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頼み

じめついた苔の匂いと、地下道ならではの粘つくような土の生臭さが鼻先を突いてきた。


踏み出す一歩ごとに、湿った床がぬちゃりと音を立て、低い足音が狭い通路に沿って響き渡った。


松明もないまま闇の中をずいぶんと掻き分けて進んでいくと、ついに湿気を吸うだけ吸ってぶくぶくに膨れた古い樫の扉が姿を現した。


錆びた鉄の取っ手を掴んで引くと、鉄と鉄の擦れ合うぎいっという音が鼓膜を引っ掻きながら、静まり返った廊下に響き渡った。


扉の向こうにはまた別の小さな空間が現れ、壁面には上に向かって垂直に長く吊るされた古びた縄梯子が、闇の中にぽつんと揺れていた。


『これ、本当に保安のためなのか、それともただの浪漫なのか紛らわしいな。まるでテーマパークにでも来た気分だ……』


イヒョンは内心でくすりと苦笑を漏らしながら、縄を力強く握り締めた。


湿った縄を掴んで一段ずつ上っていくと、頭の上にふたたびこぢんまりとした石造りの部屋が現れた。正面には、固く閉ざされた頑丈な樫の扉の取っ手が、重々しくその場を守っていた。


イヒョンは軽く溜め息をつきながら、手の甲で扉をコン、コンと叩いた。


束の間の静寂。


空気までもがぴんと張りつめたような奇妙な沈黙の中で、ついに固く掛けられていた閂が、がたりと音を立ててゆっくりと外れた。


扉が開くと、その向こうに見覚えのある顔ぶれが、松明の明かりを浴びて姿を現した。


以前ベルティモを初めて訪ねたとき、彼の隠れ家で出会った部下たちだった。密輸団の創設当初からベルティモに付き従い、大陸西部のありとあらゆる修羅場をくぐり抜けてきたベテランたちだった。


薄暗い室内で松明を掲げて立っていた彼らのうち、顎鬚を蓄えた男が、イヒョンの顔を確かめるなり目を丸く見開いた。


「お? あんた……誰かが接触を要請してきたという話は聞いていたが、まさかあんただったとはな。はっはっは!」


男は強張っていた険しい表情を一息に崩し、快活に顔をほころばせた。彼は気さくな足取りで大股に近づいてきて、革鎧越しにじんじんと痛みが走るほど強く、イヒョンの肩をぽんぽんと叩いた。


「お元気でしたか?」


イヒョンも挨拶を返すと、男は黄ばんだ歯を晴れやかに見せて、にっと笑ってみせた。


「はっはっはっは! 元気にやってるさ。いやあ、あのときは本当にとんでもなかったな。そうだろ? さあ、行こうぜ」


男の案内を受けて踏み入れる地下の隠れ家、その深い廊下の向こうから、かすかなランプの明かりとともに、古い葡萄酒の甘くほろ苦い香りが鼻先をかすめていった。


狭く湿った地下の廊下を抜けると、闇をすっかり払いのける温かな灯りに満ちた小さな部屋が姿を現した。


部屋の中央に置かれた粗い木の卓の上には、半分ほど空いた葡萄酒の瓶とともに、書類の束が乱雑に散らばっていた。その前に座って何かを熱心に読んでいた男が、イヒョンの足音に、がばっと顔を上げた。


エダンだった。


彼は目の前の人物を確かめるなり、椅子が後ろへ押しやられて倒れそうになるほどの勢いで、さっと立ち上がった。


「いやあ、これはどなたかと思えば!」


エダンは嬉しそうな表情を少しも隠さぬまま近づいてきて、イヒョンの手をがしりと握った。


「ベルティモ隊長の頼みで、明日の朝お訪ねしようとしていたところだったんですが、こうして先に来られるとは思いませんでしたよ」


エダンは興味深そうににっと笑って、椅子を指し示した。


「それにしても、昔の接触の手順をいまだに覚えていらっしゃるのも驚きです」


「あのときのことを、どうして忘れられますか」


イヒョンは軋む椅子に深く身を預けて座りながら、短く笑ってみせた。


生死の分かれ目をともに越えてきた者だけが分かち合える、深く重々しい絆が、部屋の中にほのかに漂っていた。イヒョンは視線を巡らせ、周囲を見渡しながら尋ねた。


「ところで、ベルティモ兵団長が今やプルベラをしっかり掌握しているのに、わざわざこんな面倒なやり方を続けている理由があるんですか?」


エダンが軽く肩をすくめてみせた。


「さあて、ただの伝統か習慣ってやつじゃないですかね? みんな一生を日陰で生きてきたもんで、かえってこのじめじめした地下のほうが落ち着くって連中もいますし……なんとなくこうしないと安心できないっていうか。はっはっは、そういうもんですよ」


彼は卓の上に置かれた酒瓶を持ち上げると、きれいなガラスの杯を一つイヒョンの前に置いて、酒を注いだ。


とくとくと満ちていく葡萄酒の向こうから、ほろ苦くも甘い果実の香りが、小さな部屋の中に濃く広がっていった。


杯を置いたエダンの顔から、軽い戯れの色がすうっと引き、真剣な眼差しがイヒョンを正面から見据えた。


「それはそうと、どんなご用件で来られたんです?」


「ちょっと物を手に入れたくてね」


「何です? エペリア西部から出るものなら、手に入らない物はありませんよ」


エダンが自信満々に胸をぐっと張った。だが、すぐにその眼差しは現実的な商人の鋭さに戻り、低く言い添えた。


「ただし、値段と時期については確約できません」


エダンの目を見返しながら、イヒョンは口を開いた。


「バセテロンで作っている、火花を起こす黒い粉、ご存じですか?」


イヒョンの重々しい問いが落ちるや否や、エダンの眉がすっと上がった。


「……もしや、火薬のことをおっしゃっているんですか?」


「ええ、まさにそれです」


イヒョンが低く答えると、エダンは重い息をふうっと吐き出して腕を組んだ。


「手に入れることはできますよ。ですがあれは……とんでもなく高い。うちの密輸団の立場からすると、ほとんど命を懸けなきゃならん品です」


「そこまでですか?」


「エセンビア伯爵が製法を徹底して秘密にしていますし、流通も伯爵家が直接管理していますからね。城砦の下に武器庫を別に造って、厳重に統制しているんです。下手に手を出したら、首が飛びかねない品ですよ」


エダンが深刻な顔で、深紅の葡萄酒がゆらめくガラスの杯を、くるくると弄んだ。


イヒョンの口角がわずかに上がった。空気までもがぴんと張りつめる薄暗い地下の部屋の中で、その低い声が冷ややかに響き渡った。


「その火薬を作った人間が、私です」


エダンの手が、ぴたりと止まった。


深紅の葡萄酒の杯を弄んでいたその指まで、凍りついたように微動だにしなかった。部屋の中を漂っていた微細な空気の流れさえぷつりと途切れたように、重い静寂が濃く降りた。


「……え?」


エダンが呆けた目でイヒョンを見つめた。耳を疑うように目を二度ほどしばたたかせた彼が、やがて眉間を深く寄せた。商人ならではの現実的な計算機が、頭の中で忙しなく回っている様子がありありと見て取れた。


「火薬を手に入れてくだされば、見返りにその製法をお教えしますよ」


「いや、イヒョン様。製法が分かるなら、ご自分で作ればいいじゃありませんか? わざわざ命を懸けて密輸する必要がありますかね?」


「作るには金も、特殊な設備も、時間も、たくさん要るんです」


イヒョンが素っ気ない視線で杯をじっと見つめながら、淡々と答えた。


「私のようにあちこち流れ歩く人間が、路上でちゃちゃっと作れるような代物じゃありません。確かな拠点と、熟練した人手が要る仕事です」


「ですが、プルベラの密輸団ほどの力があれば、どこかに場所も人手も用意できるでしょう」


エダンはしばらくのあいだ口をつぐんだまま、赤い酒杯をくるくると回していた。ほろ苦い葡萄酒の香りがほのかに立ちのぼる地下の隠れ家の静寂の中で、ついに彼は頷いた。


イヒョンの言葉が、きわめて理にかなっていたからだ。技術があっても、生産設備と原料の調達網がなければ無用の長物というものだった。


「いいでしょう。ひとつやってみますよ」


ついに決断を下したエダンが、濃い好奇心を宿した眼差しで問い返した。


「ですが私の知る限り、火薬ってのは大砲とかいう巨大な武器を撃つのに使う材料だと聞いているんですが……それをいったい、何にお使いになるつもりで?」


「用途は無尽蔵ですよ。火薬を使って作りたい物があるんです。火薬を手に入れてくだされば、そのときにお教えします」


「いいでしょう。ほかの誰でもないあなたの言葉だ、信じてみますよ。ただし、時間は少々かかりますが」


「どのくらいかかりますかね? 私がプルベラにいるうちに手に入れられるとありがたいのですが」


イヒョンの催促に、エダンが困ったように顎を撫でた。


「さあて。火薬の製法となれば、密輸船を専用に一隻出してもいいくらいの大きな案件ではあります。ですが情報によれば、火薬とともに大砲という代物も伯爵の直属司令部が直接管理しているので、物量を確保するのが非常に難しい。役人と城砦の警備兵を全員買収しなきゃなりませんからね」


「なるほど。ですが、量はそれほど多く必要ありません。私は3、4ポンドほどの量があれば十分です」


「はっはっは!」


エダンが堪えきれずに乾いた笑いを弾けさせた。部屋の中の張りつめた緊張が、その気さくな笑い声に、あっけなく崩れ落ちた。


「密輸船を出して、たったそれっぽっち持ってきたんじゃ、本当に大損の商売ですよ! 危険の負担と警備兵の買収代を考えれば、100ポンド以上は抜き取らないと採算が合いません」


「後ほど製法と正確な使い方は、物を受け取りしだいお教えしますよ」


「いやあ、本当に気になりますね。その方法さえ分かれば、正直、密輸なんぞしなくても済むくらいじゃないですか?」


エダンはそれ以上深くは問い詰めなかった。一線を越えないことこそが、長く生き延びてきた日陰のベテランの美徳であると、よく心得ていた。代わりにエダンはにっと笑うと、右手をイヒョンへ差し出した。


イヒョンもまた、躊躇なくその手を握り返した。


握手が交わされる密輸団の地下の隠れ家の中、張りつめていた警戒心が、重々しく堅固な絆へと固まっていく瞬間だった。


暗く湿った地下の下水道の閂をふたたび掛けて階段を上ると、じめついた汚水の匂いを払いのけて、むっとした熱気が鼻先を直撃した。


秘密の通路を抜けて戻ってきた『ケルピー』の広いホールには、特有の荒っぽい麦のエールの匂いと、甘くほろ苦い林檎酒の香りが、ねっとりと漂っていた。


「アニキイィ……なんでこんなに長いんだよ……俺、マジで寝るとこだったぞ」


卓の上に頬を擦りつけるように半ば突っ伏していたライルが、呂律の回らない声でぼやいた。


アルコールのせいで赤く火照った耳たぶと、焦点のとろんと外れた瞳。こいつは卓に餅のようにべったり貼りついた姿勢のまま、どうにか首だけをひねってイヒョンを見上げた。


イヒョンは軽く溜め息をつきながら、ぐにゃぐにゃしているライルへ大股で近づいた。


手に掴んだライルの肩は、酒の酔いのせいで力なくぐったりと垂れていた。イヒョンは太い指に力を込めて、こいつを上体ごとぐいと引き起こした。


「行くぞ」


「どこ行ってたんですかって、マジで……」


ライルが乱れた眼差しでイヒョンをぼんやりと見上げた。瞼を二度ほどごしごしと擦って、どうにか焦点を合わせたかと思うと、ふとこいつの鼻先が、くん、くん、くんくんくんと音を立てて、かすかに痙攣した。


猟犬のように空気中の匂いを鋭敏に探っていたライルの眉間が、一息に容赦なく歪んだ。


「……アニキ、体から変な匂いがするんだけど?」


ライルが鼻をくんくんとひくつかせて、もう一度匂いを嗅いだ。


「うえっ! これドブの匂いじゃんか! ってか、居酒屋の厠からこんな匂いがするかよ?」


イヒョンは一瞬びくりとして肝が冷えたが、すぐに眉ひとつ動かさず、しれっと話を逸らした。


「匂いがするって? 俺にはよく分からんが」


「アニキ、長々と糞をひり出してたせいで、鼻が完全に麻痺したんじゃないのか? これマジでドブの中を転がってきた匂いだって」


「いや、そんなはずがあるか。おまえが酔って嗅ぎ間違えたんだろう」


「違う! そんなわけあるかよ⁉」


ライルが悔しそうに声を張り上げて、よろよろとよろめいた。


過剰に上体を揺らしていたこいつは、そのまま重心を失って、無様に床へ突っ込みかけた。


イヒョンが素早くこいつの分厚い革のベストの襟首をひっ掴み、重く傾いていく体を軽々と支えた。


「げええええっぷ」


その拍子にライルの口から長い噯が飛び出し、おまけに麦のエールのむっとする匂いまで、どっと漂ってきた。


「いいから、宿へ行くぞ」


「俺マジで……アニキ、最近なんか隠して、妙なことばっかしてるの気づいてるからな?」


ライルは完全に体重を預け、イヒョンの肩に古木にぶら下がる蔓のようにだらりと寄りかかったまま、むにゃむにゃと呟いた。


イヒョンは答えもせず、ライルを支えたまま、ケルピーの扉を肩で押し開けた。


軋む音とともに扉が開くと、むっとしていた居酒屋の中の熱気を一息に冷ますほど冷たい夜風が、激しく吹きつけてきた。


アルコールで赤く火照っていたライルの頬を、ひやりとした湿り気を帯びた夜気が冷たくかすめて通り過ぎた。酔って半ばイヒョンに負ぶわれた状態でも、ライルは鳥肌が立ったのか、ぶるりと肩をすくめた。


イヒョンはぐにゃりとしたライルの腕を担ぎ直し、暗い埠頭の路地に沿って、宿へ向かってゆっくりと足を運んだ。



読んでくれてありがとうございます。


本業の都合により、小説の投稿時間が不規則となっております。

ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません。


読者の皆さまの温かい称賛や鋭いご批評は、今後さらに面白い小説を書くための大きな力となります。


お読みいただき、楽しんでいただけましたら、ブックマークやコメントをお願いいたします。


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