亀裂の向こう
空の亀裂が、
ゆっくり脈打っていた。
鐘楼の術式は崩れた。
巨大結晶も砕けている。
それなのに。
亀裂だけが残っている。
「……なんだ、あれ」
エルドが震えた声を漏らす。
空の奥。
黒い裂け目の向こう側で、
巨大な影が動いていた。
輪郭が見えない。
だが。
存在感だけで分かる。
危険だ。
副団長も鐘楼へ駆け込んできた。
「止まったか!?」
「術式は止まった」
レイは空を見たまま答える。
「だが、
門との接続が完全には切れてない」
空気が重い。
まるで。
世界そのものが軋んでいるみたいだった。
ラドスが床へ崩れ落ちる。
侵食が急速に進んでいた。
「はは……
見える……」
瞳はもう濁っている。
それでも。
ラドスは空を見上げて笑っていた。
「あと少しだった……」
レイは静かに聞く。
「何がいる」
ラドスの口元が歪む。
「本当の世界だ」
「質問を変える」
レイの目が細くなる。
「向こうにいるのは誰だ」
その瞬間。
ラドスの顔色が変わった。
初めて。
怯えが浮かぶ。
「……あれは、
呼んではいけない」
空気が凍る。
エルドも副団長も、
言葉を失っていた。
だが。
次の瞬間。
空の亀裂へ、
巨大な“目”が現れる。
「っ——!?」
騎士たちが悲鳴を上げる。
巨大だった。
街全体を見下ろすほど。
黒い瞳が、
ゆっくりこちらを見ている。
その瞬間。
《解読》が暴走した。
「ぐっ……!?」
レイの頭へ、
大量の情報が流れ込む。
門。
結界。
世界外層。
封鎖。
そして。
「……外側……?」
頭痛が走る。
視界が揺れる。
理解した瞬間、
脳が拒絶していた。
「レイ!」
エルドが支える。
だが。
レイは空から目を逸らさない。
あれは侵食体じゃない。
もっと別だ。
圧倒的に。
格が違う。
その時だった。
空の巨大な目が、
ゆっくり閉じる。
同時に。
亀裂が縮み始めた。
「閉じてる……?」
副団長が呆然と呟く。
術式が止まったことで、
接続が切れ始めている。
ラドスが震えた声を漏らす。
「違う……」
侵食した司祭は、
恐怖で顔を歪めていた。
「あれは、
こちらを見た」
沈黙。
空の亀裂が、
ゆっくり閉じていく。
だが。
レイだけは理解していた。
もう遅い。
「……向こうも、
こっちを認識した」




