第五六話 ガリエルの来訪
王都の空は曇っていた。
夏の終わりの湿った風が、王城の高窓を揺らす。
報せがもたらされたのは、午前も深まった頃だった。
王子レイヴェルトとリューンのもとに、使者が早足で現れ、丁寧に巻かれた文書を差し出した。
「大聖堂より、使節団が再び王城を訪問するとのことです。
……その代表は、“ガリエル大司教”とのことにございます」
その名を聞いた瞬間、リューンの眉がわずかに動いた。
傍らの王子も、視線を強める。
「……本当に? ガリエル様が?」
「はい、確かに書状にはその名が」
王子は使者に下がるよう命じ、すぐに書状の封を解いた。
中には形式的な言葉で綴られた訪問の通達――だが、そこには確かに、ガリエルの署名が記されていた。
リューンは黙って書面を覗き込む。
筆跡も、癖も、見慣れたものと一致していた。
偽筆ではない。
「……大聖堂は、なぜこのタイミングで彼を?」
王子が、口を開いた。
「彼は長く“軟禁”されていたはずだ。いまさら自由の身となり、使者として訪れる?
……この間、研究施設の件で我々が動いたばかりだぞ」
リューンは口元を引き締める。
その鋭い眼差しは、遠く何かを見据えるようだった。
「おそらく、“友好の演出”だ。
研究施設を押さえられた今、彼らは王家との対立姿勢を和らげたくなった。
そのために、かつて“中立”であり王家とも縁の深いガリエル様を利用する。
……だが、それだけでは済まないはず」
「なにか、裏があると?」
「ああ。彼らの動きは、いつだって“力”を伴ってきた。
今までも、黒ずみを用いて密かに民や獣に“実験”を重ねてきた。
今回も、我々に接触するというより、“仕掛ける”ための訪問かもしれない」
王子は頷き、机に手を置いた。
「ジウイの存在が、彼らにとって脅威になった……そう見て間違いないな」
「はい。トロールとの戦闘で、あの光を見た者が逃げ延びたのなら――“あの力”は彼らの脅威として認識されたはずです」
「ガリエル様の登場は、“誠意”でも“謝罪”でもない。
ジウイを奪うための布石――あるいは、彼女を引き離すための“罠”」
「……その可能性は十分にあります。
黒ずみによる“操り”が成されていれば、表面上の様子では判断できません。
例えそれが、ガリエル様であっても」
静まり返った室内に、風の音だけが流れ込んでくる。
王子は深く息を吐き、決意の色を宿した目でリューンを見る。
「リューン。君の判断にすべてを任せたい。
ガリエル様が真に我々の味方であれば、歓迎しよう。
だがもし……“黒ずみに染まっている”と感じたら、すぐに排除せよ。
……たとえ、それがどんなに辛くとも」
リューンは、わずかに目を伏せた。
その言葉がどれほど重い意味を持つか、彼には痛いほど分かっている。
「……わかりました、王子」
ふたりの間に、無言の覚悟が交わされた。
その夜から、王城では“謁見の間”の整備が急ピッチで進められた。
そして二日後の朝、大聖堂からの使節団が、正門から王城へと入ることになっていた。
それに先立ち、リューンは、ジウイ、ミルフィ、カイルの三人を自室に呼び寄せた。
「また使節団が来るんだ?」
椅子に座ったジウイが、小首をかしげる。
前回のような硬い雰囲気ではなく、やや緊張はありつつも、彼女にはどこか余裕があった。
「そうだ。ただし今回は……ガリエル大司教が使節団の代表を務めている」
リューンの言葉に、ミルフィとカイルの顔色が変わった。
「軟禁されてたはずじゃ……」ミルフィが小さくつぶやく。
「そう。だからこそ、今回の訪問は“平和的”なものではない可能性が高い」
リューンは一人ひとりの顔を見渡しながら、言葉を続けた。
「今回、私は三人にいくつか注意してもらいたい。まず、王城内であっても単独行動は避けること。
できるだけ、誰かと行動を共にしてほしい」
「……敵が中に入ってるってこと?」カイルが顔をしかめる。
「そう明言はしないが、その可能性を考えての話だ。
大聖堂側が“何か”を仕掛けてくると、私は確信している」
ジウイが、静かに口を挟んだ。
「それって……私に関係ある?」
リューンは短く息を吸い、頷いた。
「おそらく、君の力が彼らにとって大きな脅威と見なされた。
トロールを打ち倒した光……あれを見た者がいたなら、なおさらだ。
ジウイ。万が一の事態が起きたら、自分を守ることを最優先にしてほしい。戦おうとせず、逃げろ。これは命令だ」
ジウイは一瞬戸惑ったような顔をしたが、最後には真剣な眼差しで「……わかった」と答えた。
リューンは、さらに言葉を重ねる。
「もう一つ。普段から王城にいて、顔を知っている者以外には決して不用意に近づかないこと。
声をかけられても、相手の素性が確かでなければ応じるな。たとえ大司教本人であっても、だ」
「……了解。肝に銘じるわ」ミルフィがうなずき、カイルも「ジウイは絶対に俺が守る」と小さく呟いた。
リューンはその様子を見て、わずかに息を吐いた。
これ以上の不安を与える必要はない。だが――警戒を怠れば、一瞬で全てを失いかねない。
「……これは用心のしすぎではない。むしろ、どれだけ用心しても足りない事態が、迫っていると思ってください」
彼の声に、三人とも黙って頷いた。
静かな部屋に、夏の風がカーテンを揺らす。
だがその風は、どこか冷たさを孕んでいた。
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