294. 衝撃
長い歳月を耐え抜いてきたかのような分厚い樫の扉が、内側へゆっくりと、しかし絹のようになめらかに開いた。
軋む音一つ立てぬよう、手入れが行き届いていた。
辺境の不毛で貧しい領地だろうと思っていたのとはまるで違う姿が、古びていながらもよく手入れされた扉からも感じ取れた。
扉の向こう、大理石の広間の彼方から、一人の足音が沈黙を破って聞こえてきた。一定の拍子を保ちながら聞こえてくるその音に、イヒョンの神経が鋭く張り詰めた。
歩み出てきた男は、領主館の家令のように見えた。
50代半ばに差しかかったかと思われる男だった。灰色の混じった髪をきちんと後ろへ撫でつけた姿が、初冬の霜の下りた木の枝を思わせた。体を包む濃い紺色の服は華美な装飾もなく端正で、こざっぱりと手入れされていた。歳月に抗いきれず袖口や裾の先が擦り切れていたが、塵一つなく清潔に管理された装いだった。
姿勢は、訓練された軍人のようにまっすぐだった。
領主館の家令と思しき人物は、煤にまみれたよそ者の惨たらしい風体を正面から目にしても、湖のように穏やかだった。わずかの動揺も感じられぬ瞳が、イヒョンの状態を一度、なぞるように見るばかりだった。
男がライサに向かって、腰を深々と折り、丁重に礼を表した。
「ライサ様。閣下がお待ちでございます。中へご案内いたします」
「ええ。案内をお願いします」
家令がゆっくりと首を巡らせ、イヒョンと視線を合わせた。その目には、貴族領地の管理者が持っていそうな傲慢さは、微塵も浮かんでいなかった。
家令は、煤まみれになったイヒョンに向かっても、乱れなく軽い会釈を送った後、身を翻した。
「こちらへどうぞ」
家令が、柔らかく節度ある足取りで、二人を本城の中へと導いていった。一歩踏み出すたびに、よく馴染んだ革のブーツが大理石の床に軽くぶつかり、機械的な拍子を作り出した。カチカチと刻む秒針のように精緻なその音を聞きながら、イヒョンは古びた靴底の下から伝わる石材の感触を味わった。
イヒョンが足を踏み入れた本城の内部は、彼が予想していた光景とは、まるで違っていた。
外から見た外壁は、確かに惨たらしく古びていた。
長年の風雨に漆喰が剥がれ落ちた粗い跡、ところどころ色の合わない石で仮補修した痕跡、そして過去の戦争の傷跡なのか、黒く焼け焦げたまま放置された古い跡。そのすべての名残が、貧しい領地であることを物語っていた。
だが、内側は、その外見とはまるで違っていた。
目の前に広がる廊下は、三人が横に並んで歩くにはいくぶん手狭だったが、塵一つなく清潔だった。床をなす灰白色の石板は、専門家が手入れをしたかのように、夜明けの光を照り返しながら、ほのかな艶を放っていた。
壁面には、そこらの貴族の城でよく見られる華やかな油絵や、金糸をびっしりと縫い込んだ贅沢なタペストリーの類は、ただの一点も掛かっていなかった。代わりに、額縁がいくつか、定規で測ったように一定の間隔で掛かっているだけだった。
壁に掛かった油ランプは、煤一つなくなめらかに手入れされており、その中の炎は、揺らぎなく安定して燃えながら、廊下を均一に照らしていた。毎日、油ランプのガラスの覆いは綺麗に拭かれているはずであり、芯もまた、煤が出ないように管理されているということを意味していた。
建物の外部から感じられた貧しさは、真の困窮の証ではなかった。
倹しさだった。
十分な余力があり、いくらでも豪奢にできるにもかかわらず、決してそうはしないという意志。ただ必要なだけを備え、持てるものを丹精込めて管理するという、統治者の哲学が、領主館全体を重々しく支配していた。家具や什器の極端なまでの清潔さからさえ、主の節制された性分が滲み出ていた。
イヒョンは、最初に立てた仮説を訂正した。
『領主が貧しいのではなかったな。むしろ、倹しいのだ』
領地が豊かだといっても、平凡な市民たちの暮らしまで裕福だというわけではなかった。コランのように商業の発達した場所にも貧民街はあったし、平民たちは仕事を失えば、たちまち食いつなぐのも難しかった。
自らの領地の市民たちが飢えている間、領主一人が彼らの血と汗で、奢侈の遊興に耽りはしないという意味に読み取れた。
それが意味するところは、思っていたよりもはるかに重かった。
この領地を治める子爵は、ルプスを前面に押し立てて暴政を振るう、単純で無能な悪人ではなかった。ひょっとすると、むしろその正反対の側に立つ人間なのかもしれなかった。
自らの領地と民の暮らし向きを隅々まで見通し、その限界に合わせて自らを節制する者。それゆえに、他人にも同じ規律を容赦なく突きつけることのできる、自ら模範となって君臨する、聡明な君主。そういう者なのかもしれない、という考えが浮かんだ。
家令の足取りが、廊下の真ん中で、ぴたりと止まった。ほのかに明けゆく朝の陽射しが廊下の窓から流れ込み、一目で重々しく見える扉を一つ、照らし出していた。
「こちらでございます」
イヒョンは、高鳴る胸を抑えながら、ライサの傍らに立った。
扉が開いて現れた応接室もまた、先ほど通ってきた廊下と、寸分たがわず同じだった。
家具の配置は簡素だった。華やかな象嵌装飾や金箔一つなく、木目の美しい樫の木で頑丈に組み合わせたテーブルが一つ。そして、その両脇を重々しく守る椅子。
部屋の片隅には、煤一つなく清潔に磨かれた暖炉があり、その上には、かろうじてここが応接室であることを証明するように、花を数輪挿した花瓶が一つ置かれていた。
いずれも、貴族の傲慢な奢侈とは、はるかに縁遠い品々だったが、塵一つなく清潔で、非の打ちどころなく管理されていた。窓には、染色されていないぱりっとしたカーテンが、一寸の乱れもなくまっすぐに垂れ下がり、夜明けの光を遮っていた。
家令は、影のように音もなく動いて、二人を席へと案内した。しばらくして、陶器の茶碗と茶器を盆に載せて持った下女が入ってきた。
茶碗は、いつだったかプルベラの豪商ルカエルの邸宅で見た華やかな杯よりも、はるかに質素だった。
茶が杯に注がれると、ぴりっとしながらも香しいハーブの香りが四方へ広がり、部屋の中の冷たい空気を、柔らかく溶かした。どこでも供されそうなありふれた茶だったが、家令と下女の立ち居振る舞いからは、客を心から遇するという真心が滲み出ていた。
「子爵様が、まもなくお越しになります。少々お待ちください」
「……ええ。ありがとうございます」
家令が丁重に腰を折って挨拶した後、足音を殺して応接室を出ていった。
扉が完全に閉じると、部屋の中には、重い静寂とともに、イヒョンとライサ、ただ二人だけが残された。
イヒョンは、茶碗から立ちのぼる白い湯気の向こうに、ライサの穏やかな顔を眺めた。尋問室で捕縛された瞬間から頭の中を埋め尽くしていた、数十、数百もの問いが、喉元までせり上がってきた。ギルドの実体、インテルヌムの陰謀、そして自分たちの運命。
イヒョンが茶碗を握ったまま、静かに口を開いた。
「……ライサさん」
「はい」
「本部が介入したというのは……私とライルが、今回の試験で不合格になった、という意味ですか?」
ライサの手が、しばし止まった。
彼女は、イヒョンの煤のついた顔をじっと見据えると、やがて手のひらに伝わる温もりを味わうように、茶碗を両手で丸く包み込んだ。そしてゆっくりと、唇だけを軽く湿らせるように、一口を飲み下した。
やがて、彼女の口元に、奇妙な微笑みが、ほのかに広がった。
「試験は、ひとまず中止された、と言うべきでしょうね?」
「中止……そのお言葉は……」
「不合格ではありません。中止です」
イヒョンの黒い瞳に、しばし失望したかのような色が滲んだ。
彼は、ライサの言葉を、頭の中で静かに噛みしめた。
ライサが、もう一度、淡く微笑んだ。
だが、今度浮かんだ微笑みは、この世界に到着して、旅人ギルド本部の受付窓口で初めて出会った時に見た、評価者特有の作り物めいたものや、冷ややかな距離感ではなかった。仲間としての情と、深い信頼の波動が、その中に、かすかに混じっていた。
待ち時間が長引くかと思われた頃、応接室の扉が再び開いた。
この城塞の主であるブレサウン子爵か、あるいは彼の権力を代行する最側近の行政官が入ってくるだろうと期待していたイヒョンの目に飛び込んできた人物は、まったくもって意外だった。
「あ、アニキ!! よく眠れた?」
ライルだった。
一晩のうちに起こった息の詰まる騒動など、別世界の話だとでもいうように、太平楽な顔色だった。イヒョンが独房の闇の中で心臓の鼓動を数えながら、秒単位で生存を渇望していた間、こいつの髪はポマードでも塗ったかのようにきちんと梳かれており、リネンのシャツの襟には、塵一つ、皺一つなかった。
それどころか、生気がいっそう増したかのように血色のよくなった頬は、昨日ブレサウンの検問を通過した時よりも、ずっとよく見えるほどだった。裕福な商人に招かれて手厚い食事と高級ワインをたっぷり供され、ぐっすり眠って起きた食道楽の顔とは、ああいうものではなかろうか、と思わせた。
そして、その手のつけようもなく呑気なライルの後ろから、ローブをまとったコグニトルのルプスが、静かについて入ってきた。
昨日、尋問室でイヒョンの胸郭を押しつぶしながら、凄まじい眼光を放っていた尋問官の威容は、跡形もなかった。ルプスの腕には、分厚い書類の束が、どっさりと抱えられていた。
イヒョンは、閉じきれぬ唇の間から生唾を飲み込みながら、目の前の二人の男を、何度も代わる代わる見つめた。
ライルは、我が家の居間ででもあるかのように椅子をずるっと引き寄せ、イヒョンの隣の席にどすんと腰を下ろした。
「朝っぱらから、いったいこれは何なんだよ。まだ朝飯も食ってないってのに」
「……ライル」
イヒョンの声が、霜のように冷たく流れ出た。あたりの見境もなくくどくど喋るライルの肩越しに、イヒョンの鋭い眼差しが、錐のように飛んで突き刺さった。
「え? なに? アニキ、何かあったの? 顔のその煤は、いったい何だよ? どこかで火遊びでもしてきたわけ?」
イヒョンが震える手を握りしめながら、血の気の失せた唇を開いた。
「……お前、昨日、尋問室でいったい何を喋ったんだ」
ライルの瞳が、一拍、ぴたりと止まった。状況がまるで飲み込めないとばかりに、彼の眼差しが急激に揺らめき、目をぱちくりさせた。
「……ええ? 何を言ってるんだよ?」
「……お前、自白したそうじゃないか。ルプスの尋問に耐えきれず、知ってることを全部吐いたって」
「……」
清らかに立ちのぼっていたハーブ茶の湯気さえ、その場で凍りついてしまったようだった。ライルはぽかんと口を開けたまま、イヒョンの煤けた顔を、長いこと見つめた。
「うわ、アニキ、顔がめちゃくちゃ怖いんだけど? 俺、本当に大したこと喋ってないって! アニキ、知ってるだろ、俺、義理だけは天下一品だって!」
「……」
「あっ、本当だってば! 天に誓ってもいい! アニキが教えてくれたとおり、正確に答えたんだって! 俺とアニキはバルマリスから出発した、ごく普通の薬草商で、険しい岩山を越えてドルメアに行った後、ここブレサウンに着いたって。途中、アクィラの村はちょっと立ち寄って、装備を整えただけで出てきたって、そっくりそのまま言ったんだからな!」
「本当か?」
「くそっ、本当だってば! 今、隣にいるあのおじさんに訊いてみろよ。本当かどうか!」
ライルは、イヒョンの冷ややかな疑いに、悔しさが極みに達したのか、椅子に座ったまま、足をじたばたと踏み鳴らした。激しい身振りに合わせて、シャツの裾が荒々しく揺れた。
「それに、夜が更ける頃に、そこに立ってるおじさんがちょっと出ていって戻ってきたら、急に態度がころっと変わって、別棟の部屋を貸してくれるじゃないか。だから、出されたパンと温かいシチューを残らず平らげて、ベッドで気持ちよく寝たんだって。本当に! 俺、拷問室なんてとんでもない、そんなもん、拝んだこともないんだからな!」
イヒョンは、胸の奥底から激しくこみ上げてくる、奇妙な衝撃を抑え込んだ。
彼はゆっくりと、ごくゆるやかに、首を巡らせた。
茶碗を両手で包み込んだまま、依然として唇の端に蛇のようなかすかな弧を描いている、旅人ギルドの3等級オブシディア、ライサを見つめた。
そしてその視線は、ほどなくライルの背後で、同じように微笑んでいるコグニトルのルプスへと移り、続いてライサへと戻っていった。
イヒョンは、呆れ返ったという表情で、ライサを見つめた。
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