290. 着手
牢の内部の空気は、重く、粘つき、そして冷たかった。
イヒョンは壁に背を預けたまま、漆黒の空間を見据えて、思考を巡らせ始めた。
ここで生き延びるために、真っ先に制御すべきものは、恐怖と焦り、そして時間だった。
視界の端、牢の格子の向こうで揺らめく赤い点が一つ、イヒョンの目に入ってきた。
壁に挿された松明。
かろうじて牢の物体の輪郭だけを見分けられるほどの光を放つ炎。その合間から、ツンと鼻腔を突く松脂の匂いが、イヒョンの鼻を刺激していた。
『木の棒に、松脂を染み込ませた布を幾重にも巻きつけた形だったな』
典型的な原始的照明。ならば、あの炎の寿命には、必然的に限りがある。おまけに、そう長くは燃えない。
必ず、定期的に新しい松明へと交換しなければならない。
イヒョンは闇の中で、猛獣のように入口を注視した。
ギギッ。
しばらくして、鉄の軋む音とともに、重たい扉が開いた。鈍い足音を立てて近づいてきた看守は、壁に挿さっていた燃え尽きかけた松明を引き抜き、新しい松明を挿し込んだ。
そして看守は、引き抜いた松明を手にしたまま牢の内部を一周すると、ほどなく扉を閉めて去っていった。
ガチャン、と再び錠前が下ろされる音が、牢の中に響き渡った。
次の巡回の時も、そのまた次の巡回の時も、看守の動きはまるで機械のように一致していた。
松明の交換、巡回、退出。
『パターンは掴んだ』
今、必要なのは、巡回と巡回の間の空白、その正確な間隔だった。脱出のための完璧な動線を設計するには、必ず突き止めておかねばならなかった。
『基準点になるものが要る』
イヒョンが首を巡らせ、全身の感覚を目一杯研ぎ澄まそうとした、その刹那だった。
ぽつ……。
静寂を突いてイヒョンの耳に飛び込んできた、微かな音。イヒョンの顔が、はっと持ち上がった。
ぽつ……。
天井のどこかから、水滴が床へと落ちる音。一定の周期を持つ、自然のメトロノームだった。
『これだ』
だが、単に水滴の音だけに頼るのは、素人のすることだった。人間の感覚は、極限状況においては、恐怖と焦燥に容易く歪められてしまう。客観的で、絶対的な尺度が必要だった。
イヒョンは、湿った床に正座した。両の目を閉じ、雑念を払い落とし始めた。
すうう。
鼻から空気を深く吸い込み、肺の奥深くに空気を閉じ込めたまま、しばし止める。そして再び、わずかに開いた唇の間から、細く長く息を吐き出した。
外科医として手術室に入る前、数えきれぬほど繰り返してきた呼吸法。
交感神経を抑え込み、副交感神経を引き上げて、荒れ狂う心臓の鼓動を治める過程だった。
幾度かの呼吸が過ぎると、こわばっていた全身の筋肉が心地よく弛緩し、頭の中を覆っていた濃い霧が晴れていくのが感じられた。
イヒョンはゆっくりと右手を持ち上げ、左手の手首の内側に、そっと重ねた。
橈骨動脈。
地球では電子式の心拍計が代わりを務めてくれる仕事だったが、危急の患者の脈を取る行為は、彼にとって息をするのと同じくらい、本能的な習慣だった。
指先に、微かな振動が伝わってきた。
どくん、どくん、どくん。
『この程度なら、およそ1分あたり60から70回の間か。あとは、水滴が落ちる間隔の間に、俺の心臓が何度鼓動するかを数えればいい』
ぽつ……。
水滴が床にぶつかって砕け散る音が、合図の号砲のように鳴った。イヒョンは、指先に伝わる生命の鼓動を、頭の中で数え始めた。
漆黒の牢の中、あらゆる外部の物音が掻き消えたまま、ただ水滴の音と心臓の鼓動だけが交錯した。時の流れを刻み、分解する、極度の集中力。
……ぽつ。
再び水滴が落ちた時、固く結ばれていたイヒョンの口元に、微かな弧が描かれた。
『235回』
水滴一つが落ちるまでに数えた心拍数は、およそ220から240回。
『一滴が落ちるのに、3ないし4分ほどかかるな』
数値が導き出されると、霧の中にいるようにぼやけていた時間の感覚が、戻り始めた。未知の恐怖が、完璧な制御下に置かれる痺れるような快感が、背筋を伝って流れた。
『次は、あの扉が再び開くまでに、何滴落ちるかだ』
イヒョンの冷たく沈んだ瞳が、固く閉ざされた鉄扉へと向いた。
闇の中へ落ちる水滴の音が脳裏に突き刺さるたび、イヒョンの理性は冷たく研ぎ澄まされていった。
ぽつ、ぽつ。
耳に全神経を集中させて、水滴が落ちる回数を数え始めた。
『35回』
土の床に無意識に引いていた指が、止まった。水滴一つが落ちるのにかかる時間、そして看守の巡回の間隔。計算が正しければ、最短で1時間半、最長で2時間だ。看守は規則的な間隔で、見回りをしていた。
だが、イヒョンは早計な確信を戒めた。
『変数はいつだって存在する。看守が交代の際に無駄話を交わすかもしれんし、便所に寄ってくることだってありうる』
イヒョンは静かに座ったまま、次の巡回を待った。闇の中で、再び扉が開く摩擦音が鼓膜を引っ掻いた。
鈍い足音、古びた松明が引き抜かれ、新しい松明が挿し込まれる音、そして再び鉄扉が閉じて遠のいていく足音まで。誤差の範囲内だった。イヒョンの瞳に、冷ややかな確信が宿った。
『巡回の周期は、およそ2時間。松明の交換後、5、6分間の見回り。そして、巡回が終わる』
床に散らかるように引かれたデータの数々が、次第に一つの、完璧な脱出のための地図へと変わっていく瞬間だった。
脱獄の核心は、まさにその「隙間」にあった。
鉄扉が閉じる瞬間から、次の松明が寿命を迎えていくまでの、120分の空白。
イヒョンの視線が、牢を阻む巨大な障害物へと向かった。
冷たい木の格子の上へ、指先を滑らせた。表面は、なめらかだった。
『湿気で腐るのを防ぐために、木の上に何か塗料を塗ってあるようだな』
直径だけでも15センチをゆうに超える木材。成人の筋力ごときで、道具もなしにもぎ取ったり、へし折ったりできる強度ではなかった。
物理的破壊は、計算から除外する。
『鍵を盗む?』
それもまた、却下だった。
看守が一歩踏み出すたびに、腰から鍵束が重々しくぶつかり合う音がした。その重み、そして一定して聞こえていた音が消えれば、間抜けでもない限り、本能的に気づくだろう。
イヒョンは首を巡らせ、独房の内部を見渡した。
じめついた藁の山、壁の隙間から染み出てくる地下水、ひどく冷たくはないものの、じわじわと体温を削り取っていく石の床。何一つできそうにないこの空間で、盤面をひっくり返す唯一の何かが必要だった。
『火事』
脳裏に、閃光のように一つの単語が突き刺さった。子爵は、イヒョンを相手に「特別な裁判」を命じた。そんな囚人が、炎の中で焼け死んだなら? それはただちに、看守にとってこの上なく厄介な事態となるに違いない──そういう結論に到達した。
『地下牢で火が出て、俺がその中で倒れていたなら』
看守は生存本能と職業的な危機感に駆られ、前後の見境もなく扉を開け放つほかない。これは単なる賭けではなかった。人間の心理と、システムの弱点を突く、精密な作戦だった。
『問題は、どうやって火を起こすかだ』
イヒョンは、力なく空いた手を見下ろした。鞄の中にあった火切り具はすでに押収され、火打ち石はもちろんのこと、摩擦を起こせるような簡単な道具さえ、身体検査で徹底的に取り上げられていた。何としても火種を作らねばならない。思考が尾を引くその瞬間、ふと、過去のある場面が頭に浮かんだ。
かつて、荒野でリセラ、エレンとともに、追い立てられるように逃げ延びた夜。拙い腕前で火打ち石を打ち合わせ、火を熾そうと悪戦苦闘していた彼のそばへ歩み寄り、温もりを分け与えてくれた彼女。
『リセラ』
その名を思い浮かべた刹那だった。凍りつくように冷たい地下牢の空気の中で、イヒョンの口元に、嘘のように柔らかな弧が描かれた。
誰もいない漆黒の空間であるにもかかわらず、血の気の失せていた頬の上に、かすかな熱が滲んだ。過去の自分であれば想像すらできなかった、理性的な制御を逸脱した温もりだった。
『人間の連想作用というのは、まったく不思議なものだ』
今まさに命のかかった脱獄の秒読みのただ中で、よりにもよって彼女の顔を思い浮かべて、熱を上げているとは。イヒョンは自らの頬を撫でながら、闇の中で静かに呟いた。
『火を作り出すのは、徹底した物理法則だ』
摂氏400度。
木の発火点を超えるには、摩擦に耐えうる、からからに乾いた木が必要だった。イヒョンは床に伏せたまま、じめついたカビの臭いと、饐えた藁の匂いが漂う床を、掘り返し始めた。
指先に触れるのは、湿気を帯びて腐りゆく植物性繊維の、不快な感触ばかりだった。だが、闇の中を探る彼の手つきは、執拗で、精緻だった。
『乾いた繊維がないなら、着ている服を裂いて縄を編まねばならない。だが、その前に……』
がさり。
指先に、藁の山とはいくぶん違う感触の物が、彼の指先に引っかかった。以前の囚人を縛りつけたり、藁の束をくくっておくのに使われたであろう、粗いが固く撚られた縄の切れ端だった。一番長いものを手に取っても、せいぜい一握り半。そのままでは弓の弦に使えぬ短い切れ端だったが、イヒョンの口元に笑みが広がった。
『これで、弦を作る』
イヒョンは、藁の山の中から拾い上げた縄の切れ端を、手術道具を並べるように、床へ慎重に広げていった。弦の問題は解決した。
次は、ドリルの軸となる垂直の棒と発火板、そして上部を押さえるための、適切な取っ手だった。
牢の内部を見回していたイヒョンの目が、片隅に置かれていた古びた汚物桶に留まった。彼はゆっくりと、その木桶を持ち上げた。桶の下のほうは床から上がってきた湿気でわずかに湿っていたが、内部は幸いからからに乾いており、中は悪臭がするだけで空だった。
『長いこと空いていた独房だというのが、これほど幸いだったとはな』
イヒョンは音を殺すため、着ていたシャツを脱いで木桶を包んだ。そして息を吸い込み、しばし止めながら、体重を乗せて木桶を押し潰した。
ぼきっ、めきっ!
鈍い音とともに、木桶が解体された。イヒョンは、破片の中から使えそうな材料を選り分けた。半円形の取っ手は見事な弓の柄となり、木釘が抜け落ちて自然と穴の開いた板は、完璧な発火板だった。砕けた破片のうち、平らな一片を選び、棒を押さえる取っ手とした。
『たいていの物理的な限界は、知識で乗り越えられる』
続いてイヒョンは、縄の切れ端の撚りを、慎重にほぐしていった。短く切れた繊維の束を交差させ、唾をつけて逆方向に絞り上げるように撚り上げていく。一筋、また一筋。
これを数十分繰り返した末に、ついに新しい縄を作り上げた。いつしか、細切れだった縄は、肘から指先を越えるほどの、丈夫で張りのある弓の弦へと生まれ変わっていた。
『摩擦で火を作り出すには、これだけでは足りない。十分な酸素が供給されなければ、すべて無駄になる』
イヒョンは、小さいが尖った石の欠片を手に取り、発火板の穴の縁に、微細なV字形の溝を刻んだ。摩擦によって削れ落ちた、炭化した木の粉が集まり、火種を宿す子宮にも等しい場所だった。
牢の冷気の中でさえ、じっとりと滲み出た汗の粒が、彼の顎の線を伝って流れ落ちた。
『今頃、看守は巡回周期の中間地点を過ぎたはずだ』
頭の中の時計が、冷たくカチカチと時を刻んだ。イヒョンは、完成した弦を弓の柄に掛け、垂直の棒を一巻きして、発火板の上に据えた。上部を手押さえでぐっと押さえて固定し、慎重に弓の柄を前後に引いた。
すりり、すり。
ぴんと張った張力に乗って、木の棒がなめらかに回転し、かすかな摩擦熱を放った。
『この程度なら、十分に火種を作り出せそうだ』
最後は、火種が燃え移るための、適切な焚きつけだった。
イヒョンは、藁の山から最もからからに乾いた部分だけを掻き集め、手のひらで念入りに揉んだ。小さな火種を大きく育ててくれる、重要な焚きつけだった。
イヒョンが弓の柄を握る手の甲の上に、太い血管が浮き出た。燃え尽きていく廊下の松明の光が、彼の赤く充血した瞳の中で揺れた。
『二度目の機会はない。必ず、一度で終わらせる』
あらゆる変数への備えが終わった。だが、あまりに早く火を出せば煙に窒息するだろうし、遅すぎれば、看守が扉を開けた時に火力が足りなくなる。煤煙が満ちてきたなら、小便で湿らせた布で呼吸器を塞いで凌ぐつもりだった。
読んでくれてありがとうございます。
本業の都合により、小説の投稿時間が不規則となっております。
ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません。
読者の皆さまの温かい称賛や鋭いご批評は、今後さらに面白い小説を書くための大きな力となります。
お読みいただき、楽しんでいただけましたら、ブックマークやコメントをお願いいたします。




