魔王領の避難民
門前の空気が凍りつく。
騎士たちは剣を抜いたまま、
魔族たちを睨んでいた。
避難民たちもざわついている。
「魔族だ……」
「なんでここに……」
当然だった。
人間と魔族は敵対している。
しかもここは教会都市。
本来なら、
門前で即座に戦闘になっていてもおかしくない。
だが。
先頭の女は、
武器すら持っていなかった。
灰色の髪。
欠けた角。
肩には小さな子供を背負っている。
戦う顔じゃない。
逃げてきた者の顔だった。
「……本当に、
魔王領から来たのか」
レイが静かに聞く。
女は疲れた顔のまま頷く。
「ああ」
「何があった」
女は少しだけ黙った。
そして。
「空が割れた」
空気が止まる。
エルドが息を呑んだ。
ガルドの顔も険しくなる。
女は続けた。
「最初は、
人間側だけだと思ってた」
「違ったのか」
「魔王領でも始まった」
周囲の魔族たちも、
怯えた顔をしている。
「黒い化け物が出た」
「村が消えた」
「空がおかしくなった」
口々に声が漏れる。
レイは静かに目を細めた。
つまり。
侵食は、
人間側だけの問題じゃない。
「……妙だな」
ガルドが低く呟く。
「魔王軍が原因じゃないなら、
連中も被害を受けてることになる」
「その可能性は高い」
レイは魔族たちを見る。
その時。
後方の騎士が怒鳴った。
「騙されるな!」
若い騎士だった。
「魔族の言葉を信じるのか!?」
空気が張り詰める。
避難民たちが不安そうに後ずさった。
だが。
レイは静かに聞いた。
「お前、
侵食体を見たことあるか」
「なっ……」
「あるなら分かるはずだ。
あれは命令で動いてる感じじゃない」
若い騎士が言葉を詰まらせる。
レイは続ける。
「少なくとも、
今の魔族は戦争しに来てない」
その時だった。
背負われていた小さな魔族の子供が、
かすれた声を漏らす。
「……お水」
静寂。
誰もすぐには動けなかった。
敵。
魔族。
そう思っていた相手が、
今はただ弱っている。
ガルドが低く息を吐く。
「……水を持ってこい」
騎士たちが驚いた顔を向ける。
「副団長!?」
「早くしろ」
短い沈黙。
やがて騎士の一人が走り出した。
レイはその光景を見ながら、
静かに空を見上げる。
黒い亀裂は、
まだ遠くで揺れていた。
そして。
「……始まったな」
エルドが振り向く。
「何が?」
レイは静かに答えた。
「人間と魔族、
両方の逃げ場探しだ」




