亀裂の向こう側
黒い亀裂は、
祭壇の奥でゆっくり脈打っていた。
空間そのものが裂けている。
空気が重い。
魔力が引き剥がされる感覚が、
肌へ直接伝わってくる。
リナが青ざめた顔で後ずさる。
「……まずい」
レイは亀裂を見つめたまま、
静かに口を開く。
「知ってるのか」
「魔王領の奥で、
似たのを見たことある」
「同じものか?」
「完全には分からない。
でも近い」
亀裂の奥は暗かった。
だが、
ただの闇じゃない。
“何か”がいる。
そんな違和感がある。
レイは祭壇の術式を見る。
結界構造。
逆流。
魔力誘導。
そして。
「……誰かが、
意図的に開いてるな」
少年が震えた声を漏らす。
「神父様が……?」
「違う」
レイは即答した。
「神父は止めようとした側だ」
床へ残る血痕を見る。
位置が不自然だった。
祭壇側へ向いている。
つまり。
「神父は、
ここで誰かと争ってる」
リナが顔をしかめる。
「でも誰もいない」
「逃げたか」
「それとも——」
そこで言葉が止まる。
亀裂の奥から、
音が聞こえた。
足音。
ゆっくり。
重い。
少年が息を止める。
リナが短剣へ手を掛けた。
レイは動かない。
ただ、
亀裂を見つめ続ける。
やがて。
黒い裂け目の奥から、
細い腕が伸びた。
人間だった。
だが様子がおかしい。
肌は灰色。
目は濁っている。
身体の一部が、
黒く崩れ始めていた。
「……なんだ、あれ」
男は亀裂から這い出ると、
虚ろな目で周囲を見回した。
そして。
「た、す……け……」
その瞬間。
男の身体が崩れた。
灰になって散る。
少年が悲鳴を上げる。
リナも顔を強張らせた。
レイだけが、
崩れた灰を見つめている。
「……侵食か」
「知ってるの?」
「いや。
だが普通じゃない」
灰には、
強い魔力汚染が残っていた。
まるで。
向こう側の空間そのものが、
人間を壊しているようだった。
その時だった。
《解読》が反応する。
頭の奥へ、
断片的な情報が流れ込む。
古い術式。
封鎖。
隔離。
そして——。
「……門?」
レイの顔色が変わる。
これは亀裂じゃない。
もっと別のものだ。
「これ、
最初から“繋がってる”のか……?」
リナが不安そうに聞く。
「どういう意味」
レイは亀裂を見つめる。
空の傷。
古い結界。
世界崩壊。
全部が、
少しずつ繋がり始めていた。
「この世界、
何かを閉じ込めてる」




