295. 理由
検問所で起こった出来事、宿で食事を前にして、尋問室を経てじめついた独房へと押送された瞬間、そして凄まじかった尋問の全過程が、イヒョンの頭の中を、パノラマのように駆け抜けていった。
このすべてが、自分だけは徹底的に除け者にされた芝居だったのかもしれない、という考えが浮かぶと、彼の唇の間から、脱力の滲んだ淡い溜息が漏れ出た。
イヒョンは、複雑な感情の宿った暗い目で、ライサとルプスを代わる代わる見つめた。
黒い瞳の中で、ライルの無事を確かめた安堵、一晩じゅう自分を獣のように追い詰めた芝居への冷たい怒り、目に見えぬ巨大な情報網に完全に踊らされたという、やるせない失望が、微妙に入り混じって渦巻いた。
その時、沈黙を守っていたルプスが、一歩前へと進み出た。
ルプスの顔には、昨日、尋問室で今にも息の根を止め、爪でも無慈悲に剥ぎ取りかねないほど自分を圧迫していた、あの表情は、もはやなかった。刃で切りつけられたような凄まじい傷跡が長く走った彼の顔には、以前とは違う丁重さと、表にすべては出しきれぬ、詫びに近い気配が、入り混じっていた。
やがて、こわばった唇の間から、低く重い声が流れ出た。
「……イヒョンさん」
「……はい」
イヒョンの声は、冷たく冷え切っていた。
「正式に、改めてご挨拶申し上げます」
「……」
「私はルプス。セルティウム4等級の旅人です」
紹介を聞いたイヒョンは、自らの耳を疑うほかなかった。彼は、ライサが旅人ギルドの権威を押し立てて子爵と交渉し、このすべての状況を解決したのだとばかり思っていた。
イヒョンが、沈んだ声で、ゆっくりと口を開いた。
「ギルドの所属だとおっしゃるのですか?」
「はい」
「おまけに……4等級、セルティウム」
「はい。私は、ブレサウンの領主であらせられるルキウス・モントセラビウス子爵様の後援を受ける、セルティウムの旅人です」
ブレサウン城に勤務する公職者、領主の後援を受けて任務を遂行する4等級の旅人。
イヒョンは、椅子に座ったまま、ライルと、丁重な姿勢を保つルプスを、もう一度代わる代わる見つめた。そして、自分を見ているライサの瞳を、じっと見据えた。
張り詰めた対峙を見守っていたライルが、ついに顎が外れんばかりに、口をぽかんと開けた。
「え? えぇ? おじさんが、俺たちと同じ旅人ギルドの人だったのか?! マジで?! 俺、夢にも思ってなかったんだけど!」
ライルは、悔しさと呆れの入り混じった顔で、ルプスを指さしながら、自分の頭を掻きむしった。
「では、俺たちが試験の受験者だと、ご存じだったってことじゃないですか」
「ええ、そのとおりです」
「だから、俺たちの認識票を押収しなかったんですね」
イヒョンは、そこでようやく、硬貨一枚まで隅々まで押収した領主館の兵士たちが、なぜ首に掛けた認識票だけは手をつけなかったのかを理解した。警備兵たちが、うっかり見落としたのではなかった。
「認識票に、気づかれたのですね」
「ええ、そのとおりです。ブレサウンの城門の検問所で受け取った報告資料に、すでに記録されておりました。初めて見る、奇妙な護符だとね」
「この認識票も、ほとんど機密に近い品ではなかったのですか?」
「ええ。普通、4等級の旅人は、生涯目にすることのない品です。ですが私は、かつて上級試験である3等級の昇級試験に挑んだことがあります。ですから、あの特殊な認識票を、よく知っているのですよ」
ルプスの声の後ろで、ライルがついに、椅子の座面をどんどんと蹴りながら、声を張り上げた。
「……いや、それにしたってさ! 同じギルドの身内なら、もうちょっと手加減してくれてもいいんじゃないですか?! 俺、昨日、本当に心臓が破裂して死ぬかと思ったんですからね! あの物騒な手斧みたいな傷跡と、鉄みたいな太い腕をぐいっと突きつけながら、今すぐ吐けって言われた時、本気で俺の人生、店じまいかと思ったんですよ!」
ライルが悔しさに抗弁すると、ルプスは、ぱりっとアイロンのかかった身なりが台無しになるほど、首をそっと逸らしながら、ぼそりと呟いた。
「それは……すまなかったな」
ぷっ。
イヒョンの唇の間から、短く淡い実笑が漏れ出た。
胸の奥底からこみ上げる脱力と、一晩のうちに自分を崖っぷちへと追いやった状況の、途方もない馬鹿馬鹿しさが、一緒くたに絡まって弾けた、自嘲を交えた笑いだった。
イヒョンは、両手で顔を拭い下ろした。煤のついた手のひらが、彼の頬の上に、また別の黒い跡を無惨に加えたが、イヒョンにはもう、そんな見てくれの類を気にする余裕など、一片も残っていなかった。
初めから終わりまで、完璧に統制された、巨大な芝居だった。だが、なぜそれほど極端な芝居を繰り広げねばならなかったのか、という核心的な疑問は、依然として残っていた。
イヒョンが、顔を拭い下ろした手をゆっくりと下ろしながら、黒い瞳で、ライサを正面から見据えた。
ライサが、口元になめらかな微笑みを浮かべ、首をわずかに傾けた。茶碗を持つ指先が、温もりを貪るように微かに震えたが、舞台の上の役者のように、彼女の声は静かだった。
「イヒョンさん。頭の中が、かなり混乱していらっしゃるでしょうね。少し、整理が必要なようですね」
「……ええ。説明が、少し必要ですね」
イヒョンは、革の椅子の奥深くに、裂けた体を沈めたまま、赤く沈んだ瞳で、彼女を見据えた。
「ルプスさんが昨日、あなたを牢へ送った、本当の理由からご説明しますね」
「……ええ」
「結論から申し上げますと、それはひとえに、イヒョンさんを『保護』するためだったのですよ」
「保護、ですって?」
イヒョンの眉間が、微かにうごめいた。
「昨日、あなたたちがこの領主館の検問所に到着した時、ブレサウン子爵様には、まだギルド本部レベルの正式な報告書も、あなたの本当の身分も、伝わっていない状態だったのです。子爵様は、ただあなたたちを、ドルメアから奇跡的に生きて帰ってきた、疑わしいよそ者だとだけ、見ておられました。ですから、子爵領の正式な手続きに従って、あなたを呼び出し、隔離なさったのです。つまり、逮捕は子爵様の命令によるもの、というのが、れっきとした事実なのですよ」
「……」
「ルプスさんは、子爵様の深い信頼を受けています。ですから子爵様は、あなたたちを尋問することを、最も信頼のおけるルプスさんに、お任せになったのです。ところが幸いにも、ルプスさんは、あなたたちが昇級試験中の受験者であることに気づかれました。あれは、本当に幸いだったとしか言いようがありませんね。ですが、あなたたちの本当の正体を、その場でただちに明かすわけにはいきませんでした。子爵様の兵士たちが、四方で目を光らせて見張っていましたから」
「……」
「結局ルプスさんは、他人の目を欺くために、あなたたちを荒々しく尋問したのです。そしてその直後、子爵領の中で、他のよそ者の接近や、私的な公権力の介入を最も確実に遮断できる隔離区域、すなわち地下牢に閉じ込めたのですよ」
ライサは、茶を一口柔らかく飲んだ後、茶碗を下ろしながら、言葉を継いだ。
「そして同時に、受験者を監督する私に、密かに連絡を取ったのです。おかげで、正確な状況が、私の耳に入ってきたわけです。結局、私が即座に動かねばならず、領主館に到着するや否や、このすべての事情を、子爵様におおまかに報告したのですよ」
イヒョンがルプスを見た。
「もしルプスさんが、そうした処置を取っていなければ……」
「どうなっていたか、分かりませんね。即決処分を受けていたかもしれません。ルプスさんが、ご自身の地位と演技力をすべて動員して、ギルド本部である私が直接介入するのに必要な、最も貴重な時間を稼いでくださったのですよ」
イヒョンが、茶碗から立ちのぼる湯気を、じっと見据えた。
昨日、尋問室で自分を容赦なく圧迫していたルプスの殺気立った眼差し、締めつけてきた捕縛の感触、そして独房へと投げ込まれた刹那の、冷ややかな静寂まで。そのすべての感覚が、頭の中で再び再構成された。
「ひどく不快な思いをさせてしまい、申し訳なく思っています。ですが、私が介入しなければ、別の問題が生じていたでしょう」
重々しい沈黙を破って、ルプスが頭を下げた。荒々しい傷跡が歪むその顔には、表しきれぬ負い目が滲んでいた。
「そうでしたか。だから、直接的な物理的圧迫は加えなかったのですね」
イヒョンの声は、低く乾いていた。
「ええ、考えてもみてください。他人の目を欺くために、目の前で怒鳴りつけ、雰囲気を険悪に持っていくことはあっても、あなたに拷問を加えたり、鞭打ったりすることは、なかったはずです」
「それは、そうでしょうね」
イヒョンが、自嘲的に呟いた。
「おそらく、こうした状況は初めてでしょうね。普通は、こんなふうには終わりません。敵の間諜や反乱軍と疑われた者たちは、たいてい地獄を見ることになります。爪が剥がされ、指が潰され、口を開くまで肉を容赦なく引き裂く拷問が加えられるのですよ。それに比べれば、たいそう丁重に進められた尋問だったはずです」
「……」
イヒョンは、返事をしなかった。胸の奥底で、冷ややかな空気が一度、渦を巻いたようだった。
「実のところ、私はイヒョンさんの理性と冷静さを信じていました。ですから、牢の中で静かに次の段階を待つか、認識票を裁判で使うだろうと予想していたのですよ。その間、あなたは一瞬一瞬、驚くほど冷静でいらしたので。牢そのものを丸ごと焼き払おうとなさるなんて、私どもとしても、想像すらできなかった突発事態でした」
ルプスが、軽く肩をすくめた。その動きに合わせて、暗い灰色の망토が揺れた。
「……それで、私の合流が遅れたのです。あれほど急いで動かれるとは、計算に入れておりませんでした。私はその時、子爵様に報告を上げておりました。そうしている間に、地下牢に火を放っておられたとは。ははは」
イヒョンが、ゆっくりと脱力した溜息を吐き出した。唇の間から漏れ出た温もりが、応接室の空気の中へと散った。
彼は、赤く腫れ上がった軽い火傷の跡を、じっと見下ろした。ほどなく、その唇の間に、冷ややかな実笑が広がった。
「……私は昨日、ライルが圧迫に耐えきれず、完全に崩れ落ちたと伝え聞きました」
ルプスが、もう一度、頭をわずかに下げた。
「……申し訳ありません。それもまた、周りの兵士たちの疑いを買わぬための、意図的な演出でした」
「……」
「実のところ、あの偽の情報は、あなたが牢の中であまりに早く、独断で動く可能性を遮断するためのものでした。もし、仲間であるライルが無事だという安堵をお持ちになれば、かえってその隙に脱出を試みかねないと判断したのです。ですから、わざとライルが機密を残らず自白して破滅したかのような、絶望的な状況を、流したのですよ」
「……」
イヒョンが、冷めていく茶を一口飲んだ後、茶碗をテーブルの上へ軽く下ろした。薄い陶器のぶつかる音が、応接室の静寂を澄んだ音で破った。イヒョンが、沈んだ目で、ルプスをまっすぐに見据えた。
「……皮肉なものですね。ライルが崩れたというその嘘こそが、かえって私が、ためらいもなく脱獄を敢行することになった、最も大きな原因だったのです」
ルプスの眼差しが、微かに揺れた。
「それは、明らかに私の不覚です。私はその時まで、この若者のコルディウムが、あのような種類のものだとは、まったく思い至りませんでした」
イヒョンが、もう一度、冷ややかな実笑を漏らしながら、視線を逸らした。
「……ライサさん」
「はい」
「もう一つだけ、お尋ねします」
「どうぞ、おっしゃってください」
イヒョンが、上体をわずかに前へと傾けた。空気が、ぴんと張り詰めた。
「ライルの特殊なコルディウムも、すでにご存じだったはずですが……もし状況が妙な方向に転がっていたなら、その能力が爆発的に発動しかねないという致命的な可能性は、まったく考慮なさらなかったのですか?」
彼女はしばし考えてから、答えた。
「振り返ってみれば、その部分が、今回の作戦で事実上、最も大きな危険要素でしたね。ギルド本部の上層部もまた、ライルさんのコルディウムが持つ破壊力と、発動の可能性を、事前に完璧に認識していました。ですが、それもまた、ルプスさんの判断が正しかった、という言葉で、答えに代えさせていただきたいですね」
「え? それは、またどういう意味でしょうか」
イヒョンの眉が、ぴくりと動いた。
「ルプスさんは、大げさではなく、本当に人を見抜く能力に長けた方です。お二人についての報告を受けた瞬間、試験の受験者であることも見抜きましたし、二言三言交わしてみれば、この人からどうやって情報を引き出すべきかも、正確に見定めるのですよ。これは私の考えですが、ルプスさんは、ライルさんと言葉を交わしてみた後、拷問や恫喝よりも、懐柔のほうがよりよい方法だと、判断なさったのだと思います」
答えを聞いたイヒョンが、首を巡らせ、じっとルプスを見つめながら尋ねた。
「本当に危険でした。それにしても、いったいどうやって、そこまで確信なさったのですか?」
イヒョンの鋭い問いに、ルプスが、荒々しい傷跡に覆われた顔の上に、初めて淡い微笑みを浮かべてみせた。
「私が、坑夫や人足たちを坑道の底で長らく監督していたのは事実です。まさに、どん底の中のどん底、汚らわしい光景も、数えきれぬほど見てきました。コグニトルになってからは、子爵領の闇の中で、実に多くの尋問を行ってきました。そうする中で、人を見抜く目、人の本質を覗き込む能力が、身についたのではないか、と思いますね」
人間の本性が限界まで押し出される坑道と尋問室を経ながら研ぎ澄まされた、年輪。それが、ライルという時限爆弾の安全ピンに触れずに切り抜けた、秘訣だった。
ライサが、すっかり冷めてしまった茶碗をテーブルの上へ軽く下ろしながら、イヒョンの目をまっすぐに見据えた。
「……私が、初めから申し上げませんでしたか? ギルドの情報員は、どこにでもいる、と。そして、あなたたちの旅路を、初めから終わりまで、リアルタイムで見守っている、と」
その口ぶりには、一片の誇張もなかったため、イヒョンは、ライサの答えの中に宿る巨大な情報網の重みが、全身を押しつぶすような圧迫感を覚えた。
旅人ギルドそのものが、自分を見下ろす巨大な瞳のように感じられた。
イヒョンは、そこでようやく、一晩の精緻なパズルが、どのように噛み合っていたのかを、完全に理解した。もちろん、細かく突き詰めれば、決定的な瞬間に運に委ねねばならなかった箇所もあったが、すべての事が完璧に計画どおりにばかり運ぶわけではないのが、現実だった。
ライサが、湯気の細くたなびく新しい茶器を傾けて杯を満たし、再び一口、唇を湿らせた。杯を下ろす彼女の白い指先には、慌ただしさも、一片の焦りも、滲んではいなかった。
「気になることが、まだおありでしょうが、詳しいお話は、次にすることにしましょう」
「……ええ」
話が一段落つくと、ルプスが再び身なりを正しながら、口を開いた。
「子爵様が、まもなくお越しになります」
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