侵食体
祭壇の空気が揺れていた。
黒い亀裂は、
奥で脈打ち続けている。
そして。
亀裂の奥から、
また音が聞こえた。
ギリ、と。
骨が軋むような音。
リナが短剣を握り直す。
「……また来る」
少年は完全に怯え切っていた。
レイは亀裂を見つめる。
魔力が歪んでいる。
空間そのものが不安定だ。
やがて。
黒い腕が、
ゆっくり裂け目から伸びた。
次に頭。
身体。
人型だった。
だが、
さっきの男とは違う。
全身が黒く侵食されている。
皮膚は崩れ、
片目は潰れていた。
それでも動いている。
異様だった。
「……生きてるのか?」
返事はない。
侵食体は、
ぎこちなく首を動かした。
その瞬間。
消えた。
「っ!?」
リナが反応する。
だが遅い。
侵食体は既に、
レイの目の前まで踏み込んでいた。
速い。
普通じゃない。
黒い腕が振り下ろされる。
レイは咄嗟に後ろへ飛ぶ。
床が砕けた。
「レイ!」
リナが叫ぶ。
侵食体は追撃しない。
壊れた動きで、
ゆっくり首を傾けている。
まるで。
こちらを観察しているようだった。
「……妙だな」
レイは息を整えながら、
侵食体を見る。
違和感がある。
動きが不自然だ。
「どうしたの!?」
「速いんじゃない」
「え?」
「ズレてる」
侵食体の輪郭が、
微かに揺れている。
位置が一定じゃない。
空間そのものが歪んでいる。
だから。
「見えてる位置と、
実際の位置が違うのか」
侵食体が再び消える。
だが今度は見えた。
床の歪み。
空気の流れ。
魔力の揺れ。
《解読》が、
少しずつ情報を繋げていく。
「……右」
レイは身体を捻る。
黒い腕が、
鼻先を掠めた。
直後。
レイは剣を振る。
だが浅い。
侵食体の肩を切っただけだった。
「硬いな……!」
侵食体は痛みを感じていない。
ゆっくりレイを見る。
そして。
口が裂けるように開いた。
「■■■■■■」
聞き取れない声。
だがその瞬間、
空間が軋む。
まずい。
レイの直感が叫ぶ。
「伏せろ!」
リナと少年が床へ伏せる。
次の瞬間。
教会の壁が、
まとめて抉り飛んだ。
轟音。
石片が舞う。
空気そのものが削られている。
「……空間干渉か」
レイの額へ汗が流れる。
普通の敵じゃない。
だが。
見え始めていた。
侵食体の周囲だけ、
空間の歪み方が違う。
中心がある。
核だ。
「そこか」
侵食体が再び動く。
だが今度は、
レイも前へ踏み込んだ。
《解読》が加速する。
ズレ。
歪み。
魔力流。
全部が一本へ繋がる。
そして。
レイは、
侵食体の胸元へ剣を突き立てた。
黒い亀裂のような“核”へ向かって。




