289. 脱獄
イヒョンの固く閉ざされた唇と、冷ややかな表情には、ちっぽけな虚勢の類など存在しなかった。
闇の中で光るイヒョンの黒い瞳。
それはむしろ、迫りくる巨大な災厄をありありと見通しているかのような、予言者の眼差しに近かった。
「……」
イヒョンの表情に気圧された看守の顔面の筋肉が、こわばった。
生唾をごくりと飲み込みながらイヒョンを睨みつけていた男の瞳に、次第に原初的な恐れが滲んでいった。
看守は、追い立てられるように荒々しく手を振り払い、身を翻した。
「もういい、もういいっ! 狂った奴が、とんだ戯言をほざきやがる。隅に引っ込んで、寝てでもいろ!」
看守の声は、妙に上ずって掠れていた。
「明日の朝には、ルキウス子爵様ご主宰のもとで裁判が開かれる。その場でも、そのイカれた戯言をほざけるものか、見せてもらおうじゃないか!」
逃げるように遠ざかっていく看守の革の軍靴の音が、石段を伝って、慌ただしく上の階へと遠のいていった。
ドンッ!! ガチャッ!
分厚い鉄扉が閉じ、重たい錠前が下りる音。その荒々しい音までもが静まると、牢には再び、死のような静寂が重々しく降りてきた。
天井に滲んだ水滴が、腐った藁の山の上へ落ちる音。ぽたり。ぽたり。その一定の音だけが、イヒョンの耳元をさまよっていた。
入口に掛けられた松明が、荒い息をつくように揺らめく瞬間、イヒョンは無意識に、シャツの内側の胸元を探った。
『裁判は明日の朝』
時間がない。
恐怖を糧に育つライルの制御不能なコルディウムが暴走し、このブレサウンの城塞全体を屠殺場に変えてしまう前に、事態を収拾しなければならなかった。
イヒョンは、再び石壁に背を預けたまま、ゆっくりと目を閉じた。
格子の向こうで揺らめく松明のゆらめきが、彼の顔の上に、舞い踊るような奇怪な陰影を落とした。身動きもとれず閉じ込められ、明日の裁判を待たねばならぬ、絶望的な牢獄。だが、冷静を取り戻したイヒョンの頭は、むしろ透明で鋭利なメスのように、きらめき始めていた。
『まずは、仮定と事実を分類しよう』
頭の中に精緻なチャートが描き出されるように、状況が解剖され始めた。
『1つ、仮定。尋問官の言葉どおり、ライルは口を割った』
あのおしゃべりな奴が、尋問室の圧迫に耐えきれず、何か致命的な失態を犯した。何を吐いたのかは未知数だ。インテルヌムとペルトゥスに関する真実なのか、イストリルで起こった戦いなのか、それともまた、自分たちの本当の身分である旅人ギルドに関することなのか。
ひょっとすると、あいつはその軽い口で、頭の中の機密を残らずぶちまけてしまったのかもしれない。
『2つ、事実。その結果、ライルと俺は完全に切り離され、俺は投獄された』
ライルの口から飛び出した粗雑な供述は、イヒョンが事前に徹底して張り巡らせておいた精密な論理の防壁と、正面から衝突したはずだ。二つの供述の間の致命的な亀裂。ルプスはそれを「欺瞞」と断定し、イヒョンを閉じ込めた。そして、ライルの行方は完全に杳として知れなくなった。
『3つ、事実。それでもなお、子爵は即決処分ではなく、裁判を選んだ』
ルキウス・モントセラビウス。もしイヒョンの仮定が正しいのなら、彼は感情に流される愚鈍な者ではなく、むしろ計算高い領主であることは間違いなかった。
100人を超える精鋭の兵と村人たちが、蒸発するように消え失せてしまったドルメアの惨劇。そこから歩いて出てきた、唯一のよそ者たち。領地の長として子爵は、イヒョン一行が握っているであろう「情報の価値」を、本能的に天秤にかけているのだ。
『裁判という舞台を通じて我々を圧迫し、すべてを聞き出そうという魂胆か』
ならば、盤面をひっくり返す好機は巡ってくるのか?
『4つ。今、俺の手中に残された武器は何か』
イヒョンは壁に背を預けたまま、縛られていない手で、そっと胸の内側を探った。服のポケットは残らず奪われていたが、肌に触れる冷ややかな金属の感触は、依然として残っていた。
イブロモン子爵から授かった銀色のペンダント。そして、旅人ギルドで受け取ったカラディウムの認識票。この二つは、まだ彼の首に無傷のまま掛かっていた。
イヒョンの唇の間から、熱い溜息が短く漏れ出た。
『5つ。これからどうするか』
真相を確かめもせぬうちに、あいつを責めるのは、何の足しにもならない行いだった。そもそも、自分の設計そのものが誤っていたのかもしれない。ライルの本質が臆病者であるという事実を、誰よりもよく知っていながら、彼が取り調べの過程で崩れうるという致命的な変数を、すでに見抜けずにいたのだ。
『だが、終わるまでは終わっていない』
イヒョンは奥歯を噛みしめ、理性の糸を握り直した。
『仮定が当たっている可能性が高いな。裁判を待って、その場で我々の無実を明かすか……だが、ライルが尋問を超えた凄惨な拷問を受けることになったら?』
注意を促すための言葉ではあったが、本当にそうなってしまうかもしれないのだ。
思考がそこまで到達した瞬間、イヒョンの背筋を、ぞっとする悪寒が駆け抜けた。あいつの忍耐が尽き果て、死の恐怖が理性の限界線を断ち切ってしまう、あの臨界点。
制御不能の「恐怖のコルディウム」が目を覚ます瞬間、この古びた城塞は、取り返しのつかない災厄に呑み込まれるはずだった。
ぽたり。ぽたり。
床へと落ちる水滴の音が、まるで爆発を目前にした時限爆弾の秒針のように、イヒョンの鼓膜を打ち始めた。
ゆっくりと瞼を持ち上げたイヒョンの黒い瞳には、不安が滲み始めていた。
イヒョンが看守に告げた言葉は、追い詰められた囚人の虚勢や脅しの類などではなかった。それは、ブレサウンの城塞全体に襲いかかりかねない災厄を予見した、最も純粋で、なおかつ客観的な「警告」だったのだ。
ライル。あいつの内側には、時限爆弾が眠っているも同然だった。もし本当に、イヒョンが看守に告げた警告が現実のものとなるのなら、話は根底から変わってくる。裁判などを待っている余裕は、微塵もない。
極限の恐怖と対峙した瞬間、理性のブレーキが外れて発動する「恐怖のコルディウム」。その力が目を覚ます瞬間、臆病者は、誰にも制圧しがたい、血に飢えた屠殺者へと変貌する。
もしルプスの拷問官たちが、その事実を知らぬまま、情報を掘り出そうとライルに本物の拷問を加えたなら? 奴らは、彼の肉体が放つ凄まじい破壊のエネルギーを、決して受け止めきれないだろう。
『本当にそうなったなら、この牢一つでは済まない。城塞にいる人間すべてが……』
ライルの暴走は、味方と敵を選り分ける理性などというものを、一片たりとも残しはしない。ただ、自らを脅かすあらゆる生命を斬り刻んだ末に、血溜まりの中で記憶を失ったまま倒れ伏すだけだ。
もし、逃げ場のないこの湿った地下牢で、あの凄まじい力が解き放たれたなら……。イヒョンの理性は、最も惨たらしい破滅のシナリオを、果てしなく警告し続けていた。
『……ふぅ』
イヒョンはゆっくりと、そして深く息を吐き出し、波立とうとする胸を、意図的に鎮めた。
闇の中で、イヒョンが潜り抜けてきた二度のエペリア式の裁判が、走馬灯のように交錯した。
一度目はコランでのことだった。無法の脅威の只中にあってなお、かろうじて最低限の手続き的正義が息づいていた場所。証拠の有効性を吟味し、論理的な供述に耳を傾け、どうにか法の天秤が水平を保とうと努めていた、公正さの記憶。
そして二度目はバルマリス。ド・マリヌス子爵の邸宅で対峙した裁判だった。
形式ばかりの法の条文すら、煩わしい装飾品にすぎなかった、まやかしの偽善。証拠も、最低限の弁論の権利もなく、ただ権力者の気分と利害関係に振り回されていた、処刑場に等しい裁判。
ならば今、このブレサウンの主権者たるルキウス・モントセラビウス子爵は、はたしてどちらの側に立つ領主なのだろうか。
イヒョンの眉間が狭まった。
貧しく不毛な領地を背負う領主。わずかな時間のうちに垣間見た足跡だけで、その内面の本当の胸中を解剖するのは、難しい問題だった。
宿に到着した自分たちを把握するや否や、間髪入れず武装兵力を派遣した軍事的な決断力。情報を掘り出そうと荒々しく圧迫してきた尋問の過程。それでいて、最後の最後まで即決処分という安易な道を捨て、「裁判」という煩わしい形式を選んだ慎重さ。
表面上は、合理的で公明正大な統治者のように見えたが、イヒョンはその慈悲という仮面の実体を、決して信じてはいなかった。その洗練された慎重さの裏に、どんな貪欲な猛獣の顎が潜んでいるか、見当すらつかなかった。
エペリアという世界では、「裁判」という形式を整えたところで、その判決が公正であるという保証など、どこにもありはしなかった。
バルマリスの領主もまた、公然たる殺人を「公式の裁判」と名づけた。うわべは合法の皮をかぶった、もっともらしい手続きではあったが、その実は、イヒョンの首を、誰にも気づかれぬうちに刎ね飛ばそうとする、緻密な罠だったのだ。
もし明日の朝、審判の席に座る子爵が、バルマリスの領主と同じ手合いであったなら?
格子の裏でおとなしく這いつくばり、司法の規範が自分を救ってくれるのを待つことは、自らの手で棺の蓋に釘を打ちつける、最も愚かな真似にすぎなかった。
『この領主が、民の安寧を気にかける名君なのか、権力に酔って血を貪る暴君なのか……今、この中では、決して答えを出すことはできない』
いかなる安全装置もない、崖っぷち。裁判という名の巨大な賭場に、自分とライルの命綱を丸ごと差し出すわけにはいかなかった。
冷たい石壁の向こうから、分離尋問の恐怖の果てに獣のように崩れ落ちたライルの、荒い息遣いが、振動に乗って伝わってくるようだった。
イヒョンは、ゆっくりと閉じていた目を開いた。
独房の凄まじい闇を解剖するように穿つ彼の眼差しが、これまでのどんな時よりも冷ややかに、鋭くきらめいた。
『盤面が不利に転がるのなら』
メスを握る外科医の、情け容赦のない決意が、イヒョンの全身を支配した。
『盤面をひっくり返すしかない』
漆黒の闇の中、イヒョンは手枷をはめられた両手を、じっと見下ろした。
『……脱獄』
頭の中を浮遊物のようにさまよっていた二文字が、ついに理性のど真ん中に、揺るぎなく居座り始めた。
漠然とした生存本能ではなかった。逃げ出さねばならぬ大義は、冷たい理性の演算が積み重なるほどに、痩せた骨組みに肉を付けていき、一分の狂いもない完璧な「当為」へと変貌しつつあった。
『第一の当為。明日の朝、夜が明ければ対峙することになる裁判の、必然的な破滅』
ライルが尋問室でどんな失言をしていたにせよ、明日の法廷に立つ瞬間、それはイヒョンの首を正確に狙い定める断頭台の刃となるのが濃厚だった。イヒョンがどれほど正直で誠実なトーンを保ち、「一介の薬草商」というアリバイを固持してみたところで、何の役にも立ちはしなかった。
隔離されたまま恐怖に取り憑かれて吐き出した、ライルの粗雑で断片的な供述と、イヒョンが築き上げた精緻な弁論は、水と油のように、必ずや食い違わざるをえなかった。
その些細な矛盾の亀裂を、奴らが見逃すはずもなかった。ドルメアを経てブレサウンに入ってきた、正体を確かめがたいよそ者という緋文字。その記録そのものが、すでに子爵にとっては、何をもってしても覆しがたい「証拠ならざる証拠」として働くのは、火を見るより明らかだった。
法廷の重々しい扉を開いて足を踏み入れた瞬間、彼らを待ち受けているのは、公正な法の天秤ではなかった。合法の皮をかぶった、死刑執行にすぎなかった。
だが、第二の当為は、それよりもはるかに肥大した、おぞましいものだった。
ほかならぬ、ライルそのものである。
今、あいつが拷問室でどんな目に遭わされているのか、正確に知る術はなかったが、最も致命的な問題は、あいつの持つ「恐怖の臨界点」が、とてつもなく低いという事実だった。
普段の、そそっかしく気の弱いライルを思い浮かべてみるがいい。拷問官たちが、火で熱した焼き鏝を持ち出す必要すらなかった。ただペンチで爪を剥ぐ真似をするだけでも、あるいは冷たい石床に膝をつかせたまま、あいつの太腿の上に重い小石を一つ載せるだけでも、あいつの理性は崩壊するだろう。
そのちっぽけな臨界点が破られる瞬間。
イストリルの血なまぐさい大地の上で目撃した、ライルの真相が脳裏をよぎった。恐怖という感情を源泉に爆発する、あの奇怪で圧倒的なコルディウムの力。
『ルプスの手下どもがライルの首縄を解いてしまう前に……この手で、先にあいつを引きずり出さねばならない』
イヒョンはゆっくりと顔を上げ、闇に沈んだ鉄格子の向こうを見据えた。脱獄を敢行するための、巨大にして精密な手術プランが、脳細胞を伝って猛然と構築され始めた。
『脱獄を成功させる具体的な方法……真っ先に確保すべきデータは、時間だ』
闇の中、イヒョンの聴覚が極度に研ぎ澄まされ、ぴんと張り詰めた。
はるか遠く、上の階の廊下でかすかに響く兵士たちの軍靴の音。そして、牢の天井から一定の間隔で落ちる水滴の音。
『どんな間隔で見回りをしているんだ? その巡回と巡回の間、俺に許された時間はどれほどか』
獲物の座から、捕食者の座へ。盤面をひっくり返すためのカウントダウンが、始まろうとしていた。
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