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141. 着想

「今、私たちが設計している大砲は、装薬袋に導火線を挿して火をつける、いわば『前装式マズルローディング』に近い構造ですよね」


「そうだね。穴から火薬を押し込んで、棒で突き固める方式だからさ」


「装薬と弾丸を一つに統合するには、単に火をつける構造ではなく……」


イヒョンは紙を取り寄せ、現代式の弾薬の構造を描き始めた。 鋭い弾頭と、その下に火薬が詰まった円筒形の薬莢やっきょう、そして薬莢の底の中央に位置する小さな雷管プライマーを精密にスケッチしていく。


「この『雷管』という部分が核心です。火をつけるのではなく、叩くのです」


「叩く? ふむ……この小さな部位に衝撃を与えれば、火がつくというのかい?」


「ええ、その通りです。私がいた場所では、衝撃に敏感に反応する特殊物質を使っていました。導火線で火をつけるタイムラグなしに、『撃針げきしん』という装置がここを強く打撃すれば、即座に火薬が爆発し発射される原理です」


エリセンドは片手で頬杖をつき、イヒョンが描いた弾薬の形状を穴が開くほど見つめた。 彼女の脳内で、数万種類の機械装置が瞬時に組み立てられては解体されるのを繰り返す。


「面白い発想だね。雷管を叩いて撃発するか……確かに発射速度は飛躍的に速くなるだろう。だが……」


彼女の目つきが鋭くなった。


「この火薬が入った筒(薬莢)が、爆発圧力に耐えられるかい? 発射された瞬間、筒が熱膨張して砲身に張り付いてしまったら? 装填は押し込むとしても、撃った後に取り出すのが厄介だ」


イヒョンは内心で感嘆の声を漏らした。 やはり天才だ。彼女は薬莢を使用する際に発生する最大の課題──『排莢(はいきょう / Extraction)』の問題を、本能的に見抜いていたのだ。


「おっしゃる通りです。それが最大の問題でしょう。私がいた世界では、薄くて弾性に優れた特殊な金属を使っていましたが、今の我々の技術でそれを大量生産するのは容易ではないでしょうから」


「横に引き抜けば……いや、それだと閉鎖機ブリーチブロックが爆発の衝撃に耐えられない。後ろへ押し出す装置をつければ……クソッ、それじゃ耐久力が落ちて、数発も撃てずにバラバラになっちまう」


エリセンドは再び頭を抱え込んだ。


「根を詰めすぎですよ。ハハハ。少しリラックスして考えてみては?」


「はぁ……君の言う通りだ。だが、こういう工学的難題が頭に一度こびりつくと、中々消えてくれなくてね……誰に急かされているわけでもないのに、夜も眠れないことが常なんだ」


エリセンドは卓上に突っ伏し、腕をバタつかせた。 自らを追い込むその姿が痛々しいほど、彼女の内面は「解」を求めて熾烈に渦巻いていた。


「そう言わずに。ちょうど港に新型砲が設置されているところですから、気晴らしに見に行くのはどうです? 海風が詰まった頭をスッキリさせてくれるかもしれませんよ」


「うーん……そうか、それもそうかもね。新しいインスピレーションが必要だ」


エリセンドは、作業着についた木屑や埃をパンパンと払い落とし、よっこらせと席を立った。


工房の扉を開け放つと、晩冬の冷気が肺の奥深くまで染み渡った。 溶け出した雪が通りに沿って蛇行する水路を作り、遠くから波の囁きが微かに聞こえてくる。


「ほら、イヒョン。あそこに見える大砲を見てくれよ。私の手で磨き上げられた鉄塊たちが、港を守る巨人のようにそびえ立ってるだろう? ワオ……改めて見ても胸が熱くなるね」


彼女の声は風に乗って軽やかに踊り、イヒョンは頷きながら柔らかな笑みを浮かべた。彼の歩調は、自然と彼女の弾むような足取りに重なった。


港に近づくにつれ、波の規則的なリズムが鮮明になり、潮の香りが鼻先をくすぐる。 砲台設置現場の喧騒と、鉄同士がぶつかり合う鋭い摩擦音が、生き生きと木霊こだましていた。


仕事場を離れたエリセンドの表情は、一際明るくなっていた。


「正直、こういうモノを作ってる時が一番楽しいだろ? 形式的な挨拶や、退屈な貴族の集まりなんて真っ平御免さ。君もそうだろ?」


「ええ。人には向き不向きがありますから。貴方の手腕がなければ、あの大砲たちはただの重い鉄屑てつくずに過ぎなかったでしょう。……港の風は本当に爽快ですね。冬が去っていくのを肌で感じます」


二人はそんな雑談を交わしながら、港の方へと歩を進めた。


「だね。君の言う通り、もうすぐ春が来そうだ」


その時、イヒョンの視線が大砲設置現場の一角に留まった。 何か異質な光景が、彼の目を引いたのだ。


巨大な鉄塊が肩を並べる港の隅、作業員たちが焚き火を囲んで車座くるまざになり、休息を取っていた。 風に煽られる炎が踊るように揺らめき、薬缶やかんの湯が沸き立つ音が、波音に混じって微かに漂ってくる。


早朝から設置作業に追われていた労働者たちが、ようやく凍えた体を温めている最中だった。


その群れの中で、数人が口にくわえている『モノ』が、イヒョンの目を釘付けにした。


長さは手のひらほど、太さは指くらい。乾燥した葉を束ねた棒。 吐き出される煙とすすけた香り──それはどう見ても『葉巻シガー』そのものだった。 エフェリアに来て以来、初めて目にする馴染み深い光景が、彼の好奇心を刺激した。


エリセンドも鼻をクンクンさせながら近づき、呟いた。


「あれは何だい? 何か面白そうなことをしてるようだけど」


彼女の瞳が好奇心で輝く。イヒョンは肩をすくめ、作業員たちの方へ大股で歩み寄った。


イヒョンが近づくと、作業員たちが顔を上げ、彼を見やった。彼は口元に柔らかな笑みを浮かべ、慇懃いんぎんに声をかけた。


「こんにちは。この冷たい風の中、お疲れ様です。失礼ですが、今口に咥えていらっしゃるのは何ですか?」


葉巻らしきものを吸っていた作業員が、ニカっと笑って煙を吐き出した。 エリセンドが横から肘でイヒョンを小突き、助け舟を出した。


「そうそう、アタシも気になるね。それ何だい? 独特な匂いがするけど」


作業員がその細長い物体を口にしたまま、ゆっくりと長く紫煙しえんを吐き出すと、白濁した霧が潮風に巻かれ、塩の匂いと混じり合いながら周囲を包み込んだ。


「あ、これっすか? 『ニコリア』って言います。オリスビアから来た商人がくれたんですけど、これ一服でキツい疲れがスッと溶けてくんすよ」


エリセンドは再び鼻をクンクンさせ、好奇心を抑えきれずに手を伸ばした。


「ほぉ、私の知ってるタバコ草に似てるけど、香りがずっと深いね。私にも一本おくれよ」


悪戯いたずらっぽく手を差し出すと、作業員たちは笑いを堪えるような奇妙な表情で、彼女に一本のニコリアを手渡した。


エリセンドはそれをくわえ、火種を近づける。先端が赤く燃え上がり、雲のような煙が立ち昇った。 彼女の瞳が好奇心の炎で輝き、深く吸い込んだ瞬間──。


「ぐふっ……!!」


胸の中で炎が爆発したかのような激しいせきが、噴き出した。


「ゴホッ、ゲホッ! カハッ! な、なんだいコレ! 喉が焼けちまうよ!」


彼女が手の甲で口を拭い、涙目になると、我慢していた周囲の作業員たちからドッと笑い声が弾けた。


「だから気をつけろって言ったでしょう。最初はみんな、そうやって涙と鼻水を垂らすんすよ」


「一体なんでこんなモン吸うんだい!」


エリセンドは自分がねだったにも関わらず、恨めしそうに手の中のニコリアを睨みつけた。 その横で、作業員は見せつけるようにニコリアを滑らかに吸い込む。先端が赤く明滅しながら燃え進み、やがて濃厚な紫煙が吐き出された。


「……待ちな」


エリセンドの視線が、燃え尽きていくニコリアの先端に釘付けになった。 葉でできた皮が、中身の葉と共に燃えて消えていく様。


まるで炎の中から生まれたインスピレーションが脳髄を直撃したかのように、彼女の瞳孔が限界まで見開かれ、光を放った。


「そうか! それだよ! 皮まで一緒に燃やしちまえばいいんだ!」


エリセンドは「ユーレカ(我、発見せり)!」と叫ばんばかりに声を張り上げると、手にしたニコリアを握りしめたまま、作業場へ向かって脱兎だっとのごとく駆け出した。


「あ? おい! エリセンド!」


慌ただしく港を去り、工房へと爆走する彼女の後ろ姿を見送りながら、作業員たちは再び笑い声を上げた。イヒョンはその光景を見て、ふっと笑い肩をすくめるだけだった。 天才の閃きとは、得てしてこういう突拍子もない場所から生まれるものだ。


イヒョンは再び作業員たちに向き直り、尋ねた。


「先ほど、『オリスビア』とおっしゃいましたか? そこはどのような場所なのです?」


作業員たちは顔を見合わせ、眉を少し持ち上げた。一人が頭をポリポリと掻きながら問い返す。


「ていうか旦那、オリスビアの出身じゃないんですかい? 顔立ちがそっちの人間にそっくりだから、てっきり」


イヒョンは首を振り、静かに答えた。


「いいえ。私はここの出身でもありませんが、オリスビアから来たわけでもありません」


作業員たちは不思議そうに彼をジロジロと眺め、首を傾げた。


「マジっすか? 旦那のその黒髪とか、切れ長で深みのある黒目とか……オリスビアの人間に瓜二つなんで、俺らてっきり向こうの商団の人かと勘違いしてましたよ」


その言葉に、イヒョンの胸中で、いつか『管理者』が口にした言葉が蘇る。


「私はそこへ行ったことはありませんが……その地の人々が私と似ていると聞き、興味が湧きました」


作業員たちは目配せし合い、知っている限りの情報を語り始めた。


「さあねぇ、俺らも行ったことはないけど……あっちと貿易してる船乗りの話じゃ、向こうの人間は旦那みたいに黒髪黒眼だって聞いたぜ。主に絹のような布とか、香辛料、陶磁器みたいな高級品を積んで来るのを見ると、かなり豊かで文明が進んだ場所らしいな」


別の作業員が頷き、付け加える。


「そうっすね。大海原を渡ると巨大な大陸があって、そこはこことは風習も言葉も全然違うらしいっすよ」


イヒョンは確信した。 エフェリア──いや、アルテラ地球が、地球とは異なる歴史を歩み始めた平行世界であるならば、地球の東洋に相当する大陸が存在しても不思議ではない。


『オリスビア、か……』


自分のルーツ、あるいはこの世界で自分と最も似た者たちが住まう地。


「失礼ですが、もしやヴァセテロンに、オリスビアについて詳しい方はいらっしゃいますか?」


「んー……確か『エドリック男爵』があっちへ行かれたことがあると聞いたことありますぜ。あの方は顔が広い貿易家ですからな」


『エドリック男爵』。


イヒョンはその名を脳裏に深く刻み込んだ。 彼は席を立ち、作業員たちに柔らかな笑みと共に頭を下げた。


「貴重な情報を感謝します。寒い中、お疲れ様です」


作業員たちとの会話を終え、イヒョンはエリセンドの工房へと向かった。


扉をそっと押し開けると、炉の熱気と共に、金属を叩く鋭い打撃音が押し寄せてきた。 だが、肝心のエリセンドはその騒音など意に介さず、製図板に覆いかぶさるようにして何やら描き殴っている。


イヒョンの足音に古い床板が「ギイッ」ときしんだが、彼女は設計図の中の世界に完全に没入しており、人の気配すら感じていないようだった。


天才の集中を妨げたくはない。 イヒョンは口元に穏やかな笑みを浮かべたまま、音もなく扉を閉め、きびすを返した。


工房を離れると、冬の最後の一息のような冷たい風が、イヒョンの頬を優しく撫でていく。 彼はセイラの講義が行われている『スコーラ(学堂)』へと足を向けた。


歩きながら、数日前に伯爵から受け取った伝言の内容を反芻はんすうする。


それはイヒョンが以前、爵位を辞退する代わりに要望していた『旅人ギルドの等級昇格』に関する回答だった。 エセンビア伯爵の口添えにより、王都『カレオストラ』にあるギルド総本部から、正式な通達が届いたようだ。


結論から言えば、昇級試験を受ける資格が承認されたとのことだった。


ただし、条件は厳しい。 第一の関門は、護衛なしで単身、ヴァセテロンから王都カレオストラまで踏破すること。 第二に、総本部から直接依頼される課題を解決すること。


この全過程をクリアして初めて、2等級──『ルミナール(Luminar)』の称号を手にすることができる。


『ルミナール』とは、準貴族と同等の待遇を受ける、一般の旅人が到達しうる最高峰の境地。 それだけに、選別過程が厳格なのは当然だった。


『発つ前にこちらの支部に寄って、試験の詳細を確認しておいた方が良さそうだな』


考え事をしながら歩いていると、いつの間にかスコーラの前に到着していた。


建物に入ると、廊下を伝ってセイラの澄んだ声が聞こえてきた。 イヒョンは足音を殺し、奥の講義室へと近づく。窓越しに見える風景が、彼の足を止めた。


陽光が射し込む教室には、セルバンを含む十数名の学生たちが、目を輝かせて授業に集中していた。 教壇に立ったセイラは、黒板と人体模型を行き来しながら、熱心に知識を伝えている。


「さあ、皆さん。今は用語が耳慣れず、難しく感じるかもしれません。ですが、根気よく学べば自然と理解できるようになります。解剖学は、医学の最も重要な基礎ですから」


彼女はチョークを置き、花が咲くように笑った。


「今日学んだ筋肉と神経の名称は、必ず暗記してくださいね。来週は小テストを行う予定ですから、しっかり復習しておくように」


学生たちの軽い嘆きと笑い声が交差する中、ドアの隙間から漏れ出る彼女の声は、まるで春を促す爽やかな風のように廊下を満たしていた。



読んでくれてありがとうございます。


本業の都合により、小説の投稿時間が不規則となっております。

ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません。


読者の皆さまの温かい称賛や鋭いご批評は、今後さらに面白い小説を書くための大きな力となります。


お読みいただき、楽しんでいただけましたら、ブックマークやコメントをお願いいたします。


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