291. 火災
完璧とはいかずとも、それなりに形を整えた弓錐、そして、からからに乾いた焚きつけ。準備は終わった。
あとは、これがはたして、きちんと作動するかどうかだった。
この湿った牢の中で、実際に火種を作り出すのにかかる、正確な「時間」を測らねばならなかった。
誤差が深刻な水準であれば、致命的な結果を招くのは明白だった。
タイミングが狂い、あまりに早く火をつければ、イヒョン自身が煤煙に窒息して死ぬはずであり、遅すぎれば、看守を慌てさせるほど十分な火を育てられぬまま、ただ一瞬の悪あがきで終わってしまうはずだった。
イヒョンは冷静に、床の上へ発火板を下ろし、揺れ動かぬよう片方の足で踏んで固定した。
続いて、回転軸となる木の棒の尖った根元を、発火板の穴へ正確に押し込んだ。左手では、木桶の破片で作った押さえ石を掴み、軸の上部を強く押さえつけた。
手にぴんと張った弓を握り、その弾性を利用して、縄を木の棒に一巻き、しっかりと巻き上げた。
『必ず、成功させねばならない』
右手が前進と後退を繰り返すと、弓錐に連結された木の棒がなめらかに回転した。
すっ、すっ。
初めは、木と木が噛み合って空回りするような摩擦音だけが、狭い独房を満たした。いかなる熱も感じられず、目に見える変化もまったくなかった。
だが、イヒョンの瞳には、一片の焦りもなかった。一定の軌道、揺るぎない圧力、持続する摩擦。それこそが物理学であり、自然の法則であることを、イヒョンは知っていたからだった。
ウィィン、ウィィン!
回転軸が、発火板を少しずつ黒く染めていった。だが、これだけでは足りなかった。
イヒョンは休むことなく、弓錐を前後に動かした。左手が押さえ石を押しつける圧力が重々しくなるほど、弓錐に巻かれた木の棒が回転するほど、空回りするかに思えた摩擦音は、やがてキイキイと軋む鋭い音へと変わっていった。
『もう少し速く。熱が逃げていく速さよりも、摩擦熱が積もる速さのほうが、勝っていなければ』
独房の冷気の中でさえ、イヒョンのシャツはじっとりと濡れていった。額を伝って流れた汗の粒が顎の先に滴り落ちたが、彼の視線は、ただ発火板の小さな穴に釘付けになっていた。コルディウムを使えない平凡な人間として、純粋な摩擦だけで400度の臨界点を突破せねばならなかった。
発火板の窪んだ溝の内側が、中心部から次第に、痣ができるように黒く焦げていった。蓄積した摩擦熱が、木材の炭化点に到達したという、明白な兆候だった。
やがて、亀裂の間に積もった黒い木粉から、糸筋のような白い煙が、陽炎のように立ちのぼった。ツンと鼻をつく、木の焦げる匂いが鼻先を刺した。
速度を緩めぬまま圧力を維持すると、次第に濃くなっていた白い煙が、独房の天井に向かって、蛇のように這い上がった。摩擦で削れ落ちた熱い木粉が、発火板の斜面を伝って流れ落ち、あらかじめ掘っておいたV字の溝へと積もっていった。
そして、ついに。
黒く焼け焦げた粉の山の中心で、まるで死にゆく患者の心臓が再び鼓動を打つように、光が宿った。
息の詰まる闇の中で、血の滴のように赤く鮮明な燐光が、一度、明滅した。
火種だった。
まともな道具も、コルディウムもない冷たい牢の中で、イヒョンが自らの知識と肉体で創造し出した、完璧な火種。
赤く脈打つ火種を見下ろすイヒョンの眼差しが、きらめいた。
イヒョンは、ぴんと引いていた弓の柄を、一瞬にして止めた。
まるで手術部位の微細な血管を結紮するかのような、機械的でありながらも節制された動作だった。イヒョンは荒い息遣いすら押し殺しながら、発火板を慎重に持ち上げた。黒く炭化した木粉の中心、そこに宿った赤い火種を、あらかじめ揉んでおいた乾いた藁束の真ん中へと、そっと注ぎ落とした。
「……ふぅ。ふぅ」
丸くすぼめた唇から、ごく柔らかく一定した息が漏れ出て、赤い点へと流れ込んだ。
イヒョンの息を受け止めた赤い燐光が、一瞬脈打つと、細い藁の一筋を呑み込んだ。ほどなく、虚空に向かって、赤い炎の小さな舌が、ちろりと芽吹いた。
ぱちっ。
成功だった。
だが、炎が藁の山全体へと猛烈に燃え広がろうとした刹那、イヒョンは素手の手のひらで、ためらいもなく、その弱々しい火種を覆い、押さえつけた。
じゅっ!
空気を完全に遮断された炎は、ツンとする煙の筋だけを残して、たちまち消え去った。真の脱出のための導火線は、ただ舞台が整った「決戦の瞬間」にのみ、引かれねばならなかったのだから。
イヒョンは手のひらを開いて、残り火が完全に砕け尽きたことを、両の目で確かめた。それから、土の床に残った黒い焦げ跡までも、泥で徹底的に覆い、擦り消した。
天井から落ちる水滴の時計が、8回を少し越えるほど打つ間に創造された火種。イヒョンの冷たくこわばっていた口元に、冷ややかな確信の笑みがよぎった。
『所要時間、およそ20分から25分ほど』
イヒョンは、頭の中で計画を精密に整理した。
『看守が巡回を終え、上の階の扉を閉める瞬間、次の周期が始まる。ならば巡回の時間に合わせて発火に取りかかり、30分で火種を育て、残りの時間で藁の山全体を加熱して、この独房の内部を、有毒ガスと煤煙で満たしきる』
次の巡回にやってきた看守は、火事を目の当たりにした末、恐怖に取り憑かれ、自らこの牢の扉を開けることになるだろう。
イヒョンは壁に背を預けたまま、静かに呼吸を鎮めた。外科医として数千回の手術を執刀する中で、体に染みついた習慣だった。
彼は目を閉じ、たった今の状況を頭の中で反芻しながら、迫りくる脱獄の計画を描いていった。
『回転速度、合格。発火板の角度、合格。だが……』
シミュレーションが、特定の地点で、がくりと止まった。か細い火種を、炎へと増幅させる燃焼の段階。たった今、藁の山に火はついたものの、それはあくまで、刹那のことにすぎなかった。
『この不完全な弓錐の火種だけで、十分な火と煙を作り出せるのか?
否だ。
確率が落ちる』
地球で医療機器会社を率いる中で、彼が学んだ真理の一つだった。
変数を放置する者は、失敗するということ。
先ほど丸めておいた乾いた藁だけでは、確実な連鎖発火を請け合うことはできなかった。
『一次、二次、三次燃料の、階段状の配置が必要だ』
イヒョンは、かっと目を見開いた。
格子にぴたりと近づき、廊下の入口の気配をうかがった。看守が完全に上の階へ上がったことを聴覚で改めて確認した後、イヒョンは自らのズボンを見下ろした。
摩擦が多く、生地の織り目が擦り切れている、膝の内側。イヒョンは、砕けた木桶から出た鋭い木片を一つ手に取り、ズボンの膝の内側を掻き削っていった。
さく、さく。
湿って冷ややかな地下牢の静寂の中で、生地の掻き削られる微細な摩擦音が響き渡った。
指先に感じられる弱い静電気とともに、綿毛のように軽く柔らかな繊維の毛羽が、雪の花のように寄り集まった。
ごく微細な火種の熱すら即座に吸収して、炭化しうる、最適の一次焚きつけ。
すなわち、ティンダー──火種受けだった。イヒョンは木片で生地を執拗に掻き削り、手のひらの隅に、小さな鳥の卵ほどの繊維の塊を、慎重に集めていった。
『一次燃料は、この生地の毛羽。二次は、念入りに揉んでおいた乾いた藁。そして三次は……』
イヒョンの視線が、独房の片隅に積まれた巨大な藁の山と、腐りゆく木の破片へと向かった。一次から始まった弱々しい火種が、二次を経て、あの巨大な三次本体に触れる瞬間。この狭苦しく密閉された空間は、空気を貪るように呑み込みながら、凄まじい一酸化炭素と、真っ黒な煙を吐き出すものへと変わるだろう。
完璧な三段階連鎖発火システムが完成した。
イヒョンは、自ら創造し出した弓錐と縄の弦、そして貴重なティンダーの塊を、慎重に掻き集めた。そして、看守の視線が届かない牢房の死角、藁の山の間へと、それらを整然と押し込んだ。
闇の中で、イヒョンの両の目だけが、捕食者のようにきらめいた。今、残されたのは、看守が巡回に来るのを待つことだけだった。
冷たい石壁に背を預けたイヒョンは、漆黒の闇の中で、脈拍を均一に鎮めていった。
ぽつ、ぽつ。
しばらくして、イヒョンの計算どおり、看守がやってきて、松明を交換し、ほぼ一定の時間、見回りをして外へ出ていった。
分厚い扉が閉じる音が聞こえてきた。
『看守の巡回の間隔は、およそ1時間半から2時間。ならば、およそ20滴の水滴が落ちてから始めればいい』
イヒョンは膝をつき、藁の山の奥深くに隠しておいた道具を、素早く取り出した。ぴんと引き絞られた弓、回転軸、そして微細な溝を掘っておいた発火板。
『さあ、実戦だ』
イヒョンは、床の湿気が触れない乾いた場所に発火板を固く固定し、回転軸を溝に精密に噛み合わせた。左手で押さえ石に体重を乗せて圧力を最大化した後、右手で弓の柄を握り、往復を始めた。
すっ、すっ、ウィィン! 狭い独房の中で、摩擦音が高まっていった。イヒョンの肩関節は、まるで誤差を許さぬ機械のように一定の軌道を描きながら、速度を爆発的に引き上げた。
水滴が三度、床を打った頃合いに、発火板のV字の溝に真っ黒な木粉が積もり、しばらくして白い煙が立ちのぼった。そしてついに、その黒い粉の山の中心で、血の滴のように鮮明な赤い火種が脈打った。
イヒョンは間髪入れず、弓の柄を投げ捨てた。ズボンの膝から掻き集めておいた一次焚きつけ、綿毛のような繊維の毛羽の塊の上へ、その小さく赤い生命を、慎重に注ぎ落とした。
「……ふぅ。ふぅ」
唇をすぼめて、息を吹き込んだ。空気を含んだ毛羽が、瞬く間に黒く焦げながら、火種の体を大きくしていった。イヒョンはそれを即座に、二次燃料である、細かく割いた乾いた藁の上へと移した。
ぼっ、という音とともに、藁が炎の舌を、ちろちろと躍らせた。
成功だった。
完璧な発火。あとは、この火種を、三次燃料である巨大な藁の山本体に燃え移らせさえすれば、罠は完成する。
だが、イヒョンが藁の塊を持ち上げようとした、その刹那だった。
ガチャッ、バンッ!
鼓膜を引き裂く破裂音。上で重たい鉄の錠前が解かれ、扉が開く音が、地下を揺るがした。
イヒョンの瞳孔が、微かに収縮した。
『これはどういうことだ?』
彼の計算によれば、看守の次の巡回までには、最短で10分から15分の空白が残っているはずだった。
予定になかった変数が生じたのだ。
看守が何かを置き忘れたか、別の用事で早く戻ってきたのか?
理由は重要ではなかった。
慌ただしい靴の音が、階段を打ちながら降りてきた。地下牢の廊下にすでに満ち始めていたツンとする煙の匂いを嗅ぎつけた看守が、獣のように駆けてきていた。
「こ、この狂った野郎がっ!!」
格子越しに向き合った看守の顔は、真っ青に染まっていた。牢の中で立ちのぼる炎と、それを握ったイヒョンを見つけた看守の瞳が、恐怖で見開かれた。
「火、火っ……!」
うろたえた看守は、がたがたと震える手で、腰の鍵束を探った。だが、極限の当惑に取り憑かれた彼の手は、鍵束をまともに掴めぬまま、虚空で悪あがきした。
その姿を見た瞬間、イヒョンの頭脳が、再び忙しく回り出した。
『あの看守は、扉を開ける代わりに、泡を食って仲間を呼びに逃げ出すかもしれない。あるいは、鍵を取り落とすだろう』
受動的な待ちは、毒だ。この盤面を完全に掌握し、望む結果を引き出すには、看守に逃げるという選択肢すら与えない、「致命的な脅威」が必要だった。
イヒョンは、赤々と燃え上がる二次の藁の塊を握りしめた。
そしてためらいもなく、火のついた藁の塊を、木の格子のすぐ前にうずたかく積まれていた、巨大な三次の藁の山本体に向かって、投げつけた。
ごうっ!
イヒョンが投げた藁の塊から始まった炎は、牢の格子に積まれた藁の山を呑み込むと同時に、木の格子に塗られていた腐敗防止用の塗料と反応し、爆発的に膨張した。
真っ赤な火魔が、蛇のとぐろのように、分厚い木の格子を伝って猛烈に噴き上がった。瞬く間に、牢の内部が煙で満たされた。
「やめろ!! 止まれっ!! 今すぐやめろ!! この忌々しい奴がっ!!」
火のついた牢の扉の前でうろたえた末に、鍵を床に取り落とした看守の、悲痛な叫びが響き渡った。
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