16. コラン
穏やかな朝を迎えていた村の上空に、セルカインの全身から放たれた黒い気が螺旋状にうねりながら立ち昇った。
彼の身体から湧き上がった黒い雲は、巨大な半球の形を成して凝縮し、まるでガラス製のドームのように村全体をすっぽりと覆い尽くした。
すべてが止まったかのような、短い静寂。
そして、空気中を鋭く切り裂く音が響き渡った。
黒いガラス状のドームにひびが入り始め、その亀裂は瞬く間に全体へと広がっていった。鏡のように砕け散った鋭い破片が四方八方に飛び散った。その破片たちは、空中で標的を探すかのように一瞬浮かび、やがて村人たちの心臓を目指して突き刺さった。
物理的な傷はなかったものの、破片が胸に刺さった村人たちの眼差しは、一瞬にして変わった。
[ミラテルム]
セルカインが生み出した黒い破片は、砕けたガラスの欠片のように人々の内面の奥深くまで突き刺さり、根を張り始めた。
一瞬にして芽吹いた破片の種。その根は、人々がそれぞれ抱えていた暗い記憶の隙間に食い込んだ。破片から伸びた根は、心の傷をえぐり、疑念、不満、嫉妬、欲望などを急激に育て上げた。そして、そうして育った暗い感情は、人々を支配し始めた。
一瞬にして、村人たちの眼差しが揺れ始め、互いに向ける言葉が鋭く変わっていった。
不信。疑念。偏見。非難…
その感情は瞬く間に村全体に広がり、やがて人々は互いを突き飛ばし、叫び合い、争い始めた。
村は自ら崩壊し始めた。そしてその混乱の中心で、セルカインは黒い石板にもう一行を刻んだ。
「ソ・イヒョン、その者の浄化方法は一時的なものと判断される。」
疑念と不信の感情は、嵐のように村を席巻した。
「どうしてあの時、何も言わずにいなくなったの?」
「その時、食料を分けてくれなかったのはわざとだったんでしょ? 私には子がいたのよ。あなたがそんなことをしたから、結局死んだの!」
「私はあなたを信じてたのに…どうして私にあんなことができるの?」
小さな口論、軽く流せたはずの誤解。しかし、ミラテルム、黒い破片は誤解と疑念を極端に増幅し、人々にそれが本心だと感じさせた。
人々の眼差しは急速に変わっていった。夫婦だった者たちは互いを疑い、友だった者たちは背を向けた。子供たちでさえ、親を疑い、怯えた目で様子を伺った。
穏やかだった村は、瞬く間に修羅場と化した。
通り中央で二人の老人が叫び声を上げながら襟首をつかみ合い、市場の片隅では二人の商人が拳を振り上げた。村はたちまち怒号と争いの音で満たされ、食事の準備に使っていた包丁、牲畜を追う杖が人々に向けられた。
平和な村といえど、人々の胸に隠された傷はあまりにも多かった。
「病が流行った時、どうして俺たちを助けなかったんだ!?」
「この野郎、てめえが先に始めたんだろ!」
「なんでお前が俺より先に治療を受けたんだ!? その態度が気に入らねえんだよ!」
人々の心にあった理解や寛容、愛は一瞬にして霧散し、跡形もなく消え去った。残ったのは不信と暴力だけだった。争っていた人々が倒れ始め、あちこちで火の手が上がり始めた。
数か所で発生した火は、瞬く間に広場周辺を越え、村全体に広がっていった。人々は火事が起きていることにも構わず、もはや何のために争っているのかもわからないまま、互いの襟首をつかみ、殴り、突き刺していた。
「はぁ…はぁ…この脆弱な感情たち…」
セルカインは恍惚とした表情を浮かべ、修羅場と化した村をゆっくりと歩み進んだ。いつの間にか若い旅人の姿は消え、黒い仮面とひらひらした黒いマントが垂れ下がっていた。
彼の黒いマントは風に静かに揺れ、目は穏やかに赤く輝いていた。
赤い炎の帯が空を切り裂きながら立ち昇り、人々の叫び声と激昂した叫びが、まるで地獄のオーケストラのように響き合った。
彼の口元がわずかに上がった。
「浄化か…所詮はその程度か。」
彼は低い声でつぶやいた。
「結局、絶対的な存在がすべての感情を統制しなければならない理由だ。人間はあまりにも簡単に崩れる。」
彼の手には黒い羽ペンが握られ、誰も気づかない速さで再び一行を書き記した。
「統制されない感情は、容易に揺さぶられ、ついには破滅へと向かう。」
彼は村外れの丘から、しばらくの間、混沌の炎を見つめ続けた。
「コルディウムがあまりにも乱れていて、追跡者を使うのは難しいな。」
セルカインは村の入り口に残された痕跡をじっくりと観察した。
セルカインは現在、ノクトリルの記録者の地位にあったが、ノクトリル騎士団に任命される前、彼は生まれながらの追跡者であり狩人だった。それこそ、アズレムがセルカインにイヒョン一行を追うよう命じた理由だった。
村の入り口には、乱雑な足跡とともに、村を行き来していた複数の馬車や荷車の跡が無秩序に残されていた。
そのような痕跡を調べていた中、最近できた荷車の跡がセルカインの目に留まった。村の外れの草地の端に残るありふれた跡の中に、鮮明な二本の車輪の跡が残っていた。
それは一般的に人々が使う車輪の跡ではなかった。その車輪の跡は、村人たちが使う手押し車よりも深く、幅広かった。要塞で使われる荷車の車輪の跡に間違いなかった。馬の蹄の跡も比較的鮮明で、何よりも泥がまだ乾ききっていない部分が湿って押し潰されていた。
彼は黒い手袋をはめた指先で車輪の跡を調べながら、つぶやいた。
「この跡が一番最近のものだな。時間的に、これが最も可能性が高い。」
彼の灰褐色の馬は、いつの間にか黒い甲冑をまとった馬に変わっていた。
彼は黒いマントを締め直し、鞍に跨った。
彼の手から再び黒い煙の欠片が立ち上り、セルファルクが現れた。
「コルディウムの痕跡が消え、追跡者を使用できない。イヒョンの痕跡は北のコランに向かっているようだ。」
セルファルクは炎が揺らめく空を切り裂いて飛んでいった。
彼は馬の手綱を引き、荷車の車輪の跡を追い始めた。
そして…その車輪の跡は、都市へと続く道筋と繋がっていた。
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イヒョン一行が疫病が流行っていた村を出発してから三日目の午後。陽光が頭上から斜めに降り注いでいた。
イヒョン一行は埃にまみれた曲がりくねった道を進み、ついにコランに到着した。コランは、その名の通り、巨大な丘の上に築かれた都市だった。
その都市の輪郭は丘の曲線に沿って広がり、中心には陽光を反射する灰白色の尖塔がそびえていた。何よりも印象的だったのは、都市を包む巨大な城壁だった。
その城壁は、イヒョンが普通の都市で見るものよりもはるかに高く、石材がほとんど隙間なく緻密に積み上げられていた。城門は比較的大きく広く、門の上には翼を持つ獅子と天秤の紋章が刻まれていた。
大きな城門の上に刻まれた獅子の紋章は、精巧かつ壮大で、通り過ぎる人々の目を自然と引きつけるのに十分だった。
城門の前では馬や荷車、行き交う人々が絡み合い、あちこちから商人の呼び込みの声や子供たちの笑い声が混ざり合って、都市の活気を一層盛り上げていた。
その光景を目の当たりにしたエレンは、目を大きく見開いて黙って見つめ、ついに感嘆の声が漏れた。
「ねえ、見て! あれ…あれ全部家なの?」
エレンは大切にしている小さなバッグを下ろしたまま、荷車を引くイヒョンの背中をトントンと叩きながら質問を投げかけた。
「城壁が山みたいに高いよ。あの人たち…あの模様は何? 門の上に刻まれているやつ!」
セイラが笑いながら答えた。
「あれはコランの紋章だよ。この地域を治める家門の紋章が、翼の生えた獅子なんだ。だから、獅子の絵があるのさ。」
「門があんなに大きい理由ってあるの?」
「コランは商業が発達した都市だから。エフェリア西部の交通の要衝だから、馬や馬車がたくさん行き来する。だから門も大きく作ってあるんだよ。」
「要衝?」
「大事な場所って意味だよ。」
セイラはエレンの尽きない質問にも疲れることなく、丁寧に答えていた。荷車を引いていたイヒョンは、心の中でそんなセイラを本気で凄いと思っていた。
「わあ…本当に大きくて、本当にいっぱいあるね。こんなの初めて見たよ。」
エレンは感嘆を止められず、あちこちをキョロキョロと見回した。まるで新しい世界に足を踏み入れたかのように、目を輝かせて眺めていた。
イヒョンはそのエレンをじっと見て、かすかに微笑んだ。こういうところを見ると、エレンは世の中の他の子供たちと何ら変わらないように思えた。
「思ったより賑わってるな。」
イヒョンは低い声でつぶやき、セイラを見やった。
「この地域では一番大きな都市なんだよ。」
「近くの村からはみんなここに来て物を買ったり売ったりするんだ。神殿を訪れたり、定住しようとする人も多いよ。私も少し前まではここで行政の補助の仕事をしていたんだ。」
だが、都市の賑わいとは裏腹に、イヒョンの表情は明るくなかった。村で手に入れた物資のほとんどは底をつきかけていて、誰も金を持っていなかった。
「しばらくここに留まって、金を稼ぐ方法を探さないとな。」
リセラを振り返るイヒョンの顔は、まるで了解を求めるような表情を浮かべ、言葉を続けた。
「宿も確保しないといけないし、食料も買わないと。リセラの故郷に行くには、しっかり準備が必要だよ。『ラティベルナ』までどれくらいかかるかわからないからね。」
一行は泊まるのに適した宿を探して、都市の中心街へと向かった。かなり大きな都市だからか、人が多く集まっていた。埃をかぶった旅人や行商人もあちこちで群れをなして話をし、商人たちの声が路地を埋め尽くしていた。
果物が山積みになった果物屋、パン屋、鍛冶屋が軒を連ね、裏路地に続く道ごとに荷車が停まっていた。
飲食店も多く、どこからか漂ってくる焼き肉の香りが鼻先をくすぐった。商店街を抜け、都市の中心部へと続く広い道が現れた。
城門から続く広い道を進んで広場に入ると、白く優雅で美しい建物がイヒョンの目に飛び込んできた。
「ねえ…あの建物、见える?」
リセラとセイラもその視線を追った。
都市の中心部、広い道の端に、白い大理石の柱が立つ立派な建物があった。建物を支える大きな柱は精巧に彫刻されており、柱の上に載る天板の上にはドーム型の半球が据えられていた。
『まるで国会議事堂みたいな建物だな…』
陽光が当たるたびに、丸いドームの屋根は白く光を反射し、屋根の下の天板には透明な水晶のような石が嵌め込まれ、小さな光の欠片が四方に散らばっていた。
誰が見ても重要な建物だと感じる、美しく威厳に満ちた建物だった。
何よりもイヒョンの目を引いたのは、神殿の入り口の左右に掲げられた長いバナーだった。白い背景に、手が心臓を抱きしめる模様が描かれ、その背後には金色の太陽が輝いていた。
「かなり壮麗な建物だな。」
「癒やしの神殿だよ。」
セイラも神殿を見上げながら言った。
「その旗は癒やしの神殿を象徴する模様なんだよね?」
「それは愛の神アモリス様を象徴する旗だよ。癒やしの神殿のほとんどはアモリス様を祀っていることが多いんだ。」
「癒やしの神殿で他の神を祀る場合もあるの?」
「もちろん。たまにガデサ様やトリスティエル様を祀る場所もあるけど、ほとんどはアモリス様を祀ってるよ。」
優雅な癒やしの神殿の入り口には、少なくとも数十人の人々が長い列を作って並んでいた。列は神殿の入り口から始まり、長い尾を引いて道の角を越えて続いていた。
「どうしてあんなに列が長いんだ?」
イヒョンの質問に、リセラがやや悲しげな表情で答えた。
「癒やしの神官が足りないからだよ。一つの儀式に結構時間がかかるし…順番を待ってる間に病が悪化することもあるんだ。それでも儀式を受けられればまだマシな方だよ。待ってる間に死んじゃう人もいるから。」
「癒やしを受けるにも金がかかるんだろう?」
イヒョンが尋ねた。
「そうなんだ…金持ちは多額の寄付をして、神官を家に呼んで治療を受けることもあるよ。」
リセラがうつむきながら付け加えた。
「だから余計に列が長いんだよ。」
その列の端の方で、ボロボロの板の上に横たわる男がイヒョンの目に留まった。全身は血で汚れ、左足は布でぐるぐる巻きにされていたが、血が絶えず滲み出していた。
そのそばには、ひどく心配そうな顔をした女性がいた。彼女はハンカチで男の顔を拭きながら、涙をポロポロと流していた。男のそばには、友人か仲間と思われる男が膝をついて座り、手を握り、祈るようにつぶやいていた。
男の背中に背負われた弓、矢筒、折れた槍の柄が、状況を間接的に物語っていた。
「怪我してるみたいだな。深刻かもしれない。」
イヒョンは淡々とした表情で荷車をゆっくりと進めていた。
「狩人みたいだね…ひどく怪我してるみたい。」
リセラが小さな声でささやいた。
その男は息を荒々しく吐き、身体はぐったりとしていた。このままでは癒やしの儀式を受けるまで待つのは不可能に見えた。
その時、セイラが慎重にイヒョンを見つめた。
「ルメンティア。あの人…助けたほうがいいんじゃない?」
イヒョンは答えなかった。今のイヒョンには余裕がほとんどなかった。すでに昼食の時間もとっくに過ぎ、そろそろ日が沈む頃なのに、宿も確保しなければならず、食料も用意しなければならなかった。早く何か金を得るか、仕事を見つけて宿と食事を確保しなければならないという考えで、頭の中はすでにいっぱいだった。
イヒョンにとって、今、怪我をした男を助けるということは、今日、荷車で野宿しなければならないことを意味していた。旅の途中で野外で寝るのと、都市の真ん中で野宿するのは全く別問題だった。
リセラもそのことをわかっていたのか、気まずそうな顔で何も言わなかった。エレンは突然重くなった雰囲気に、ただ静かに大人たちを見つめていた。
「俺たちは今日、寝る場所もまだ決めてないんだ。」
イヒョンが慎重に口を開いた。
「食料のこともあるし…」
その言葉にセイラは一瞬たじろいだが、すぐに胸に手を当てて言った。
「私…私のルメンティアは…そんな人じゃないと信じてるよ。私たちを見捨てなかったあの姿、死ぬまで忘れないよ。」
彼女はイヒョンの答えを待たず、荷車から飛び降り、板に横たわる狩人に駆け寄った。
イヒョンは急いで荷車を止めた。
「大丈夫ですか? 私たちが助けます!」
彼女は狩人の傷口を調べ、そばにいた狩人の仲間と短い会話を交わした後、傷ついた狩人を診始めた。
セイラは腰に下げた小さなガラス瓶を取り出し、狩人の傷口を拭き始めた。そしてイヒョンを振り返り、叫んだ。
「ルメンティア! 血がたくさん出てます。それに全身が火のように熱いんです!」
セイラが広い場所でルメンティアと大声で叫んだため、列に並んでいた人々だけでなく、通りを歩いていた人々まで全員の注目がイヒョン一行に集まった。
彼女の声は非常に大きく、トーンもかなり高かった。そのおかげで、広い広場のすべての視線がイヒョンに集まった。
それもそのはず、ルメンティアとは「光の導き手」を意味し、エフェリアでは非常に尊敬される人物に使われる最高の尊称の一つだったからだ。そのため、主に高位の聖職者、戦争の英雄、領地で尊敬される領主にのみ使われるものだった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
イヒョンは困った顔で長いため息をついた。
周囲の視線が重荷に感じられたイヒョンは、仕方なく荷車から小さな革袋を手に取り、怪我人が横たわる板へと慌てて駆け寄った。
彼はセイラに袋を渡し、男の傷を調べ始めた。
「血…血が止まらないよ。それに呼吸が弱いんだ。」
「そこ…袋の中に圧迫できる包帯がある。まずは止血しよう。」
患者がイヒョンの視界に入った瞬間、彼はついさっきまでとはまるで別人のように、目の前の患者に完全に集中し始めた。
彼は機械的かつ迅速な手つきで、男の脚に雑に巻かれていた布をゆっくりと解いた。
イヒョンは多くの人の視線、切実な思いで彼を見つめる女性の眼差し、そして怪我した男の仲間の不安げな目から、責任感と同時に重圧を感じていた。しかし、その責任感がイヒョンの身体に染み入り、愛と憐れみの感情を呼び起こしていることに、彼はまだ気づいていなかった。
読んでくれてありがとうございます。
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