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18. 薬

「このままでは、まだ危険だ」


イヒョンはベッドの上のカレンを見下ろし、低く呟いた。


「薬を作らなければ」


イヒョンはカレンの傍らで少し思案した後、マリアンを呼んだ。


「マリアンさん」


「は、はい?」


「ニンニク、玉ねぎ、生姜、それから蜂蜜は手に入りますか? あと、やなぎの枝も少し欲しいのですが」


マリアンは一瞬きょとんと目を瞬かせたが、すぐに意図を理解して激しく頷いた。


「生姜とニンニクは家に……蜂蜜も壺に残っているはずです。柳は、裏庭の池のほとりに……」


「ニンニクと玉ねぎなら、ここの台所にもあるぞ」


横で聞いていたドランが口を挟む。


「それで十分です。今すぐ必要なので、皮ごと持ってきてください」


「はい! すぐに!」


マリアンの細い指が、引き裂かんばかりにスカートの裾を握りしめた。


バンッ。


閉ざされた扉の向こうに、荒い足音が遠ざかる。 早朝からの緊張の連続で、彼女の目の下には濃いくまが刻まれ、唇は渇ききって白く毛羽立っていた。今すぐその場に崩れ落ちそうな目眩めまいが、頭を揺さぶる。


だが、彼女は唇を噛み締め、耐えた。


『助かるかもしれない。まだ、間に合う』


鉛を詰め込んだように重い足が、小刻みに震えている。


「一緒に行きます。距離があるなら、馬を使った方が早いわ。セイラ、エレンをお願いね」


そんなマリアンの様子を見かねて、リセラが慌てて後を追った。


古い床板の隙間から、エレンの楽しげな笑い声が、埃のように舞い上がってくる。 時折ドタバタと走り回る足音が響くが、部屋の空気は鉛のように重く沈んだままだ。


窓枠の向こうでは、濃い墨汁を流したような闇が森を飲み込み始めていた。ガラスに映る室内の光景が鮮明になるほど、外の世界は深い黒へと塗り潰されていく。


パチリ。


ドランが放り込んだ乾いた薪から、赤い火の粉がぜた。 鼻を突く木材の焦げた匂いが漂うが、ドランの口は硬く閉ざされた貝のように開く気配がない。 彼はただ、橙色だいだいろに揺らめく炎の奥底を、じっと見つめ続けていた。


しばらくして、ドランは何かを思い出したように自室へ戻ると、替えのシャツを持ってきてイヒョンに差し出した。


「これを……着てください」


「……」


幼馴染おさななじみなんです。カレンと、俺」


イヒョンがシャツに袖を通す間、ドランは椅子を引き寄せ、カレンのベッドの脇に腰を下ろした。 彼は両腕を膝に乗せ、ぽつりぽつりと語り始めた。


「俺たちは戦災孤児でした。それでも、運が良かった」


「戦争が終わった後、運良く神殿が運営する孤児院に拾われましてね。当時は路地裏で野垂れ死にしなかっただけでも、御の字でした。少なくとも、着る服と食い扶持くいぶちにはありつけましたから。俺たちはそこで出会い、まるで本当の兄弟のように育ったんです」


彼は随分と穏やかになったカレンの寝顔を見つめ、遠い記憶を手繰り寄せるように言葉を継ぐ。


「カレンは器用で、目もく。狩りの才能がずば抜けていました。歳をとって院を出た後、二人で狩人を始めましてね。俺も弓には自信がありましたが、獲物はほとんどカレンの独壇場でしたよ。あいつが狩って、俺がさばいて肉を売る。そうやって二人で生きてきました」


「まるで、世界にたった二人きりの家族みたいに……」


一度言葉を切り、彼は長く息を吐き出した。


「……そして先日、カレンがマリアンと結婚したんです」


ドランは幸福だった記憶を思い返すように、微かな笑みを浮かべた。


「マリアンはいい女です。気立てが良くて、慈悲深い。カレンの人生にとっては、まさしく祝福のような人だ」


イヒョンはベッドの足元に立ち、ドランとカレンの顔を交互に見ながら、静かに耳を傾けていた。


「カレンと俺は、元々この家で一緒に暮らしていたんですが、結婚を機に城壁の外へ新居を構えたんです。猟場も近いし、マリアンが農場を持ちたがっていたので。……だから、あいつには金が必要だった。少し無理をして、森の奥深くまで足を踏み入れたようです」


ドランは苦悶くもんに顔を歪め、膝に置いた手で顔を覆った。


「慣れない土地だったんでしょう。鹿を追っていて、いのししに突かれたらしい。運良く他の狩人が見つけて、俺のところへ担ぎ込んでくれましたが……その後は、見ての通りです」


ドランは深く溜息をつく。 やがて、彼は椅子から立ち上がり、イヒョンに向かって深々と頭を下げた。


「……ありがとうございます。むさ苦しい場所ですが、良ければ……いつまででも滞在してください。二階に空き部屋がありますから」


ドランは部屋を出る間際、付け加えるように言った。


「もう夕飯時ですね。少し待っていてください。鹿肉があります。カレンが昨日、仕留めてきたやつです。……今の俺には、それくらいしか振る舞えませんが」


彼は重い足取りで、階下へと降りていった。


しばらくして、外からひづめの音が響いたかと思うと――バンッ! 扉が勢いよく開かれ、マリアンが血相を変えて飛び込んできた。


彼女はニンニク、生姜の根、玉ねぎ、小さな蜂蜜の壺、そしててのひらサイズの柳の枝が入った籠を、すがるようにイヒョンへ差し出した。


「これです……。ニンニクは、これしかなくて……」


「ええ、十分足りますよ」


イヒョンは即座にかまどに鍋をかけ、水を満たした。 その時、馬をくいに繋ぎ終えたリセラが遅れて入ってきた。彼女はイヒョンに近づくと、その手から籠をひょいと取り上げ、優しく微笑んだ。


「作り方を教えてくださいな。こういう作業は、私の方が上手うまくやれそうですから」


「あ、私も手伝います!」


作業場の片隅で、鹿の角をオモチャにして遊ぶエレンを見守っていたセイラも、慌ててリセラの後を追って台所へ向かう。


「では、お願いします。生姜とニンニクを微塵みじん切りにして、玉ねぎの皮と一緒に煮込んでください。水が減ったら足しながら……そうですね、30分ほど」


「任せて」


リセラは手慣れた手つきで生姜とニンニクを刻み、玉ねぎと共に鍋へ投入した。 やがて湯が沸き始めると、ニンニクと生姜のツンとした、しかしどこか温かみのある香りが部屋の中にふわりと広がった。


「柳の方は、皮だけをいで、別の鍋で煮出してください」


セイラは用意しておいた小さな鍋に柳の皮を入れ、火加減を調整する。


「柳には、鎮痛と抗炎症作用があります。『サリシン』という有効成分を抽出するには、同じく弱火で30分ほど、じっくりと煮出す必要があるんです」


イヒョンは鍋を見守る二人に、仕上げの指示を出した。


「火から下ろした後は、両方とも蓋をして、一、二時間ほど蒸らします」


薬を煎じる匂いが部屋に満ち始めた頃、料理を終えたドランは、暖炉の脇で黒くすすけた鍋の蓋に手をかけた。


彼が重い鉄の蓋を持ち上げると、閉じ込められていた白い蒸気が柱のように立ち昇り、瞬く間に室内の空気が一変した。 鼻を突く強烈なニンニクの刺激と、重厚な鹿肉の脂の香りが絶妙に絡み合い、肺の奥深くまで染み渡っていく。


ドランがお玉を大きくかき回すたび、とろみのついた濃い褐色のスープがボコボコと波打つ。 じっくりと煮込まれた人参とジャガイモは、その形を留めないほど柔らかく崩れ、お玉が触れただけで、鹿の前足の肉は骨からホロホロと滑り落ちた。 スープの表面に浮いた琥珀色の油膜が、ランプの光を受けて宝石のように輝き、その間を粗くちぎられたタイムの茎が踊っている。


「さあ、冷めないうちにどうぞ」


素朴な木の器によそわれたシチューは、依然としてグツグツと煮立っていた。 リセラは我慢できず、スプーンを口へと運んだ。


「はふっ、んんっ……!」


舌を火傷しそうな熱さだが、吐き出すことなんてできない。 上顎に絡みつくねっとりとした脂の旨味と、舌先で雪のように解ける赤身肉。 噛む間もなく喉を通り過ぎていく濃厚なコクに、リセラの眉間が快楽でくしゃりと狭まる。空っぽの胃袋を優しく撫でる熱い塊に、思わず感嘆の吐息が漏れた。


シチューをゆっくりと味わっていた彼女は、驚いたように目を丸くした。


「なんてこと……本当に柔らかいわ。鹿肉からこんな深い風味が出るなんて、知らなかった」


セイラも、そっとスープを一口啜すする。 彼女はすぐに両手で器を大切そうに包み込んだ。


「お、美味しいです……。まるで、胸の奥まで温めてくれるような味……」


イヒョンは無言で、肉の一欠片ひとかけらを口に放り込んだ。


口いっぱいに広がる、ジビエ特有の力強い野趣やしゅ。 遅れて追いかけてくるハーブの爽やかな香りと、滋味じみあふれる脂の甘みに、彼は一瞬スプーンを止めた。


「……素晴らしい味です」


ドランは火の勢いが衰えた暖炉の薪を弄りながら、照れくさそうに小さく笑った。


「家にあった余り物を煮込んだだけですよ。お口に合ったなら、何よりです」


ドランの手による極上の鹿肉シチューは、極度の緊張と疲労で強張っていたイヒョンたちの心と体を、芯からほぐしてくれた。


食事を終えると、イヒョンは薬を煎じていた鍋の蓋を開けた。 クタクタに煮出されたニンニクと生姜の強烈な香りが、むっと立ち込める。 イヒョンは清潔な布を当て、薬湯を慎重に濾過ろかし、小さな瓶へと移し替えた。


「これだけでは不十分でしょうが、今はこれしか手がありません」


彼は琥珀色の液体が満たされた瓶を、マリアンに手渡した。


「これに蜂蜜を混ぜて、一日三回、一回に1ギル(約120ml)ずつ飲ませてください。それから、明日日が昇ったら……もっと本格的な薬を探さなければなりません。これだけでは、炎症を抑えきれないかもしれない」


------


陽が地平線へ傾き、森の裾野すそのを濃い影が覆い尽くし始めた。


セルカインの上体は、荒い馬のたてがみに埋もれるほど低く伏せられていた。 視界の両脇をかすめる木々は、黒ずんだ残像となって流れていく。鼓膜を叩く風切り音も、跳ね上がる土埃も、彼の眼光を遮ることはできない。


その視線は、ひたすらに地面を舐めていた。


『……右が深いな』


踏み荒らされた草の上に残る、鮮明な二筋の軌跡。 特に右側の車輪跡が、土を深くえぐっている。車軸が歪んでいるか、あるいは荷が片方に偏っている証拠だ。


灰になった焚き火の跡。急発進で地面を削ったひづめの跡。 大地はイヒョン一行の行路を、親切な道しるべのように示していた。


タタッ、タタッ、タタッ。


セルカインが拍車をかけると、森の静寂を引き裂く蹄の音が、猛獣の心拍数のように加速した。 奴らの背中は、そう遠くない。


「やはりコラン方面か。明日には追いつける」


セルカインは冷静に計算し、馬を急かした。


黒馬の太腿の筋肉が、鋼鉄のバネのように収縮と弛緩を繰り返す。 急な坂を一気に駆け上がり、下り坂を転がり落ちても、荒い息一つ漏らさない。


頭上には鉛色の雨雲が重くのしかかっている。 雨が一粒落ちるか、いのししが一匹通り過ぎれば、この薄い埃の道など消え失せるだろう。 セルカインは手綱を短く巻き直した。


夜通し頬を叩く硬い枝葉も、冷たい夜気も、セルカインのまぶたを震わせることはない。彼と馬は、まるで闇を切り取って作った一つの生命体のように、森の影を音もなく貫いていった。


どれほど走っただろうか。 密集していた木々が後退し、冷たく澄んだ早朝の空気が肌を撫でた。


視界が開けた野原の向こう、黎明れいめいが赤い舌のように地平線を舐め始めていた。


その血色の空を背景に、巨大な灰色の城壁が猛獣の牙のごとくそびえ立っている。 はためく旗の下、夜通し追い続けた車輪の跡は、目覚めたばかりの都市の無数の足跡と混じり合い、希釈されていく。


コラン。


セルカインは馬の速度を落とした。


街道脇の木陰に馬を停めた彼は、『セルファルク』を起動し、『インテルヌム』へ状況を報告する。


「荷車の痕跡は薄れたが、コランへと続いている。目標潜伏の可能性、極めて大」


彼は軽く手を掲げ、スキルを発動した。


[欺瞞ぎまんの技術]


体を包んでいた漆黒のマントが霧のように散り、次の瞬間、そこには善良な若き旅人の姿が現れた。


濃い茶色の革マント、程よく日焼けした健康的な顔立ち、そして口元に浮かぶ穏やかな微笑み。 誰も彼を、あの冷酷な『ノクトリル』の一員だとは夢にも思わないだろう。


彼は老いた葦毛あしげの馬に偽装した愛馬を駆り、城門へと悠々と進んでいく。


セルカインは平然と城門をくぐった。 衛兵の検問があったが、下馬して丁寧かつ純朴な態度で従う彼を怪しむ者は誰もいなかった。


「今朝は冷えますね。お日様は出ているのに、体がまだ強張ってしまって」


セルカインは検問を行う衛兵に向かい、人好きのする笑顔で挨拶した。


「この時期の朝はそんなもんさ。見ない顔だが……コランへようこそ。ガハハ」


警戒心を解いた衛兵が、気さくに笑いかける。 セルカインは馬の首を愛おしげに撫でながら答えた。


「この子も慣れない場所で緊張しているみたいで。数日滞在して、馬も休ませつつ観光でもしようかと」


「歳は食ってるように見えるが、毛艶けづやのいい馬だ」


「ははは、ありがとうございます。古くからの友ですよ。……ところで、この街は活気がありますね。行き交う人も多い。旅人が楽しめる場所や、珍しい見世物なんかはありませんかね?」


衛兵は少し考えるように間を置いてから口を開いた。


「そうだな……見世物を探すなら、中央広場に行ってみな。市場も宿も多いし、あそこなら探しているものが見つかるはずだ」


「良いことを聞きました。ありがとうございます」


セルカインは軽く会釈し、商店街の方へと馬首うまくびを向けた。


通りは、朝の支度をする商人たちの熱気で、次第に騒がしくなり始めていた。


読んでくれてありがとうございます。


本業の都合により、小説の投稿時間が不規則となっております。

ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません。


読者の皆さまの温かい称賛や鋭いご批評は、今後さらに面白い小説を書くための大きな力となります。


お読みいただき、楽しんでいただけましたら、ブックマークやコメントをお願いいたします。


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