332. 負傷者
イヒョンはそっと視線を上げ、男の目を見据えた。
荒れてひび割れた目元と、深く刻まれた皺の下に、表向きの威圧感とは違う切迫したものが、揺らめいているようだった。
偽りを取り繕う者の眼差しではなかった。見かけとは裏腹に、その目からは、崖っぷちに追い詰められた者が藁にでもすがろうとするような、真剣さが感じられた。
「……怪我をしたのは誰です?」
イヒョンの低く沈んだ声に、頭目の男が重々しく口を開いた。
「成人の男が2人、それから幼い子どもが1人、ひどい怪我をしている」
「どうして怪我を?」
「少々、事故があってな」
「事故、ですか……」
イヒョンは男の言葉を噛みしめながら、散らばった背嚢のほうをちらりと見た。
「いいでしょう。ひとまず状態を診ましょう。ですが先に申し上げておきますが、程度によっては、私の持っている薬と腕前だけでは手当てが足りないかもしれません。傷が深ければ、神官をお呼びしなければならないこともあります」
イヒョンは森のほうへ顔を向けながら答えた。
「私の知るかぎり、ここからコランまではさほど遠くない距離のはずです。必要なら、私が直接街へ行って治癒神官をお連れしますよ。そのほうが確実でしょうから」
その瞬間、頭目の眉間が歪んだ。
「神官はだめだ」
断固を通り越して、殺気立った拒絶だった。
「街へ人をやることも、神官の足をここへ引き入れることも、絶対に許さん。ただあんたの手だけで、ここで片をつけてもらう」
外部との接触を極度に嫌う態度。
彼らが単なる狩猟民や薬草採りではなく、人目を避けて森の陰へと身を潜めた逃亡者、あるいは避難民の集団であることは間違いなかった。
イヒョンはあえて彼らの事情を問い詰めなかった。
「分かりました。どのみち、傷を直接確かめずに交わす話に意味はありませんから。負傷者のところへ案内してください」
イヒョンの落ち着いた返答に、その頭目はしばしイヒョンを睨みつけてから、身を翻した。
「ついてこい」
男が先に立って足を運んだ先は、野営地の真ん中にある、もっとも大きな小屋だった。
丸太を粗く整えて雑然と積み上げた壁面は、頼りないことこの上なかった。木と木の間に開いた隙間ごとに、泥と苔を練り込んで埋めた跡がありありと残っていた。
屋根の上には木の皮と乾いた藁束を幾重にも載せて、雨水が染み込むのをかろうじて防いでいた。まともな木の扉すらなく、丈夫で分厚い獣の皮を何枚も長く垂らして、風よけにしていた。
男が革のカーテンをめくると、その隙間から重く黴くさい空気が、むっと押し寄せてきた。
密閉された室内ならではの冷ややかな湿り気、土埃と炉から立つ木の焼ける匂い、そしてそのすべてを覆い隠す生臭さと、膿んでいく肉の匂い。
イヒョンは眉一つひそめることなく、中へ入っていった。
薄暗い室内に視界が慣れるまでには、時間がかかった。
しだいに姿を現した内部は、荒々しくも奇妙な秩序を宿していた。
丸太を縦に半分に割って整えた無骨な寝台が4つ5つ、土壁に沿って長く並べられ、中央には長い歳月の手垢が染みついててらてらと光る古びた木の卓と、石を積んで作った炉が据えられていた。
炉の上には煤が真っ黒にこびりついた鉄鍋が掛けられ、頭上の天井には、からからに干された干し肉がぶらぶらと吊るされていた。
壁の片側には、何十回も繕ったと見える毛布と、古びた布でしっかりと包まれた荷物の束が、乱れなく整然と積み上げられていた。たとえ森の中に急ごしらえされた隠れ家であろうと、ここを守る者たちの規律と秩序が感じられた。
「……う、うぅっ……」
寝台の片側から呻き声が漏れてきた。
イヒョンの視線が即座にそちらへ向かった。
いちばん奥の寝台、垢染みた毛布の下に、幼い子どもが横たわっていた。熱に浮かされて赤く火照った頬の上を、冷や汗が雨のように流れ落ちていた。
そしてその傍らに置かれた2つの寝台。
そこには成人の男が2人、それぞれ横たわっていた。
一人の男の太腿を巻いた布切れは、すでに黒ずんだ血膿にぐっしょりと濡れて悪臭を放ち、もう一人の男は腹に布を巻いたまま、荒い息を切らしていた。
傷を走査するイヒョンの黒い瞳が、本能的に冷たく沈んだ。
一目見ただけでも、単純な打撲傷や軽い裂傷ではなかった。
今すぐ手当てをしなければ、敗血症とショックが彼らを襲うのは明らかに見えた。
イヒョンが真っ先に足を運んだのは、小屋のいちばん奥の、小さく古びた寝台だった。
子どもの顔は灰色に血の気を失っていた。熱に浮かされた額の上に結んだ冷や汗が、顎の線を伝ってぽたぽたと落ちていった。
「どうして怪我を?」
イヒョンは寝台の傍らに片膝をついてしゃがみ込みながら、傍らに立つ頭目を見上げた。頭目はしばし考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「馬にぶつかった」
頭目の短い返答の後に、重々しい緊張が降りた。小屋の中を満たす男たちの視線が、刃のようにイヒョンの背中に突き刺さった。
イヒョンは周囲の殺気立った視線など気にも留めなかった。ただ患者の状態にのみ、すべての神経を集中させた。
彼は慎重な手つきで子どもの垢染みたシャツをはだけ、上体をあらわにした。
骨と皮ばかりに痩せ細った子どもの胸元。
息を吸い込むたびに左胸郭の片側が膨らむどころか、ぐっと凹んで沈み込み、逆に息を吐くときにこんもりと盛り上がった。
正常な呼吸とは完全に逆の動きだった。
『多発肋骨骨折。典型的なフレイルチェストだ』
肋骨が3、4本、前後で折れて、胸壁の一部が完全に分離してしまったせいだった。肋骨の破片が宙に浮いたまま、肺の圧力に従って好き勝手に揺れ動いていた。
このまま放っておけば、呼吸不全と低酸素症で、子どもはほどなく死を迎えるのは明らかだった。
イヒョンは子どもから視線を離さぬまま、断固として手を差し出した。
「包帯と清潔な布を、持ってきてください」
低く落とした声ではあったが、イヒョンの声には拒むことのできない明確な権威が宿っていた。
戸口でイヒョンとライルを見張っていた男2人が、びくりと驚くと、野営地の地面にぶちまけたイヒョンの背嚢から、清潔なリネンの布と包帯の束を慌ててかき集めて持ってきて、差し出した。
イヒョンは子どもの胸部を素早く検め、開放骨折や外出血がないことを確認した。
「少し痛むぞ。我慢するんだ」
イヒョンはリネンの布を分厚く折り畳み、揺れ動く左の胸壁の上にパッドとして当てがった。そして持ってこさせた伸縮性のある包帯を、子どもの胸の周りにしっかりと、慎重に巻き上げていった。
イヒョンの熟練した手さばきには、わずかの狂いもなかった。
折れて分離した肋骨の破片が、息をするたびに別々に動かないよう、分厚いパッドを胸壁に密着させて強く圧迫した。
今すぐ外科手術で骨を針金や金属板で固定することはできない。
しかし、こうして外から胸壁をしっかりと結束してやるだけでも、肺の膨張力を取り戻し、時間が自ずと骨癒合を成し遂げてくれるはずだった。
包帯をしっかりと結び終えたイヒョンが、子どもの肩と骨盤を慎重に包み込むように掴んだ。
「左側が下になるように寝かせて、上体は少し起こしてください」
イヒョンは男たちがぼんやり突っ立っているので、自ら子どもの体をゆっくりと回して体勢を整えてやった。損傷した左の胸を床側に向けて寝かせると、自らの体重によって、胸壁がもう一度自然に圧迫された。
続いて背嚢の小さな薬箱から、鎮痛の成分が入った薬瓶を取り出した。
栓を開けると、ほのかな薄荷の香りと、ほろ苦い薬草の香りが漂った。イヒョンは子どもの顎をわずかに持ち上げて気道を確保してから、ひび割れた唇の隙間へ、鎮痛剤を慎重に流し入れた。
子どもがごくりと音を立てて、反射的に薬を飲み込んだ。
すると、しばらくして嘘のように奇跡が起きた。
包帯で堅固に圧迫された胸壁が安定を取り戻し、喘いでいた子どもの荒い息遣いが、少しずつ鎮まっていった。苦痛でひどく歪んでいた子どもの眉間がゆっくりとほどけ、規則的な呼吸が戻ってきた。
「……おお⁉」
小屋の中を埋めていた男たちの口から、感嘆が漏れ出た。
喘いで、今にも息が止まりそうだった子どもだ。
ただ包帯を巻いて、体勢を整え直しただけなのに、子どもの息遣いが目に見えて楽になったのだ。
イヒョンは膝を払って、淡々と立ち上がった。
頭目をはじめ、周りで息を殺して集まってきた男たちの瞳には、濃い驚愕と不信、そしてかすかな畏敬が入り混じって揺らめいていた。
イヒョンは彼らの視線を避けることなく、落ち着いた口調で口を開いた。
「肋骨が折れています。それも、何か所も折れた状態です」
人々が生唾をごくりと呑み込んだ。
「おそらく衝撃で肋膜も一緒に裂けたでしょう。胸郭の内側に血が少し溜まっている可能性が高い。折れた骨そのものは、このまましっかり固定しておけば、時間が経つにつれてゆっくりとくっつくはずです」
イヒョンは、均等に息を吐く子どもを見下ろしながら、説明を続けた。
「この体勢を崩さず、そのまま保ってください。ただ、胸の中に溜まった出血がどこまで進んでいるかは……今は分かりません。それはもう少し様子を見る必要がありそうです」
冷ややかに沈んだイヒョンの黒い瞳が、小屋の中の空気を重々しく押さえつけた。
規則的に上下する子どもの胸を確かめた彼は、一片の遅滞もなく身を翻した。
次に視線が届いた先は、小屋の反対側、低い寝台の上に横たわる残りの男2人だった。
そのうち一方の状態は、一目見ただけでも一刻を争っていた。
30歳ほどに見える男の顔色は、すでに血の気をことごとく失い、蝋人形のように白く褪せていた。
太腿の周りにぐるぐると巻きつけた布切れは、とっくに限界を超えて久しかった。黒ずんで固まった血の跡の上から、熱い血が絶え間なく滲み出て、床へぽたぽたと滴り落ちていた。
「血が……血が止まらないんです。どうか、どうか助けてください……!」
寝台の傍らに座り込んでいた若い女が、血まみれになった男の手を両手で握り締めたまま、切実な表情でイヒョンを見つめた。
涙と冷や汗でただれた女の瞳には、恐怖と絶望だけが満ちていた。
イヒョンは黙々と歩み寄り、男の太腿の脇に片膝をついた。
背嚢から手術用の鋏を取り出した手に、ためらいはなかった。
固まった血の塊でごわごわになった布切れの隙間へ刃を差し入れ、ざくりという音とともに、思いきりよく切り落とした。
傷口を塞ぎ止めていた粗末な圧迫が解けた瞬間、裂けた筋肉の隙間から、黒ずんだ赤い血がどっと溢れ出した。
どくどくと脈打ちながら溢れる血液が寝台を濡らし、床へ流れ落ちていった。
だが、イヒョンの目つきは、むしろ落ち着いて沈んでいった。
『拍動性の出血ではない。大腿動脈は無事だ』
噴き出しているのは鮮紅色の動脈血ではなく、濃い暗赤色の血液だった。しかも、絶え間なく溢れ出すように流れ続ける様相。
傷の深さと位置、そして出血の流れから見るに、大腿静脈が刃に傷つけられたのは明白に思えた。
動脈破裂に比べれば即死は免れるとはいえ、このまま放置すれば、大量出血による循環血液量減少性ショックで、長くは持ちこたえられないはずだった。
そのとき、背後で好奇心に勝てずにそろりと首を突き出していたライルが、仰天して後ろへひっくり返った。
「ひいっ……⁉」
溢れ出す血だまりを正面から目の当たりにしたライルの顔が、紙のように真っ白に血の気を失った。
喉元までえずきが込み上げてくるのか、口を押さえたまま、ぶるぶる震えながら後ずさった。
「……ア、アニキ。お、俺はあっちの外で風にでも当たって……」
「ライル」
刃のように沈んだイヒョンの声が、逃げ出そうとしたライルの足首を掴んだ。
「……は、はいっ?」
「しっかりしろ。おまえの手助けが要る」
「あ、はい、はいぃ……!」
ライルは泣きべそをかきながら、しぶしぶイヒョンの後ろへ足を運んだが、がたがたと震える両手は制御が利かず、鍋にがちゃがちゃとぶつかった。
イヒョンは怯えきって息すらまともにできずにいる女へ、落ち着いて視線を向けた。
「奥様でいらっしゃいますか?」
「あ……はい、はい」
「床では視界が確保できず、まともな処置ができません。この方を、あちらの中央の卓の上へ移してください」
イヒョンの低く断固とした口調には、人を無意識のうちに従わせる、奇妙な権威が宿っていた。
戸口で物騒に見張っていた野営地の屈強な男が3、4人、頭目の顔色をうかがってから、慌てて近づいてきて、負傷した男を慎重に抱え上げた。
男の体が、古びた幅広の中央の木の卓の上に横たえられた。
かすかな灯りの下、あらわになった患部。
状態は決して軽くはなかったが、イヒョンの判断では、先ほど肋骨が粉々になっていた子どもの負傷よりは、外科的にはるかに扱いやすいほうだった。
傷の断面が、粗い獣の爪や牙に抉られた裂傷ではなかった。
鋭く研ぎ上げられた刃に、深く滑らかに切り裂かれた、典型的な切創だったからだ。
組織の損傷が均一で、汚染物が比較的少ないという事実だけでも、処置と縫合の難度は天と地ほどの差があった。
出血点を正確に探し出して結紮し、縫合すれば、十分に救える命だった。
イヒョンが血のついた手を布で拭いながら、頭目をまっすぐに見据えた。
氷のように冷たく、揺るぎない眼光だった。
「ぐらぐらと煮え立った熱湯が必要です。今すぐ用意してください」
イヒョンの言葉が終わると、女は頭目の顔色をうかがい、頭目が軽く頷くと、女は素早く鍋に水を掛けた。
負傷者の息遣いと血の匂いが入り混じった室内。
頭目の男は太い腕を胸元でしっかりと組んだまま、一寸の揺らぎもなくイヒョンを見下ろしていた。
深く落ち窪んだ眼差しは、依然としてイヒョンを見据えていた。
「……どうするつもりだ」
読んでくれてありがとうございます。
本業の都合により、小説の投稿時間が不規則となっております。
ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません。
読者の皆さまの温かい称賛や鋭いご批評は、今後さらに面白い小説を書くための大きな力となります。
お読みいただき、楽しんでいただけましたら、ブックマークやコメントをお願いいたします。




