイは崩れた家屋の陰へ腰を下ろし、
小さな火を起こしていた。
少女魔族は、
まだ少し離れた場所にいる。
警戒は解いていない。
だが逃げもしなかった。
レイは鍋へ水を入れながら、
静かに口を開く。
「名前は」
少女は少し迷い、
やがて小さく答えた。
「……リナ」
「そうか」
それ以上は聞かなかった。
無理に踏み込めば、
また距離を取られる。
リナは火を見つめながら、
ぽつりと呟いた。
「お前、本当に変」
「よく言われる」
「人間は魔族を見たら殺す」
「軍はそう教える」
「お前は違う」
レイは火へ細い枝を放り込む。
小さく火の粉が跳ねた。
「……お前たちは、
本当に人間を滅ぼしたいのか」
リナはすぐに答えなかった。
代わりに、
じっとレイを見つめている。
「なんでそんなこと聞くの」
「解読した結果だ」
「解読……」
「村の焼き方。
進軍速度。
補給線。
避難経路」
レイは淡々と続ける。
「侵略として効率が悪すぎる」
「…………」
「本気で滅ぼすなら、
もっとやり方がある」
リナは視線を落とした。
「……言ってた」
「何を」
「魔王様は、
無意味に殺すなって」
レイの手が止まる。
火が小さく揺れた。
「理由は」
「知らない。
下の奴らには教えられない」
レイは黙り込む。
軍の説明とは真逆だった。
魔王軍は、
人類殲滅を目的としている。
そう教えられてきた。
だが実際に見えるものは違う。
それどころか——。
「……レイ」
リナが不安そうに空を見る。
空の亀裂。
夜になったことで、
黒い裂け目はさらに濃く見えていた。
まるで空そのものが、
少しずつ腐っているようだった。
レイは静かに立ち上がる。
空気が重い。
魔力が薄い。
いや。
また削られている。
「広がってるな……」
リナの顔が青ざめる。
「まずい」
「何が起きる」
「近くで亀裂が開くと、
魔物が狂う」
「狂う?」
「暴走する。
見境なくなる」
その瞬間だった。
遠くの森から、
低い咆哮が響く。
一本ではない。
二本。
三本。
木々が大きく揺れた。
リナが息を呑む。
「……来る」
レイは静かに腰の剣へ手を置いた。
軍では、
《解読》は戦闘向きじゃないと笑われていた。
だが。
「試してみるか」
レイは、
揺れる森をまっすぐ見つめる。
魔物の足音。
呼吸。
地面の揺れ。
全てが少しずつ、
頭の中で繋がっていく。
そして。
レイは静かに呟いた。
「……右から二体来る」




