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334. 人質

2人目の患者の処置を終えたイヒョンは、遅滞なく3人目の患者へと足を運んだ。


寝台の上に横たわった男は、腹を両手で抱え込んだまま、顎をがたがたと震わせて荒い息を切らしていた。


腹部にぐるぐると巻かれた布切れは、すでに黄色い滲出液と固まった血で、まだらに汚れきっていた。


「この人も中央の卓へ移してください」


イヒョンの指示に、野営地の男たちが負傷者を卓の上へ移した。


男の体が卓の上に横たえられると、イヒョンは鋏を握り、腹部を縛っていた布切れと汚れたシャツを、ためらいなく切り落とした。


傷を覆っていた布が剝がされると、負傷者の患部があらわになった。


直径2、3センチほどの、丸く深い貫通傷。


清潔な水を注ぎながら血水と滲出液を洗い流すと、開いた傷の中の深さが見えてきた。


だが、傷の縁をもう少し広げて奥深くを確かめた瞬間、イヒョンの眉間が狭まった。


開いた筋肉と爛れた脂肪層の隙間で、白く細い虫が数十匹、絡み合って這い回っていた。


蛆だった。


小屋の中で覗き込んでいた男たちの何人かが、えずきを堪えて口を押さえた。


傷に蛆が湧いているということは、この貫通傷が生じてからかなり経っているという証拠だった。


『蛆か……少なくとも2、3日、長ければ1週間ほど経った傷だろうな。むしろ蛆がこの人を生かしたのかもしれん』


こんな状況でも、イヒョンは落ち着きを失わなかった。


野戦や緊急の状況では、蛆が壊死組織を食べてかえって腐敗を遅らせる場合もあったが、このまま放っておけば、結果が芳しくないのは明らかだった。


イヒョンはピンセットで傷の縁を慎重に広げ、内部を検めた。


『腹壁を越えて腹膜まで貫いているな』


幸い、腸壁を貫通したときに漂う糞便の匂いや消化液の漏れはなかった。深い貫通傷ではあったが、主要な臓器はきわどいところで逸れている状態に見えた。


『臓器は傷ついていないようだな。これは天運だ』


イヒョンは煮沸して冷ました食塩水を慎重に注ぎながら、傷の中を徹底して洗浄した。


ピンセットの先でうごめく蛆を一匹残らず掻き出し、菌に感染して黒く腐った死んだ肉をメスで切り取った。


歯を食いしばって耐えていたものの、負傷者の口から悲鳴が漏れ出た。


だが、イヒョンの刃に慈悲はなく、精密に腐った部位を思いきりよく切断して、健康な生身を探り当てた。


傷の洗浄と壊死組織の除去を終えると、イヒョンは鞄から清潔なリネンの布を取り出した。


彼は消毒したリネンの布を細くぴんと撚り、長い紐の形をした仮のドレーンを作った。


腹膜が貫かれ、すでに菌に汚染された深い傷は、決して表だけを縫って完全に閉じてはならなかった。傷の奥深くに溜まる膿と滲出液が外へ抜け出す排出路がなければ、肉の中でふたたび膿瘍が破れ、腹腔全体を汚染してしまうからだった。


イヒョンは撚って作ったリネンのドレーンの一端をピンセットで摘まみ、男の右の脇腹の傷の内側、もっとも奥深いところまで慎重に押し入れた。


ドレーンの反対の端を傷の外へわずかに引き出して、滲出液の流れ出る通路を確保してから、イヒョンは傷の上下の筋層と皮膚を、馬の尾毛の糸で縫合した。


縫合の結び目を切ったイヒョンは、ドレーンの周りを消毒薬でもう一度きれいに拭き取り、流れ出る滲出液を吸い取れるよう、分厚い乾いた包帯を当てて、脇腹全体を慎重に巻いて固定した。


すべての処置が終わった瞬間、イヒョンの額に結んでいた汗の粒が、顎の線を伝って落ちた。


男の荒かった呼吸は、いつの間にか規則的な寝息へと鎮まっていた。


最後の包帯の結び目を整えたイヒョンは、ゆっくりと腰を伸ばした。


緊張で強張っていた背骨の節々から、重々しい凝りが押し寄せてきた。血と消毒液に濡れた手を煮沸した湯で洗い流してから、血のついていない腕の袖で、額に結んだ大粒の汗を拭った。


その一部始終を石像のように見守っていた頭目が、太い腕を組んだまま口を開いた。


「……これで終わりか?」


男の声は相変わらず低く荒かったが、処置の前のあからさまな殺気の代わりに、慎重な色が滲んでいた。


「そうです」


イヒョンは息を整えながら、淡々と答えた。


「先ほども申し上げたとおり、私には神官のような奇跡の治癒能力はありません。私がしたのは、損傷した血管を縫合し、腐った肉を切り取り、膿が抜け出る道を開いてやっただけです。ここから先は、患者自身の体が自ら傷を癒やして立ち上がれるよう、最適な環境を整えてやることだけが残っています」


頭目が頷こうとした、まさにその刹那だった。


イヒョンが視線を上げ、頭目の目をまっすぐに見据えて言い添えた。


「ただ……」


その一言に、小屋の中の空気がふたたびぴんと張りつめた。


「今、私の背嚢にあらかじめ精製しておいた丸薬が少し残ってはいますが、3人が完全に治るまで使うには、まるで足りません。3人全員に十分な薬を使うには、はるかに多くが必要です」


頭目が眉間に皺を寄せて答えた。


「どんな薬草が要るんだ? この森の地理なら、我々が隅々まで知り尽くしている。必要な薬草があるなら、手に入れられるよう手伝ってやる」


「薬草で作れるものではありません」


小屋の中は、鋭い沈黙に沈んだ。


頭目の眼差しが氷のように冷たく変わり、その気配に応じるように、壁を背にして立っていた男たちの手が、いっせいに腰の斧と刀の柄へと、そろりと動いた。


武器を抜く音が四方から聞こえてきた。


だがイヒョンは、そんな殺気の前でも眉一つ動かさなかった。


彼は少しの揺らぎもない落ち着いた口調で、言葉を継いだ。


「薬草を使ったところで、肉が腐っていくのを止めることはできません。コランに友人がいます。信頼に足る友人です。その友人が、薬を精製し、作るのに必要な特殊な道具を作ってくれなければ、製造は不可能なんです。以前にも、そうした仕事を依頼したことがあります」


だが、頭目は頑なだった。


「負傷者が全快するまでは、誰ひとりこの森を出られん」


頭目の表情は固く強張っていた。


野営地の人間の生存がかかった問題を前にして、妥協などあり得なかった。


その剣呑な拒絶を聞いたイヒョンの反応は、意外なものだった。


彼は怒りもせず、怯えもせぬまま、むしろ淡々とした顔で頭目を見返し、軽く肩をすくめてみせた。


「でしたら、仕方ありませんね」


イヒョンの声には、冷ややかなほどの諦念と、冷徹な計算が敷かれていた。


「今できる処置はすべてしましたが、薬がなければ、死ぬ時期を少し後ろにずらしただけにすぎません。数日のうちに薬が尽きて、高熱と敗血症で苦しみながら死んでいくでしょう。そして仲間を失ったあなた方と私たちは、結局、互いに刃を交えることになる。私と私の仲間が死ぬか、あなた方の半数が命を落とすか……その破滅のほかには、何も残らないでしょうね」


小屋の中、沈黙の重みが息の詰まるほどに重くなった。


イヒョンの理屈の前で、かえって崖っぷちに追い詰められたのは、数十人の武器を手にした野営地の人々のほうだった。


自分たちの兄弟と子どもの命綱を握っている薬師が、死の恐怖を前にしても眉一つ動かさぬまま、最悪の結末を平然と語っているのだ。


頭目の太いこめかみに血管が浮き上がった。


彼はイヒョンを噛み砕いて呑み込まんばかりに睨みつけ、唸るように低く問うた。


「……貴様が正確に何をしようというのか、言ってみろ」


イヒョンは少しの揺らぎもなく、淡々と言葉を繰り返した。


「コランにいる私の友人だけが、薬を製造するための道具を作れます。私が行ってその道具を受け取り、薬を作ってはじめて、そこに横たわっている3人は助かる機会を得るんです。最善を尽くしても死ぬかもしれない、という意味ですよ。まして、まともな手当てができなければ、言うまでもないでしょう」


イヒョンの落ち着いた黒い瞳が、頭目の揺れる瞳孔をしっかりと捉えた。


「私は人を助けたいし、あなた方もまた、自分たちの家族を助けたいのではありませんか? 我々の目的はまったく同じです」


頭目は長いあいだ重々しく口を閉ざしたまま、沈んだ眼差しでイヒョンとライルを交互に見定めた。


逃げられる可能性、外部の追っ手を引き入れる危険、そして傷ついた仲間たちの命。


頭の中で激しく算盤を弾いていた男の視線が、ついに一点で止まった。


イヒョンの後ろで様子をうかがっていたライルだった。


頭目の太い指が、ライルをまっすぐに指し示した。


「……こいつはここに残れ」


その一言が落ちた瞬間、ライルの顔から血の気がことごとく引いていった。


「えっ⁉ お、俺がですか⁉」


ライルがまるで雷にでも打たれた人のように飛び上がり、狂ったように手を振った。


「いや、なんでよりによって俺なんです⁉ 俺は何も分かりませんよ! 患者を診ることもできないし、飯を食うだけのお荷物でしょうに……」


「ライル」


イヒョンが低く断固として彼を呼んだ。


だが、恐怖に怯えきったライルの耳には、何も聞こえていなかった。


「アニキ! これはないだろ! マジでこれはないって!」


ライルはイヒョンの血のついたシャツの袖口を握り締め、涙ぐんだ目で必死にすがりついた。


「俺をこんな物騒な連中の巣窟に1人で置いていくっていうのか? アニキが行ったら、俺マジで食われちまうかもしれないぞ。いや、その前に俺が衝撃で死ぬかもしれないって!」


「ほかに方法がない」


イヒョンはライルの震える肩に手を置いた。


「おまえが薬を作る道具を依頼しに1人で行くわけにもいかないし、かといって2人とも行かせるほど、あの人たちは俺たちを信用していない。誰かがここに残っていてこそ、あの人たちも安心できる。2日あれば済む」


「2日? 1日でもなく2日?」


「コランまで距離があるからな」


ライルが今にもわんわん泣き出しそうな声で呟いた。


だが、厳つい男たちが腰の武器を抜き放ち、剣呑に睨みつけている状況で、ライルに拒否権など存在しなかった。


イヒョンはライルの肩をぽんぽんと叩いて落ち着かせてから、ふたたび顔を巡らせて頭目と向き合った。


「今、私の背嚢にある薬だけでも、数日分の急場はしのげます。それに、ご覧のとおり時間もすでに遅いですから、今日はここで負傷者の経過を診ながら泊まり、明日の朝、夜が明けしだい早くコランへ行ってきます。時間は2日あれば足ります」


頭目はイヒョンの揺るぎない瞳をじっと見据えていたが、やがて短く顎を引いた。


「いいだろう。夜が明けしだい発て」


小屋の外では、いつの間にか日が傾きかけていた。


分厚い革の戸の隙間から長く差し込む最後の光の筋が、血の色のように染まって、小屋の床を赤く濡らしていた。


森を鳴り響かせていた山鳥のさえずりもしだいに鎮まり、冷たく重々しい闇が、鬱蒼とした枝々の間から音もなく忍び込んできた。


「はあ……俺の人生ときたら……」


ライルはこの世の終わりのような沈んだ顔で、自分の膝を胸元まで抱え込んだまま、小屋のいちばん隅の冷たい床にうずくまって座り、深い溜め息ばかりをふうふうと吐き出していた。


手術の血の匂いが少しずつ薄れていった丸太小屋の中には、炉から立ちのぼるきなくさい煙が漂っていた。


イヒョンは革の背嚢の奥深くの内ポケットから、濃い茶色の丸薬の入った小さなガラス瓶を取り出した。


「少しだけ口を開けてごらん」


イヒョンはまず、片隅の寝台に横たわる子どものもとへ歩み寄った。


子どもの唇を優しく開かせて丸薬を一粒押し入れてから、あらかじめ冷ましておいた白湯をひと口含ませた。小さく痩せた喉仏が、ごくりと音を立てて苦しげに動き、薬を飲み下した。


イヒョンは子どもに薬を飲ませた後、炉に自分の鍋を掛けて病人食を作った。


気力を呼び起こす野生の蜂蜜と、体液の均衡を整える塩、殺菌を助けるほのかな香りのハーブの葉、そして蛋白質の供給のために細かく裂いて入れた干物の身が、白く煮出された。

「さあ、ゆっくり飲み込むんだぞ」


木の匙で温かい粥を少しすくって口元へ持っていくと、子どもは慣れないほろ苦いハーブの匂いに眉をひそめた。


だが、包帯で胸をしっかりと結束して胸壁の揺れを抑えたおかげか、痛みの和らいだ子どもは本能的な空腹を覚えて、唇を動かした。


子どもは舌を出して重湯を味わってみると、やがて匙に載った温かい粥を、ひと口ずつ慎重に受け入れて飲み込んだ。


呼吸が安定すると、消化の機能もわずかながら戻ってきた。


『この子はこのまま維持すれば持ちこたえられる』


だが、本当の難関は成人の男2人だった。


イヒョンは空の器を置いて、男たちのほうへ足を運んだ。


大腿静脈をかろうじて縫合して止血を終えた男と、右の脇腹の腐った肉を切り取り、リネンのドレーンを差し込んだ男。


2人の状態は、見ているだけで息が詰まるほどだった。


男たちの皮膚は冷たくじっとりとした冷や汗に覆われ、唇は血の気を完全に失って、青く変わり果てていた。


大量出血と深部感染による急性ショック。2人の男は浅く苦しげな息をぜえぜえと切らすばかりで、瞼ひとつ動かすこともできずにいた。


イヒョンは丸薬を一粒すり潰して水に溶かすと、木の匙で、静脈縫合をした患者の唇の隙間へ流し込んだ。


男の喉は、まったく反応しなかった。


薬と水は気道へ送り込まれることなく、口角を伝い、顎の線を過ぎて、首筋へ力なく流れ落ちていった。


「無理に飲み込ませようとすれば、気道へ入って窒息するか、誤嚥性肺炎を起こすかもしれんな」


脇腹の貫通傷の男もまた同じだった。白湯に浸したリネンの布を唇に当ててやっても、乾ききった唇を湿らせるだけで、体内に吸収される水分は皆無だった。


『このままではだめだ』


口から何も飲み下せない患者に、自然な回復力などを期待するのは、不可能に近いことだった。


『このままでは薬も問題だが、腎臓もやられる。いや、すでにやられているかもしれん……。輸液が必要だ』



読んでくれてありがとうございます。


本業の都合により、小説の投稿時間が不規則となっております。

ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません。


読者の皆さまの温かい称賛や鋭いご批評は、今後さらに面白い小説を書くための大きな力となります。


お読みいただき、楽しんでいただけましたら、ブックマークやコメントをお願いいたします。


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