287. 変節
「引っ立てろ!」
尋問官の雷鳴のような怒号が、尋問室の重苦しい空気を一瞬にして凍りつかせた。
命令が下るや否や、四人の警備兵が獰猛な野犬のようにイヒョンへと飛びかかった。ぶつかり合う鎧の音とともに、その隙間から噴き出す饐えた汗の臭いが鼻を突いた。
警備兵に取り押さえられながらも、イヒョンの理性はむしろ冷えていった。彼は今、この場で警備兵に抗うことなど無意味だと、よく分かっていた。
イヒョンはかえって、切実な眼差しで尋問官の目を見つめた。
「何か、誤解がおありのようです」
「誤解だと?」
尋問官の顔面の筋肉が引きつった。傷跡に覆われた険しい顔が怒りに歪むと、まるで飢えた猛獣のように、濃密な殺気がぼたぼたと滴り落ちた。
「はい。私はつい先ほどまで、あなた様の投げかけたすべての問いに、正直に……」
「黙れ!」
尋問官がテーブルを叩き割らんばかりに打ちつけ、咆哮するように怒鳴った。
「もはやてめえの口から出る言葉なんぞ、信用できるかよ。なぜなら、すでにお前の連れが洗いざらい吐いたからだ。俺を騙し通したてめえの狸っぷりは、認めてやる。だが、あの若い連れの方には、そんな芸当はなかったらしいな」
その瞬間、イヒョンの胸の奥で、重い鉄塊が底なしの崖下へと真っ逆さまに転落していくような感覚が走った。
血管を伝って広がる冷気が、瞬く間に全身の産毛を逆立てた。
ライルが、すべて吐いた?
ライルはついに、尋問官の圧力に耐えかね、口を割ってしまったのか?
『いや、まだ断定はできない』
イヒョンは、狂ったように暴れる心臓の鼓動を懸命に抑えつけた。この振る舞い自体も、相手の心理をかき乱し、自白を引き出すための罠である可能性は、依然として捨てきれなかった。
「……何を、でございますか」
「もうてめえと交わす言葉なんぞねえ! 引っ立てろ!」
尋問官は、もはやイヒョンの論理に付き合うつもりはないとばかりに、荒々しく手を振り払った。警備兵たちの強靭な手が、イヒョンの両腕を後ろへとねじり上げた。
肩に痛みが走り、彼の体は反射的に抗おうとした。しかし彼は歯を食いしばり、その衝動を押し殺した。
何の準備も計画もないまま抵抗することは、奴らにより苛烈な制圧の口実を与えるだけだった。
兵士たちの荒々しい手が、イヒョンの全身を乱暴に検めていく。たこの張った無骨な指が、外套の上からシャツの内側の懐へと差し込まれ、通り過ぎていくその一瞬、イヒョンは息を殺した。
警備兵の検分が終わり、体を引きずられていく中でも、外套の奥深く――肌の上から、硬く冷たい金属の感触が伝わってきた。
イブロモン子爵から贈られたペンダントと、カラディウムの認識票。
『……よかった』
最後の命綱になるかもしれない、あるいは局面を覆す反撃の鍵になるかもしれない品々を、押収されずに済んだのは、天の助けだった。
彼は縛られ、膝をつかされたまま、ゆっくりと顔を上げた。まっすぐに伸びるイヒョンの視線が、尋問官の揺れる瞳へと、正確に沈み込んだ。
「……コグニトル様」
冷ややかなまでに落ち着いた声が、尋問室の重苦しい空気を切り裂いた。
「私の連れと、話をする機会をお与えください。おそらく書類か供述のどこかに、深刻な行き違いがあるはずです」
「ならん」
「ひとことで結構です。臆病な私の連れが一体何を口にしたせいで、私にこのような処置を取られるのか、その理由だけでもお聞かせください」
「もう聞かん! 言いたいことがあるなら、裁判の場で言え!」
尋問官の雷鳴のような怒声が、尋問室の石壁をびりびりと震わせた。
しかし、数えきれぬ人間の生き死にを見つめてきたイヒョンの鋭敏な感覚は、その荒々しい怒声の奥に潜む、微かな亀裂を見逃さなかった。
焦点の揺れる瞳孔。目元に浮かんだ微かな痙攣。それはイヒョンたちに向けられた盲目的な憎しみではなかった。
百人を超える武装兵力と村人たちが蒸発してしまった、『ドルメア』の事態。
その怪異な真相の尻尾を追い続ける捜査官としての、本能的な逡巡だったのだろうか。尋問官自身もまた、ライルの口から飛び出した粗雑な自白が果たして真実なのか、絶えず疑い続けているのかもしれない――そんな考えが頭をよぎった。
尋問官が手の甲で額に浮いた冷や汗を拭った。彼はまるで自分自身に言い聞かせるかのように、低く呟いた。
「……幸いなことに、ルキウス・モンセラヴィウス子爵様は、寛大で公正なお方だ」
イヒョンは固く口を閉ざしたまま、男の次の言葉を待った。
「お前たちを即決処分にせよとの命は下されなかった。子爵様のご命令通り、正式な裁判が行われる。その場で、お前に言い分があるなら吐き出せばいい」
尋問官が踵を返しながら、冷ややかに命令を下した。
「引っ立てろ」
「動け、この野郎!」
警備兵たちが縛り縄を荒々しく掴み、イヒョンを荷物のように引きずり出していった。鈍く重い軍靴の音が、暗い廊下の静寂を打ち砕いた。
肩がねじり上げられ、体が床に擦れる中でも、イヒョンの頭の中は研ぎ澄まされたメスのように鋭く光り続けていた。
『裁判』
陰湿な拷問部屋での即決処刑ではなく、領地の規範に則った正式な裁判。
それは、ブレサウン城の支配者たるルキウス子爵が、自分たちを単なる敵国の間者だとは断定していないという、明白な証だった。ドルメアで人々が蒸発してしまった怪異な事件。その怪異な事件の全貌を掴むための手がかりを引き出すために、自分たちを『生きた情報』として生かしておく、ということを意味していた。
『それならば、まだ……』
闇を見据えるイヒョンの瞳に、理知的な光がよぎった。
『機会はある』
――ドスン、ドスン。
荒い石造りの床と靴底が擦れ合うたび、耳障りな破裂音が地下室に響いた。警備兵の腕力に押されるまま一歩ずつ踏み出す螺旋階段は、光の一筋すら届かぬ深淵の顎のようだった。
胸の奥深くまで満ちる空気は、息を吸うたびに鋭い氷の欠片となって肺腑を刺すかのようで、粘つくカビの臭いと、幾百年もの死の湿気を含んだ石の匂いとが、イヒョンの全身にまとわりついた。
ブレサウン城の最下層、地下牢獄。
長く狭い地下の通路。両脇には太い木の格子が、巨大な獣の肋骨のように整然と並んでいた。
大半の牢は、囚人の代わりに重く湿った暗闇だけを閉じ込めていた。入り口付近に危うげに掲げられた松明がひとつ揺らめくたびに、鉄格子の細長い影が、血の気を失った床の上を這いずり、イヒョンの足先を引っ掻いた。
ガチャッ、ジャランッ――!
通路中央の独房の前。警備兵たちはイヒョンの上体を締め上げていた縛り縄と冷たい鉄枷を乱暴に外すと、彼の背中を突き飛ばし、荒々しく牢の中へと放り込んだ。
ドガンッ――!
重厚な樫の扉が閉じられ、続いて大人の拳ほどもある鉄の錠前が歯を噛み合わせる破裂音が、陰鬱な地下空間を切り裂いた。
「大人しくしてろ。ネズミみてえに逃げようなんて考えは、捨てとくことだな」
錠前をかけた兵士が、歪んだ兜の下から黄ばんだ歯を剥き出し、嘲笑を吐き捨てた。
「どのみち、生きて出られる穴なんぞねえんだからよ」
イヒョンは応じなかった。ただ暗闇の中、静かに沈んだ瞳で兵士の目を真っ直ぐに見据えるだけだった。その冷ややかな視線に思わずびくりとした兵士が、舌打ちをひとつして踵を返した。
ザッ、ザッ。
遠ざかる革軍靴の音が、廊下の彼方の闇へと完全に溶け込んでいく頃。
――ガシャンッ!!
頭上、地上と繋がる重い鉄の扉が閉じる轟音が、地下室全体を揺るがした。完全な孤立だった。時折、入り口の方にただ一人残された看守が、退屈に耐えかねて椅子を引きずる音だけが、死のような静寂の水面を、間欠的に揺らしていた。
イヒョンは静かに顎を上げ、自らが閉じ込められた独房の中を見回した。
大人が三人、背を向けて横たわればぎりぎり埋まってしまうほどの狭い空間。片隅には腐りかけた藁の山が投げ出され、反対側には、ひどい悪臭を放つ用便用の木桶が置かれていた。
指先に触れる壁面は、加工すらされていない荒々しい花崗岩で、足元は数十年にわたり囚人たちの血と汚物、湿気を吸い込んでぬかるんだ土の床だった。外の世界の光を一筋たりとも許さぬ、ごく小さな隙間すら存在しない、完璧な密室。
イヒョンは荒々しい石壁に背をもたせかけたまま、ゆっくりと床へ座り込んだ。
肌に食い込んだ縄の擦過傷と肩の関節の痛みは依然として残っていたが、イヒョンの頭はすでに氷のように冷たく冷え切り、熾烈な演算を始めていた。
『ライルは今、どこにいる? あいつ、一体何を口にしたっていうんだ……』
思考の枝は伸びていき、やがて尋問官の歪んだ顔へと収束した。『お前の連れが全部吐いた』と確信に満ちて咆哮していた、あの怒り。
だが、それは矛盾していた。
イヒョンは暗闇の中で目を細めた。外科医として、患者の生死を分けてきた鋭い直観が、『状況』という名の患部を執拗に解剖し始めた。
ライルは臆病者だ。女の前では虚勢を張るが、骨の髄まで気の弱い、卑怯な一面がある。しかし同時に、あいつの本能的な『生存感覚』だけは、この世界の誰よりも卓越していた。
もしあいつが拷問に耐えかね、インテルヌムの『ペルトゥス』に関する秘密や、イストリルで経験した凄惨な戦闘の全貌を洗いざらい吐いてしまったのだとしたら?
それならば、自分は今こうしてこの湿った牢に座っている場合ではなく、今頃はもう手足を引き裂かれる拷問室の刑架に縛りつけられているか、断頭台の露と消えていて然るべきだった。ブレサウン城の領主が、その秘密を耳にしてなお、悠長に『裁判』などを準備するはずがない。
『嘘だ』
イヒョンの口の端が、微かに歪んだ。
おそらく、ライルの口から飛び出したのは、尋問官の巧妙な誘導尋問に絡め取られて吐き出した『半分の真実』か。あるいは、怯えるあまり動線と状況を混同し、その場しのぎで拵えた、粗雑で辻褄の合わない嘘の断片か、そのどちらかだろう。
その粗末な供述が、イヒョンが語り上げた精緻で誤差のない供述と真っ向からぶつかり合い、矛盾という火花を散らしたのだ。尋問官はその粗い亀裂を掴み、『こいつらは俺を欺いている』と確信したに違いなかった。
その瞬間、闇の底で、イヒョンの胸の奥がずきりと疼いた。
『……』
内なる巨大な空間、『感情のホール』で開かれていた刻印たちが、脈打っているかのようだった。
『危機は、すなわち好機だ』
イヒョンは、ゆっくりと呼吸を整えた。
裁判が開かれるということは、逆に言えば、ルキウス子爵が自分たちを通じて何かを『さらに』探り出したがっているという明白な証だった。自分はまだ、利用価値のある札だ。死の淵から一歩退いたのなら、あとは局面を覆す完璧な論理を組み立てるだけだ。
イヒョンは荒々しい石壁に背骨を預けたまま、呼吸の波動さえも極限まで抑え込んだ。
視覚の遮断された完璧な闇の中で、彼は視覚と聴覚の神経網を限界まで張り詰めさせた。
――ポツ、ポタタ。
天井から滴り落ちる水滴の音。ぬかるむ泥の床を伝って微かに届く、看守の不規則な足音。
頭の中に描いた3Dの図面の上に、音の波動が重なった。松明の明かりが届かないこの独房から入り口までの距離は、おおよそ三十歩あまり。
イヒョンは音もなく体を起こすと、木の格子の間から冷ややかな視線を投げかけた。
時折、どこからか聞こえてくる正体不明の物音。そして、獣の喘ぎなのか人間の断末魔なのか判然としない、奇妙な呻き声だけが、牢の床を這いずり回っていた。それ以外には、死んだように静まり返った静寂だけが、空間を重く押し潰していた。
イヒョンは漆黒の廊下の彼方に向かって、低く密やかな声を送り出した。
「ライル」
返事はなかった。
冷たく湿った闇は、砕けた声の残骸すら貪欲に呑み込んでしまった。
もしライルが近くに閉じ込められているなら、この恐ろしい孤独と恐怖に耐えかね、今すぐにでも泣き声混じりに答えていたはずだった。
彼は胸郭をもう少し膨らませ、廊下全体の空気を揺らすほどの響きを作り出した。
「ライル。そこにいるのか?」
静寂。
両脇に整列した獣の檻のような独房の、そのどこからも、荒い呼吸や、微かに衣擦れするような生き物の気配は感じ取れなかった。呼吸する者たちの牢獄ではなく、まるでとうの昔に打ち捨てられた死者たちの納骨堂のように、冷ややかで不気味なまでに静まり返っていた。
「ライル。俺の声が聞こえたら、返事をしろ」
執拗な呼びかけの果てに返ってきたのは、骨まで凍えさせるような、凄まじい沈黙の残響だけだった。
イヒョンは、深く寄せられた眉間を撫でおろした。
その瞬間、心臓の底からひやりと冷え込んでいく不吉な感覚が、血管を伝って全身へと広がっていった。
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