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285. 追及

尋問官の手にあったのは、粘り気の強い濃い茶色の液体が入った小さなガラス瓶だった。バルマリスでギャングどもの口を無理やり割らせるために、ヘンベインを煮出して精製しておいた、致死性の幻覚剤だった。


「これは何だ?」


「……睡眠薬です」


イヒョンの声は、一分の震えもなく静かだった。


「睡眠薬だと?」


尋問官の瞳の中で、濃い疑念が蛇のようにとぐろを巻き始めた。


「はい、その通りです。薬草を採取し、取引をして回っておりますと、野宿をせねばならぬことが多々ございます。夜通し聞こえる獣の遠吠えと、肌を切り裂く寒風が絶えぬ険しい山中では、目を閉じても浅い微睡みに落ちるのがせいぜいです。体力が底をついた状態で運良く村にたどり着き、泥のように眠れれば幸いですが、肉体が限界まで追い込まれ疲労が極限まで蓄積すると、逆に神経が張り詰めて不眠に苛まれることも珍しくありません。そういう時、少量の酒とともに服用すれば、深い沼のような眠りへと誘ってくれます」


尋問官の眉間が獰猛に歪んだ。鼻筋を横切り頬骨まで伸びた荒々しい傷跡が、皮膚の筋肉に沿って奇妙に歪んだ。彼は鼻で笑いながら、無骨な親指と人差し指でガラス瓶のコルク栓をいじり始めた。


ギシ。


栓がわずかに回る摩擦音が、狭い密室の静寂を引っ掻いた。


「ただし、ご注意いただきたい点がございます」


イヒョンの声に、冷ややかな警告が滲んだ。


「効き目が非常に強く、正量をほんの少しでも超えますと、即座に凄まじい幻覚に苛まれます。普段は筋肉の痛みを忘れさせ、熟睡を助けるだけの薬ですが、過剰摂取をした瞬間、生きながらの地獄をご覧になることになります。それほどに採集が貴重で、扱うのが危険な薬材なのです」


ギシギシギシ。


それでも男の膂力にコルク栓が半分ほど回り、隙間が開こうとしていた、まさにその時だった。イヒョンが釘を刺すように、低く付け加えた。


「非常に強く、刺激の強い香りがございます。うっかりその隙間から深く息を吸い込めば、3秒以内に激しいめまいを覚え、無様に崩れ落ちてしまわれるかもしれません」


ピタリ。


尋問官の手が、そのまま固まった。瓶を鼻先すれすれまで近づけていた彼は、警告を超えて確信の宿ったイヒョンの眼差しと向き合った。


修羅場をくぐり抜けてきたコグニトルとしての本能が、警鐘を鳴らしていた。目の前のこの男は今、はったりをかましているのではない――この密室の中で、容疑者の目の前で倒れ、意識を失うことは、尋問官として最悪の恥辱であり、自殺行為に等しかった。


「……ちっ」


尋問官は不快そうに舌打ちをひとつすると、コルク栓を手のひらでぐっと押し込み、しっかりと封をし直した。


「結局、毒も同然じゃねえか」


「薬と毒とは、本来紙一重のものです。症状に応じて適切な用量を用いれば人を生かす薬となり、過剰に用いれば毒となる――当然の道理ではございませんか」


反駁しがたいイヒョンの切り返しに、尋問官はそれ以上言葉を返せず、釈然としない顔で幻覚剤の入った瓶をテーブルの上に置いた。


尋問官が浅い息を吐き、テーブルの端に置かれた別の薬瓶へと視線を移し、手を伸ばそうとした、その瞬間だった。


ドガァァァンッ!


突然、分厚い石壁を伝って、恐ろしいほど重々しい打撃音が振動した。まるで獣が壁に体当たりしたか、巨大な家具が粉々に砕け散ったような、鈍く重い物音だった。


「あああああああ――ッ!」


続いて響いたのは、鼓膜を引き裂かんばかりに凄まじく弾けた、悲痛な絶叫だった。極限の恐怖に直面したかのような、理性が完全に断ち切れた叫び声だった。


『ライルが拷問を受けているのか? それとも、あいつが制御できない恐怖のコルディウムが発動しでもしたのか!』


少し前まではイヒョンの冷徹な知識のもとで統制されていた尋問室の空気が、一瞬にして血なまぐさい非常事態へと豹変し、凍りついた。


イヒョンの背筋を、冷たい脂汗が伝った。


彼は本能的に、膝の上に置いた両の拳をぎゅっと握りしめた。爪が手のひらに食い込んだ。ライルの『コルディウム』が制御を失って暴走し、尋問室を廃墟に変えてしまったのではないかと、気が気ではなかった。


尋問官の太い首が、音のした壁の方へと振り向き、扉の前の兵士も反射的に腰の剣の柄へと手を伸ばした。


しかし、あの凄惨な絶叫は、あっけないほど短く途切れた。その後に続いたのは、ただ死んだように静まり返った静寂だけだった。


尋問官の眉間が、寄っては開き、開いては寄りを繰り返した。


騒ぎがすぐに収まると、彼は興味を失ったとばかりに短く鼻を鳴らし、兵士も気まずそうに剣の柄から手を離した。張り詰めていた神経の刃を収めた尋問官は、再びゆったりとした動作で、テーブルの上の品々へと視線を戻した。


尋問官は、まるで暗い坑道の中で不純物混じりの鉱石を選り分ける老いた坑夫のように、鞄からこぼれ落ちた品々をひとつひとつ、丹念に検分していった。


そのうち、彼の視線が瓶の間に紛れていた短い木筒のひとつに釘付けになった。


「この筒は何に使うもんだ?」


「火をおこす時に使う道具です。『火口筒』と呼んでおります」


「火口筒だと?」


イヒョンの声は、先ほどまでの緊張を完璧に拭い去ったまま、穏やかな波のように落ち着いていた。


「先ほども申し上げましたが、私は野宿をすることが多うございます。ですが私はコルディウムを使うこともできず、自分のコルディウムが何であるかすら知らない人間です。冷たい風雨が吹き荒れ、湿気に満ちた山中で火を起こすには、どうしても欠かせぬ生存道具なのです」


「どうやって使うんだ?」


「実に簡単です。蓋を開け、内側の芯をわずかに押し上げれば、眠っていた火種が息を吹き返します」


尋問官が筒を鼻先へ持っていき、くんくんと匂いを嗅いだ。かすかに、燻したような硫黄と乾いた草の匂いがした。


「この代物、仕組みがなかなか妙だな。筒の中に一体何を詰めてあるんだ?」


「よく乾かした蓬の茎と木炭、それにごく少量の硫黄です。筒の中で空気の流れを断っておけば、ほのかで微かな火種が消えることなく、一日中保たれます。そうして火が必要になった時に蓋を開けて空気を通し、息をふっと吹き込めば、たちまち熱い炎が上がるのです」


イヒョンの答えは明瞭だった。躊躇いも、目を逸らす癖も、余計な修飾もなかった。尋問官が投げかける疑いと質問は波状攻撃のように激しかったが、イヒョンが積み上げてきた『老練な薬草商』という虚構の要塞は、煉瓦一枚たりとも揺らがなかった。


「ふむ……いつでもどこでも、実に便利に火をつけられる、というわけか」


「はい、その通りです」


尋問官の口の端が持ち上がった。


「だとすればだ。たとえば夜更け、敵の武器庫や、からからに乾いた食糧倉庫なんかに忍び込んだ時にも、実に都合よく使えるだろうな」


火口筒を、単なる生存道具から間者の放火道具へとすり替えようとする、尋問官の罠だった。しかし、イヒョンの唇の間からは、低く余裕のある笑いが漏れた。


「はは。コグニトル様、それは考えすぎというものです」


イヒョンは揺るぎない眼差しで、尋問官の濁った瞳を真っ直ぐに見つめた。


「このエペリア大陸には、コルディウムで火を生み出し、氷を張らせ、風を起こす能力者が、一人や二人だとお思いですか。誰かの倉庫を燃やそうと決めたのなら、火炎のコルディウムを扱う者を使うのが常識でしょう。わざわざ風がひとつ間違って吹けば消えてしまうような、頼りない木筒を持った間者を使うものでしょうか。それに何より、私はコルディウムなど微塵も使えぬ、ただの薬草商にすぎません」


完璧な論理だった。嘘の本質は、真実の活用にある。真実という頑丈な骨組みがなければ、嘘という肉もこびりついてはくれないものだ。


イヒョンは頭の中で創り上げた『薬草商』の日常を、コルディウムが支配するこの世界の物理法則と、自らの無能力とに完璧に重ね合わせ、シミュレートし続けていた。


尋問官は長らく固く口を閉ざしたまま、イヒョンをじっと見据えていた。獣のように荒々しい黒い瞳の中では、根深い疑念と奇妙な感嘆とが、渦を巻くように入り混じって揺らめいていた。


「……てめえ、本当に薬草商ではあるらしいな。少なくとも、今お前が吐き出す言葉に、嘘が混じっているようには見えねえ」


十五年を鉱山の地獄で生き延びてきた男の口から漏れたのは、意外にも重々しい認めの言葉だった。


イヒョンは依然として動じぬ顔のまま、低く応じた。


「私の真意をお汲み取りいただき、感謝いたします」


「だがな」


尋問官が目を細め、軋むテーブルの上へと上体をぐいと乗り出した。傷跡の刻まれた顔が、ランプの揺らめく明かりを受けて、まるで地獄から這い上がってきた悪鬼のように歪んだ。


「お前は、決して『ただの』薬草商じゃねえ」


尋問官の太い手が、テーブルの上に置かれた銀色の手術用メスと火口筒を、コツコツと小突いた。


「俺は生涯この山で暮らしてきたが、これほど精巧な道具を使い、奇妙な知識を操り、死にかけた人間の病を見抜く薬草商なんぞ、見たことがねえよ。お前はまるで……」


尋問官の声が、次第に小さくなっていった。


「戦を準備する老練な軍人か、あるいは人を生かす術と殺す術を同時に極めた鬼か――そんな類に、よほど近い気がするんだよな」


「長年、人里離れた地を独りで渡り歩いてきたもので、我が身を守るために必死で身につけただけの、浅い技にすぎません。ただ、獣や自然の中で命を落とさぬために、というだけのことです」


「ほう、そうか? 死なぬために、ねえ……」


尋問官が再び荒々しい顎髭を撫でつけながら、深い沈黙の沼へと沈み込んでいった。


サリ、サリ。


たこの張った指が、強張った髭を掻き下ろす音が、密室の中に荒々しく響いた。


疑いの霧は、完全に晴れたわけではなかった。いや、むしろ尋問官の瞳には、先ほどよりもはるかに深く本質的な警戒心が渦を巻いていた。


目の前の男が、他国の間者や不穏な敵ではないということは、ある程度証明されたのかもしれない。


しかし、神殿の神官すら凌ぐ知識と、寸分の狂いもない論理。『あまりに有能で多才な存在』という、まったく新しい形の脅威が、尋問官の野性的な本能を刺激していた。


その時だった。


コン、コン、コン!


張り詰め、今にも切れそうだった尋問室の静寂を破ったのは、扉を叩く音だった。


「コグニトル様」


丁重ではあったが、いくらか切迫した声だった。


尋問官の、傷跡の刻まれた眉間が獰猛に歪み、頭が扉の方へと振り向いた。閂が外され、扉が開くと、湿った外気とともに一人の兵士が駆け込んできた。


兵士は尋問官のそばに歩み寄り、身を大きく屈めると、その耳元へ何やら急いた様子で囁いた。


イヒョンは、無表情の奥で兵士の強張った肩と瞳の動きを、隅々まで観察していた。単なる報告ではない。固く閉ざされていた尋問官の唇が、わずかに引きつるのを見て取り――盤面をまるごと揺るがす大きな変数が発生したのだと、確信した。


報告を終えた兵士は追われるように部屋を出て行き、再び扉が閉ざされた。


部屋を満たす静寂は、先ほどとは質量が違った。生存を賭けた駆け引きの緊張ではなく、まるで巨大な墓の中に生きたまま埋められたかのような、胸郭を押し潰す凄まじい重圧感だった。


尋問官が、荒れた手のひらで額を押さえながら、深いため息を吐き出した。


「……イヒョンと言ったな」


「はい、その通りです」


「率直に言おう」


尋問官の濁った瞳が、イヒョンへと向けられた。先ほどまで獲物を狙っていた捕食者の眼光の代わりに、修羅場をくぐり抜けてきた老練な生存者の疲労が、色濃く滲んでいた。


「俺はお前が間者だとも、ドルメアで起きたあの恐ろしい出来事の黒幕だとも思っちゃいねえ。俺の直感がそう告げている。てめえは理解しがたく、危険にも見えるが、少なくともそっちの類じゃねえというのが、俺の判断だ」


「……感謝いたします」


「だがな」


尋問官の声が、鉛のように重く沈んだ。


「子爵様は、俺とは違う考えをお持ちのようだ」


「それは、つまり……」


「近いうちに、裁判が開かれるということだ」


イヒョンの瞳が沈んだ。


ある程度の最悪の事態は覚悟していたつもりだったが、今すぐこの忌々しい尋問室を無事に歩いて出られるという希望は、完全に打ち砕かれた。尋問官という山をどうにか越えたと思った瞬間、その先に霧で覆われていた『巨大な権力の断崖』が視界を塞いだ格好だった。


しかし、イヒョンの表情には、絶望も、あがきの跡もなかった。彼は静かに、尋問官の両眼を見据えた。


「……コグニトル様。ひとつ、お伺いしてもよろしいでしょうか」


尋問官は答える代わりに、顎に手を添えたまま、イヒョンをじっと見つめた。


「……何が聞きたい」


「私はただ山脈を越え、運良く空っぽの村をひとつ通り過ぎ、この領地へたどり着いただけです。私の荷に不穏な証拠がないことは調べで明らかになり、コグニトル様の直感もまた、私が嘘をついていないことをお認めくださいました。それにもかかわらず」


イヒョンの上体が、わずかに前へと傾いた。揺るぎない声が、尋問室の冷えた空気を切り裂いて飛んだ。


「一体『何が』それほどまでに問題だというのです。たかが余所から来た一介の薬草商を、これほどまでに苛烈に追い詰めるとは」


尋問官の顔が強張った。


ガタッ。


彼が古びた椅子を荒々しく引き寄せ、イヒョンのすぐ目の前まで身を寄せた。両手を組んで顎を乗せた彼の巨躯が、油ランプの明かりを呑み込みながら、イヒョンに濃い影を落とした。


尋問官の放つ独特の冷ややかな気配が、部屋いっぱいに満ちた。


「お前、本当に分からんのか?」


「はい。分かりません」


尋問官の唇が、ゆっくりと開かれた。


「ドルメア」


その名が口から発せられた瞬間、危うく揺れていたランプの炎が、まるで身の毛でもよだったかのように震え、揺らめいた。


「あの村がもぬけの殻だということは、この目で見て存じておりますが、そこをただ通り過ぎただけのことが、私と一体どう関わりがあると……」


「実に単純な理由だ。お前が、ドルメアから来たからだよ」



読んでくれてありがとうございます。


本業の都合により、小説の投稿時間が不規則となっております。

ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません。


読者の皆さまの温かい称賛や鋭いご批評は、今後さらに面白い小説を書くための大きな力となります。


お読みいただき、楽しんでいただけましたら、ブックマークやコメントをお願いいたします。


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